• [0]
  • 観点別評価などについて

  • 投稿者:積分定数
 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%B3%E7%82%B9%E5%88%A5%E5%AD%A6%E7%BF%92%E7%8A%B6%E6%B3%81
観点別学習状況(かんてんべつがくしゅうじょうきょう)とは、学校で、児童生徒(学習者)の各教科における学習の状況を分析したものである。分析にあたっては、学習指導要領に示された目標に照らして、各教科の学習内容をいくつかの観点に分け、それぞれの観点ごとに学習の状況を分析する。

投稿者
題名
*内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
URL
sage

  • [106]
  • Re: よー分からんけど

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2019年 6月25日(火)21時23分33秒
  • 返信
 
>>105
> 観点別評価って対象を知ってるだけで分かってないやつでも得点できるように
> したシステムやろ。要するに。

「分類した事は全てやれ」となっていて、その一部が下らない知識の要求になっていると思われます。

  • [105]
  • よー分からんけど

  • 投稿者:kankichi573
  • 投稿日:2019年 6月24日(月)22時14分28秒
  • 返信
 
観点別評価って対象を知ってるだけで分かってないやつでも得点できるように
したシステムやろ。要するに。

  • [104]
  • 市川伸一氏の情報その4

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2019年 6月23日(日)10時16分27秒
  • 返信
 
中央教育審議会で「評価」を含むものの全ての委員を務めています。

教育課程部会 児童生徒の学習評価の在り方に関するワーキンググループ:文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/043/index.htm
第1回:平成21年(2009年)6月8日 ~ 第13回:平成22年(2010年)3月17日

教育課程部会 総則・評価特別部会:文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/061/index.htm
第1回:平成27年(2015年)11月2日 ~ 第10回:平成28年(2016年)7月7日
教育課程部会 総則・評価特別部会 委員名簿:文部科学省 (平成27年05月)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/meibo/1372153.htm
主査代理

教育課程部会 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ:文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/index.htm
第1回:平成29年(2017年)10月16日 ~ 第12回:平成30年(2018年)12月17日
主査



「評価」に関しては、教育課程部会(平成13年(2001年)から現在も続いている)で議論されています。
教育課程部会:文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/004/index.html#pagelink5
教育課程部会(第1回) 議事要旨:文部科学省
平成13年(2001年)6月15日
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/004/gijiroku/1263842.htm
>4.議事要旨
>児童生徒の学習と教育課程の実施状況の評価の在り方について



教育課程部会(第108回)・教育課程部会 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第11回)合同会議 議事録:文部科学省
平成30年(2018年)12月3日
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/1412416.htm
>3.議題
>児童生徒の学習評価の在り方について

市川氏は第1回から継続的に委員を務めています。(古い情報はフルネームが確認出来ないものもありますが、おそらく市川伸一氏で間違いなさそう)
市川伸一氏は、中央教育審議会では「評価」に関して第一人者という扱いのようです。

  • [103]
  • 市川伸一氏の情報その3

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2019年 6月22日(土)18時28分4秒
  • 返信
 
>>101-102 以外の、中央教育審議会の委員を務めた情報です。

教育課程部会 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ:文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/index.htm
第1回:平成29年(2017年)10月16日 ~ 第12回:平成30年(2018年)12月17日
主査

教育課程部会 教育課程企画特別部会:文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/053/index.htm
第1回:平成27年(2015年)1月29日 ~ 第26回:平成28年(2016年)12月6日

教育課程部会 中学校部会:文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/076/index.htm
第1回:平成28年(2016年)4月21日 ~ 第4回:平成28年(2016年)7月1日
主査

教育行財政部会:文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/006/index.html
第13回:平成15年(2003年)12月5日 ~ 第22回:平成16年(2004年)5月25日
それ以前の情報無し
委員や臨時委員として市川氏(苗字のみ)の名前が載っています。

  • [102]
  • 市川伸一氏の情報その2

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2019年 6月22日(土)17時14分4秒
  • 返信
 
過去(2003年以降で最新を含まず)の中央教育審議会の委員を務めた情報です。

審議会情報(中央教育審議会 初等中等教育分科会)-文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/old_index.htm
2003年11月 第2期中央教育審議会 初等中等教育分科会委員
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/meibo/03112002.htm
(臨時委員)平成13年5月14日発令

2004年12月 初等中等教育分科会 教育課程部会委員・臨時委員
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/meibo/03060501.htm
臨時委員

2005年5月 第3期中央教育審議会 初等中等教育分科会 教育課程部会委員・臨時委員
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/meibo/05062007.htm
臨時委員

2005年12月1日 中央教育審議会 初等中等教育分科会 教育課程部会 教育課程企画特別部会委員
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/meibo/05062001.htm

2005年12月12日 第3期中央教育審議会 初等中等教育分科会 教育課程部会委員・臨時委員
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/meibo/05090203.htm
臨時委員

2006年7月6日 教育課程部会委員名簿
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/meibo/06112707.htm

2006年8月1日 第3期中央教育審議会 初等中等教育分科会 委員名簿
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/meibo/06091904.htm
(臨時委員) △:平成13年5月14日発令

2007年4月1日 第4期中央教育審議会 初等中等教育分科会 委員名簿
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/meibo/07050204.htm
(臨時委員)

2007年8月1日 第4期中央教育審議会 初等中等教育分科会 委員
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/meibo/07090411.htm
2008年2月 第4期中央教育審議会 初等中等教育分科会委員
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/meibo/08021206.htm
2008年4月1日 第4期中央教育審議会 初等中等教育分科会委員名簿
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/meibo/08042111.htm
(臨時委員)平成19年2月14日発令

2008年4月1日 第4期中央教育審議会 初等中等教育分科会 教育課程部会委員
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/meibo/080509.htm

2008年10月15日 第4期中央教育審議会 初等中等教育分科会委員名簿
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/meibo/08102217.htm
平成19年2月14日発令



初等中等教育分科会:文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/index.htm
名簿
平成14年(2003年)10月 ~ 令和元年(2019年)05月
の全てで臨時委員

過去の初等中等教育分科会について
教育課程部会 児童生徒の学習評価の在り方に関するワーキンググループ:文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/043/index.htm
第1回:平成21年(2009年)6月8日 ~ 第13回:平成22年(2010年)3月17日

教育課程部会 総則・評価特別部会:文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/061/index.htm
第1回:平成27年(2015年)11月2日 ~ 第10回:平成28年(2016年)7月7日
教育課程部会 総則・評価特別部会 委員名簿:文部科学省 (平成27年05月)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/meibo/1372153.htm
主査代理

教育課程部会 教育課程企画特別部会:文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/039/index.html
第1回:平成16年(2004年)6月11日 ~ 第16回:平成18年(2006年)9月27日

教育課程部会 中学校部会:文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/030/index.html
第1回:平成18年(2006年)4月17日 ~ 第6回:平成19年(2007年)9月11日
資料1 中央教育審議会 初等中等教育分科会 教育課程部会 中学校部会委員名簿:文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/030/siryo/attach/1401698.htm
主査

  • [101]
  • 市川伸一氏の情報その1

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2019年 6月19日(水)21時33分31秒
  • 返信
 
中央教育審議会第1小委員会:文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/old_chukyo/old_chukyo_index/bunkabukai/bukaiiinkai/1313204.htm
第17回:平成8年(1996年)11月27日 ~ 第23回:平成9年(1997年)3月27日
それ以前の情報無し

中央教育審議会第2小委員会:文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/old_chukyo/old_chukyo_index/bunkabukai/bukaiiinkai/1311476.htm
第14回:平成8年(1996年)12月4日 ~ 第20回:平成9年(1997年)3月24日
それ以前の情報無し

の2つの中央教育審議会の委員会の委員に、市川氏(フルネームで載っていないので、市川伸一氏かは不明)の名前があります。
「生きる力」や「新しい学力観(新学力観)」について議論されています。(「観点別学習状況」という言葉も登場します)



教育課程審議会(1999~2000):文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/old_chukyo/old_katei2000_index/index.htm
第1回:平成11年(1999年)12月17日 ~ 第17回:平成12年(2000年)12月4日
の委員にフルネームで載っています。
観点別評価(観点別学習状況評価、「観点別学習状況」の評価)について議論しています。

教育課程審議会(1999~2000)(第1回) 議事録:文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/old_chukyo/old_katei2000_index/gijiroku/1310423.htm
○ 私は専門が教育心理学なんですけれども、教育心理学にとっても、この教育の評価の問題というのは非常に大きなテーマです。
> 今回、その評価ということが、この審議会でも検討されるということなんですが、評価は何のためにあるのかというときに、評価は、学習改善のためのものだ、基本的には、私はそう考えています。ただ、実際に今行われている評価が学習改善に結びついているんだろうかというと、どうも余りそういう気がしない。例えば、通知表にしても、先生からもらって、「あっ、自分はこう評価されたのか」、それで終わるだけで、なかなかそれが学習改善に結びつかない。そこが問題なんだろうと思います。
> 2つの点だけちょっと申し上げたいと思います。1つは、今回、学習の結果だけではなくて過程も評価するべきではないかということが出たのは、私は、大変重要な点だと思います。私たちが、例えば地域の子どもたちに学習相談のようなことをやったり、それから、学校の授業を見ていても、どういう内容を学習するかということは、教科書もありますし、学習指導要領に沿って決められていますが、どういうふうに学習を進めていくかということは、指導も評価も非常にあいまいといいますか、ほとんどなされていません。できる子は勝手にできるようになっていく、できない子は何をどうしたらいいかわからない、そのうち自信をなくしてしまうという状況がよく見られます。それには、学習の過程についても、何らかの指導や評価が必要なんだろう。それは、子どもに学習方法を押しつけるという形ではなくて、いろいろな方法を経験してみて、自分に合った学習方法を模索していくという態度を育てることが不可欠だと思います。
> それに関連して、私がちょっとひっかかるのは、「よい点を評価する」というところです。これはもちろん大事なことなんですけれども、よい点を褒めるだけでは学習は改善されない。むしろ、どういう改善点や問題があって、どうそれを克服していったらいいのかということを取り上げるべきではないかなと。以上が第1点です。
> それからもう1点として、今度「単なる知識の量ではなく」という表現があって、私もこれは非常に大事なことだと思います。思考力、表現力、理解力というようなことは非常に大事な点で、測りにくいけれども大事な能力だと思います。ただ、ちょっと危惧があるのは、これが現場で受け取られるときに、ややもすると知識軽視になってしまうといいますか、知識は余り要らないというふうになってしまうと、非常に問題だなと思います。
> 私がこれまでまずかったと思うのは、知識というのは、持っていること自体に価値があるように思われていたんじゃないか。つまり、知識の再生を求める問題が多くて、持っていること自体で評価されていた。むしろ、知識は断片的な知識をただ持っているというだけではなくて、「どれくらいその知識が構造化された、有機的なものになっているか」ということと、「知識をどれくらい使えるか」ということが大切なのではないかなと思います。ですから、よく構造化されて使える知識にする。そのこと自体は非常に重要なはずで、むしろ、そういうことがこれから評価されるようになっていくといいのではないかなと思っております。


この頃の議事録は、発言者の名前を載せていません。
しかし、内容からほぼ間違いなく市川伸一氏だと思われます。

  • [100]
  • 事実的な知識の習得を問う問題

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2019年 6月18日(火)20時34分27秒
  • 返信
 
中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会 「児童生徒の学習評価の在り方について(報告)」:文部科学省
平成31年1月21日
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/004/gaiyou/1412933.htm
児童生徒の学習評価の在り方について(報告)  (PDF:871KB)
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2019/04/17/1415602_1_1_1.pdf
(2)観点別学習状況の評価の改善について

>②「知識・技能」の評価について

>具体的な評価方法としては、ペーパーテストにおいて、事実的な知識の習得を問う問題と、知識の概念的な理解を問う問題とのバランスに配慮するなどの工夫改善を図るとともに、


【事実的な知識の習得を問う問題】も出題しろと受け取れますね。




ちなみに、中教審の委員にとっては飯の種ですね。

2019年改訂 速解 新指導要録と「資質・能力」を育む評価 市川 伸一/編集|地方自治、法令・判例のぎょうせいオンライン
https://shop.gyosei.jp/products/detail/10012
(★マークは「児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ」メンバー)

>市川伸一(いちかわ・しんいち)
> 1953年生まれ。77年東京大学文学部心理学専修課程卒業。80年同大学院博士課程中退(心理学専攻)。88年文学博士。埼玉大学、東京工業大学を経て、94年より東京大学助教授、教授。2019年4月現在、東京大学大学院客員教授。中央教育審議会初等中等教育分科会委員、同学習評価ワーキンググループ主査。今次学習指導要領改訂の中心的存在として、改訂作業から学習評価の策定までに関わった。


  • [99]
  • Re: 「評価の方針等の児童生徒との共有」の一環かも

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2019年 6月16日(日)22時32分30秒
  • 返信
 
>>98

大雑把には、まず組織としての評価方針を決め、教師はそれに向かって指導をし、生徒は評価される為に学習しろというのが文科省の方針だと受け取っています。

単純化すると、最初から過去問を生徒に配るのは、
→評価方針を明確にし、児童生徒と共有出来る。
→教師は点数が取れるように指導すれば良い。
→生徒も点数が取れるように学習すれば良い。
となるので、新学習指導要領の下での学習評価を実施しようとすると、今後も増えていくと予想しています。


中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会 「児童生徒の学習評価の在り方について(報告)」:文部科学省
平成31年1月21日
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/004/gaiyou/1412933.htm
児童生徒の学習評価の在り方について(報告)  (PDF:871KB)
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2019/04/17/1415602_1_1_1.pdf
児童生徒の学習評価の在り方について(報告) の概要  (PDF:585KB)
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2019/04/17/1415602_2_1_1.pdf
関連資料  (PDF:100KB)
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2019/04/17/1415602_3_1_1.pdf

が公開されているので、そのうちチェックをしておきたいです。

  • [98]
  • Re: 「評価の方針等の児童生徒との共有」の一環かも

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2019年 6月16日(日)20時44分21秒
  • 返信
 
>>97

生徒が理解しているかどうかの指標、生徒を理解させるための参考資料としての評価、

じゃなくて

評価そのものが目的になってしまっている?

  • [97]
  • 「評価の方針等の児童生徒との共有」の一環かも

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2019年 6月15日(土)15時43分9秒
  • 返信
 
https://twitter.com/hige1126/status/1139729626178080769
定期テストの過去問ね。うちはやらない。その子が伸びるために必要なことだとは思えないから。
>でも学校では過去問を生徒に配り「これとそっくりな問題が出るぞ!」と。範囲の勉強を終えた子にやらせるのではなく、最初からこれではまともに勉強する子がいなくなるのも納得だ。


最初から過去問を生徒に配るのは、「評価の方針等の児童生徒との共有」の一環の可能性があります。

教育課程部会 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第12回) 議事録
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/1412418.htm
評価の方針等の児童生徒との共有についてということで,あらかじめどのような基準で評価を行うのか,これについて児童生徒とも共有していくことが大事ではないかという御指摘を,これは若江先生からも頂戴していたところでございます。この表現について,もともとは評価の方針等としておりましたけれども,少し分かりにくいのではないかという御指摘がありましたので,評価の基準や評価方法等の評価の方針について,これを共有していくということが大事ではないか。また,このパラグラフの最後の方ですけれども,こういった評価の方針等について共有していくということで,どんな力を付けていったらいいのかという具体的なイメージを児童生徒に持ってもらうということからも重要であるということに加えて,こういう見通しを持たせることが自己の学習調整を図るきっかけになるということも期待されるであろうという,この最後の文を追加させていただいてございます。

パブコメ「児童生徒の学習評価の在り方について(これまでの議論の整理)」の雑感
https://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t82/85
でも取り上げています。

生徒に対して評価される事だけやればよいというメッセージを出すのは、当然の結果だと思っています。

  • [96]
  • なぜ数学の定期試験なのに「法則の名称」を出題するのか─観点別評価の帰結

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2019年 6月 3日(月)21時03分54秒
  • 返信
 
なぜ数学の定期試験なのに「法則の名称」を出題するのか─観点別評価の帰結|中納言先輩|note
https://note.mu/insects/n/nc52f1ec975ac

  • [95]
  • 「JAPAN e-Portfolio」とは

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2019年 5月 6日(月)23時15分35秒
  • 返信
 
https://jep.jp/EPortfolio/statics/about.html
>JAPAN e-Portfolio」は、各大学の入学者選抜において卒業認定・学位授与の方針・教育課程編成・実施の方針を踏まえた入学者受入れの方針に基づいて「学力の3要素」を多面的・総合的に評価するために活用すること、及び高等学校教育、大学教育の質の確保・向上に向けた取組みに活用されることを目的に、文部科学省より「JAPAN e-Portfolio」の運営を許可された一般社団法人教育情報管理機構が提供するサービスです。本サービスでは、高校生活における学校の授業や行事、部活動、取得した資格・検定や学校以外での活動成果を記録し、今後の学び・成果につなげていくためのふりかえりと、蓄積した「学びのデータ」を個別大学の出願等に利用することができます。


>運営サポート
株式会社ベネッセコーポレーション

  • [94]
  • 「児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第10回) 議事録」の雑感

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2019年 2月21日(木)21時28分47秒
  • 返信
 
教育課程部会 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第10回) 議事録
平成30年11月26日(月曜日) 10時00分~12時00分
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/1412410.htm
が最近公開されました。
その雑感です。

【笠井健一教育課程調査官】
 そして,「主体的に学習に取り組む態度」です。これについては,これらの知識及び技能や思考力,判断力,表現力等の内容を鑑みて,さらに,第2学年の「数量や図形に進んで関わり,数学的に表現・処理したことを振り返り,数理的な処理のよさに気付き生活や学習に活用しようとしている」といった主体的に学習に取り組む態度の趣旨イメージを踏まえて,内容として以下の2つの点を設定しました。
> 一つが,「累加の簡潔な表現としての乗法のよさに気付き,ものを数えるときに乗法を用いようとしている」。それから,もう一つが「進んで乗法の計算の仕方を考えようとしたり,乗法に関して成り立つ性質を見いだしたり,見いだした性質を活用しようとしたりしている」です。


乗法の単元だから、乗法を使わないと評価しないという立場のようです。

 評価場面の一つの例として,2の段から5の段の乗法九九の学習をした後に,6の段の中の,特に6×5について答えの求め方を考えようという場面で評価をするということで考えました。B評価として,これが規準と考えたわけですけれども,乗法の意味や乗法に関して成り立つ性質を基に,乗法の計算の仕方を考えようとしている。6×5というのは6+6+6+6+6で乗法の意味から求められますし,または,先ほどの乗法に関して成り立つ性質として1つ前の答えに6を足せばいいといったことも今回習う性質としてありますので,6×5は六四,二十四+6で求められる,若しくは交換法則として6×5は5×6という計算法則がありますから,それでこのようなことを使って求めようとしているということをB評価としました。

「5+5+5+5+5+5」はB評価にならない可能性がありそうですね。
「6×5=30」は授業では未習なのでC評価にされそうです。

 それで,A評価としては,それらの幾つかの方法で考えるということを考えました。例えば6×5は6+6+6+6+6という計算する際,子供たちによっては暗算が苦手で,6+6は12,12+6は18,18+6は22かなってやって,22+6は28といったように,途中で答えを間違えてしまう子供がいるわけですが,そのときに六五は五六だから,五六,三十だから,あ,30だな,じゃ,もう一回ちょっと計算し直してみようといったようなことで,幾つかの方法で考えることによって答えが確かなことを確認しようとしている。こういった姿をAと評価するというふうに考えました。

「幾つかの方法で考える」という評価されるテクニックを教師に見せ付けろとしか見受けられません。
これが「主体的に学習に取り組む態度」の正体だw

 それから,Cの評価としては,実際こういった6×5については,子供たちにこういったアレイ図という丸が5の列が6列並んでいるような図を示すことが多いのですけれども,こういった数を基に,1,2,3,4,5,6,7,8,9,10と,掛け算を使わないで答えを数えて求めているといった子はCだろうというふうに判断しました。

例えば繰り上がりのある足し算に難がある生徒にとっては、この方法で答えを求めようとしても「主体的に学習に取り組む態度」は十分に示せているでしょう。
生徒は授業で教えた事が身に付いているのが前提にようです。
授業で学んではいけない事(予習や塾等)を知っている場合も評価がめちゃくちゃになりそうです。
生徒の状況を把握せずに「主体的に学習に取り組む態度」を評価しようとしても、上手くいく筈が無いでしょうね。


 そういったことを踏まえて,今回,第5学年の平面図形の面積では,三角形,平行四辺形,ひし形,台形の面積の求め方を考える場面なのですが,第2学年の乗法と同じように学習指導要領の内容に示した知識及び技能と思考力,判断力,表現力等を踏まえて評価規準も書きました。
> 「主体的に学習に取り組む態度」は,このように考えました。一つは,5年生の平行四辺形の面積のときは,4年生に正方形や長方形などの面積を学習していますので,「その求め方に帰着させて考えることで,三角形,平行四辺形,ひし形,台形の面積を求めることができるというよさに気付き,学習したことを生活や学習に活用しようとしている」としました。それからもう一つは,「三角形,平行四辺形,ひし形,台形の面積について,数学的に表現・処理したことを振り返り,多面的に捉え検討してよりよいものを求めて粘り強く考えようとしている。また,三角形,平行四辺形,ひし形及び台形の面積の公式を導きだそうとしている」としました。
> 教科書会社によって平行四辺形と三角形を学習する順序が違ったりしているのですが,一つの例として,平行四辺形の面積の求め方を考えたり,公式を導いたりする学習の後に,三角形の面積の求め方を考えようとしている場面として評価するとしたらどうなるかということを考えました。

> B評価としては,例えば,三角形のある部分を移動して長方形にして,長方形の面積の公式を用いて面積を求める方法,若しくは,元の三角形と合同な三角形を組み合わせて平行四辺形にすることで,平行四辺形の面積の求め方を用いて面積を求めようとしている。こんなような求め方をしようとしているということが分かればB評価としていいのではないかと考えました。


この方法を事前に知っていて、教師にアピールするとB評価になりそうです。

 一方,A評価としては,そういったことについて,今お話しした方法で面積を求めた後,数値や形を変えた三角形についても,それらの方法が使えるか検討しているということを考えました。例えば,最初は,底辺が6センチで高さが4センチ,こんなような底辺も高さも偶数の形で面積を求めた考え方が,今度は奇数になった場合は,例えば横に切ったりとかしづらい図形について,また,高さが底辺からはみ出してしまう,こういう図形についてうまく使えるのかなといった,先ほどの長方形にするといったことはちょっと使いにくくなってくるわけですが,そんなようなことを考えてよりよい方法を見付けていこうとすることをA評価としたらいいのではないかなということを考えました。

> 一方で,C評価は,苦手な子供たちのために,ある程度量感を持たせたいといったことから,方眼の上に三角形を描いて示すということもよくあるわけですけれども,その方眼を実際数えて面積を求めようとするということにとどまっている,こういった子もCではないかなと考えました。


どんな図形でも対応可能な方式をC評価にするというのは、「主体的に学習に取り組む態度」って何なのですかね?

若しくは,5年生ぐらいになると,首都圏では中学校受験等もあるので,先に塾で習っちゃって,三角形の公式は底辺×高さ÷2だから,もうそれで終わりと,もうそれ以上考えようとしないといった子もCではないかなと考えました。実際こうやって公式を覚えている子は,なぜそんな公式が使えるんだろうかということを,この具体的な三角形の意味に基づいて,例えば三角形を2つ合わせると平行四辺形になることからこういう公式が導き出されているんだなということを考えられれば,BやAになるわけですけれども,ただ公式だけ使って答えているという子供はCでいいのではないかなというようなことを考えました。

生徒の状況を把握せずに「主体的に学習に取り組む態度」を評価しようとすると、考えていない扱いになるようです。
生徒自身が考え出した事か、どこかで覚えた事か判断する事は不可能です。
生徒は教師にアピールしないと評価されないし、評価されるテクニックを知っているかが重要になりそうですね。


【善本久子委員】
それともう一つは,特に高等学校などの場合は,1人の教員が300人ぐらい評価するということが普通にありますので,そのような評価の現場でこのようなことが実際上に可能であるかどうかというところは,現場の立場で申し上げると一方で非常に難しい点。もちろん,努力をして個々を見取るということをやっていかなくちゃいけないんですが,難しい場面かなと思います。

やはり観点別評価は実現性に問題ありありですね。


【伊藤幸子委員】
ここで,「『自らの学習を調整しようとしている』意思的な側面が認められるかどうかを判断するものであり,その学習の調整が『適切に行われているか』を判断するものではない点に留意する必要がある」という表現で説明されていますが,ちょっとここが現場からすると誤解を招きやすい言葉かなと。

「既に適切に行われている」状態でも、「『自らの学習を調整しようとしている』意思的な側面」がないと評価されないのですかね。
日本に蔓延していそうな「改革病」のように思えます。


【白井俊教育課程企画室長】
ここで言おうとしているのは,一人一人が「主体的に学習に取り組む態度」の評価についても特性があるのではないか。それを見取ってあげないと,一律的な型を押し付けるような評価になってしまうおそれがあるんじゃないかという懸念から書いているところでございます。

当たり前の話が出るとホッとします。
が、おそらく無視される内容となりそうです。


【市川伸一主査】
 具体的にはじゃあそれをどういう材料でどういうふうに評価するかということで,学校の先生も悩んでいらっしゃると思いますが,いろいろやっている学校もあって,例えば小学校でしたらノート点検みたいなのがありますね。ノートを見ると,確かに子供たちがどれくらい主体的に取り組んでいるかというのは結構分かることがあります。一方では,ノートをとらないという子供もいますよね。「僕はノートなんてとらなくていいんだよ」と言って,でも,それですごいいい成績をとっていれば,まだそれもストラテジーかもしれませんけれど,内容を聞いてみるとほとんど理解していないとなったら,これはやっぱりノートをとらないというのはまずいだろうと思われます。次に,とっているけれども,先生が板書したことをそのままただ写すだけという子もいます。これ,実は多いかもしれません。ところが,もっと主体的になってくると,あ,ここは大事だとか書き込みをしたり,ここがポイントとか,あるいは,さっき秋田先生がおっしゃったみたいに,理科の実験でこの条件変えたらどうなるかなんていう疑問を自分で書き込んだり,そういうことをやっている子だと,これは相当主体的に取り組んでいるなという気が確かにいたします。それはまた指導もできると思います。

相変わらず市川伸一氏は現場の状況を知らないようです。

  • [93]
  • 「児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第9回) 議事録」の雑感

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2019年 2月10日(日)13時41分46秒
  • 返信
 
教育課程部会 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第9回) 議事録
平成30年10月23日(火曜日)10時00分~12時00分
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/1412409.htm
が最近公開されました。
その雑感です。

【天笠茂教育課程部会長】
その上で,恐らくこれからのまとめの段階で,それがプラスされていくんではないかということも拝察するんですけれども,それは学校全体で組織的に評価に取り組む,こういうことというのは前回のまとめのときにも,その柱があった。それは評価の方向性が固まってから,方向が出されてから,学校として組織的に取り組むんだということとしてまとめた,そういう経過をたどったという記憶を持っているんですけれども,今回も恐らく,今後そういう手続に入っていくことになるんじゃないかと思うんです。その点について申し上げさせていただきたいということなんですけれども,その扱いを是非付け足しのような形にしていただきたくないということで,この議論の経過そのものが組織的な対応ということと,常に一体的なものとしてあるんだということ,是非そのあたりのところを関連させながらというか,一体的に捉えていくことの必要性があるんじゃないかということを申し上げさせていただきたいと思うんです。

既に学校に組織的に運用する土台があれば、【学校全体で組織的に評価に取り組む】事も可能かもしれませんが、組織的な対応を全面に押し出せば、硬直した運用形態に落ち着き学校が多数になると思われます。改善しない方面は組織の力で改善しない力が働いていくのではないでしょうか。

現在、学校に組織的に運用する土台がない場合、校長や教委が組織的に運用しろと押し付けて、教師間の関係も良好にはならないでしょう。

個を成長させて組織を回そうという考えと、組織的に運用するのは当然だから個はそれに合わせろでは考えが全く違います。
天笠茂氏は後者の考えのように思えてなりません。

【善本久子委員】
それから,観点を入れる上での様々な評価の課題点の中でずっと出てきた中で,大きいものと小さいものがあると思うので,私はそこをうまく峻別していくことが必要かなと。例えば奨学金というのもずっと出てきているのですが,これに関しては,個々の学習の活動を見るというよりは,私の理解では,条件のために出されているのにすぎないので,例えば今までの数値で3.5となっていたものを,観点別評価のA評価が幾つ以上みたいに変えれば済むことなので,余り本質的な問題ではない。

奨学金の条件って、こんなので良いのか疑問です。

  • [92]
  • 「児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第8回) 議事録」の雑感

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2019年 1月27日(日)21時09分42秒
  • 返信
 
教育課程部会 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第8回) 議事録
平成30年9月20日(木曜日) 10時00分~12時00分
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/1412407.htm
が最近公開されました。
その雑感です。

【髙木展郎委員】
そして,もう一つこれは実践事例が今,出てきていまして,先ほど善本先生が言われたe-ポートフォリオと大学への問題なんですが,現実にある高等学校で自己評価,相互評価をやらせたら,生徒は文章を書けないと。だから,我々が自己評価や相互評価を生徒に評価しろといっても生徒が書けない状況がある。言い方が悪いですが,そういう子たちもいて,自己評価できない子,相互評価ができない子がいるんだという現実を鑑みますと,やはり評価というのは,目標準拠評価を今ここでやっているわけですから,学習指導要領に書かれている目標,いわゆる学習指導要領の内容を評価規基準ということで考えていきませんと,かなり振れ幅が大きくなって,評価そのものの信頼性,妥当性はなくなってくるというふうに考えております。

【我々が自己評価や相互評価を生徒に評価しろといっても生徒が書けない状況がある。】とありますが、様々なケースがあると思われます。
 客観的な視点で物事を書く経験が無さそう
 そもそも何を書くべきか分からない
 評価した事を教師に評価・チェックされるプレッシャー
 本音を知られる事で生徒間も含めて軋轢が生じる可能性がある
 内申に影響があると、本音を書かなくなる(教師に対するアピール化)
 将来的には、内申を良くする為のテクニックが広まり、信頼性や妥当性は年々劣化していく
等々、考えられます。

【鈴木秀幸委員】
それで,ごく最近出てきたイギリスのカリキュラムジャーナルという雑誌の論文を読みまして,何が書いてあるかと申しますと,オーストラリアでこのメタ認知能力,ちょうど我が国でいう主体的に学習する態度にほぼ相当するような観点の育成を目指して指導しているんですけれども,余り効果がないと。なぜかというと,教員がそもそも主体的にメタ認知能力について,オーストラリアでもよく分かっていないと。ですから,どう指導していいかも分からないという点で,基本的にまだ始まったばかりと。ですので,教員のそういう主体的に学習に取り組む態度やオーストラリア流に言えば,メタ認知能力に関する理解がまだ全然進んでいないと。ですので,指導もうまくいかないし,効果も今のところ出てこないという状況だそうです。ですので,そこから考えると,評価もABCのような区分というのは,指導もなかなか難しいと。結果的に評価もそんなにABC付けられるのかという疑問があります。

文科省の方針も全体的に似たようなものですね。
とにかく○○しなさいというお達しを出す。
教師はそれがどういうものか知らず、指導法も不明。
教師を指導する人材がいないまま何年も過ぎ去る。
何も残らないか、おかしな形で定着する。

【奈須正裕委員】
その意味で,この主体的な学習に取り組む態度というのは,きちんと3つの柱として,同じウエートで,知識・理解や思考力・判断力・表現力と同じウエートで置くべきだろうと思います。スキルだということは,教育的に育成可能だということでもあるわけで,もちろん知識・技能や思考・判断・表現に比べれば難しいし,それは長期に及ぶしということはあると思うんですけれども,育成可能だということだし,その世論を作っていく。

興味のある事には、干渉しなくても主体的に取り組むのはある意味当然の行為です。
しかし、下手に干渉をすると、負の効果が発生する事もあります。
中教審を見ていると、事前に負の効果を考慮していない能天気さを感じます。

【善本久子委員】
ただ,その中で中高が一緒に暮らしている中で,観点別評価というものが非常に子供にとっても,保護者にとっても,また教員にとっても重きを置かれているという実感がなかなか現実にはないということがあるものですから,それをやっぱりどういうふうに変えていくかなというところは,私自身は非常にこの議論の中で,そういう現場を預かる校長の立場として悩ましいことだなと思っています。

【子供にとっても,保護者にとっても,また教員にとっても重きを置かれているという実感がなかなか現実にはない】のは観点別評価に効果は無さそうからとしか思えませんね。

  • [91]
  • 「教育課程部会(第107回) 議事録」の雑感

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2019年 1月27日(日)10時49分12秒
  • 返信
 
教育課程部会(第107回) 議事録
平成30年10月1日(月曜日)10時00分~12時00分
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/004/gijiroku/1412414.htm
が最近公開されました。
3.議題
>児童生徒の学習評価に関するワーキンググループの検討状況について

に関しての雑感です。


【吉田晋委員(富士見ヶ丘中学校高等学校長,日本私立中学高等学校連合会会長)】
そういうところで,市川先生のお話の中で,主体的に学習に取り組む姿勢,態度をしっかりと考えていかなくてはいけないということがあるのですが,私が今一番疑問に思っていますのは,これはあくまでも全日制課程というか通学の形のものを考えていると思うのですけれど,通信の学校にどんどん流れていっています。

そして東大,京大を目指すということを売りにしている塾通信制にどんどん子どもが流れていっているのですけれど,そういう中で主体的に学習に取り組む姿勢とかいうものを望んでいるのか。それとも,ただ単に大学受験のための,いまだに大学が変わろうとしてくれない暗記型の入試とかもあるわけですので,やはりもう少し広い意味での評価と各学校間のつながり,そして,ただ通知表だけで一つの物事を判断するのではないということを保護者たちにも分かってもらえる,そういう体制が必要なのではないかなと。

【主体的に学習に取り組む姿勢,態度】が必要なのかという疑問は置いておいて、必要だとしても個人個人で方向性が違うという当たり前の前提がすっぽり抜け落ちている感じがしています。

【ただ単に大学受験のための,いまだに大学が変わろうとしてくれない暗記型の入試とかもあるわけで】日本私立中学高等学校連合会会長の認識がこんなものです。
【暗記型の入試とかもある】があったとしても、大掛かりな入試改革をしなくても改善可能でしょうね。

【杉江和男委員(産業教育振興中央会理事長,サッポロホールディングス株式会社監査役)】
理解をしたかどうかを評価するのであれば,比較的簡単になってくると思います。生徒一人一人の目標をそれぞれ立てて,その到達度を評価するということでいいですし,それから,教員は,知識を理解できる教え方をしなければなりません。また,試験問題も,例えばの話ですけれども,明治維新は1868年に起きたということだけではなくて,明治維新はなぜ起きたのかという試験問題を出すことによって,生徒・学生の理解を促すということにつながると思いますので,是非「理解」という言葉をもう少し前面に押し出していただけないかなというお願いでございます。

この程度の認識の人が委員を勤めているようです。

【帯野久美子委員(株式会社インターアクト・ジャパン代表取締役,大阪市教育委員会教育委員)】
と申しますのは,経済界のトップは今の教育に対する知識が余りないことと,その反面,期待が大きすぎてたくさんのことを求めます。

経済界に擦り寄る態度に大いに疑問を持っています。
教育は経済界の為にあるとでも思っているのですかね。
しかも、【経済界のトップは今の教育に対する知識が余りない】ときたもんだ。

  • [90]
  • Re: 「児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第6回) 議事録」の雑感

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2019年 1月13日(日)20時18分55秒
  • 返信
 
>>89

教育課程部会 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第6回) 配付資料
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/1408209.htm
資料4 学校における評価方法に関して&生徒が自ら「主体的」に勉強に取り組むための施策について【木村先生説明資料】  (PDF:749KB)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/__icsFiles/afieldfile/2018/10/11/1408209_6.pdf
全国学習塾協会理事
>株式会社ヒューマレッジ(木村塾グループ)代表
>木村 吉宏


配布資料を見ると、全国学習塾協会理事という肩書きらしいです。
配布資料の内容と議事録の内容とが、かけ離れています。

やはり、発言者の分かる議事録は重要ですね。

  • [89]
  • Re: 「児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第6回) 議事録」の雑感

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2019年 1月12日(土)21時58分23秒
  • 返信
 
>>88

文科省は最近は、自己啓発セミナー関係者の意見を聞くんですかね?

  • [88]
  • 「児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第6回) 議事録」の雑感

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2019年 1月12日(土)21時21分53秒
  • 返信
 
教育課程部会 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第6回) 議事録
平成30年7月9日(月曜日) 13時00分~15時00分
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/1412258.htm
が最近公開されました。
その雑感です。

【木村先生(木村塾)】
うちの塾では,木村塾人生の勝利の方程式七カ条というものを,今から約8年ほど前に先生らみんなで考えました。これは,今まで過去に飛躍的に成績が伸びた生徒たちの共通点を洗い出して,7つに絞ったものです。
 ちょっと見にくいので読み上げますと,第一条が,いつも明るく元気いっぱいの挨拶を自分からすること。
 第二条が,「しんどい」「ムリ」「ダルい」などの“マイナス発言”は,教室ではもちろん,自分一人のときも絶対に口に出さないこと。
 第三条が,全てのことに「お願いします」の気持ちで取り組むこと。第三条はこうなっているんですけど,現実的には,お願いしますの気持ちということは,宿題を出してください,お願いします,テストを受けさせてださい,お願いします,受けたいんです,あるいは居残り授業をしたいんですと,全て前向きな気持ちでやるということが含まれています。
 第四条が,自分の能力・可能性に自分で“限界ライン”を引かないこと。自分は必ず成功すると心の底から思うこと。
 第五条は,「普通では無理」と思うような高い目標を期限付きで具体的に掲げ,地道な努力を決してやめずに続けること。
 第六条が,何かしてもらったときに「ありがとう」と言うことはもちろん,全てのことに対して常に感謝の心を持つこと。
 第七条が,他人を喜ばせる,幸せにすることが自分の幸せだと考えること。
 この六条,七条は成績向上に一体何の関係があるんだと思われると思うんですけれども,実は結果的に非常に関係があるということが分かってきました。


この七カ条そのものが、先生の偏見の塊にしか見えないというのは置いておいて、生徒に押し付けるが満々と思えてなりません。
奴隷生成メソッドみたいなものなのですかね。

次に,木村塾の「人間教育」の二本柱ということで,先ほど申し上げました全てのことを生徒に選ばせるということです。これは先ほど申し上げましたように,宿題するかしないか,テストを受けるか受けないかも,居残り勉強するかしないかも,全部生徒に選ばせています。つまり宿題をしたくないという子には宿題を出しません。テストを受けたくないという子には本当にテストも受けさせません。全部選ばせています。最初どのぐらい保護者からすごいクレームが来るか,ひやひやしたんですけれども,思ったほどクレームが来なくて,よかったなと思うんです。

実際は、「宿題をしたくない」や「テストを受けたくない」という選択をさせない状況に追い込んで、自分で選択しただろ!という論法としか見えません。
生徒のやる気を引き出しているとは到底思えませんし、追い詰められる生徒もいるでしょう。

それからもう一つは,そのチーム間で,チームのみんなに胸を張れるような,つまり自分が例えばこの第一条の項目について8点と付けたときに,チームから,えーっ,君8点と言われそうだったら8点と付けたらだめだと。つまりみんながどう思っているかということも客観的に考えて,10点で8点とか9点とか言ってもチームから何も異論がない,そう自分で胸を張れる人は付けなさいということを一言添えると,結構みんな本当にメタ認知ができて,客観的に付けます。比較的辛め,厳しめに付けます。

本音を封じ込めて、周りの顔色を伺わせているだけのような気が・・・
これでメタ認知能力が高まったとは到底思えません。(【メタ認知ができて】という表現の気に入らないです)

やっぱり嫌々勉強しても絶対成績は上がらないと思うんです。生徒たちを見ていたら,やっぱり宿題とかを本当に嫌々やっているわけです。テスト勉強も,もうテストがあるから仕方ないからという感じで嫌々やっている。その嫌々やっている子と前向きにやる子では,本当に伸び方が全然違うので,こういうのを取り入れた結果,はっきりと成果に出ているということです。そんな感じです。

実際、何を【取り入れたのか結果】なのかよく分かりません。
【七カ条】を押し付けたら【嫌々やっている子】が【前向きにやる子】に変わったのですかね?
【嫌々やっている子】を排除でもしたのではないかと想像してしまいます。

ですから学校教育においても,いろんな場面で生徒に徹底的に全てのことに関して,やるのか,やらないのか,やるんだったらどういうふうにしてやるのかということも選ばせる。そのときに,個人で選ぶんじゃなくて,いわゆる協同性,今回のこの改革の中にも出てきています協同性。この場面ではどうすることが一番いいのか,何が正しいのかということをチームでそれぞれディスカッションして,ベストな答えを探し出していくことを組み合わせると,非常に大きな効果が出ているような気がします。

これまでの発言から推測すると、グループを組ませて高め合うというより、何かあったら連帯責任を課しているのではないでしょうか。

  • [87]
  • Re: 「児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第5回) 議事録」の雑感

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2018年12月29日(土)21時51分2秒
  • 返信
 
>>86

>向こうのイギリスの生徒に言わせると時間の無駄と,はっきりみんな言っておりました。結果的にだんだん消えていきました。

WWWWW


こいつら何やりたいんだろうね。教科の理解を優先すると考えたら、こんな愚にも付かないこと言わないと思うんだけど・・・


  • [86]
  • 「児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第5回) 議事録」の雑感

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2018年12月29日(土)20時30分1秒
  • 返信
 
教育課程部会 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第5回) 議事録
平成30年6月19日(火曜日) 10時00分~12時00分
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/1410577.htm
が最近公開されました。
その雑感です。

【川間健之介委員】
特別支援教育の教育課程と学習評価というところでお話をさせていただきます。

>例えば,小学校4年生の児童がいて,国語は4年生の国語をやっているんですが,算数の場合に,なかなか繰り上がりあたりがクリアできていないので,1年生の内容を取り扱っていくとか。


繰り上がりのある足し算の事ですかね。
数え足しや指を使った方法を封じたせいで躓いているなら、指導法が悪いだけという可能性もあります。
指導法に問題があるのを、子供に障害がある扱いに転嫁していたら大問題ですね。

【若江眞紀委員】
ビジネス界では360度評価ということが一般的になっておりまして,自己を中心に上位職者だけが評価をするのではなく,同僚ですとか,部下ですとか,管理者であるとか,時には外資の企業によっては,協力先だとか,外部の人たちにも,コンプライアンスの関係もあって,評価を求めるというようなこともあります。そのためにも,やはり評価の透明性,客観性,一貫性が非常に重要になってくるというところでございます。

>ですので,いろいろな意味で,これがもし,児童生徒がこのような評価を何度も何度も小学校段階から繰り返していくことによって,自身の学びが,将来的には仕事ですね,能動的なアプローチに変わっていくという,それを実現していくことができるのではないかなと思っております。

>そのために評価者も評価される側も,やはり十分に観察をするということです。人のことに意識を払い注意を向けて,それを繰り返していくことによってコミュニケーションも深まっていくと,そういうメリット。


常に評価をする・される事を意識して生活しろと言っているのか?
空気を読みあう監視社会か?
本音を漏らせない息苦しい環境にしかならないと思うのだが・・・

ですので,新しい評価を,これから観点別評価でもっと個を重視した評価が大切だということは,もう火を見るより明らかですので,どのように評価を作っていくかということと同時に,運用しながら,教師もそうですし,子供たちも,そのノウハウを身に付けていくという,このことがとても重要ではないのかと思っております。

【もう火を見るより明らかですので】ってどこがやねん。
妄想乙としか言えない内容ですね。

【河野真理子委員】
これペーパーテストの結果にとどまらない多面的・多角的な評価ということで,すみません,全部読めないので書かせていただいているとおりですが,特に外部の試験とか検定とか資格なども活用できるんじゃないか。

「活用可能」と「活用すべき」の区別が付いているのかも怪しい感じですね。

そして高校になって非常に多くの活動ができるようになります。ボランティアもそうですし,NPO活動も参加する人がいます。そういう諸活動こそが,これから大変重要な資質・能力が培われる部分を担っていくのではないかと思うので,そういう多面的な評価ができないかということを考えておりました。

評価される為に「ボランティアやNPO活動に形だけでも参加」とかになるでしょうね。
【これから大変重要な資質・能力が培われる部分を担っていく】なんて妄想の域としか思えません。

これは非常に重要だと,先ほどとかぶりますが,思っておりまして,例えば1学年に一人一つのテーマを決めて,レポートを書いてプレゼンをする。それを,例えば,各教科の先生が見て,生徒も見て,保護者も見て,地域の人たちも見て,そこでコメントですとか,投票ですとか,いろいろな評価の仕方があると思うんですが,それをオープンなところでそういうことがありますと,そういうものを用いて評価するということもできるんじゃないか。

プレゼンをしろとか言い出した。
しかも対象もあやふやときたもんだ。
評価される為には内容の濃いものは御法度、一般受けするテーマとかなりそうですね。
さすが、コンサルタント会社クオリティって感じです。

【妹尾昌俊先生】
それから,意地悪を言うようですけれども,観点別評価が真に有効であるならば,高校においても,もっと広がっているはずじゃないでしょうかね。

多くの高校では、観点別評価に有効性を感じていなさそうです。
文科省や教育界wでは、有効でないならやめるという発想が無いのが怖いところです。
「観点別評価を有効にしろ」とか「活用していれば有効になる筈だ」とか「決まった事だから観点別評価をしなければいけないんだ」のような感じだと思われます。

【髙木展郎委員】
しかし評価は大切だということ。評価しなければ子供たちは,ある意味では伸びません。

興味のある事は評価しなくても伸びるでしょうね。
下手に干渉したせいで、やる気が無くなるとか伸びなくなる事もあるでしょう。
評価は下手をすれば過干渉になり、負の効果をもたらすという意識が無さそうで怖いですね。

【渡瀬恵一委員】
河野委員,若江委員から自己評価ということが随分出てまいりましたけれども,私も,やっぱりこれから児童生徒たちの自己評価の在り方というのがとても大事だと思います。

>それから,その子供の自己評価と,教員の評価,保護者の評価や社会からの評価との差異や,どれだけ似ているかということを見ながら振り返りをすることも非常に大事だなと思いました。


自己評価を評価する方向に行きそうで怖いです。
・評価されるとなると、生徒は本音を書かなくなりそう。
・生徒の自己評価と教師の評価が一致しない場合、生徒に自己評価能力が無い扱いにされそう。
自己評価を活用しようとすれば、まともに機能しなくなって行きそうです。

【善本久子委員】
今,高等学校の方の現場の教職員の評価関連での関心の大きな部分は,eポートフォリオの導入ということがあって,これはある意味,子供たちの自己評価ということでもあって,それをより良く子供たちが作成していくために,教師側がどのような支援をしたらいいかということについては,すごく大きな関心を持っています。同時に,これらを踏まえて,これまでA3,1枚に限定されていた大学等への調査書の分量制限が撤廃されて,基本的には,そのポートフォリオを踏まえて,大量に調査書を文章で教師が評価しなくてはいけなくなってくるであろうと。それをどのようにやっていけば,その文章化が公平,公正であって,なおかつ教員の個々のスキルの差によらず,適正な形でそれが作れるかということに対して,かなり関心はそこに集中しています。

【その文章化が公平,公正であって,なおかつ教員の個々のスキルの差によらず】って不可能な話でしょう。
リソースの無駄使いとしか思えません。

それと同時に,前回の会で私は保護者の理解を得ることが非常に重要だというお話をさせていただいたんですが,これはちょっと妹尾先生がおっしゃっていたことにも近い話になるんですが,評価される側である生徒,保護者の納得性が非常に重要だということから言うと,私どもは中高一貫校ですので,中学では観点別評価をやっていて,高校ではやっていないんですね。本当に観点別評価が生徒,保護者にとって非常に価値があるものであれば,当然,高等学校でも観点別評価をやってほしいという声が多く生徒や保護者から上がるはずだと思うんですが,残念ながら,そのような声は全くありません。それは両方見ている立場。教員も両方を教えていますから,中学生を教えるときには観点別評価。同じ一人の教員が両方を教えていますから,中学生を教えるときには観点別評価をしていて,高校生に対しては現状ではやっていない。少なくとも,やっていないという言い方は語弊がありますが,形で見えるようにしては出していない。こちらのやり方の方が,高校もそうするべきじゃないかという声は,高校,その教員からも聞かれない。

やはり多くの高校では、観点別評価に有効性を感じていなさそうです。

【天笠茂教育課程部会長】
その改善の視点の中には,私は一つは組織的対応ということが常々あるんだと思うんですが,どうもなかなか功を奏していないと,ある意味でじくじたる思いも個人的には非常に持っているところです。この問題については,組織的対応というのは,そういう点からすると,必ずしも,この状況を大きく動かしていくということについては,余り手だてはそう出てこないんじゃないかとそれとも,それはそれなりにもう少し検討すべき視点とか点はあるんじゃないか。

組織的対応が功を奏していない告白のようです。
天笠茂氏はカリキュラム・マネジメントを推進していますが、上手くいっていないのでしょう。
天笠 茂 カリキュラム・マネジメントを語る。 - 教育インタビュー | 学びの場.com 2016年12月08日
https://www.manabinoba.com/interview/015641.html
校長のリーダーシップ(文科省で良く使われている)言葉で校長に押し付けても、上手くいく筈がないですよね。
カリキュラム・マネジメントを全面に押し出すと組織に従えという圧力になって、失敗する未来しか予想出来ません。

【鈴木秀幸委員】
ただ,この会合を3回やっている中で,ちょっと経過をお話ししますと,平成元年の改訂で関心・意欲・態度が第1観点に挙がり,これをどう評価するかが,平成元年から10年頃まで大きな話題になりました。学校現場は,この観点をどう客観的に評価するかの議論と実施に精力をほとんど使い尽くしてしまったというのが実態です。
>結果,実は,常にここで何回も申しておりますが,この観点,非常に評価を客観的に評価することは難しいのに,それに力を注いでしまったと。その逆に,関心・意欲・態度の代わりにではなくて,思考・判断・表現に関するこの観点の研究成果は,外国を見る限り,非常にあるのに,これに力を注ぐことがなくなってしまった。これが非常に大きなマイナスになったのではないか。


さもありなん。

まず中学校から入ってきた高校生に聞きますと,中学校での関心・意欲・態度は行動の制約に使われていたと。要するに,関心・意欲・態度の評価が下がると評定も下がるので,そのように見せないといけないので無理していた。高校はそういうことがないので,もっと自由だと,はっきりと高校生は言っておりました。私は非常にショックでした。

【中学校での関心・意欲・態度は行動の制約に使われていた】やはりそうなりますよね。

それから,eポートフォリオに期待する声が非常に大きいんですが,私,1990年代後半から2000年代初めにかけて,イギリスで盛んに,このeポートフォリオではありませんが,それに相当するレコード・オブ・アチーブメント,それからそれを国形式にしたナショナルレコード・オブ・アチーブメントを研究いたしましたが,最初の期待とは裏腹に,だんだん消えていきました。それはなぜかというと,そのレコード・オブ・アチーブメント及びナショナルレコード・オブ・アチーブメントに余りにも多くのことを注ぎ込み過ぎて,向こうのイギリスの生徒に言わせると時間の無駄と,はっきりみんな言っておりました。結果的にだんだん消えていきました。

これも重要な情報ですよね。

【嶋田晶子委員】
主体的・対話的で深い学びにいくために自己評価や振り返りのことをノートの最後に書かせたり,ワークシートに書かせたものを,常にそれを評価をしながら次の指導に生かしていくということは,今どこの学校でも,どんどん伝わってきて,実施されている姿ではないかなと思っているところです。

流行を追っているだけで、効果が薄いと予想します。
「算数日記のマンネリ化」という話も聞きますしね。

【若江眞紀委員】
天笠先生からお話がありました企業とその教育の対比というようなところですが,たまたま違う視点からの提示ということで,ちょっと極端にお話をしましたが,組織的な対応ということについては,まさに私がお話ししたことは,企業というのは,やると決めれば,それを全社的にしてやり通すということなんですね。

形だけ徹底していて中身が無いという印象があるのですが・・・
失敗しても認めないのが組織的な対応といういう印象も・・・

  • [85]
  • パブコメ「児童生徒の学習評価の在り方について(これまでの議論の整理)」の雑感

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2018年12月22日(土)13時20分8秒
  • 返信
 
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=185001023&Mode=0
児童生徒の学習評価の在り方について(これまでの議論の整理)
http://search.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000181050

また、新しい学習指導要領等の下での各学校における教育課程の編成、実施、評価、改善の一連の取組が、授業改善を含めた学校の教育活動の質の向上につながるものとして組織的、計画的に展開されるよう、各学校におけるカリキュラム・マネジメントの確立を求めている。

組織に従え論法ですね。
教師個人の良い所を引き出して活用するという考えではなく、【組織的、計画的】の名の下に、組織に都合良く働けとなりそうです。
全体的な底上げをするとういう発想から遠い場所に行っちゃってます。

教師によって評価の方針が異なり、学習改善につなげにくい 7 、

7 第7回ワーキンググループにおけるヒアリングでは、「先生によって観点の重みが違うんです。授業態度をとても重視する先生もいるし、テストだけで判断するという先生もいます。そうすると、どう努力していけばよいのか本当に分かりにくいんです。」(高等学校三年生)という意見が出された。

評価される為(内申点アップの為?)に勉強をするという発想のようです。
文科省の方針も、評価される為に勉強しろと言っているように思えるのですが、それで良いのか疑問ですね。

この考え方に基づけば、単元の導入の段階では観点別の学習状況にばらつきが生じるとしても、指導と評価の取組を重ねながら授業を展開することにより、単元末や学期末、学年末の結果として算出される3段階の観点別学習状況の評価については、観点毎に大きな差は生じないものと考えられる。

教師が学校等から評価される為に、【観点毎に大きな差は生じない】成績付けを行いそうですね。
観点別評価の信頼性って・・・

しかしながら、どのような方針によって評価を行うのかを事前に示し、共有しておくことは、評価の妥当性・信頼性を高めるとともに、児童生徒に各教科等において身に付けるべき資質・能力の具体的なイメージをもたせる観点からも不可欠であるとともに児童生徒に自らの学習の見通しをもたせ自己の学習の調整を図るきっかけとなることも期待される。

生徒に対しては、評価される事だけやればよいというメッセージになり、
教師に対しては、評価される事だけ教えればよいという方針で指導を行うようになりそうですね。
生徒が自発的に学んでも、教師や保護者等から「評価されない事をやるんじゃない」という圧力をかけられそうです。

各学校設置者においては、こうした点も視野に入れながら、ICT環境整備を行うとともに、電子的に記録された様々な学習情報の保護と活用についても検討していくことが求められる。

せめてICTの専門家を各学校に一人は配置して欲しいですね。
マシントラブルやセキュリティに対してザル状態になる未来しか予想出来ません。

一方で現状の課題としては、いまだに評定が学習指導要領に定める目標に照らして、その実現状況を総括的に評価するもの(いわゆる絶対評価)であるという趣旨が十分浸透しておらず、児童生徒や保護者の関心が評定や学校における相対的な位置付けに集中し、評定を分析的に捉えることにより、学習の改善を要する点がどこにあるかをきめ細かに示す観点別学習状況の評価に本来的に期待される役割が十分発揮されていないと指摘されている。

相対評価と認識していると、【期待される役割が十分発揮されていない】という論理がさっぱり分かりません。
評定を無くしたい派が、無理矢理持ち出した内容のように感じています。

また、指導要録の改善に伴い、高等学校入学者選抜や大学入学者選抜等において用いられる調査書を見直す際には、観点別学習状況の評価について記載することで、一人一人に着目した、よりきめの細かい入学者選抜のために活用していくことが考えられる。

以前の「「観点別学習状況の評価」を活用することが重要」から、【活用していくことが考えられる。】のような表現に変わりました。
ですが裏では、入学者選抜で観点別評価を活用しろという圧力をかけていくと思われます。

(9)外部試験や検定等の学習評価への活用について
>○ 学習評価を進めていく上では、通常授業で教師が自ら行う評価だけでなく、全国学力・学習状況調査や高校生のための学びの基礎診断の認定を受けた試験等、その他外部試験等の結果についても、児童生徒の学習状況を把握するために用いることで、教師が自らの評価を補完したり、必要に応じて修正したりしていくことは重要である。例えば、平素の学習評価を指導の改善につなげることはもとより、児童生徒が受検した検定試験の結果等から、児童生徒の課題等を把握し、自らの指導や評価の改善につなげることも考えられる。


全国学力・学習状況調査等を活用しろという圧力に見えますね。(穏当な表現で書き込んでおいて、実際はかなり圧力をかけると想像しています)

「平成 33 年度大学入学者選抜実施要項の見直しに係る予告」では、志願者本人の記載する資料等において、大学は「活動報告書」等の積極的な活用に努めることとしており、その内容には「学校内外で意欲的に取り組んだ活動」等が把握できる様式イメージを例示している。

【大学は「活動報告書」等の積極的な活用に努めること】というのも恐ろしいです。
大学から、必要な人材を選抜する権利を奪っているようにしか見えません。

  • [84]
  • 「児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第4回) 議事録」の雑感

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2018年11月23日(金)19時49分58秒
  • 返信
 
教育課程部会 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第4回) 議事録
平成30年5月30日(水曜日)10時00分~12時00分
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/1410576.htm
が最近公開されました。
その雑感です。

【国立教育政策研究所 二井正浩総括研究官】
まず作成の方法ですが,指導要領とその解説書に基づきながら,そして,作成する評価規準や評価方法を検証するために研究指定校の協力を得ながら検証作業を進め,資料を作成しました。

学習指導要領『解説』にも基づいて、評価規準や評価方法を検証しているようです。

また,高等学校での指導要領の扱いについては,マル5のように示され,観点別の評価結果を記載すべきとまではされませんでしたが,きめの細かい学習指導の充実と,子供一人一人の学習内容の定着を図るため,指導要録において,観点別の記載ができるようにすることは有効な手段であるとされています。

【有効な手段であるとされています。】と言っていますが、机上の空論ですかね。
検証もせずに有効だと言い張っているように感じます。

【松尾委員】
高校にとっては,特に大学入学者選抜というのは非常に大きなもので,学力の3要素ということがきちんと評価されている調査書の内容を,大学がきちんと理解した上で選抜が行われるということが非常に重要だと思っています。

完全に、大学側の意見を聞かずに、調査書を活用しろと要求しているようです。
【学力の3要素ということがきちんと評価されている調査書】という言い方も気になります。【調査書】は【きちんと評価されている】事が前提になっちゃってます。

まだ県としての分析については資料をもらっておりませんけれども,先日,塾の先生と話をしているときにこのように言われていました。例えば,これまで何々の値を求めなさいというような問題ならば間違いなく解答できていた生徒が,今年度の入試においては,会話文を読んで,理解して,答えを導く形式の問題になったら,正解を導き出せない生徒がちらほら出てきたんだと。それを塾としても感じているということを話していただきました。

会話文の分かり易さも気になります。

【埼玉県立川越工業高等学校長 清水雅己委員】
ポイントとして,資料には書いておりませんが,教師に言うことにつきましては,こういうキーワードがあります。「教え過ぎるな」ということを常に言っています。

「過ぎたるは猶及ばざるが如し」ということわざを思い出しました。
算数教育界wにも広まって欲しい考えですね。

【無藤隆教育課程副部会長】
現場で忙しい中でできるかどうかという話を別にすると,通知表などで数字や,あるいはA,B,CのAとか,Bとか,それは観点でもう少し詳しくなって,そういうものを生徒に配ることが生徒の学習行動を改善するかについては,過去数十年の少なくとも教育心理学等の知見を見る限り難しいと思います。

これは重要な内容ですね。

  • [83]
  • 大学共通テスト試行テスト

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2018年11月14日(水)21時58分20秒
  • 返信
 
https://twitter.com/sekibunnteisuu/status/1062323061221863424

ここにもちょっと書いたけど、受験生のどういう力を見たいのかが見えない。

本当にこのまま実施するの?

  • [82]
  • 「児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第3回) 議事録」の雑感

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2018年11月14日(水)21時09分28秒
  • 返信
 
教育課程部会 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第3回) 議事録
平成30年4月17日(火曜日)15時00分~17時00分
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/1410575.htm
が最近公開されました。
その雑感です。

【藤本泰雄委員】
これも,従前は評価というのは評定のための評価であったところを,授業改善をするための評価であると考え,教員には,評価をもう少し重要視して考えなければいけない,評価を一番に考えて学習を構成していくぐらいの,授業の中で評価をどうするかについての意識改革は必要だと思っております。そういう意味で,指導と評価の一体化は従前から言われていたことですけれども,これをより重視して考えていかなければいけないと思っております。

「授業改善」という言葉が何度も出てきますが、今後の指導計画を見直す事なのですかね?
「指導と評価の一体化」とかも含めてですが、結局教師は「評価」から何を改善しろと言っているのか曖昧で困ります。

【渡瀬恵一委員】
ですから,生徒にとっては,評価は与えられるものというよりは,自分たちから獲得していくものという意識で学習に取り組みます。主体的に学ばせたいという思いがある中で,何も評価されなくても主体的に学べれば一番いいですけれども,やはりそこで評価されるということがモチベーションになって子供たちは主体的に学ぶということがあり,それを繰り返していくうちに自ら学ぶ姿勢が身についていくということもあるのではないかと思います。

評価される為に学習しろという事ですかね。
「主体的に学んだ事にする」行動を取る事と、「主体的に学んでいる」では大きな違いがあると思うのですが。

【時任隼平先生】
本ポートフォリオでは,大きく分けて2つ,探究活動に関する項目と,それから探究活動以外に関する項目を生徒さんたちに入力していただいて,そこから主体性を見ようと考えております。研究チームでは,では具体的に何をどういった規準,基準で入力していただければ主体性が見られそうかということを研究しておりますので,そのことについて説明をさせていただきます。

これも、評価される為に何をどう入力するかという話に行き着き、将来的には生徒側に対策されるでしょうね。
評価される姿を装う対策は考えていない可能性がありそうです。

【秋田喜代美委員】
e-Portfolio的なものを考えていくときに,裏表にシステムの整備を誰が行うのか,各都道府県や大学がどういう形で行うのかという議論とセットでないと,公共性が失われがちだと思うので,そこを伺ってみたい。

お金の話と持続性は重要ですね。
電子化するならセキュリティについても触れて欲しい所です。

【奈須正裕委員】
そうしていったときに,意欲の話がありましたけれども,内発的な動機付けなどという研究が昔からあって,評価をして,評価規準を明確にすると,自分が自由に学びたいという意欲を減殺するので意欲は下がるのだという議論が昔あったのですけれども,その際に,何を目指すのかがうまくはっきり示されて,自分が明らかに成長したんだということが情報的にフィードバックされるような,インフォメーショナルという言い方を昔よくしましたけれども,そっちに向かって評価が機能した場合にはむしろ内発的な動機付けが上がるという話があって,ただその評価をされると,監視,サーベイランスとして機能するので下がるのだけれども,教師によって支えられて,私が成長したということが明らかに見えてくるような情報の示され方,やっぱり,だからそれは質なんだという話だと思うんです。

教師の質を高めるのが前提なら、研修すれば良いみたいな意見だけでは改善しないでしょう。(効果が期待出来そうにないですから)

【奈須正裕委員】
これは秋田先生がおっしゃったことだけれども,授業の中で,期待はしていなかったのだけれども,とても教育的に意味のある育ちの姿とか,意味のある出来事が創発的に生じたときに,それをどう捉えて評価に生かしていくかとか,それをどうやって教授に戻していくかというところはとても大事で,これがまた日本の教師の重要な専門性だということはレッスンスタディの中でも議論されていることだけれども,そこを減殺せずにきちんとしたさっきの契約的な評価というのをどう盛り込むかという話が本日の話ではとても大事かなと思ったのです。


【渡瀬恵一委員】
そういう意味では,例えば山の頂上に登るために,この道しかないと決められてしまうような目標設定ではないので,ここを目指すにしても,こっちの道からもこっちの道からもこっちの道からも行かれるけれども,ここを目指すんだというものがIBの場合は多いんです。

算数教育界wでは、【この道しかないと決められ】た指導が横行しています。(「立式」と称した特定の式の要求とか)
算数教育界wに限らず教育界wではありふれていそうと感じています。
渡瀬氏は特殊な環境にいて、教育界w全体が見えていないのかもしれません。

【市川伸一主査】
最初の調査で私もおもしろいなと思ったのは,例えば企業の方から,どういうときに主体性のある社員だと判断するかというときに,例えば,1のことを伝えても10の質問が飛んでくるとか,これはやはり自分事として学習を考えていて,もっと知りたい,もっと考えたいという意欲の現れで,主体的になっている姿だと思うんです。それは恐らく習得の学習でも見えることでしょうし,一方ではそれもすごく大事な研究になるのではないかなと思いました。

質問すれば主体的になっている姿だと判断すれば、とにかく質問すれば評価されてしまいますね。
市川氏の思考はこのレベルで停止しているのではと不安しか感じません。

  • [81]
  • 「児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第2回) 議事録」の雑感

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2018年11月11日(日)12時56分20秒
  • 返信
 
教育課程部会 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第2回) 議事録
平成29年12月11日(月曜日) 10時00分~12時00分
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/1402921.htm
が最近公開されました。
その雑感です。

【髙木展郎委員】
特に中学校は,高等学校への内申書の問題で,観点別学習状況の評価がBBBCで3になったりBBBAで3になったりする現状があります。この17・18・19のシートに書いてあることをお読みいただきたいのですが,ここに書かれているように,簡単に成績が上がる教科に力を入れて,上がりそうもないのにはそのままというような現状も実は出てきているという,こういったところに中学校教育の本質的な問題が含まれていると感じています。

>校長先生は将来的には初等中等教育の学習評価から評定,5,4,3,2,1がなくなることを期待されています。それは入学者選抜ということに保護者や生徒の関心があり,それに対しての評価のあり方が問われているということです。

>まとめますと,知識詰め込みの授業を正すという観点別学習状況評価の意味は承知していますが,センター試験や模擬試験,そういったものがある限り,書類上はいかにも観点別教育が成立しているかのように作成せざるを得ないという状況であるということです。それはなぜかというと,生徒や保護者がそれを望んでいるという,そういったこともあるということです。


評定を無くせば良いという話ではなく、内申書を無くさないとという問題だと思います。

【関谷道代委員】
言うまでもなく,指導事項と評価は一致しています。

評価だけに向かって指導すれば良いと受け取れますね。

【伊藤幸子委員】
それから二つ目にありますように,評価されるからこそ,多少の背伸びをして成長が促されるプラスの作用は見逃せないんじゃないか。外発的な動機付けによるものも内発的な動機付けに発展するということで,主体的に学習に取り組む態度が本物になっていく可能性もあるのではないか。

評価される事のマイナスの作用(アンダーマイニング効果等)が全く考慮されていません。
又、意欲的に学習をするのと、評価される為に学習をする事の違いを認識しているのかすら怪しいと感じます。

さらに三つ目ですが,「知識・技能」等において低位な状態であっても,課題に向かう意欲は高いというケースもございます。情意領域を評価しない場合は,そのような子供のモチベーションが失われてしまう可能性もあるということでございます。

【鈴木秀幸委員】
高等学校で入試のときに評定をどういうふうに考えているかということ,静岡県を例にして御説明したいと思います。静岡県は評定とペーパーテスト併用で選抜をするという方式をとっております。詳しいことは,ちょっとここでは御説明できませんが,実は非常に悩ましい問題に,いつもぶつかっておりまして,評定は非常に高いんですがペーパーテストは非常に低い,逆に評定は低いんですがテストは非常によくできる子というのが同じ評定で出てくると。進学校は何を求めているかというと,できる子が欲しい。要するにペーパーテストや,そういうのができる子が欲しいと。そうでない学校は,学校のいろいろな秩序の問題からいって,どっちかというと,従来の観点で言えば関心・意欲・態度の高い子が欲しい。余りできることを求めていないと。それが評定で,ごちゃ混ぜになって来られますと非常に困るわけです。

学校側で欲しい人材を獲得する工夫をしないのが不思議です。
評定が役に立たないなら利用しなければいいだけです。
自分達(高等学校)には選抜の評価能力が無い。だから中等学校から自分達(高等学校)に役立つ資料をよこせと言っているようです。
新しく作成した資料を見ても、もっと役に立つ資料を作れと言い出しそうで怖いです。

【善本久子委員】
私どもは中高一貫校ですので,中学だけ教える教員,高校だけ教える教員もいるんですが,中と高の両方を指導している教員がいます。そうしますと,同じ一人の教員が,中学生を指導するときには観点別評価を行い,高校の場合には観点別評価を行っていないという実態が今,起きているわけで,その様子を見てみますと,観点別評価が生徒の資質・能力の向上において有用であるという有用性の実感が非常に乏しいように思います。

観点別評価の有用性の実感が非常に乏しいようですね。

  • [80]
  • 「児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第1回) 議事録」の雑感

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2018年10月30日(火)20時53分58秒
  • 返信
 
教育課程部会 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第1回) 議事録
平成29年10月16日(月曜日) 10時00分~12時00分
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/1402920.htm
が最近公開されました。
その雑感です。

【髙橋道和初等中等教育局長】
来年の秋頃をめどに報告を取りまとめていただきたいと考えております。

去年の会議なので、もう取りまとめる時期のようです。

教員が学習評価の質を高めることができる環境作りがまず必要であって,研修等の充実による評価の充実も必要であるということ。

研修の充実で教員の質が高まるのかは疑問です。

また,一番最後になりますけれども,次期学習指導要領の趣旨を踏まえた高校入学者選抜,大学入学者選抜の質的改善も同時に図られる必要があるということが指摘されているところでございます。

机上の空論で入学者選抜を変えるのは危うさしか感じません。
次期学習指導要領の趣旨に実効性があるのか不明な時点で推し進めていいものでしょうか?


【鈴木秀幸委員】
それと関連して,評定のこともあるんですけれども,3観点になったことによって評定はもう必要ないのではないかと私は考えております。
> これまでの審議,前回,前々回と評定の意味ということを議論いたしましたが,要するに評定というのは父兄に簡略化して学習の状況を示すという役割があったわけですけれども,4観点が3観点になれば要約して示す必要ももうないのではないかというのが私の一つの考えです。


評定は無くすべきという立場の意見です。
そもそも評定は父兄に示す為だけの情報なのか?
結局、父兄が無理解なまま観点別評価を扱う、もしくは評定より複雑化したので評価結果を受け流すようにならないか?
という点が気になりますね。

【石井英真委員】
つまり,問題作り,2+3で答えが出るようなお話を作りましょうという問題は結構あるわけですけれども,もっとダイナミックに,自分で物語を構成して,その中で計算を使ったものを,学んだことを使いこなしていくような課題,思考と表現をセットで問うていくような課題になりますけれども,そういったものは小学校低学年においても実行可能なところかと思います。

>>72 の資料の人です。
何がやりたいのかよく分かりませんが、計算を使った作文をさせたいのですかね?
【学んだことを使いこなしていくような課題】になるとは到底思えないのですが。
作文嫌いの生徒は拒否反応を起こすでしょうし、課題をどう評価するのか教師も対応出来そうにないですね。

  • [79]
  • 「教科別の「評定」なくなる?」記事の直近の資料を見て

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2018年10月24日(水)21時32分16秒
  • 返信
 
教育課程部会 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第8回) 配付資料
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/1410349.htm
資料1 検討を要する論点(たたき台)  (PDF:199KB)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/__icsFiles/afieldfile/2018/10/22/1410349_1.pdf
P3
○ 「主体的に学習に取り組む態度」の観点で評価を行う際、児童生徒が「学習に関する自己調整を行」えたかどうかを、どのような方法で評価するのがよいか。

最初にわざと間違えて、後に出来るようになったように装う生徒がいるようなので、それを高評価しないで欲しいです。
評価方法を決めたら対策され、高評価されるように装われる可能性が高い点は考慮しているのですかね。

○ 「知識・技能」の習得や「思考・判断・表現」から切り離して表面的な「態度」のみを評価すべきでない、すなわち、「知識・技能」や「思考・判断・表現」の向上に結びついていないのであれば「態度」について児童生徒に改善を促すべきであるという観点から、「主体的に学習に取り組む態度」の評価は、他の観点の評価と併せて行うことを基本とすることでよいか。(この考え方に基づいて3段階の観点別学習状況の評価を行うと、例えば、「知識・技能C、思考・判断・表現C、主体的に学習に取り組む態度A」という評価結果は基本的に想定されない。)

これが【表面的な「態度」のみを評価すべきでない】対策のようです。

P4
○ 「主体的に学習に取り組む態度」の観点については、学習活動として児童生徒の自己評価や相互評価の機会を適切に取り入れることにより、児童生徒自身の評価能力を高め、学習改善を進めるという視点も重要ではないか。また、このような活動における児童生徒の発言・記述等を、教師が「主体的に学習に取り組む態度」の評価を行う際に参考にすることも考えられるのではないか。

常に評価し、評価されるような状況に置かれては、精神的にきつい生徒も出てくるでしょう。
自己評価や相互評価を、更に(教師等から)評価されたりすると、本音を隠して無難な評価を口に出すしかないですね。
この方向性からは、客観的な評価を確保出来るとも思えません。

P4-
(評定は無くすべきとの意見)

>>74 「教科別の「評定」なくなる?」の意見のようです。ここからその点を批判しておきます。

・ 日常的な学習の改善に生かすという観点からは、学習状況を分析的に捉えた観点別学習状況の評価が重要だが、「評定」が存在するため、児童生徒や保護者が「評定」のみに注目し、観点別学習状況の評価結果を学習の改善につなげられていないという現状がある。

観点別評価のみにすれば、【評価結果を学習の改善につなげられ】るようになるとは妄想としか思えません。
細かく評価すればするほど、生徒や保護者は評価結果を受け流す未来しか見えませんね。

・ 教師にとっても、観点別学習状況の評価の結果を「評定」に総括することで、指導や評価のポイントが不明確になっている。

観点別評価と「評定」はそもそも目的が違うのではないでしょうか。
https://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t58/138
「観点別評価万能説」を唱え出し、目的にそぐわない状況でも観点別評価だ~っと騒いでいないですかね。

・ 高校入試において、きめ細かく生徒一人一人を評価するためには、観点別学習状況の評価の方が「評定」よりも有効である。(「評定」に総括する際の観点ごとの重み付けが学校によって異なり、「評定」に生徒の学習状況が適切に反映されていない場合がある。)

観点別評価が【生徒の学習状況が適切に反映】出来るとは思えません。
指導にも選抜(高校入試)にも観点別評価を使おうとすると、運用に歪みも出てくるでしょう。
観点別評価が内申点扱いされれば、指導の情報から剥離していきそうです。

  • [78]
  • 新文科次官の「組織が決めたことには従う」

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2018年10月18日(木)20時09分34秒
  • 返信
 
新文科次官「面従腹背やめましょう」前川氏の著書名も…
https://www.asahi.com/articles/ASLBJ3VM1LBJUTIL00Z.html
「(従うように見せながら、内心は反抗する)面従腹背はやめましょう」と呼びかけた。

藤原氏は職員に「議論すべき時はきちんと意見を言っていただき、組織が決めたことには従う。決めた後、議論のプロセスをむやみに外に流さない」と求めた。

文科省の駄目な部分が表出した発言ですね。

教育課程部会 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ 議事要旨・議事録・配付資料
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/giji_list/1397026.htm
で配付資料だけは公開しているけれど、発言者が分かるような議事録を公開していないのも、文科省の意向の可能性大です。
新文科次官の発言を見ると、今後も公開されないでしょう。


教育課程部会 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第5回) 配付資料
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/1408208.htm
資料2 企業における評価の活用(若江委員説明資料)  (PDF:1304KB)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/__icsFiles/afieldfile/2018/10/11/1408208_2.pdf
そのためには
>・ 観点別学習評価が重要
なのに
>・ 観点別学習評価について理解されていない
だから
>・ 評価規準や基準が設計できず、評価への負担感や不安が増大する
だとしたら
・ 出来そうなところからやってみて思考・判断・表現を繰り返す


【組織が決めたことには従う。】だから、盲目的に観点別学習評価を推進すれば良い。
観点別学習評価について理解される必要は無い、という資料ですね。
作成は株式会社キャリアリンクという会社がしています。
会社のHP
https://www.careerlink-edu.co.jp/
私たちは未来教育コンサルティングファームのリーディングカンパニーとして、社会的価値を創造しつづけます。
なかなか胡散臭い感じですね。
https://www.careerlink-edu.co.jp/performance#sec2
国・自治体・教育委員会に上手く取り入っているようです。


資料4 小中学校の実態を踏まえた指導要録等のあり方の提案(妹尾先生説明資料)  (PDF:688KB)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/__icsFiles/afieldfile/2018/10/11/1408208_4.pdf
こちらは、観点別学習評価等に批判的な意見が書かれた資料です。
まともに批判しているのはこの資料だけのようなので、形だけでも批判的な意見があった事にしたいのでしょう。
議事録で、この資料に対する他の委員の意見(【議論のプロセス】)を公開して欲しいと思うのは私だけではないでしょう。

  • [77]
  • 「調査書重視」の資料

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2018年10月 5日(金)20時13分3秒
  • 返信
 
教育課程部会 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第4回) 配付資料
平成30年5月30日(水曜日)10時00分~12時00分
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/1406466.htm
資料4-1 中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第4回)意見等(松尾委員説明資料)  (PDF:233KB)
筑紫女学園中学校・筑紫女学園高等学校 校長 松尾圭子 (前 福岡県教育庁理事)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/__icsFiles/afieldfile/2018/10/04/1406466_7.pdf
授業改善、学習評価、生徒指導要録、調査書は、一連・一体のものとして考えられるべきもの。
>それによって、児童生徒一人ひとりの「学びの履歴」というポートフォリオが完成する。



(1) 授業改善 → 学習評価 → 生徒指導要録 → 調査書いう順序で、一体的に整理されるべきもの。
>(2) (1)の結果、生徒指導要録は、児童生徒の「学びの履歴」というポートフォリオとなり、調査書は、生徒指導要録が反映された児童生徒の「学びの履歴」そのものであり進学、就職の際の正しい評価資料となる。


そもそも客観的に作成されたか怪しい物を【正しい評価資料】と言い切る態度が信じられません。
【進学、就職の際の正しい評価資料となる。】とありますが、学校も会社も「調査書」が必要だから作成して欲しいという要求をしていませんよね。
「調査書」を活用しろという一方的な押し付けでしかありません。
そのような物を小学生から作成され、もしも活用された場合には、一生付きまとわれる資料になるかもしれないと思うとゾッとしますね。


授業改善、学習評価、生徒指導要録、調査書を一連・一体のものとして捉え、それを踏まえた3観点別学習状況の評価を推進する。


大学入学者選抜において、学力の3要素が評価されている調査書の内容を大学が十分に理解した上で、選抜が行われることを徹底すること。
>学習評価について、大学と高校が共通理解をもって選抜を実施することで、高校での学びの質が更にに高まる。


評価すれば質が高まるという短絡的な思考ですね。
そもそも評価する側(評価能力)の質は、どうやって確保するのですかね。

  • [76]
  • Re: 大学入試改革「調査書重視」というナゾな指針が教育現場に与える混乱

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2018年10月 3日(水)22時57分37秒
  • 返信
 
>>75
> https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57717
>
> 大学入試改革「調査書重視」というナゾな指針が教育現場に与える混乱
> 運用の仕方も必要性もよく分からない…
> 田中 圭太郎ジャーナリスト
> プロフィール

教育改革は壮大な市場で、一部の連中(ベネッセとか)が設ける仕組み作りですね。


教育課程部会 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第3回) 配付資料
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/1406428.htm
資料3 藤本委員資料  (PDF:428KB)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/__icsFiles/afieldfile/2018/09/05/1406428_5.pdf

この資料を見て正気を疑ったのですが、教師個人ではどうにもならない状況をわざと作り出している可能性もありますね。
既に小学校の教師が、教師用指導書や業者テストに依存する仕組みが出来ていて、単純に利益を上げる事が出来、更には教育内容のコントロールもし易くなっていると思われます。

「調査書重視」に関しては、
評価としては、主体的に取り組む態度は、すぐに知識が増えるわけでも、技能が高まるわけでもないので、学習に対する考えかたや態度・姿勢を評価する必要がある。子どもがどのように取り組んでいるか、協働作業を通して新たな発見が出来ているかなど、どのように成長しているかに視点を当てて評価する。そのためには個人内評価を重視し、子どもの変容に焦点化した評価表を作成して見取るなど、個に応じた評価が必要であると考える。

が該当します。
建て前上は、継続して変容を観察しないと評価にならないという事でしょう。
何故【主体的に取り組む態度】(中等教育以降は「主体性・多様性・協働性」)を評価する必要があるかは、「学力の三要素」が「学校教育法」に規定されたからでしょう。
「学力の三要素」に関しては、以下のWebサイトでざっくりと説明されています。
(用語集)学力の三要素
http://smizok.net/education/subpages/aglo_00003(gakuryoku3).html

  • [75]
  • 大学入試改革「調査書重視」というナゾな指針が教育現場に与える混乱

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2018年10月 3日(水)22時15分47秒
  • 返信
 
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57717

大学入試改革「調査書重視」というナゾな指針が教育現場に与える混乱
運用の仕方も必要性もよく分からない…
田中 圭太郎ジャーナリスト
プロフィール

  • [74]
  • 教科別の「評定」なくなる?

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2018年 9月26日(水)20時11分7秒
  • 返信
 
教科別の「評定」なくなる? 有識者が支持 中教審WG:朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/ASL9N56K3L9NUTIL03V.html

文科省が観点別評価する立場で、それを現場に強要する為に「評定」を無くす方針にした可能性が高そうです。
評価等を含めた全体の方向性が、従順な人材を育成する一環だと思うのは私だけでしょうか。


教育課程部会 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第3回) 配付資料
平成30年4月17日(火曜日)15時00分~17時00分
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/1406428.htm
資料2 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第1・第2回)における主な意見等  (PDF:203KB)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/__icsFiles/afieldfile/2018/09/05/1406428_4.pdf
P4
<「評定」について>

>○ 観点別評価があれば「評定」は必要ないのではないか。


等々、記述があります。

  • [73]
  • 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第1・第2回)における主な意見等 で特に気になった点

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2018年 9月21日(金)21時06分13秒
  • 返信
 
教育課程部会 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第3回) 配付資料
平成30年4月17日(火曜日)15時00分~17時00分
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/1406428.htm
資料2 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第1・第2回)における主な意見等  (PDF:203KB)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/__icsFiles/afieldfile/2018/09/05/1406428_4.pdf

指導事項と評価が一貫していることが大前提。

何を評価するかを決め、評価に直結する指導のみを行えば良いというようなニュアンスが伺えます。
極端な言い方をすると、評価に無い能力はどうでも良いというスタンスです。

学習評価の方法や規準について、児童生徒や保護者にあらかじめ明示されるべき。

評価される事だけやっていれば良いというメッセージになりますね。

○ 新学習指導要領は、各教科等の内容を「知識及び技能」、「思考力、判断力、表現力等」といった資質・能力の柱に分けて示しており、各単元や題材における指導目標として示す評価規準は、原則、学習指導要領の「内容」として示されている指導事項をそのまま引用すると、「知識・技能」と「思考・判断・表現」の観点の評価規準となるのではないか。

学習指導要領は大まか過ぎるので、もしかしたら学習指導要領解説を活用させようとするのが狙いの記述かもしれません。
観点別評価に対する否定的な意見が無い点も注意が必要です。

評価されるからこそ、多少の背伸びをして成長が促されるプラスの作用は見逃せない。学習意欲を喚起するためには、外発的な動機付けも必要であり、外発的な動機付けが内発的動機付けに発展することにより本物になっていく可能性を有している。

評価される事のマイナスの作用(アンダーマイニング効果等)が全く考慮されていません。
又、意欲的に学習をするのと、評価される為に学習をする事の違いを認識しているのかすら怪しいと感じます。

○ 「主体的に学習に取り組む態度」が通知表等において評価項目として存在することが、その重要性を子供や保護者に伝えるための有効な手段となり、一つのメッセージとなる

理解する為に試行錯誤しなくても、机に向かって手さえ動かせば良いというメッセージですかね。

○ 情意領域の評価については、評定に利用することで、子供たちが主体的であることを装ったり、外的な動機付けがないと主体的に学ぼうとしない受け身の姿勢が育まれたりする危険があり、指導改善のための評価と成績付けのための評価を分けて慎重に検討すべき

【情意領域】が何を指しているか分かりませんが、観点別学習評価の一部を批判しているようにも見えます。
以降の議会で取り上げているか要チェックです。

○ 「知識・技能」等において低位な状態であっても、意欲が高いケースもある。「知識・技能」等で低位な子供を評価するために評定が必要。

【意欲が高い】のに【「知識・技能」等において低位な状態】なのは問題有りではないでしょうか。
下手に【評価】しても【低位な状態】は改善しないと思われます。
【意欲が高い】事を【評価】して何がしたいのでしょうか。
勉強法を見直して【低位な状態】を改善するのに活用でもするのでしょうか。

○ 学習の振り返りやメタ認知を促すためには児童生徒による相互評価も有効

相互評価を通じて児童生徒の自己評価の力量を高めていくことも重要。
>○ 小学校高学年以上では、児童生徒同士による相互評価が可能であり、活用していくべき。


とうとう生徒間での相互評価とか言い出しました。
教師の評価すら客観的に行われているか疑問なのに、恐ろしい事です。
アクティブ・ラーニング(学習指導要領では使用するのをやめた言葉)の影響でしょうか。

○ 教材の研究や作成を行う際に、評価をどのように行うかも考えることで、学習活動の成果がポートフォリオとして有効に使うことができるようにするなど、指導と評価のプロセスを効率的に進めることも大切ではないか。

私見では、評価とは、様々な能力が身に付いているかを多面的に判断するもので、
 指導は指導、評価は評価と切り分けて、各プロセス毎にしっかり考えないと、指導から評価まで流れ作業のようになってしまう。
のではと危惧しています。
評価を細分化し、何でも評価する方向性だと感じているのですが、教師個人の手に余る内容になるとしか思えません。
そうなると、【効率的に進める】というのは、誰かが考えた評価基準と指導法を外部から取り入れマニュアル化するしか手が無いと思います。


誰がどのような発言をしたのかも気になるので、それが分かるような議事録を早く公開して欲しいです。

  • [72]
  • 「知識」が基礎扱いになっている?

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2018年 7月26日(木)20時54分41秒
  • 返信
 
教育課程部会 児童生徒の学習評価に関するワーキンググループ(第1回) 配付資料:文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/1397556.htm
石井英真委員資料:文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/attach/1397586.htm
石井英真委員資料(1)スライド資料(1/3)  (PDF:1652KB)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/080/siryo/attach/__icsFiles/afieldfile/2017/12/15/1397756_4_1_1_1.pdf

知識の獲得と定着(知っている・できる)が基礎になっているかのような図が幾つも載っています。
これでは「知識」が基礎であり、それを問う問題が重要視される方向になってしまいます。
観点別評価のせいで「知識」を問うおかしな問題が作成されているのではという推測がなされていますが、下手をすると評価の基本的な所がまずい可能性があります。

中教審の議事録を見てから判断したかったのですが、一向に公開されません。
文科省は、とうとう議事録を公開しない方針にでもしたのかと不安になります。

  • [71]
  • 数研中1数学教科書 方程式・移項

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2018年 6月 4日(月)20時45分40秒
  • 返信
 
https://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t21/2936-2938
https://twitter.com/sunchanuiguru/status/1003278625263644674
https://twitter.com/sekibunnteisuu/status/1003544462931316738

観点別評価は、全ての観点で評価が高くても、理解度が高いかとか応用力があるかとか不明ですよね。
評価を観点別評価で細分化しても、寄せ集めて総合力が判断出来ないと思っています。

  • [70]
  • 東京都教職員研修センター

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2018年 5月26日(土)22時06分48秒
  • 編集済
  • 返信
 
研究開発委員会指導資料集 ―東京都教職員研修センター
http://www.kyoiku-kensyu.metro.tokyo.jp/09seika/reports/kenkyukaihatsu/index.html
平成28年度指導資料集
01小学校
http://www.kyoiku-kensyu.metro.tokyo.jp/09seika/reports/kenkyukaihatsu/h28_01shogakusei.pdf
P49
>2 「数学的な考え方」を評価する方法について(複数回答可)
ノート ワークシート:86.8%
授業中の発言や活動 :84.1%
市販の単元末テスト :72.1%
の割合が多いようです。

  • [69]
  • Re: 国立教育政策研究所の資料

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2018年 1月28日(日)22時54分35秒
  • 返信
 
>>68
今更の訂正ですが、
> https://www.nier.go.jp/05_kenkyu_seika/pdf_seika/h28a/syocyu-1-5_s.pdf

http://www.nier.go.jp/05_kenkyu_seika/pdf_seika/h28a/syocyu-1-5_a.pdf
です。
誤って研究報告書/概要版のリンク貼ってしまいました。
本当に貼りたかったのは、研究報告書/全体版です。

  • [68]
  • 国立教育政策研究所の資料

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2017年12月24日(日)21時16分49秒
  • 返信
 
平成28年度研究成果:国立教育政策研究所 National Institute for Educational Policy Research
https://www.nier.go.jp/05_kenkyu_seika/seika_digest_h28a.html
・「資質・能力を育成する教育課程の在り方に関する研究」研究報告書5~資質・能力の包括的育成に向けた評価の在り方の研究~ (平成29年3月)
https://www.nier.go.jp/05_kenkyu_seika/pdf_seika/h28a/syocyu-1-5_s.pdf

  • [67]
  • Re: 意欲関心が大切だから別解禁止、という謎理論

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2017年 5月10日(水)22時24分21秒
  • 返信
 
>>66

「△△して欲しい」を評価対象にすると、「関心意欲」に当て嵌めるしかないのでは。
もしかしたら「関心意欲」は「発達段階」並みに便利に使えるかもw

  • [66]
  • 意欲関心が大切だから別解禁止、という謎理論

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2017年 5月10日(水)17時59分34秒
  • 返信
 
https://togetter.com/li/1108794
2017-05-08 00:05:27
> 正解すればOKの考えだとどんな解法でもいいと思います。テスト等での評価観点にもよりますが、私は関心意欲が大事だと考えているので、授業での取り組みを重視しています。数学は特に勘で解答を書くことができるので、そういった解答を無くすためにも習った解法を用いるべきだと思います。


????? この人は何を言っているのだ?

  • [65]
  • 評価の為の問題

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2017年 5月 6日(土)21時26分16秒
  • 返信
 
○○の能力を判断する為の問題を考えたとします。
しかし、その問題の正誤で、正しく○○の能力を測れるとは限りません。
しかも、初期段階では○○の能力を測れたとしても、○○の能力が無くても解けるテクニック(「はじき」とか)が広まっては意味がありません。

観点別評価等を見ていると、○○の能力を判断する為の問題を考えた。
だから、この問題で○○の能力を判断出来る、となっているように見受けられます。

おかしな評価の例ですが、分数の割り算の為の問題を出したら、掛け算の式で解く生徒がいたりします。
本来なら、問題が相応しくないから問題を考え直すとかするべきですが、分数の割り算を使っていないからバツとするのを正当化する人達がいます。
「△△して欲しい」と、「△△しなければ駄目」の区別を付けない事例ですね。

評価したい事、評価が可能かどうか、本当に評価するべき内容かをしっかり考えて欲しいものです。

  • [64]
  • 「非認知能力」

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2017年 2月22日(水)17時33分58秒
  • 返信
 
こっちとも関連がありそうなので書いておく

「学力」の経済学 | 中室 牧子  に、「非認知能力」という言葉が出てくる。

要するに、数学の問題が解けるなどのテストで直接測る能力ではなくて、「意欲」だとか「忍耐力」だとか「生きる力」とか、そんな感じ。

これが人生に大きな影響を与えうると言う。

また学校の機能として、単に勉強を教わるだけではなく同級生や教師との関わりの中で非認知能力が培われるというようなことも書いてある。

このあたりは、ヒドゥンカリキュラムとも関係していそう。


で、これ自体はなるほどと思うのだけど、認知できない能力を測定しようとか伸ばそうとなるとおかしな方向にいくのでは、といういやな予感がする。

入試での「人物重視」とか、市川伸一氏とか、このあたりと関係していそうな気がする。

  • [63]
  • 丸暗記

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2017年 1月 5日(木)22時50分19秒
  • 返信
 
https://twitter.com/M_A_alps/status/816580105577189376

これって、「関心・意欲・態度」を評価しているのかも。
すべてが揃わないと、丸暗記なんて不可能だと思います。

「関心・意欲・態度」だけを評価しようとすると、こうなるのかもしれません。

  • [62]
  • 「ノート検定」学力アップにつながる? 京都市教委が試み

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2016年12月 1日(木)20時53分41秒
  • 返信
 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161126-00000012-kyt-l26

「ノート検定」学力アップにつながる? 京都市教委が試み
京都新聞 11/26(土) 11:50配信

京都市内の小中学校で、児童生徒のノートを教員が検定方式で評価する「ノート検定」が広がっている。授業で使う基本的な道具を通じ、学習の狙いやまとめを理解できているかなど定着度を測る試みだ。板書の丸写しに終わらず、自分なりに工夫してまとめる大切さを学ぶ効果を指摘する声もある。
 ノートやワークシートを手にした全校生徒が体育館に集まった。10月上旬、上京区の嘉楽中。生徒が指定されたページを開くと、教師が「学習の目当てを書けているか」「大切な内容は色を変えて強調しているか」などのチェック項目をもとに1~5級の5段階で評価した。
 同中は本年度から「あしあと検定」と銘打ち、ノート検定を始めた。他県の事例を参考に考え出し、年5回行う。生徒は理科で学ぶ粒子の動きをサッカーに例えてイラスト入りでまとめたり、同級生の意見を書き込むなどして工夫を凝らす。1年の井上駿佑君(13)は「授業内容を覚えやすくなった」と語った。
 検定は小学校を中心に数年前から広がっている。10年前から活用している東山区の京都女子大付属小の長江柳子教頭(58)は「書くことは考えを深めること。授業で意見を発表できなくても、書いて残せる子どもはいる。教師にとって刺激になる」と強調する。発展的なノート作りを目指す学校もあり、南区の九条弘道小は本年度から「矢印や吹き出しを使い自分の意見を書き込んだ」などチェック項目を増やした。緩詰研二教頭(50)は「板書の丸写しでなく、重要部分をまとめられるようになった」と効果を語る。
 より効率的なノートづくりについて、東京大合格者のノートを分析した『東大合格生のノートはかならず美しい』の著者、太田あやさん(40)=東京都杉並区=は「『自分のため』ということが大事」と語る。
 太田さんが東大の学生に取材したところ「教科書や参考書に比べ、覚えやすいように編集できる」「アウトプットする力を養える」など丁寧にノートを取ることに自分なりの価値付けをする声が目立った。「形式や見た目の美しさなどを追い求めすぎて子どもが『難しい』とか『書くことが嫌い』となってはいけない。教える側も、子どもが意味を感じられるようにしてほしい」と強調する。

  • [61]
  • 高校内申書、点数化を検討…評価基準など研究へ

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2016年 9月28日(水)09時59分42秒
  • 返信
 
高校内申書、点数化を検討…評価基準など研究へ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160927-00050057-yom-soci

読売新聞 9月27日(火)17時40分配信

 文部科学省は、大学入試改革の一環として、高校調査書(内申書)をデジタル化、点数化するシステムづくりに乗り出した。

 ペーパーテストでの「一発勝負」を脱却し、主体性や学ぶ意欲を測るため、生徒の評価基準を開発し、情報を高校や大学と共有してもらう狙いがある。

 具体策を検討するため、文科省は、関西学院大学を代表とする8大学に調査研究を委託した。テーマは〈1〉調査書の記述をコンピューター処理できるようにするデジタル化、システム化〈2〉教科・科目の成績(評定)やコンクールの入賞歴などの実績を点数化する基準づくり――など。大阪、大阪教育、関西、神戸、同志社、立命館、早稲田の各大学も研究に参加し、文科省は今後、参加校を増やす方針だ。

  • [60]
  • Re: 観点別評価

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2016年 8月17日(水)18時23分25秒
  • 返信
 
>>59
> 啓林館 1年さんすう指導書の観点別評価規準の一部です。
> (現行のひとつ前のものです。)

【数学的な考え方】として、「増加と合併の場面を区別して」「求残と求差の場面を区別して」とあるけど、むしろこれは「数学的考え方」とは逆方向だと思うのですが・・・

  • [59]
  • 観点別評価

  • 投稿者:黄昏
  • 投稿日:2016年 8月17日(水)13時22分36秒
  • 返信
 
啓林館 1年さんすう指導書の観点別評価規準の一部です。
(現行のひとつ前のものです。)

  • [58]
  • 「指導と評価の一体化」

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2016年 7月30日(土)20時27分42秒
  • 返信
 
まず評価基準を決め、その評価に合わせた指導をする流れになっていると感じているのですが、「指導と評価の一体化」という考えが影響していそうです。

答申ではここで登場します。
児童生徒の学習と教育課程の実施状況の評価の在り方について(答申)
平成一二年一二月四日
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/t20001204001/t20001204001.html

その答申の為の議会がこれのようです。
教育課程審議会(1999~2000)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/old_chukyo/old_katei2000_index/index.htm
委員名簿に市川伸一氏の名前がある・・・
もしかしたら市川氏の働きかけの影響があるかもしれません。

観点別評価を調べていると、評価の仕方を外部から仕入れ、教師等が自ら評価の妥当性を検討したり、見直したりしない方向に進んでいるような気がします。
逆に、良かれと思った事なら何でも評価基準にしていいとする人もいそうです。

「指導と評価の一体化」は、指導した結果を評価するというより、評価に合うように指導する事になりそうです。
更に、指導と評価が一体化していると、評価基準の見直しは、それまでの指導までも否定される感じが強まりそうに思えます。

身に付けて欲しい事があれば、何でもかんでも評価基準を決めて指導すればいいという、評価の乱用にも繋がりそうです。
手段の目的化も促進されそうですね。


実質的には、評価と言う名の下に、生徒をコントロールしようとする人達を、「指導と評価の一体化」が後押しするという面もありそうです。

  • [57]
  • 私は数学が苦手になっていたかも

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2016年 6月29日(水)11時29分34秒
  • 返信
 
 私自身はノートの書き方を指導されたことはない。されたのかもしれないが意識しなかった。数学が理解できればいい、ノートは単なる手段、ノートが汚くても、ノートを取らなくても理解していれば何の問題もない、と思っていたし今も思っている。

 こう言うと「お前は数学が得意だからそれでいいが、苦手な子はそうはいかない」と言われそうだが、苦手な子がノートをしっかり取ることで数学が出来るようになるのか?




ノートに何を書くべきなのか? 授業で説明された問題の解き方を書くのだろうか?

 得意な人はそんなもの書かなくても問題を見てその場で考えれば済むから不要。苦手な子は解き方をノートに書くことで得意になるのか?解き方を覚えるというのは数学の勉強法として余り優れたものではないと思うが、仮に解き方を覚える必要があるとしても、ノートを見るよりも教科書を見るほうが確実である。苦手な子は往々にしてノートの写し間違いをするし、文脈から間違いに気づく、ということも出来ない。


 その他、公式や用語なども、覚える必要があるのかどうか疑問だけど、仮に覚える必要があるとしても、それらは教科書に書かれている。


 私自身の中高生時代の数学のノートは、演習問題を解くだけのものだった。今も数学を考えることがあるが、無地の不用紙を使っている。



 画像にあるようなノート指導と言うのは、何を目的にした誰のためのものなんだろうか?

 少なくとも数学の理解が目的とは思えない。


 観点別だのアクティブなんとかとかなってくると、目的と手段が逆転して、数学をネタに、ノートの取り方だのプレゼンテーション能力だのを身に着ける、ということになっているのかもしれない。

 今私が中高生で、こんなことやらされたら数学が嫌いになっていたかもしれない。


数学の授業なんだから、
数学をやろうよ・・・・



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