<思いやりのあるコミュニティ宣言>
 teacup.掲示板は、皆様の権利を守りながら、思いやり、温かみのあるコミュニティづくりを応援します。
 いつもご協力いただきありがとうございます。

投稿者
題名
*内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
URL
sage

  • [22]
  • 村中直人の雑記帳より

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2020年11月15日(日)16時07分52秒
  • 返信
 
掛け算の順序問題から人の能力のあり方の多様性を考えてみた | 村中直人の雑記帳
https://inthevillege.com/nouryokutayousei/
また、(twitterでもつぶやきましたが)言語と数の処理が独立した能力であり、ほぼ言語を介さずに数を処理する人が存在するということは、言語処理優位な人にとってはなかなか理解や想像がしにくいだろうなあとも強く感じました。
>これらのことから私が掛け算の順序問題から感じたのは、過度な言語理解重視の教育的価値観の存在です。つまり、「言葉で説明できないということは、理解できていないし身についていない」とする考え方が強く多数派を占めているのではないかということです。



掛け算順序問題から人の能力の多様性を考えてみた② | 村中直人の雑記帳
https://inthevillege.com/nouryokutayousei2/
そして、掛け算にも「正しい順序」があると指導することは、「数式で正しく自分の考えを表現出来るようにする」ための指導とは真逆の指導だと思っています。なぜなら数学的にはそれは明確に間違った考え方だからです。例えるなら、英語で表現させるためにわざと誤った日本語文法を指導しているようなものです。
>数的処理が得意で言語処理が苦手な人なら、まずは数的処理で理解し評価され、その後に言語的に翻訳することを学んでいったとしても本来何も問題はないはずだと思います。算数において「言葉にしなくては伝わらない」と考えることは「言葉だけが伝える手段である」と決めつける傲慢な考えではないかと私は思っています。