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sage

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  • 言語と思考

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2018年 9月27日(木)22時32分34秒
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数学における発明の心理
ジャック・アダマール(著) 1990年12月
P82
私は『ル・タン』(Le Temps,1911)で次の文章を読んだとき、初めてこの問題に気づいた。「概念は言語を通すよりほかに認知されることはなく、言語によってのみ存在する。」私がそれを読んだときの感じは、それを書いた人の考えは貧困だということであった。

やはり、まず言語ありきのような考えがあるようです。

P82
私にとってさらに驚くべきことは、有名な言語学者であり東洋学者であったマックス・ミュラーほどの人が、言語なしには思考できないと主張し、さらに私にはまったく理解できないが、次の文章を書いていることであった。「空があるとか、それが青色であるとかいうことをどうして知るだろうか。そのための名前を知らなければ、われわれは空の存在を知るだろうか。」彼はヘルダーとともに、「言語なしには人間は決して理性に到達できなかっただろう」ということを認めるばかりでなく、さらに言葉なしには人間は感覚にさえ到達することはできなかっただろうとつけ加えた。

>>6-7 で取り上げた、おかしな主張に通じるものがありそうです。

P84
一人の哲学者バークレーは、逆方向に断定的である。彼は、言語は思考にとって大きな障害であると信じている。

こちらは逆方向ですね。

P85
ゴールトンの心にみられるこのような性質は、彼にとって不便な面がある。彼がいうには、「私にとって、言語で考える方が他のやり方で考えるほどやさしくないことは、ものを書きとめるときや、とりわけ自分の考えを説明するときにかなりの欠点になる。大いに働いて、自分にとってはまったく明快で満足のいく結果に到達したあと、それを言語で表そうとする段になると、私は、まったく別の知的状態に自分をおくことから始めなければならないと感じる。私の思考にうまく歩調の合わない言葉に自分の思考を翻訳しなければならない。そのため適当な単語や句を探すのに非常に多くの時間を費やしてしまう。また突然話をするように求められると、私は、認識が明快でないからではなくて、ただ口下手のせいで非常にわかりにくいではないかと気になる。このことが私の生涯の小さな悩みの一つである。」
>私がゴールトンの記述を長々と再録したのは、そのなかにたしかに自分自身をみるからであって、彼と同様のなげかわしい経験までも含まれる。


私も、この意見に同感します。

P87
ゴールトンがいうには、彼は、機会の許す限り調査をして、思考する際に頭の中か口に出して言葉をいうことをしない人々の割合を調べ、小さな値ではあったがある値を得た。

個人的な見解では、言葉を介するより、より多くの事を高速に思考していると思われます。

P91
研究の仕事の場合は、もちろん、まるで違ってくる。そのことを知るために、私は、私が数学上の議論を積み重ねたり理解しようとするときに(この本の冒頭で述べたように両者に本質的な差異はない)、私自身の頭のなかに起こることを理解したいと思っていた。
>私が実際に思考しているときには、頭のなかに言語はまったく存在しないと主張できる。私は、質問を読んだり聞かされたあとでも、それについて考えはじめると、途端にすべての言語は消え失せてしまう。その意味で私の場合はゴールドンとまったく同類である。私が研究をし終えるか放り出してしまうまで、私の意識のなかに言語が再現することはなく、そのことはゴールドンと同様である。私は、「思考は、言語で具体化されるとき死滅する」と書いたショーベンハウエルにまったく同意する。
>私は言語に対してだけではなく、代数の記号にさえ同様にふるまっていることを強調しておくことも大切だと考える。私はやさしい計算のときは記号を用いるが、もっと難しそうな問題の場合には、記号は私にとってあまりにも重荷になる。


【「思考は、言語で具体化されるとき死滅する」】とは言い得て妙ですね。
個人的な経験でも、言語化した内容は、思考した事から歪んでいると感じる事はよく有ります。


言語化だけでなく、思考を可視化とか外化とかいう表現がされる事があります。
それらは、思考をそのまま表してはいないでしょう。
又、それらの訓練を重視すると、思考能力の幅を狭め、例えば高い数学の能力が身に付き難い等の負の効果が出てくる可能性があります。

個人的な見解では、ある程度のコミュニケーション(他人の考えを読み取る、自分の考えを伝える)の訓練等に留めないと、負の効果も大きくなっていくと思っています。