• [0]
  • 指導要領に付随する出版物の研究

  • 投稿者:積分定数
 
 学習指導要領および解説は、文科省が公式に出しているものであるが、これとは別に、民間の出版社が、指導要領を補完するような体裁で出版物を出している場合がある。

 文科省はこれらに関しては「関知しない」という立場ではあるが、著者・編者に指導要領策定に関わった人が名を連ねているなどしていて、

 教育現場ではそれなりに権威をもったものとして受け止められている可能性もある。

 これについて調べてみる。

 <思いやりのあるコミュニティ宣言>
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 いつもご協力いただきありがとうございます。

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  • [27]
  • 数量関係 リーディングス新しい算数研究 五 まとめ

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2014年 1月 6日(月)03時31分18秒
  • 編集済
  • 返信
 
 細かいところまで読んでいけば、まだまだおかしなところが出てくると思うが、取りあえず「数量関係 リーディングス新しい算数研究 五」についてはこれで終了。


式に、

答えを出す手段
関係や事柄を表現する
思考過程を表現する

などと、複数の機能をもたせようとしている。時にはこれらの機能同士が相矛盾してしまうこともある。

それやこれやで教える側も混乱してしまっているようである。


算数教育をもっとシンプルにすることで、教師も子どもも楽になるように思える。


 そうすると、これまで算数教育を徒に無駄に複雑にすることを一生懸命やって来た人達は、権威が喪失して困ることになるかもしれないが、それは仕方ないだろう。

  • [26]
  • 感想・突っ込み  私はこういう授業は受けたくない

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2014年 1月 6日(月)03時18分57秒
  • 編集済
  • 返信
 
また例によって子どもに議論させているが、何をさせたいのだろうか?

答えがわかっている子にとっては、算数教育界の恣意的な流儀を探り当てる授業になってしまっているように思える。

答えが分からない子にとっては、答えを求めることとは無関係な恣意的な流儀の議論など聞かされても、得るものはないだろう。

 「式って何かな」などというのは一見気の利いた質問に思えるかもしれないが、何を答えればいいのか迷いそうである。

 結局の所、「どう答えれば先生は喜ぶのか」というようなことになりはしないだろうか?

 この授業を見た人が高く評価しているが、私は率直に言えばこういう授業は受けたくない。

 授業の様子をまとめる等というのも、自分がやらされたのなら苦痛に感じたと思う。(私は作文がものすごく苦手だった)


 授業の様子を読んで、これは算数・初等数学とは別物ではないかと思えてきた。


 こんな愚にもつかないことに時間を費やすぐらいなら

「ケーキを2個買って10円の箱に入れたら代金は810円だった。ケーキは1個いくら?」

というような、ワンランク上のレベルの問題を解くことに時間を費やした方がずっと楽しいと思う。



 答えは原則一つしかない。正解不正解ははっきりしている。正しい答えを求めて試行錯誤して全力を尽くす

これこそが算数・数学の醍醐味。


「式とは何か」などという、

どうとでも答えられるし、「それは正しい」「それは正しくない」などと、教える側の恣意的な考えでどうとでもなりうる様な、

禅問答は無用。

  • [25]
  • 感想・突っ込み  教える側も混乱

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2014年 1月 6日(月)03時02分17秒
  • 編集済
  • 返信
 
(イ)あきお君は、ケーキを10円のはこに入れてもらい410円はらいました。ケーキ代はいくらでしょう

(ウ)あきお君は400円のケーキをはこに入れてもらい410円はらいました。はこ代はいくらでしょう。

これはそれぞれ、□+10=410 400+□=410 という具合に、「足し算で求められる」としている。

しかし、この同じ本の別の箇所では

http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t52/2
「1.式表示指導上の問題点」として

○2年生の授業で、「きょうしつに、こどもが4人いました。つぎつぎとはいってきたので11人になりました。はいってきたのはなん人でしょう」というのに対して、11-4=7とすべきところを、4+7=11として、答えを7人とする。

が挙げられている。


つまり、単純に言うと

A 3人やって来たので8人になった。最初は何人?
B 3人やって来たので8人になった。これを式に表せ。

Aでは、8-3=5 としないと駄目
Bでは、□+3=8 としないと駄目

と指導するのだから、子どもは混乱しないかと心配になるが、

更に今回は、Aでも 「□+3=8 と足し算で求めることができる」と指導しているわけで、

子どもだけじゃなくて教える側も混乱しているように思える。

□+3=8 の□をもとめることを「足し算で求めることができる」と言ってしまっていいのかも疑問。

□を求める計算は引き算にならざるを得ない。

  • [24]
  • 3年:□を使った式

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2014年 1月 6日(月)02時46分5秒
  • 編集済
  • 返信
 
3年:□を使った式 中島繁雄  1980年9月号(No114) から抜粋

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2.子どもの式に対する意識の変容
 第1学年及び第2学年の初期においては、問題に接すると、まず答えに意識がいき求答することに執着しがちである。たとえば、「あひるが15羽池にいます。岡に7羽います。合わせて何羽いるでしょう」と問うと、直感的に22羽と答える。また、子どもが立式する場合、要素の数量そのものに目がいき、要素間の関係を示す演算は、具体的なイメージの中でとらえているに過ぎない。統合を用いても、2項演算の結果を表す意味としてつかっているのがほとんどである。このように、式に対する意識は、要素の数量そのものにあり関係を示す演算に注目するまでには至っていないと考えられる。しかし、第2学年の乗法の学習を契機に、数量の関係に意識がいきだす。「2と3をかけると6になる」という言い方をするが、言語学的であるにしろ関係に着目しているといえる。さらに、第3学年の除法の学習に至っては、「答えと割る数をかけると割られる数になる」と数量の関係そのものを重視するようになってくる。この時期に来て、言語表現の過程を経て関係を意識するようになってくる。
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6.本時の記録
(ア)あきお君は、400円のケーキを10円のはこにつめて買いました。代金はいくらでしょう

T 式をじっくり考えていこうと思います。(ア)の問題をどう考えたかな。ではS1男君。
S1男 400円のケーキを10円の箱に入れて買ったのだから、400+10として答え410円としました。N男君(ママ)

N男 S1男と同じで、400円のケーキを10円の箱につめたということは、それらを合わせることだから、S1男君と同じ式にした。

K男 ぼくも、400+10=400としたんだけど、400円だけなら、箱に入れてもらわないことになるから、ケーキ代に箱代を加えて410円とした。
(410円と板書する)

T ここに、1つの式があるけど、式って何かな。
[数人の子どもが「へぇ」とつぶやく]

S2男 自分の考えを記号に置き換えて短くしたものが式だと思います。

M1子 S1男君のつけ加えで、自分の考えを数字とか+、-の記号とかで表したものだと思う。

T M1子さんのいうには、400、10、410も式の一部ということですか・・・

A子 式というのは、何かの数をたしたり引いたりして、違う数にかわることを表している。

T じゃあ、M1子さんのいったように、400、10、410と+や=が考えを作っているんだね。

C多 そうや[「ハイ、ハイ」と挙手する]

S子 400って1つのケーキのお金のことです。

S1男 10は箱代のことです。

M男 410ってのは、ケーキ代と箱代の合わせたお金のことです。

Y1男 つまり、払った代金のことです。

N子 私は、+という記号の役目をいうんだけど、ケーキ代と箱代を合わせるという合わせることを表していると思います。

M2子 =という記号は、ある品物とある品物とを合わせる代金になると、つないでいるものだと思います。

K子 =というのは、ケーキ代と箱代を合わせたものが410円という代金になった、そして同じという意味だと思います。

T 数字にしろ、+、=にしろ大切な意味があるんだね。今、+や=についてその働きに話が進んできたようだけど、その働きを考えよう。

K男 400と10と410だけやったら、何もつながらなくて、400と10とはどんな関係があるのかを+が教えていて、=は、答えを出す意味がある。

N男 ケーキ代と箱代とを合わせると、それは払う代金とつないでいるのが=だと思います。

T +とか=とかいう記号は、あるものとあるものを合わせるという意味でつないだり、同じという意味でつないだりしているんだね。次の問題では、どうつないでいるかな。


(イ)あきお君は、ケーキを10円のはこに入れてもらい410円はらいました。ケーキ代はいくらでしょう

(ウ)あきお君は400円のケーキをはこに入れてもらい410円はらいました。はこ代はいくらでしょう。


(机間巡視して、Y1男が誤答しているので、ねらいからそれるかもしれないが意図的指名する)

Y1男 10+410=420とした。ケーキ代はさっきと同じやり方で出しました。

O男 ぼくは、Y1男君と違って、410-10=400としたんだけど、10円の箱に入れてもらったケーキ代とで410円になるのだから、410円には、箱代が入っている。

(中略 積分定数注釈 420円としたY1男の考えを誤りとする意見が複数出されて、Y1男も納得することでこの件は一件落着)

I子 (ウ)の問題だけど、410-400=10としたんですが、あきお君は410円払ったんでしょ。その代金410円は400円のケーキ代と箱代を合わせたんだから、箱代を求める式は410-400です。

S2男 みんなに考えてほしいんだけど、僕は足し算でしたんです[「ヘエ」という驚きの中に、数人の子どもが「ぼくも」とつぶやく]410円の代金は、ケーキ代と箱代が合わさったものだから足し算と考えたのです。

T どこが足し算なのかなあ。はっきりさせよう。

Y2男 [400+□=410と黒板に書く]こう書いたんだけど、ケーキ代の400円と箱代を合わしたら、410円になるから、S2男君は、足し算でしはったのがわかります。

T □って、Y2男君は書かはったけど、□って何かなあ。

E男 ふと思い出したんだけど、わり算を勉強した時、たとえば12個のみかんを3個ずつに分ける時、3個の□人分として考えた時と同じ意味で使わはったと思います。

S1男 400円のケーキ代と箱代を加えたら代金の410円になるから、S2男君やY2男君は、箱代を□円として使わはったと思う。

F子 私は、この話し合いを聞いて、(イ)の問題でも、足し算でできるかと考えたんですが、できると思います。

T (ア)の問題は足し算で(ウ)の問題も足し算で考えた人がいます。(ア)と(イ)と(ウ)の問題で似ているところってあるかなあ。

G男 どれも、ケーキ代と箱代と代金から作られているところが似ている。

F男 Y2男君の□を使ったら、どれも足し算でできる。

T この問題にあるケーキ代と箱代と代金とを結びつけてみようか。じゃあ、i男君

黒板に、三本のテープを提示して、子どもに操作させて、テープ図の関係を結ばせる
(i男)
|    ケーキ代     |  はこ代 |

|    代      金                |

I男 どの問題も、ケーキ代と箱代を合わせると代金になるから、このように結んでみた。

H子 さっきのF子さんを付け加えて、I男君のを使っていうと、(イ)の問題も足し算でできます。私は初め引き算でしてたんだけど、(イ)の問題のわからないものは、ケーキ代だから、ケーキの値段を□円にしたら、□+10=410となって、足し算でもできることがわかります。

T □って、わからないものを□にしたらいいんだね。そういうことだね。
N男 ぼくは、びっくりしたんだけど、引き算でしてたんだけど全部足し算でできるからびっくりした。

Y子 私も気が付かなかったんだけど、この3つの問題は、ケーキ代と箱代を合わせたら代金になるという関係で、同じだと言うことがわかりました。

T みんなは、N男君やY子さんのようにびっくりしたかなあ。この問題に出てきたものは、ケーキ代と箱代と代金だったね。数字じゃなくて言葉を使って式に書きますと、
((ケーキ代)+(はこ代)=(代金)と板書する)
このようになるね、言葉を使った式を言葉の式といいます。( )+( )=( )になるように( )に言葉を入れて言葉の式を作ってみましょう。

C多 できるできる[作業紙に取り組み出す]
 子どもたちの作った言葉の式を発表させる。その主な例を挙げてみると、
(ひよこのお金)+(箱のお金)=代金
(ジュースのお金)+(ビンのお金)=代金
(花の値段)+(花びんの値段)=代金
(本の値段)+(カバーの値段)=代金
(かぶとの値段)+(入れ物の値段)=代金

T ちょっと待って、お金の場合ばっかりだなあ。それ以外ではないだろうか。

N子 (お湯の重さ)+(やかんの重さ)=(合わせた重さ)と言えます。

M男 (読んだページ数)+(これから読むページ数)=(全体のページ数)とも言えます。

T たくさんあるね。これらを全部しっておくと便利だね。

O男 これだけも、しんどういわ。

T ((なかみ)+(入れ物)=(全体)と板書する)
このようにまとめてみてはどうだろう。

O男 いい、いい、それでいい。

K子 まとめられる。みんなが出した言葉の式の中で、M男君のはちょっと違うけど、まとめることができます。

T 言葉の式ってたくさんあるけど、(なかみ)、(入れ物)、(ぜんたい)という言葉を使ったら、お金の問題も、重さのも、同じ言葉の式としてまとめられるね。

 授業が終わると、子どもたちは授業の様子をノートにまとめることになっている。あまり発言しない、ずっと聞く立場のZ子のノートを記載する。



 きょう、わかったことは、いくらちがったもんだいでも、もし、きょうのように、(ケーキ代)+(はこ代)=(代金)というように、それぞれのお金の意味がわかると、ひき算しかできなかったと思っていたもんだいでも、たし算でもとめられることだ。それと、□を使うとき、□の意みは、ケーキのねだんとしてつかうこともわかった。
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この授業に対して別の人のコメント
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 この指導は、□を取り入れる場面をとらえて、式の持つ意味について指導しようとしたものである。
 はじめにも指摘されているように、子どもはとかく答えを求めるといった、子どもにとって実利的なことに目を向けがちであって、式の意味そのものを取りあげるということは、この学年段階ではまだ一般に難しいと考えられることであるが、この指導例を拝見して、まず感心させられたことは、その子どもたちがわれわれの予想以上に、大変素晴らしい発言をしていることである。
「ここに1つの式があるけど、式って何かな。」(T)という教師の発問には、さすがに「へえ!!」と言っているが、「自分の考えを記号に置き換えて短くしたものが式だと思います」(S2男)だとか、それに続く、M1子の発言など、大変素晴らしい。3年生でも、こんな発言を次々に出してくれるならば、(あまりうまくいった例を残念ながら見ていない)式の指導も、本当に楽しくやれそうだ。

 こうした授業がやれるためには、教師が、まず式の持つ意味や機能をしっかりつかんでいることが大事なことは当然なことであろう。

(後略)
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  • [23]
  • 感想・突っ込み  文字or□ 子どもに考えさせて議論させるようなことなのか?

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2014年 1月 6日(月)00時42分38秒
  • 編集済
  • 返信
 
>「A君はコインを16個もっている。おじさんから、何個かもらったので45個になった」この場合、子どもが立てる式はほとんどが“45-16=29”というものである。


「これではまずい」というのがやはり共通認識のようだ。全く不可解。

これが「何個もらったのでしょうか?」という問題だと、「16+29=45」とすると「答えの数値がイコールの右側に来るというルールを理解していない」と言われてしまう。

 算数そのものの理解ではなく、設問の微妙な言い回しで立てる式を判断しなくてはならない。馬鹿げているとしか思えない。

既に同様のことを指摘しているが、

元々持っていた数+もらった数=合計

という式を立ててほしければ

 「16個持っていて、□個もらったら、何個になる?」とでもすればいいだけのことである。


○や□からアルファベットへの移行って、子どもが必然性を理解するような話なのか?

 本質的な違いはないわけだし、こんなこと子どもに考えさせてもしかたがないと思うのだが。

 算数・数学の面白さは、自分で考えて答えに行き着くことである。だから、子どもに考えさせる授業が望ましいと思っている。

 しかしそれは、何を求めればいいのかが明確な場合である。

「縦□、横○の長方形の面積?」としていたのを「縦a、横bの長方形の面積は?」とすればいいだけに思えるのだが。

 □○からアルファベットの移行に際して、戸惑う子もいるだろうから配慮は必要だが、考えさせるような話じゃないと思う。


 どうも算数教育の現状は、子どもが試行錯誤して自由に考えることを妨害しながら、

 どーでもいいようなことを子どもに考えさせているように思える。

 ○や□ではなくアルファベットにするという必然性はないのだから、議論の結果、子どもが自発的に「アルファベットがいい」となるとは限らない。

 結局、教師が誘導することになってしまっている。

 時間の無駄としか思えない。



  • [22]
  • 5年:文字と式の指導

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2014年 1月 6日(月)00時25分15秒
  • 返信
 
5年:文字と式の指導 安部建夫  1985年1月号(No166)から抜粋
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1.題材名 文字と式

2.目標

(1) 数量関係や計算のきまりを文字を用いて簡潔に表したり、文字を含んだ式をよんだり、文字に当てはまる数を求めたりできるようにする。
(2) 数量関係を文字を用いて式に表す時、文字を用いるよさを漸次つかませる。

3.授業研究の課題

 文字と式の指導に関しては、次のような子どもの実態が考えられる。
(1) これまでの式のイメージから、式は答えを求めるためのものという意識が子どもたちには強く、“式を書きなさい”というと計算の式を書くものがほとんどである。したがってフレーズ型の式は式とは認められないし、次のような問題の式が立てられない。「A君はコインを16個もっている。おじさんから、何個かもらったので45個になった」この場合、子どもが立てる式はほとんどが“45-16=29”というものである。

(中略)

<子どもの考え>
(1) (キャラメルの値段)×(買った数)+(チョコの値段)×(買った数)=答
(2)  60×?+120×?=答 (?をつかった)
(3)  60×数字+120×数字=答
(4) 60×□+120×□=答

T (1)~(4)の考え方が出たがどの表し方がいいかな。
C □を使った式の方が見やすい。わかりやすい。
C 言葉の式は5年生らしくない。
C ?は小さい子が使うみたいだ。
C もともと何でもいいのだから□の方がよい。数字は面倒くさい。
C □だと中に数が入るという感じがする。
C □がよい。
T □がよいというのがみんなの考えのようだね。これから5年生らしくこの□の代わりに文字を使うことにしよう。文字はどんな文字がいいかな。
C x、(あ)とか(い)もある。
T この場合、aを使うことにしよう。□が2つあるんだけど同じでいいかな。
C □と□では同じ数が入るみたいなので、よくない。
T チョコレートの数の方はbにしよう。aとbを使ったときと□を使ったときでどういう違いがある。
C 英語だとかっこいい
C □の方が数字が入るという感じがする。
T □や数字、?などいろいろ使ったけどこれは何の代わりに使われているの。
C 数字の代わり
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研究討論の記録

5年:文字と式の指導

指導者 菊地兵一
    竹内芳男
従業者 安部建夫
司会者 森洋一

司 最初に授業者から今までの問題点を含めながら自評をお願いします。

授 本日はありがとうございました。(中略)
 文字式を指導する時にいつも導入の場面で苦労するのですが、まず文字の用いられる場合として、3つ考えられると思います。まず未知数(わからない数)を素材にする。2つ目は定数(なんでもよい数)の扱い、3つ目は変数(伴って変わる2つの数)としての扱い、があるのではないかということです。それぞれ、△+□=○や□+○=○+□、一方を変えれば他方も変わる△+□=○ということで既習の事項になっていると思います。そのことを5年生で、△や□から文字、いわゆるアルファベットに変えるわけですが、ここでなぜ文字を用いるのか、文字を用いるとどんなよいことがあるのかを、どう子どもたちに感得させるか苦労するわけです。もう一つは、式を書きなさいと言うと、計算の式、答えを求める式を書くのです。問題の式、すなわち問題間にある数量の関係を表しているような式もあるんだよということを指導したいと思っていたのです。このようなことから文字を用いることの必要感を与える問題場面設定はできないかと工夫しました。文字を使用する必要感はと言えば、子どもたちには全くないのです。指導していても、ちぐはぐな場面が時々出てきます。やはり沢山書かなければならない式が一本の式で間に合ってしまうと言う場面を取り上げて便利さに気付かせていきたいと思ったのです。
(後略)
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  • [21]
  • 感想・突っ込み

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2014年 1月 5日(日)02時37分21秒
  • 編集済
  • 返信
 
「操作」だの「結果」だの、面倒なことを気にする必要があるのだろうか?

http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t38/-100ででてきた、

3×A と 3A は異なる というのとも通じそうなはなし。

後半は、まさにかけ算の順序そのもの。

「3人ずつのグループが4つあった、そのときの人数は3×4と表すことを約束した時」

とう限定的ローカルルールを、普遍性を持っているかの如く指導する。

「一般性」といってはいるが、A×B と B×A が結局同じ構造、というところまでの抽象化は決してしない。


 なぜだか、わり算での「等分除と包含除」では、トランプ配りなどで「統合」をおこなう。


 算数教育界の流儀は実にわかりにくい。

  • [20]
  • つづき 領域「式表示」についての小学校から中学校への発展系統(1)

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2014年 1月 5日(日)02時19分39秒
  • 編集済
  • 返信
 
1974年12月号(No45)
領域「式表示」についての小学校から中学校への発展系統(1) 片桐重男
から抜粋
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3.式をよむことについて

 式を用いるという時には、式で表現するだけでなく、この式をよむということが必要である。
 式をよむといっても、もちろん、たとえば、
3+4=4+3
を、「3たす4は4たす3とひとしい」というように、各々の数字や記号のよみ方にならって、横読みすることではない。
 式をよむことの内容には、式の表す一般性を読み取ることと、逆に特殊かしてよむこととがある。

○まず、たとえば、3+5という式を、2数(3と5)を加えることとよむとともに、2数(3と5)を加えた結果(和)ともよむことが必要である。即ちこのような式を、いくつかの数量についての操作を表すとよむとともに、その結果あたえられた一つの数量をよむということである。これはいうまでもないことであろう。

○次に、3人ずつのグループが4つあった、そのときの人数は
 3×4
と表すことを約束した時、
 この式によって、1グループが3人で、グループの数が4の時のみ、乗法(×)が用いられるということをつかませようとしているのではない。これを一つの例として、これを通して、1グループの要素が人ではなく、リンゴでも、紙でも、グループの要素の数が3で、グループの数が4なら、全体の数は3×4と書くことをつかませたい。また、各グループの要素の数が3でなく4や5でも、グループの数が4でなく、5や6でも、‘×’を用いて上と同じように表すのだということをつかませたい。
 このようにつかませることによって、
3×4
の3や4に当たる項は、色々な数で置き換えうるし、その大きさをもった量の種類もいろいろなものでありうるのだという、変数の考えが芽生えてくる。

 そのためには、
 3×4
という立式をしたら、この式で、さらにどんな場面が表されるかを考えさせたり、この3と4は、いつも3と4だけか、他の数にしてもよいことはないかを考えさせることが必要となる。
 これが一つの式のよませ方である。このようなよませ方をすることによって、この式が一般性を持ってくる。そしてこれから、一グループの大きさが○で、グループの数が□なら、全体の大きさは、一般に、
○×□
と表してよいといった、変数の見方が育てられ、その○や□や○×□の変域にも注意が向けられてくるであろう。
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  • [19]
  • 感想・突っ込み 「思考過程を式で表現しろ」と言う無理な要求

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2014年 1月 5日(日)01時44分16秒
  • 編集済
  • 返信
 
「上記のような記号を用いて、事がら・・・、関係を・・・」とあることから、算数教育界では「事がら」と「関係」が別のもので、等号がない式とある式で両者が区別されると推測できる。


 私がかけ算の順序問題を調べる前に、この文面を読んだなら、さほど問題を感じることはなかったかもしれない。

 しかし、算数教育のおかしさを知っていると、これが大きな問題をはらんでいるとがわかる。


「事がら、関係」と式が1対1で対応するわけではないのに、どうもそのような対応があるという前提のような文章である。


「思考過程もできる範囲で式によって示すようにさせていきたい。」というのも無茶苦茶な要求である。


 800円の5割を「半分だから800÷2」とすると減点になる場合がある。

 3人いるところに1人加わったら何人か? 瞬時に4人とわかって式を書かないと減点される。


「思考過程をそのまま式に表現しろ」と言われて、正直に表現したら減点されるのだ。

だから、そつのない子はこう言われても思考過程をそのまま式にするなどと言うことはしないで、実際の思考とは別に「よそ行きの思考過程に合わせた教師が望む式」を書くことになるが、

 苦手な子は混乱しかねない。

会社の飲み会で「今日は無礼講だから」と上司が言われても、それを信じたら「上司に向かってその態度は何だ!」と言われるから、「無礼講」という言葉を真に受けてはいけませんよ

 などというのは、小学生に算数で学ばせる必要はないだろう。


 「思考過程を式で表現しろ」「問題文ごとに唯一の正しい式がある」

算数教育界中枢では、「両者は両立する」という考えが普通なのだろうか?


ということは、思考過程までもが「唯一の正しい思考過程」があるという発想なのだろうか?

恐ろしい。





私が高校時代に受けた国語の模試の問題に「この文章の感想として正しいのは次のどれか?」というものだった。

「作者の気持ち」「主人公の気持ち」などを問う問題を凌駕するすごい問題だと思った。


しかし、算数教育まで、「正しい唯一の思考過程」などというナンセンスな思想が支配しているとしたら、絶望的な気持ちになってしまう。



0.5mのホースの質量が700g 1mでは何gか?

700×2 と式を立てると「今は、小数のわり算の授業だから、かけ算の式は駄目です」

これは全く駄目な指導だと思うが、

「かけ算で考えても答案には小数のわり算の式を書きなさい」という意味に解釈する余地もあり得る。

 しかし、もしかしたら、「そもそもかけ算で考えてはいけない」ということかもしれない。


 瞬時に700×2という式を思い浮かべる子は、そのような発想をしないように努力しないとならないのだろうか?

 「習っていない漢字を使ってはいけない」じゃなくて「習っていない漢字は頭に思い浮かべてはいけない」というようなもの。

 算数教育界中枢は、答案用紙の(しき  )の欄だけじゃなくて、子どもの頭の中まで支配したいのか?


  • [18]
  • 領域「式表示」についての小学校から中学校への発展系統(1)

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2014年 1月 5日(日)01時11分35秒
  • 編集済
  • 返信
 
1974年12月号(No45)
領域「式表示」についての小学校から中学校への発展系統(1) 片桐重男
から抜粋
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2事がらや関係を式に表すことについて

 上記のような記号を用いて、事がらを3+5やx+っやさらには集合{1,2,3・・・}や、∠A+∠Bで表したり、関係を
x+y=y+x、 5>x-3
{1,2,3}⊂{1,2,3,4}などと表す。

 これによって、

(1)これらの事がらや関係を普通の言葉で示すよりも、簡潔明快に示せる。

 すなわち①普通の文より短く、②意味が明確で、③結果に影響する要因のみで示され、余分のものが入っていない。すなわち、何と何が関係し、それがどのように関係し合っているかが明確に示される。④何が変数で何が定数かもわかることが多い。


(2)さらに、どのように考えたかという思考過程を示すことが出来るといったよさがある。

 たとえば、「紙を75枚使ったが、まだ8人に7枚ずつあげるだけ残っている。はじめに何枚あったか」という問題の既知量と未知量の関係が
 □-75=7×8
となっていると、自分がどう考えたかを示せる。そして、この解決の思考過程を次のように示すことができる。
 □-75+75=56+76
□=131

また、4.3×2.3をどのように計算すればよいと考えたかを、次のように示すことによって、その思考過程が明らかになる。
4.3×(0.1×23)
=(4.3×0.1)×23
=(4.3÷10)×23
=0.43×23
 このように、思考過程もできる範囲で式によって示すようにさせていきたい。
------------------------------------------------------------------

  • [17]
  • Re: いまさら年ばれてもいいですよ

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2014年 1月 4日(土)16時52分58秒
  • 返信
 
>>16
> >>15
> 1959+11~12年くらいです。
> )(って書き順で、xを書くときまんなかがきれいに引っ付かなくて文字通り「間抜け」な字だなあと我ながら思っていました。

どうもありがとうございます。

https://twitter.com/metameta007/status/419305767804481536

このメタメタさんの情報とあわせると、文字式を扱うこと自体は行われていたようですね。


方程式や、2×aを2aとするようなことはしていないのではないかとは思うのですが。

  • [16]
  • いまさら年ばれてもいいですよ

  • 投稿者:kankichi573
  • 投稿日:2014年 1月 4日(土)14時29分30秒
  • 返信
 
>>15
1959+11~12年くらいです。
)(って書き順で、xを書くときまんなかがきれいに引っ付かなくて文字通り「間抜け」な字だなあと我ながら思っていました。

  • [15]
  • Re: 小学校での文字式

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2014年 1月 4日(土)11時49分37秒
  • 返信
 
>>14
> 私の小学生のときも

いつぐらいのことなのでしょうか?差し支えなければ宜しくお願いします。

私は、1972年小学校入学ですが、小学校で文字式をやった記憶はないな・・・

  • [14]
  • 小学校での文字式

  • 投稿者:kankichi573
  • 投稿日:2014年 1月 4日(土)10時20分51秒
  • 返信
 
>>11

>小学校で文字式が入ったのは、現行の指導要領が初めて、ということでもないのでしょうかね?

私の小学生のときも小文字のxを使った式は習ったはずです。当初)(って書き順で書いてたのをNに/を重ねる書き順をしている父親のを見てこっちが洒落てるからイイ!って宗旨替えしたことを覚えています。
#中学校から文字式を習うなら筆記体も習うから最初から後者の書き順になるはず

  • [13]
  • 感想・突っ込み  無理矢理分離させておいて「統合」ですか?

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2014年 1月 4日(土)09時48分45秒
  • 編集済
  • 返信
 
 算数教育の指南書には「等分除と包含除の統合」がしばしば出てくる。トランプ配りも定番のようである。

例 http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t2/616

等分除と包含除の統合とは、かけ算での1つ分といくつ分の逆転に他ならない。

 わり算で統合するなら最初から、「かけ算で1つ分もいくつ分も区別はない、かけ算の順序はどちらでもいい」とすればよさそうなものだが、算数教育界ではなぜかそのようなことはしない。

 かけ算の交換法則はあくまで計算における「きまり」であって、意味として交換できるわけではない

 という立場を堅持しているように思える。

 ではなぜ、わり算でも「等分除と包含除は異なる」という立場を貫き通さないのか?(「貫き通せ」と言う意味ではなく、純粋な疑問)

 結局の所、等分除も包含除も同じ「÷」を使うので、「統合」せざるを得ないのではないだろうか?

 結合法則も同様に思える。かけ算の順序への拘りからしたら、

「かけ算は二項演算だからA×(B×C)か(A×B)×Cとすべき。当然両者で意味が異なる。A×B×Cという表記は認められない」

程度のことは言ってもよさそうなものだが、そんな無茶が通らないことを算数教育界は自覚しているのだろう。



 ちなみに、「わり算での等分除と包含除の統合」=「かけ算における1つ分といくつ分の区別の解消」がなされた後も、かけ算の順序強制は延々続く。実に不可解。

------------------------------------------------------------------
さて、演算の意味を統合的に把握させることは、除法に限ったことではない。
 例えば、加法が用いられる場合として、合併、増加、順序などいろいろな場合がある。それらが操作的にはいずれも「2つの集合の合併集合の要素の個数を求める場合」とみなせることから、同じ演算であることを明らかにし、まとめさせるのである。
 要は、児童が「同じ演算」と見る観点を明らかにし、統合を意識するような指導が望まれるのである。
------------------------------------------------------------------

ここも、増加だの合併だのと、区別を強制させておいて、どの口が言うのか?と思ってしまう。

あるいは算数教育界には、

「統合」のためには最初は「分離」が必要

という、倒錯したイデオロギーがあるのだろうか?
 

  • [12]
  • 演算の統合  論説 式表示の指導について……加地 義夫 

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2014年 1月 4日(土)09時29分8秒
  • 編集済
  • 返信
 
1972年6月号(No.15)
論説 式表示の指導について……加地 義夫

>>2で一度登場しているが、後半に重要な箇所があったのを発見した。

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1.演算の記号について

 3年生で除法が導入されているが、等分除と包含除は意味が違っている。しかし演算の記号としては同じ÷を天下り式に持ちさせている例が多い。
 除法の指導では、等分除と包含除の違いを明確にするとともに、両者を「わりざん」として統合し、同じ演算記号を用いるわけを理解させるようにすべきである。

○等分除と包含除の違い
例 (ひとりぶんのあめの数)×(人数)=(全体のあめの数)
この言葉の式で、「ひとりぶん」を求めるのが等分除であり、「人数」を求めるのが包含除である。(乗法の逆算としての除法)

○等分除と包含除の統合
(1)15個のあめを、3人で同じ数ずつ分ける。□×3=15
(2)15個のあめを、1人に3個ずつ配る。3×□=15
等分除は、操作的には、いわゆるトランプ配りによって、包含除に帰一する(上記(1)も「1回3個ずつ□回」となる)
 これは操作による包含除への統合である。
 また、上記(1)(2)の式で、□に当てはまる数は、乗法の交換法則によって、どちらも3の段の九九を用いて見つけられる。このことから等分除、包含除を「わりざん」として統合的にとらえさせることができる。

 さて、演算の意味を統合的に把握させることは、除法に限ったことではない。
 例えば、加法が用いられる場合として、合併、増加、順序などいろいろな場合がある。それらが操作的にはいずれも「2つの集合の合併集合の要素の個数を求める場合」とみなせることから、同じ演算であることを明らかにし、まとめさせるのである。
 要は、児童が「同じ演算」と見る観点を明らかにし、統合を意識するような指導が望まれるのである。
------------------------------------------------------------------

  • [11]
  • Re: 論説 式表示の指導について……加地 義夫

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2014年 1月 4日(土)08時42分8秒
  • 返信
 
>>8
> 中々興味深い文章ですね。小学校で方程式が扱われない理由の一つが
> 小学生の段階では未知量を取り敢えずxと置くことが出来ないことにある訳で。
> 1972年ではそのことが共通認識になっていなかったのか。或いは、この人が勉強不足なのか?

この人の肩書きは分からないのですが、文字を扱うことを前提とした文章がこの人以外にもいくつかあります。「5年:文字と式の指導」(1985年)というのも納められています。

 小学校で文字式が入ったのは、現行の指導要領が初めて、ということでもないのでしょうかね?

  • [10]
  • その都度独自に考えるよりも、定番の解法パターンを身につけることを教え込まれる現状

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2014年 1月 4日(土)08時28分34秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>9

そのあたりが本当に馬鹿げているというか、なんというか・・・

>そんな一定の立式のみを求める「出来レース」

今受験生に、センター試験対策をしているのですが、あの誘導問題に乗れるかどうか、というのはまさに同様の能力だと思いました。

 シンプルに問題だけ出して、解答のみを書かせればいいのに、「思考過程を見る」ということなのか、誘導の穴埋めになってしまうので、シンプルな方法を思いついても、得点に結びつかない。

 確率の問題は、シンプルに答えだけ出すスタイルになっているのだけど。

  • [9]
  • >>6

  • 投稿者:kankichi573
  • 投稿日:2014年 1月 4日(土)08時06分13秒
  • 返信
 
>>6

Twitterでも言ったけど、(この問題でも周長16cmの長方形の問題でも)
そんな一定の立式のみを求める「出来レース」に乗れない小賢し
くない児童はそりゃしまいには数式アレルギーになりますって。
なんかこう、教師が苦心するポイントがずれてると感じる。

  • [8]
  • Re: 論説 式表示の指導について……加地 義夫

  • 投稿者:りーさー
  • 投稿日:2014年 1月 4日(土)05時27分36秒
  • 返信
 
> 1972年6月号(No.15)
> 論説 式表示の指導について……加地 義夫  から
> ----------------------------------------------------------------
> 「数学的な文章」としての式表示の指導
>
> 1.式表示指導上の問題点
>
> (3) 未知の数量を既知数量と同等とみて、関係を式に表すという考えが出来ない。
>
> ○5年生の授業で、「長さ16mのひもを使って長方形の形をかこみます。たての長さを3mにすると、横の長さは何mになるでしょう」というのに対して、xを使って立式させると、16÷2-3=xと書く。
>

中々興味深い文章ですね。小学校で方程式が扱われない理由の一つが
小学生の段階では未知量を取り敢えずxと置くことが出来ないことにある訳で。
1972年ではそのことが共通認識になっていなかったのか。或いは、この人が勉強不足なのか?



  • [7]
  • 感想・突っ込み 計算主義 vs 記号や式の本当の意味や動き

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2014年 1月 4日(土)01時36分40秒
  • 返信
 
 当時、小学校算数において文字式の扱いがどのようなものであったのかよく分からない。

 それはともかく、

>「ある数を3倍したら12になった。このことをxを用いて式をかいてごらん」
 この問題に対し、児童は教師の意図に反して12÷3=xと立式してしまう。

と同様の事例は既に、http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t52/2でも出てきた。

 文字を使って式を立てる場合には、特別な制約があるらしい。


>彼らこそ計算主義公害の申し子と言わざるを得ない
>計算主義を離れて、記号や式の本当の意味や動きを探ることは

ということから、筆者は、「式の本当の意味や働き」というものがあり、それは「計算のしかた」などとは別のものであると考えているようである。

 筆者の言う「式の本当の意味や働き」と対立するのが、「計算主義」らしい。

 

  • [6]
  • 式表示の指導-式表示の意味-

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2014年 1月 4日(土)01時24分31秒
  • 編集済
  • 返信
 
1971年10月号(No7)
式表示の指導-式表示の意味- 村岡武彦  から
------------------------------------------------------------------
1 今までの式に対する考え方

 ある文科系大学の先生からよくこんな話を聞かされた。「講義をしながら、よくもこんなに数学嫌いの学生が集まったものだといつも思う。sinやlogという記号を見ただけで頭が痛くなる連中だ。まして微分でもしようと思って式でも黒板に書こうものなら、スペイン語かロシア語の文章に出会ったかのように、目をパチクリしているだけで手のつけようがない」
 数学嫌いと称する人々の中には、このように記号や式に拒絶反応を示す人が非常に多い。しかしいったい記号や式を用いないで数学が成立するものだろうか。我々は数学と言えば、当然のようにすぐ式を使っているが、数学における式の意味や指導について、もっと反省し、考え直す必要がありはしないだろうか。
 それにはまず、何が彼らをそれほどまでに式嫌いにさせたかを考える必要がある。
 式が黒板に書かれた瞬間、教師はまだ一言も言わないうちに、彼らは既にこの式から計算命令の予告を受け止(ママ)ってしまう。それと同時に計算を遂行するのに必要な数多くの法則や公式の忘却のために、ちょうど何の武器も持たずに、戦争にかり出された兵士のような不安を感じ、早くも逃亡の決意を固めてしまうのである。
 そこには、式によって何を考えようとか、式による自己の数学的拡張の追求とかの意識が働く余地は全然ない。数学的な考え方や原理も、そして本来の価値としてではなく、計算のための手段としてしかとらえられていない。彼らこそ計算主義公害の申し子と言わざるを得ないであろう。 小学校ではそれほどではないにしても、次の例のようなことを授業中しばしば見かける。
[例]「ある数を3倍したら12になった。このことをxを用いて式をかいてごらん」
 この問題に対し、児童は教師の意図に反して12÷3=xと立式してしまう。教師が苦心の末、x×3=12という式を作り上げると、
児童「その式のxは何ですか。よくわからないのですが」
教師「さからないからxとおくのだ」
児童 小声で「ますますわからなくなった」
 この際、計算主義を離れて、記号や式の本当の意味や動きを探ることは、これを作り出した人間精神の数学的本質をつかむことでもあるから、この点についてじっくり考え直すことにしよう。
------------------------------------------------------------------

  • [5]
  • 感想・突っ込み  矛盾?

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年12月28日(土)13時30分50秒
  • 編集済
  • 返信
 
------------------------------------------------------------------
(2) 式は、わかっている数量だけを使って書くという考えが出来ていない。

○2年生の授業で、「きょうしつに、こどもが4人いました。つぎつぎとはいってきたので11人になりました。はいってきたのはなん人でしょう」というのに対して、11-4=7とすべきところを、4+7=11として、答えを7人とする。


(3) 未知の数量を既知数量と同等とみて、関係を式に表すという考えが出来ない。

○5年生の授業で、「長さ16mのひもを使って長方形の形をかこみます。たての長さを3mにすると、横の長さは何mになるでしょう」というのに対して、xを使って立式させると、16÷2-3=xと書く。
------------------------------------------------------------------


この2つ、言っていることが正反対に思える。

算数教育界では、矛盾していないのだろう。

おそらく、

「いくつですか?」「何人ですか?」「何mですか?」という設問で、文字を使う指定がない場合は、

求められている答えの数値が右辺に来るような式


文字や○、□などを使うよう指示があるときは

「関係を表す式」を立てなくてはならない


ということなのだろう。


前者が求答式、後者が関係式といわれているようである。


「求答式」は、答えが出る式であれば何でも良いというものではなくて、800円の50%を800÷2としてはいけないなど、制約が多い。

「関係式」も、一般に言うような「関係式」とは異なり、同値であれば何でも良いと言うことではない。

16÷2-3=x と (3+x)×2=16 は同値だが、前者は誤りとされるらしい。(恐らく、2×(3+x)=16 も駄目なのであろう。)




分かりにくい設問をして、分かりにくい算数教育界の掟を教え込むよりも

「縦3m、横xmの長方形の周の長さをxの式で表しなさい」と言えば済むと思うのだが、

そうはできない事情があるのだろうか?



  • [4]
  • 感想・突っ込み 「式は、わかっている数量だけを使って書くという考え」は絶滅してほしい

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年12月28日(土)13時02分54秒
  • 編集済
  • 返信
 
  「式は、わかっている数量だけを使って書くという考え」が、「問題文に出てきた数値しか使ってはいけない」となってしまうのは容易に予想がつく。

 実はこれは指導要領とも関係している。

「800円の50%は?」 これを 「800÷2」として求めるとバツになるのは、指導要領の「説明する力」から。

800×0.5とすれば、0.5は問題文の50%から来ていると分かるが、800÷2だと、2はどこから出てきたのか説明が必要になるらしい。

 逐一説明を求められるのも面倒だから子どもは、800÷2という式を避けることになる。

 教える方も逐一説明を求めるのが面倒だから、800÷2という式は立てないように指導する。

 そのうち、「問題文にない数値は使わないように」となったと推測される。

 教科書会社の人も,そんなようなことを言っていたから、それほどはずれてはいないだろう。


「指導要領の『説明する力』から、800円の50%を求める場合、800÷2としてはならないという指導が正当化される」


普通に考えたら理解不可能だが、これを可能にする算数教育界の「説明する力」(というか、牽強付会・我田引水)は、見事である。



  • [3]
  • 感想・突っ込み 「答えがわかったら式はいらないと考える.」のは、自然なこと

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年12月28日(土)12時49分25秒
  • 編集済
  • 返信
 
 「答えがわかったら式はいらないと考える.」のは、自然なことではないだろうか?実際子どもがそう考えているのだから、やはり、それが自然なんだろう。

 算数教育界隈では、かけ算の順序やわり算の等分除・包含除に関して、「子どもはそう考えるのが自然なんです」と言いつつ、子どもの自然な反応を妨害して、おかしな拘りを強制することがありがち。

 「答えが分かったら式は要らない」というのは合理的ですらある。

 「式は考え方を示す」というのもよく聞くが、「100gの7%」など、瞬時に「7g」と分かった場合、

 「考えを式に反映させよ」と言われたら、どうして良いのか分からなくなりそうである。


 常に式を要求するのは有害ですらある。

赤鉛筆10本 黒鉛筆20本 消しゴム7個 がある。

赤鉛筆1本・黒鉛筆3本・消しゴム1個 で1つのセットを作ると、何セット出来るか?

算数が出来る優秀な子がこの問題を見て途方に暮れたという実例がある。答えは分かるのだと思う。しかし、式をどう書いて良いのか分からなかったらしい。

出題者は式を書くことを要求していなかったのかもしれないが、「式は絶対に書かなくてはならない」と思い込んでしまったのだと思われる。


以前から言ってきたことだが、文章問題の解答欄の(しき  )をやめたらどうだろうか?

どうしても式を書かせたければ、こうすればいい。

(こたえ  )には、式を書いても良いとする。

その式を計算したら正解の数値になるのなら、全部正解にする。

484人いるところに、7692人やって来た 何人になった?

とでもしたら、大抵 484+7692 とするだろう。

あるいは、文字式や○や△を限定的に導入しても良い。


実際にうまくいくかどうかは分からないが、それこそ試行錯誤してうまい方法を考えればいい。


現状の算数教育は、

目的にふさわしくない設問をして、子どもの自然な反応として当然思い通りには動いてくれなくて、設問を改良するのではなくて、子どもを思い通りに動かすために四苦八苦している

ように思える。

  • [2]
  • 論説 式表示の指導について……加地 義夫

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年12月28日(土)12時08分54秒
  • 編集済
  • 返信
 
この本は、新算数教育研究会の機関誌「新しい算数研究」の記事から、テーマに沿ったものを抜粋編集してある。時代背景が今と異なることもあるので、この本に載っている、その記事が「新しい算数研究」に掲載された時期を記すことにする。

見やすさのために適宜改行するなどしている。(今後も同様)

1972年6月号(No.15)
論説 式表示の指導について……加地 義夫  から
----------------------------------------------------------------
「数学的な文章」としての式表示の指導

1.式表示指導上の問題点


(1) 答えがわかったら式はいらないと考える.

① 1年生の授業で、「おとこのこが5にん、おんなのこが8にんいます。こどもはみんなでなんにんでしょう」というのに対して、児童はすぐ「13人」と答えを出してしまい、式を書こうとしない。

② 3年生の授業で、「12円のノート2さつと、12円の色えんぴつを1本買ったら、36円でした」という文を式に書かせると、児童は答えが出ているので、どう書いたらよいのか、困って書けない。


(2) 式は、わかっている数量だけを使って書くという考えが出来ていない。

○2年生の授業で、「きょうしつに、こどもが4人いました。つぎつぎとはいってきたので11人になりました。はいってきたのはなん人でしょう」というのに対して、11-4=7とすべきところを、4+7=11として、答えを7人とする。


(3) 未知の数量を既知数量と同等とみて、関係を式に表すという考えが出来ない。

○5年生の授業で、「長さ16mのひもを使って長方形の形をかこみます。たての長さを3mにすると、横の長さは何mになるでしょう」というのに対して、xを使って立式させると、16÷2-3=xと書く。

 以上のような問題点は、要するに児童が「式は計算のしかたを示すもの、答えを求めるためのもの」と考えていることを示している。その原因は、恐らく教師が式をそのように考えているからであろう。
 「式は数学的な文章である」という認識を、まず教師がしっかりともつことが、新しい式指導の根本であると思われる。
----------------------------------------------------------------



  • [1]
  • 数量関係 リーディングス新しい算数研究 五

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年12月28日(土)11時36分2秒
  • 返信
 
新算数教育研究会  東洋館出版社 著  2011年12月
http://www.toyokan.co.jp/book/b98929.html
昭和46年から続く月刊誌『新しい算数研究』。その研究成果の中から選りすぐりの論文・実践を掲載。現場の先生方の日々の実践や研究者方の資料として役立てることができるのではないでしょうか。第五巻は数量関係でまとめています。

これがなぜ「指導要領に付随する出版物」なのかというと、シリーズの他の本のタイトル
http://www.toyokan.co.jp/search/s3516.html


指導要領における区分

A 数と計算
B 量と測定
C 図 形
D 数量関係

が連動していることが推測される。

更に、新算数教育研究会は指導要領策定に関わった人もいる。


http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t50/20 のセミナーの演題も指導要領と関連している。


かけ算順序問題と特に深い関係がありそうな「数量関係」を見てみる。


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