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  • 「セルフ塾のブログ」でのやり取り その3

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2016年 5月 7日(土)15時31分44秒
  • 返信
 
自己流で解いていると、壁にぶつかることが
http://selfyoji.blog28.fc2.com/blog-entry-4766.html

>しかし、分数のわり算を教えた。しかし、問題文では1/3が与えられているのに、100÷1/3 ではなく、100×3 という式を立てた、ということは、分数のわり算を理解していないということです。

>分数のわり算の意味はきちんと理解して欲しい。だからこそ、100÷1/3 という式を立てるように指導しなければいけないのです。


ここでは2つの論点がある。

100×3とした子は理解していないのか?
100÷1/3と書くように指導すべきなのか?


前者に関しては後で論ずる。

後者に関して、一般論として以下のように問題を設定する。


ある問題に関して、解法AとBで解いた子がいた。どちらも正しい答えが求まる方法であるが、どちらにも、ちゃんと理解している子とそうでない子が混在しているとする。過去の統計から以下のようなことが分かっているとする。


解法Aで解いた子で 理解しているのは20% 理解していないのは80%
解法Bで解いた子は全員が理解している



この場合、解法Aを使った子に解法Aを放棄して解法Bを使うように指導することは有効であろうか?


まずこの問題をやらせることで、子供が理解しているかどうかを判断する材料にはなるだろう。

Bで解いた子は取り敢えず理解しているということでOK

Aで解いた子は理解していない可能性が高い。

そうすると、その子が本当に理解しているかどうか見極めるために他の問題を出したりすることになる。

あるいは、「理解していない」とみなして理解するように教えることもあるだろう。


しかしそれは「Bで解くように」と教えることを必ずしも意味しない。


解法AとBで理解している割合に有意な差があったとしてもそれは相関関係が提示されたわけであって、因果関係があるかどうかは分からない。

解法Bでやるようにと指導した結果、解法Bで解くようになっても理解が促された結果かどうかは分からない。


毎晩高級料亭で飲食する人に高所得者が多かったとしても、毎晩高級料亭に行くことで所得が上がるわけではない。


また、解法AかBかで、その子が理解しているかどうか推測できるにもかかわらず、「Bで解くように」と指導することで、理解していなくてもBで解く子が出てきてしまうかもしれない。

そうなると、AかBかで、理解しているかどうか判断することが困難になってまう。


理解させるために、Aで解いた子に「Bで解くように」と指導することが有効であるためには、

Aで解いた子は理解していない可能性が高い
Bで解いた子は理解している可能性が高い

という事実だけでは不十分。

Aで解いていた子がBで解くようにすることで理解が促される

ということにならないとならない。


100×3と書いた子に100÷1/3と書くように指導することで理解が促されるかどうか、私は疑問である。


「理解している」の定義を「Bで解く」としてしてしまうのもまずい。

selfyojji さんの主張を見ると、「ちゃんと理解しているのならそれが指導者に分かるように100÷1/3という式を立てるべき」というように思える。

そうすると子どもは、「理解しようとする」のではなく「100÷1/3という式を立てる」ことになる。

つまり、理解することではなく、指導者から「この子は理解している」と思われるような答案を書くことになる。

理解することと、「指導者に理解しているとみなされる答案を書く」ことは必ずしも一致しない。

指導者の責務は、その子が本当に理解しているかどうかを見極めることである。そのためにいろんな問題を出すこともあるだろう。その子の答案や返答、表情などから判断することもありえる。


「答案Aだと理解していないとみなす。答案Bだと理解しているとみなす。だから答案Bを書くようにしなさい」

と指導することではないはず。