投稿者
題名
*内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
URL
sage

  • [42]
  • 東京新聞・中日新聞記事でのコメントへの補足 その3 特定の解法を使わせたいなら

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2017年10月 2日(月)14時45分43秒
  • 返信
 
東京新聞 2017年7月10日付け朝刊   中日新聞  2017年7月13日付け朝刊 の記事「掛け算の順序、学び始めに必要? 新指導要領で論争再燃」での私のコメントの一部
--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
文科省の問題例について「掛け算でなく足し算で求めてもいいし、みかんを一つずつ数えて解答してもいい。掛け算で順序を求められると、算数は『決められた手順を使って解かないといけない』ものだと思い込み、理解を阻む」と批判する。
-------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

これに対して、「じゃあ掛け算を使うことはどうやって教えるのか?」「掛け算の授業で出された問題なのだから、掛け算を使うべき」という批判もあるだろうから、それについて述べる。


■ 暗黙の指示で解法を指定・限定してはならない

 まず重要なことだが、生徒は問題文の意味を素直に受け取り、そこで要求されている答えを見つけることに全力を傾けるべきである。「出題者の意図」だのという余計なことを気にする必要はない。

 問題を素で考えることで、数学の力が付く。4つの皿に5個ずつ蜜柑が乗っている場合の蜜柑の総数を、絵に描いて1つ1つ数えても全く構わない。

 暗黙の指示で特定の解法を要求すると、問題そのものを考えるよりも「先生はどういう風に解いてほしいと思っているのか?」という発想になってしまう。生徒が「この問題ではこの解法を使わないとならない」と思ってしまうと、問題と解法の対応を暗記することが数学の勉強だと思ってしまうことになる。

 これでは数学が分からなくなるのは時間の問題。

 問題-解法の対応パターンは,学年が上がるごとに増加し、高校数学ともなると到底覚えきれなくなる。また仮に覚えたとしても、未知の問題を目の前にしたら対応できなくなる。結局、高校数学あたり破綻することになるが、10年以上染みついた勉強法から抜け出せず四苦八苦する高校生は多い。



■ 特定の解法を使わせたいならどうすべきか?

 教える側からすると、特定の解法を使ってほしいという状況はあり得る。

その場合は、直接そのように指示するということもあるだろう。ただし限定的な場合にとどめるべきだろう。

 ある問題に関して、生徒が手法Aで正解に行き着いたら、「じゃあ手法Bでもやってみて」という具合である。こうしてどちらの方法でも出来ることを確認し、どちらがやりやすいかを実感させて、その後は生徒の判断にゆだねるべきだろう。

 テストの問題として解法を指定することはあまり望ましいとは思えない。

 ましてや、明示的に解法を指定しないでおいて、後から「教えた手法を使わなかったから減点」などというだまし討ちは採点として言語道断であり、,生徒を公式・解法の暗記に駆り立てるもという点で、指導法としても不適切である。


■ 牛刀を使わせたいと思ったら鶏ではなく牛を出すべき

「等差数列の和の公式を理解しているかどうかを見たいから」と、テストで1+2+3を出題して、生徒が公式を使うことを期待するのは無理な話である。

 仮に、生徒が「先生はあの公式を使わせたいのだな」と判断して、期待通り公式で解いたなら、それはそれで指導の失敗ともいえる。

 1+2+3で等差数列の公式を使うのは、牛刀をもって鶏を割く典型例。もちろん、どんなやり方でもいいのだから公式を使ってもかまわないが、普通に計算した方が早いだろうし、そういう判断が出来ることの方が重要である。

 公式が成り立つことの確認として、普通に計算するのと公式を使った場合で答えが一致することを確認させるということはあり得るだろうが、公式を理解しているかどうかを確認するテスト問題としてはふさわしくない。

 公式理解の確認のためには、1+2+・・・+100など、普通に計算したら手間がかかるが公式ならすぐに解けるような問題を出せばいい。

 それでも、普通に計算して正解に行き着いたならマルとすべきだし、やっていくうちに結果的に公式を再構成したのならそれはそれで大いに褒めるべきだろう。
1+2+・・・+100を頭から足すのは大変だからと、1+99、2+98,というような100になる組を計算していくようにしたら、それは実質的に公式を使っているのと同じことになる。

 またどうしても公式を使わざるを得ないようにするには、1+2+・・・+nという具合に、文字を絡めた問題にすべき。m+(m+1)+・・・+nという具合にちょっとアレンジすると、公式を暗記していただけの生徒は困惑し、きちんと理解していた生徒のみが正解を書けるので、理解の確認のテストとしては、よりふさわしい。

 なお私自身は、公式を教える前に、まずはこの手の問題をいきなりやらせてみる、といのが好みではある。


■ 算数かけ算での出題例

小学校低学年で文字式が使えないなら、こういうのはどうだろうか?

求める最終的な答えだけを答案として要求する。
答えは式でもいい。12が正解なら、14-2,3×4、4+8など、計算すれば12になるような式の全てを正解とする。

この前提で「37人に29個ずつ蜜柑を配る。蜜柑の数は全部で何個か?」と出題する。

2桁のかけ算を知らなくても、かけ算で表すことは出来るだろう。

もちろん、37×29 29×37 どちらも正解だし、29×36+29なども正解とすべき。

こうすれば、楽をするにはかけ算の式を書かざるを得なくなる。

「楽をしたい」「面倒臭いことを回避したい」というのは、算数・数学の力をつける大きな原動力となる。公式は「楽をしたい」という人間の性によって生み出される。 1+2+・・・+100を頭から足すのは面倒くさいから、1+99,2+88、・・・とすることになる。この考えを推し進めれば公式が得られる。

 「楽をしたい」という人間の性をうまく利用して、目標とする解法を使わざるを得ない状況を作り出すのが、教える側の腕の見せ所である。
 特定の式を使わせたいのなら、そのために努力すべきは教える側である。「かけ算で式を立てられることを見るのがこの問題を出す目的だから、かけ算を使っていない答案は不正解」などというのは、教える側の責任放棄ともいえる。