<思いやりのあるコミュニティ宣言>
 teacup.掲示板は、皆様の権利を守りながら、思いやり、温かみのあるコミュニティづくりを応援します。
 いつもご協力いただきありがとうございます。

投稿者
題名
*内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
URL
sage

  • [41]
  • 東京新聞・中日新聞記事でのコメントへの補足 その2  どんな解法でもいいから答えを出そう

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2017年10月 2日(月)14時44分47秒
  • 返信
 
東京新聞 2017年7月10日付け朝刊   中日新聞  2017年7月13日付け朝刊 の記事「掛け算の順序、学び始めに必要? 新指導要領で論争再燃」での私のコメントの後半

-----------------------------------------------------------------------------------------------
 さらに、西沢氏は「こういう指導だと将来的に『問題を見て、解法のパターンに当てはめて解答しようとする』悪い癖がついてしまう」と指摘する。文科省の問題例について「掛け算でなく足し算で求めてもいいし、みかんを一つずつ数えて解答してもいい。掛け算で順序を求められると、算数は『決められた手順を使って解かないといけない』ものだと思い込み、理解を阻む」と批判する。
-----------------------------------------------------------------------------------------------

 教える側は、「こういう解法で答えを出して欲しい」と思って問題を出すことが多い。問題を出す目的が、ある特定の解法の習得のためであることもしばしばある。
 しかしそれは教える側の都合であり、問題を解く側がそれを忖度する必要はない。

 問題が出されたときに、生徒は「どういう解法なら先生は満足するだろうか」などと考える必要はないし、そのような余計なことを考えないで問題そのものに取り組むことが数学上達の秘訣である。もちろん、そうやって取り組んだ結果、教える側が望んでいる解法と一致することはあり得るし、それは別に構わない。

 教える側の立場でみたら、生徒が「先生の望んでいる解法はなんだろうか?」と考えてしまったとしたら、それは教え方が失敗していると言える。ましてや、「望んでいる解法と異なるからバツ」などというのは言語道断である。


1皿に5個ずつ蜜柑が乗っていて、4皿ある時の蜜柑の総数を、掛け算を知らないでもとめるなら1つずつ数えたり、5個ずつ足し上げたりすることになるだろう。そのような作業こそが、掛け算の理解へとつながる。

 掛け算を習った後であっても同様である。掛け算を習ったからと言って、無理に掛け算を使う必要はない。もちろん使っても構わない。

 与えられた問題に対して、素で考えることをしないで「何らかの式を立てて求めないとならない」となってしまうことが、いわゆる[逆思考の問題」を難問にしている原因であろう。

「何人かで遊んでいるところに2人やってきたので5人になった。最初に何人いたのか?」

この手の問題は算数教育の世界では"難問"とされている。「やってきた」という足し算の場面なのに、5-2と引き算で求めないとならないから難しいのだという。多くの児童が5+2にしてしまうと言う。

しかし本当に難問なんだろうか?難問になるように教えてしまっているのではないだろうか?

文章を理解でき、数か数えられるなら、最初にいた人数は5人よりも少ないと分かるし、そこから色々考えて3人と分かるのではないだろうか?

もし分からないなら、そのような児童に式を立てさせることは意味がないであろう。

またこのように式に頼らないなら答えが出せるのに、式を5+2としてしまうなら、式が問題を解くために何の役にも立たないどころかむしろ有害になってしまっている。

どちらにしろこの状態で式を立てさせることは有害である。

同様のことは、高校数学までずっと続く。

「ABCDEの5文字から2文字、アイウエの4文字か2文字を取り出して、その4文字を並べる方法は?」という問題で、「Cを使うのかな?Pを使うのかな?」などとしてしまう生徒がやるべきことは、CだのPだの階乗だの一旦忘れて、問題そのものを考えることである。その場合、問題を簡単な数に置き換えて虱潰しにするなどが有効である。


いずれにしても、算数・数学では試行錯誤が重要で、それによって理解が深まり、やがて結果的に問題を見て瞬時に解法が分かるようになる。試行錯誤の過程をすっ飛ばして、最初から一発で式を立てて答えを出そうとすると、算数・数学は分からなくなる。

 当然、教える側が生徒に、「最初から一発で答えを出すように」などと求めてはならない。