• [0]
  • 微分の読み方 dy/dxを「ディーワイディーエックス」と読むことについて

  • 投稿者:積分定数
 
 式などをどう読むのかは、数学そのものとは余り関係ない、非本質的なことである。

7C3 これを、私は「Cの7,3」と教わったし、今もそういっているが、最近高校では「7,C、2」と読むようである。

どちらでも構わない。


dy/dx を私は、「ディーエックス分のディーワイ」と教わったし、そう読むが、最近、高校では、「ディーワイディーエックス」と読む教師が多いようだ。

 その理由が「分数ではないから」というのである。

 これは、「所詮読み方だから、非本質的などうでもいいこと」と済ましてはならない、重大な問題が潜んでいるように思える。

 その件について語るスレです。

投稿者
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sage

  • [65]
  • 桜井進氏がなんか言っているようです

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2016年 5月23日(月)22時09分8秒
  • 返信
 
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t27/19-21

  • [64]
  • 二階微分 知恵袋

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2016年 4月15日(金)12時47分24秒
  • 編集済
  • 返信
 
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12107546742
>微分について
高校までの微分では例えば
dx/dt で、「xをtで微分する」という意味の、一つの塊であるような認識だったのですが
大学の物理で、両辺にdtをかけるといったような操作が出てきました。
私には、この「dtをかける」という操作の意味が分かりません。
こんなことができるのでしょうか?

>微分は分数のように扱える場合もありますが、分数ではないのは
高階の微分を考えてみればわかります。
位置を時間で2階微分すると加速度になりますが、例えば
運動方程式から
d^2 x/ dt^2 = - x
が与えられた場合に
d^2 x = - x dt^2
とはなりません。


⊿を関数f(x)に対して、f(x+h)-f(x)を対応させる、関数から関数への関数とする。hはある定数としておく。

⊿x=(x+h)-x=h

{⊿f(x)}/h  これに⊿を作用させてhで割ると

⊿(⊿f(x)/h)/h=⊿((f(x+h)-f(x))/h)/h
=(f(x+2h)-2f(x+h)+f(x))/h^2




h=⊿x と置き換えたら、⊿^2f(x)/⊿x^2

⊿x→0の極限が d^2f/dx^2

ここで分母と分子の2乗の意味と演算の優先度に違いがある。

分子は、⊿^2fは⊿(⊿f)の意味 演算子の作用をあたかも掛け算のように表記していて、2回作用させることを、2乗のように表記している。

分母は、2回かけるという通常の意味での2乗である。また、(⊿x)^2のことで、⊿(x^2)のことではない。

dについても同様。


dx^2/dx=2x  この分子のdx^2 と

d^2x^5/dx^2=20x^3   この分母のdx^2

両者はまったく意味が異なる。

要するに、分母と分子でdと指数の優先度というか結合力が違ってきているという実にややこしい表記である。

本来なら、どちらかに決めておいて、あるいはどちらにも決めないで、括弧で意味を明確にすべきだが、頻繁に使う記号だから、理屈で考えるとおかしな表記だが、利便性から現状のようになっているのだろう。


>d^2 x/ dt^2 = - x
が与えられた場合に
d^2 x = - x dt^2


分母と分子での優先度が異なる表記が混在していることを見逃しているからこういうことになる。

「dy/dxが分数なら、約分してy/xとなってしまう」というのと同様の理屈。

  • [63]
  • Re: 今更ですが

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2015年 7月 9日(木)17時51分0秒
  • 返信
 
>>62
> >>52
> >「分数ではありません。これをdx分のdyなどと言う人は微分を理解していません」などという人こそ、あまり微分を理解していないように思える。
>
> 今更ながら、論ずる以前に決めつけで他人を見下す、これはよろしくないことのように思えます。
> 本当に今更ですが。
> 結論が出ぬまま、スレッドが停滞してしまったのが残念です。


ご指摘ありがとうございます。表現には配慮したいと思います。

ただ実際に、「分数ではない」という意見の人が微分を理解していないのでは、という疑念があるのは事実です。

  • [62]
  • 今更ですが

  • 投稿者:仲里
  • 投稿日:2015年 7月 9日(木)16時48分16秒
  • 返信
 
>>52
>「分数ではありません。これをdx分のdyなどと言う人は微分を理解していません」などという人こそ、あまり微分を理解していないように思える。

今更ながら、論ずる以前に決めつけで他人を見下す、これはよろしくないことのように思えます。
本当に今更ですが。
結論が出ぬまま、スレッドが停滞してしまったのが残念です。

  • [59]
  • Re: 「物理を学び楽しむために」

  • 投稿者:天むす名古屋
  • 投稿日:2013年10月 9日(水)08時25分7秒
  • 返信
 
>>58
> …引用した部分より何ページも前まで読み込んでくれて…

一瞬何のことだかわかりませんでしたが、
誤 式3.1.27または式3.1.48の証明 では<なく>、
正 式3.1.47または式3.1.48の証明 と書いたつもりだったのです。誤解させて申し訳ありません。

  • [58]
  • Re: 「物理を学び楽しむために」

  • 投稿者:キンシャチ
  • 投稿日:2013年10月 9日(水)08時15分2秒
  • 返信
 
天むす名古屋さん

ごめんなさい、僕は今回は情報提供だけで、その評価はおまかせいたします。引用した部分より何ページも前まで読み込んでくれて、感謝です・・

http://kinshati.exblog.jp


  • [57]
  • Re: 「物理を学び楽しむために」

  • 投稿者:天むす名古屋
  • 投稿日:2013年10月 8日(火)21時31分14秒
  • 返信
 
田崎晴明さんの方は、なにかを断言するためには言及が短すぎるとおもいます。

式3.1.27または式3.1.48の証明としてa/bの逆元はb/aだからとやってはいけないといいたいだけかもしれません。

  • [56]
  • Re: 「物理を学び楽しむために」

  • 投稿者:キンシャチ
  • 投稿日:2013年10月 8日(火)09時31分38秒
  • 返信
 
きちんとさがせば、ほかの著者にも似た記述はたくさんあるかもしれません。また見つかりましたら、報告します。

http://kinshati.exblog.jp


  • [55]
  • Re: 「物理を学び楽しむために」

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年10月 8日(火)08時52分48秒
  • 返信
 
>>54

情報的今日有り難うございます。田崎晴明さんの発言、複雑な気持ちになります。

>もちろん、dy/dx は「dy 割る dx」ではないのだが

「もちろん」と言うことは、「ではない」のが常識、ということだろうか?

  • [54]
  • 「物理を学び楽しむために」

  • 投稿者:キンシャチ
  • 投稿日:2013年10月 8日(火)08時07分19秒
  • 返信
 
こちらでは初めまして。無免許数学徒のキンシャチです。

学習院大学理学部物理学教室の田崎晴明さんのネット教科書、「物理を学び楽しむために」から、引用します。
http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/mathbook/

>もちろん、dy/dx は「dy 割る dx」ではないのだが


http://kinshati.exblog.jp


  • [53]
  • 吉田武「オイラーの贈物」(東海大学出版会)

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年10月 3日(木)10時45分18秒
  • 返信
 
マイミクからの情報

吉田武「オイラーの贈物」(東海大学出版会)
>極限を取る前の式Δy/Δxに対しては通常の分数のように、下から上へ、“デルタエックスぶんのデルタワイ”と読んでよい。しかし、dy/dxはもはや分数という意味を離れ、一つの記号になっているので上から下へ ディ ワイ ディ エックス と読む

  • [52]
  • 改めて教科書を見てみると

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 8月30日(金)16時08分39秒
  • 返信
 
s=f(x)の導関数を、

f'(x)
s’
ds/dx   ※横棒
(d/dx)f ※括弧なし・横棒

と表記すると書いてあるだけですね。

ダッシュそれ自体に深い意味がなくて単に導関数だよ、という印

というのと、同程度の扱いとして、「これは分数ではなくて単なる記号」という説明の仕方も、まあありだとは思う。


 しかし、微分を深く理解すればするほど、dy/dxは分数に思えるわけで、

「分数ではありません。これをdx分のdyなどと言う人は微分を理解していません」などという人こそ、あまり微分を理解していないように思える。


  • [51]
  • Re: 「dy/dxが分数でないことの確認」だそうです。

  • 投稿者:kankichi573
  • 投稿日:2013年 8月24日(土)13時11分1秒
  • 返信
 
>>50
> http://batmitzvah.blog136.fc2.com/blog-entry-4965.html
>
>
> なにがどう「確認」になっているのかさっぱり分からない
>

なんやそれ?そんなもんdx/dy=1/(dy/dx)やがな。
そやなかったら逆関数の微分ができないがな。
たとえばy=ln(x) を微分するならx=exp(y)であるからdx/dy=exp(y)よって
dy/dx=1/(dx/dy)=1/exp(y)=1/x
って変形するのとちゃいますのん



  • [50]
  • 「dy/dxが分数でないことの確認」だそうです。

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 8月23日(金)23時56分33秒
  • 返信
 
http://batmitzvah.blog136.fc2.com/blog-entry-4965.html


なにがどう「確認」になっているのかさっぱり分からない


  • [49]
  • こういう人のいうことを聞いてたら

  • 投稿者:天むす名古屋
  • 投稿日:2013年 8月 9日(金)22時06分8秒
  • 返信
 
こういう人のいうことを聞いてたら、多分私は積分による弧長の計算について考えることはできなかったと思います。(放物線に関して自力で積分の形まで持ち込んだが、一般形は人に教えてもらった)。

> 知恵袋の「知」の字を「矢口」に分解してさらに「矢」と「口」それぞれに意味がある (>> 48 に引用)

というのは錯覚でもなんでもないです。中国語を対象とする歴史言語学において、「雉」や「智」のような他の漢字の成り立ちについて多くを教えてくれます。


> そりゃ偏とかつくりだとかそういうレベルで意味があるかもしれませんけど、まだそこまで考えて微分を
> 定義していないので、そうやって考えることは意味がないんです。

いろんな数を素因数分解して遊んだり、虫や植物、機械を観察、分解したりすると数や自然についていろいろなことを学べることに反対する人はいないと思います。要するに遊んで学べることは多いということです。遊びながら学ぶことはカリキュラムによって記述したり、評価規準に当てはめて成績につけたりはできないのできらわれるのかなあ?


  • [48]
  • >約分しているように見えるのは言ってみればたまたまです。

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 8月 8日(木)22時26分39秒
  • 返信
 
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13108658408
=================================
約分しているように見えるのは言ってみればたまたまです。
記号がさも分数を連想させますが、そもそもそいつは分数じゃないんです。
っていうかdu単体では(少なくとも高校の範囲では)意味を持たないんです。
つまりduは単体では意味をもたないという意味で、モノですらないんです。
dy/du一つで記号、それを分解することは許されません。それを許して計算しているように見えるのは、何度も言いますがたまたま、結果的に、ライプニッツマジックでそう見えてるだけです。

もう少しわかりやすく例えれば、知恵袋の「知」の字を「矢口」に分解してさらに「矢」と「口」それぞれに意味があるかのように錯覚しているような感じ。
そりゃ偏とかつくりだとかそういうレベルで意味があるかもしれませんけど、まだそこまで考えて微分を定義していないので、そうやって考えることは意味がないんです。たまたま分数の計算規則と一致しているのは、ごろ合わせみたいなものだと割り切ってください。
昔、私は「黄色いつみ木は横につむ」と言って横という字を覚えたのですが、それと同じようなごろ合わせです。それぞれに意味はあるのかもしれないけど、そこまで考えていないってところ。

何度も言いますが、糸色(いとしき)望(のぞむ)さんを絶望さんってよんでるようなもんなんです。duとかdxとかdyは意味を持ってないんです。
=================================

  • [47]
  • >「微分は無限小の量どうしの割り算である」と言ってもいい。

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 8月 8日(木)18時44分55秒
  • 返信
 
http://homepage2.nifty.com/eman/math/calculus01.html
>「微分は無限小の量どうしの割り算である」と言ってもいい。  しかし高校で「微分は割り算ではない」と強調され過ぎるせいか、この表現に当惑してしまう学生は多いようだ。

  • [46]
  • 「微分が割り算なら積分は掛け算だ!」

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 8月 8日(木)18時37分34秒
  • 返信
 
http://www14.atwiki.jp/yokkun/pages/155.html
>dy/dxを何と読む? 「dy割るdx」はいうに及ばず,「dx分のdy」などもってのほか…などという人がいる。でも微分は割り算だよね? とすれば,積分は掛け算に違いない!

  • [45]
  • Re: (無題)

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月30日(火)11時08分10秒
  • 返信
 
>>43
> 積分定数さんは、もっと読み手のことを考えて書かれたほうがいいかと思います。
> 議論を通した相互理解は、キャッチボールがあって初めて成り立つ思います。
> (相互理解が目的でないのなら、言うことはありません)

相互理解は目的ではありません。目的は、算数・数学教育をより良くしていくことです。
相互理解はそのための手段であることはあり得ますが。

>
> あなたが話したいことと、聞き手に理解してもらいたいことを区別しましょう。
> 自分の連投を見て、あなたはどう思いますか?

あなたはどう思うのですか?

  • [44]
  • 「微分は分数ではない」というのはやっぱり不可解

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月30日(火)10時19分44秒
  • 編集済
  • 返信
 
普通の数において、いろいろな演算が定義されている。数字を文字に置き換えても同様。その文字に数字を代入することもできる。その文字にストレートに数字を入れると0/0や∞/∞、∞-∞、になってしまうが、極限を取ると収束する場合がある。

 極限を取るという操作は、直感的ではあるが、εδで正当化される。>>37で言及した無限小解析では、直感的理解である無限小を正当化することができるらしい。

 いずれにしても、普通の数の演算に対して、極限値を取るという操作が加わることになるが、そのことで普通の数の演算と異なる演算記号を使ったり、異なる用語を使うという流儀は、普通はない。

 重積分のdxdyは、dxとdyをかけたものに他ならない。

 なぜ、dy/dx の場合だけ「dx分のdyとは言わない。分数ではないのだから」と言う必要があるのだろうか?

  • [43]
  • (無題)

  • 投稿者:名無しさん
  • 投稿日:2013年 7月30日(火)10時07分26秒
  • 返信
 
積分定数さんは、もっと読み手のことを考えて書かれたほうがいいかと思います。
議論を通した相互理解は、キャッチボールがあって初めて成り立つ思います。
(相互理解が目的でないのなら、言うことはありません)

あなたが話したいことと、聞き手に理解してもらいたいことを区別しましょう。
自分の連投を見て、あなたはどう思いますか?

  • [42]
  • dy/dxは単なる普通の分数

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月30日(火)10時05分38秒
  • 返信
 
mixi関係で情報提供がありました

リリアン・リーバー著「数学は無限を創る」(ソフトバンククリエイティブ)

> dy/dxは単なる普通の分数であり
> dy/dx=f'(x)は
> dy=f'(x)*dxと書くことができて
> その積分を
> y=∫f'(x)*dx
> と書く。

原著は1963年とのこと。

  • [41]
  • Re: そもそも英語だとそんなに違わない

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月25日(木)10時37分8秒
  • 返信
 
>>40

主旨がよく分かりません。もう少しわかりやすく書いてもらえないでしょうか?

  • [40]
  • Re: そもそも英語だとそんなに違わない

  • 投稿者:K.K
  • 投稿日:2013年 7月25日(木)09時36分50秒
  • 返信
 
>>30

 言を左右しながら自然言語の『感覚』に頼るな。

 分数でもあり得るケースについては述べた筈だし、あなたもそれは知っていた筈だ。

 他のものを含めておくと、数学的が正しいなら数学としてそれは正しい。それに他との差をつけることは恣意的な事を招く。

 注意した方がいい。特にあなたは論ではなく論を述べた個人に向かいがちだ。そうなると害は大きい。

  • [39]
  • 2ちゃんねるから

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月24日(水)12時24分59秒
  • 返信
 
http://uni.2ch.net/math/
>dx分のdyって言うとなぜ笑うんでしょうか?
笑うところじゃないと思うけど。

  • [38]
  • 順序体に無限小を付加して拡大体を作る

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月24日(水)11時37分20秒
  • 編集済
  • 返信
 
>ただね、私は、Rの真の拡大順序体は本質的に1つしか存在ないのか?とか、そういうところに引っかかっちゃってなかなか前に進めない。

ちゃんと証明していないが、以下のような事が言えると思う。

A 順序体Kに関して、0より大きいKの任意の元よりも小さくて、0よりも大きい元xを付加して、順序拡大体を作ることができる。
B この拡大は超越的(代数拡大体ではない)
C Aのようにして作った2つの拡大体は同型である。


とにかく新しい元をαとおいておく。
∀x∈K;0<x 0<α<x として順序を定める。

Kを係数とするαに関する有理式体を考えることができ、これに適当に順序を定めることができる。

二つの整式に関しての大小関係は、両者で係数が異なる最小次数に着目して、その大小で比較する。

有理式の場合は、有理数の大小関係を整数の大小関係に帰着させるのと同様にして、整式の大小関係に帰着する。

こうやって、Kにαを付加した体K(α)も順序体になることが示される。

仮に、βを同様に付加してK(β)を作っても、K(α)と同型になる。

拡大体Kの真拡大順序体Lに元αが、∀x∈K;0<x 0<α<x を満たすとすると、αはKの代数的元ではあり得ない。

Kを係数とする既約多項式をf(x)とする。
f(α)=0 とすると、αは∀x∈K;0<x 0<α<x を満たさないことを示せばいい。


 すごく大雑把だがこんな感じでいいと思う。

だから、順序体Rよりも大きな順序体、更に大きな順序体を作ることができる。



 間違っていたらごめんなさい。


  • [37]
  • 無限小解析

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月23日(火)22時53分39秒
  • 編集済
  • 返信
 
dy/dxは分数ではないとかいう意見を見て、昔古本屋で買ってほこりをかぶったままだった本を引っぱり出した。

無限小解析の基礎―微積分の新手法 キースラー著 齋藤正彦訳 東京図書

定価1500円だけど、万単位出した記憶がある。amazonでみたら15000円だった。

要するに、無限小を正当化できるというようなことだと思うけど、ちゃんと読んでいない。

 最初の方は読んだ。

イメージとしては、実数体Rは完備な順序体だが、その真の拡大順序体R^*の元が無限小だったりというもの。

 ただね、私は、Rの真の拡大順序体は本質的に1つしか存在ないのか?とか、そういうところに引っかかっちゃってなかなか前に進めない。

 いずれにしても、これをちゃんと勉強したら、「微分は分数ではない。無限小などと言うものは架空の存在」などという意見を論破できると思われる。


 とはいえ、夏は塾が忙しい時期なのでのんびりやっていこう。

  • [36]
  • 微分の「分」、積分の「積」「分」は何なのか?

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月23日(火)08時39分31秒
  • 返信
 
 「微かに分かって、分かった積もりの微積分」という言葉は森毅の本で知ったが、私は高校時代からそれなりに理解していた。

 ただし、微積の計算そのものは面倒で嫌いでよくミスをした。私のHNを見て、「微積分の計算が得意なんだろう」と勘違いして「これをやってほしい」と言ってくる人がいるが、とりわけ得意というわけではない。世間一般の人よりはできるけど。

 で、微分、積分、という言葉だけど、わずかな量でわり算する、わずかな量を書けて足していく、ということでイメージとそれほど違わない。「積分」の「分」は何なのか?とか突っ込むとややこしいから、そこはスルー。

「微分は分数ではない」と言う人は、「微分」という言葉をどう考えるのだろうか?


 もちろん、数学用語それ自体は数学の本質とは関係ないし、歴史的経過から付けられた名前が実状に合わなくなっている例もある。三角関数とか、三角に拘る必要はない。

 でも、微分は「微少量の分数」でいいでしょ?

  • [35]
  • 仏作って魂入れず

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月23日(火)08時28分35秒
  • 編集済
  • 返信
 
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/236331.html
>高校の先生から、微分(導関数)の記号:dy/dx は、1つの記号であって、分数のように分母・分子に切り離してはいけないと教わりました。
>高校では 、dy/dx の読み方が「ディーワイ・ディーエックス」ということを教わっただけで、「分数ではない」ということの詳しい説明はありませんでした。


結局、「微分は分数でない」と,教えたところで、そう主張してみたところで、微積分の理解が深まるわけではない。

むしろ、理解すればするほど、分数に見えてしまう。

  • [34]
  • 基本に立ち返って考えればいいだけ。禅問答は不要

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月21日(日)10時47分59秒
  • 返信
 
http://deepdigital.co.jp/dydx.html
ここで腑に落ちないのは(1)の変形です。はきちんと書けばの事であり、微分演算子がに作用している、という事のはずです。はあくまで1個の演算子であって分数ではありません。勝手に上下を分割する事などできないはずです。しかしこの解法もまた教科書に載っているやり方です。これによって自分の理解は、「は分数ではないが、時々分数の様に扱ってもよい。」という、とても玉虫色な理解になってしまいました。
社会人になってからこの辺りを一から勉強し直したところ、このモヤモヤを払う事ができました。みなさんの中にも、このトラップにはまっている方も居るかもしれないと思い、ここで報告させていただきます。
まず、答えから先に言うと、変数分離解法は「カンタン計算虎の巻」ともいうべきもので、正規の操作ではありません。本当は「合成関数の微分則」から逆演算するのです。
学校の先生も「合成関数の微分則」が裏で働いているという事については説明していたかも知れませんが、学生の時の自分はここいら辺の線がまったく繋がっていませんでした。





「分数ではなくて演算子」じゃなくて、「分数でもあるし演算子でもある」

分数とも考えられるし演算子とも考えられると言うだけのこと。dxを「xの微小変位」と考えれば難しい話ではない。

 そもそもの基本に立ち返ればいいだけのこと。

  • [33]
  • これはまともな意見

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月21日(日)10時42分11秒
  • 返信
 
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q125453277
>dy/dx
と書きますが、この意味は「xをdxだけ変えたとき、yがdyだけ変化した」ということです。
ですから普通の分数2/3等と同じように考えても差し支えありません。2や3は動かすことができます。もちろんdxはdとxを分けて考えることはできません。dxで一つの量を表します。dyも同じです。

  • [32]
  • この自信はどこから湧いてくるのか?

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月21日(日)10時40分7秒
  • 編集済
  • 返信
 
http://okwave.jp/qa/q6604551_2.html#answer
http://okwave.jp/qa/q6604551.html#answer
>dy/dxは分数ではない
>分数的に発音するのはNGです

>dy/dxはあくまでも記号
dy/dxを分数だと主張したり
dy/dx = dy/du・du/dxを導くのに
これは分数だから当たり前
などといったら本当に馬鹿にされます
お前は高校で何を習ったんだと言われかねません

>これが良い悪いはわかりませんが
高数での常識は
dy/dx は分数ではない
です

  • [31]
  • Re: そもそも英語だとそんなに違わない

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月21日(日)10時35分23秒
  • 返信
 
>>30

http://okwave.jp/qa/q6604551.html#answer
>英語発音ですがこれまで接したアメリカ人の数学者は「dy by dx」や「dy over dx」、また両辺をdxで割って「divide both sides by dx」と言ったりしてる人が多かったように記憶してます。

という情報もあるので、「dydx」と読んで、それを「分数とは違う」という意味を込めるのは、日本独特な気もしますね。

 かけ算の順序に意味はないけど、3×4 or 4×3 どちらかで表記せざるを得ない、別に意味なんかない、はずが、妙に意味づけしておかしくなってしまったようなものでしょうか。


> ちなみに相対性理論についてhttp://sentan.kek.jp/glossary/j026.html の最後にあるような逸話もあるようです(Wikipedia にもありますが、こっちのほうがもっともらしそうなので)。「相対論」としてしまうことに微妙に関係してるかもしれません。

この話はよく出てきますよね。面白いけど、出来過ぎていて、本当かな?と思ったりもします。

郵便制度が導入された頃、「郵便箱」の「郵」を「垂」と見てしまい、「垂れ便箱」と勘違いして、小便を・・・、という真偽不明の話もある。

  • [30]
  • そもそも英語だとそんなに違わない

  • 投稿者:げお
  • 投稿日:2013年 7月20日(土)23時05分8秒
  • 返信
 
普通の分数 a/b を a over b と読むので、dy/dx を普通の分数と思って読むと dy over dx、微分のときの読み方の一つとして dy dx とするのは途中の over を省略しただけに過ぎません。その意味じゃ大したことをしているわけではなく、「(普通の)微分とはちょっと違うから、読み方もちょっと変えてみた」くらいの感覚なのではないでしょうか(これは、こちらの勝手な想像ですが。)
さらに暴走してこの考え方を敷衍すれば、微分であることを強調するにはdx分のdyで「分の」を省略して dx dy と読めばよいという主張もそれなりに合理性を持ってしまいます。
とはいえ、「普通の分数とはちょっと違う」はずのものを「分数とは違う」と言い切って平気な顔ができる感覚は、あまり誉められたものではないとは思いますが。

ちなみに相対性理論についてhttp://sentan.kek.jp/glossary/j026.html の最後にあるような逸話もあるようです(Wikipedia にもありますが、こっちのほうがもっともらしそうなので)。「相対論」としてしまうことに微妙に関係してるかもしれません。

  • [29]
  • 理屈と膏薬は何にでもつく

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月20日(土)07時46分29秒
  • 編集済
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仮説を考えてみた。


 ちゃんと調べた訳じゃないけど、「相対性理論」という言葉を頻繁に使うような立場の人は、「相対論」と言うことが多いと思う。

 数学関係者(私のような塾で教える人も含めて)が、「求まる」という言葉を使うようなもの。「求められる」なんていちいち言ってられない。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1047072345

dy/dx を 「dx分のdy」なんていちいち言っていられない。「dydx」の方が言いやすい。

 英語でもそう読むことがあるらしいので、起源は海外の人と交流のあった数学者あたりかもしれない。

 とにかく、「dx分のdy」よりも、「dydx」の方が、スマートで専門家っぽくて、ちょっとカッコつけて言いたくなる、そんな感じ。


 ところが、ここで教える立場の人は、「形は分数なのに、なぜdx分のdyと読まないの?」との疑問に答えざるを得なくなった。

 そこで「どっちでもいいんだけど、dydxの方が通っぽくて格好いいから」と言えばそれで終わりだったのが、

「分数とは違うから」という妙な理屈を作ってしまい、それが流布した。



例えると


「寿司」を「シースー」と言うのが一部ではやって、それが拡がって、「なぜ、スシといわずにシースーというのか?」と言われて、「シースーが正しい、スシというのは間違い。なぜなら、・・・」と理屈を作ってしまい、それが流布してしまったようなもの。



以上は、根拠のない仮説。





  • [28]
  • Δy/Δx と dy/dx

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月18日(木)14時13分7秒
  • 返信
 
http://www8.plala.or.jp/shiozaki-IWE/WebLecSci/basicSci/derivative.pdf

私の場合、Δだと微小なあるあたい、dだと無限小、と言う感じだが、

  • [27]
  • 合成関数の微分を約分で説明するのが困難な事例

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月18日(木)14時08分28秒
  • 返信
 
Δf(g(x))/Δx=Δf/Δy・Δg/Δx g=yとして

こんな具合にして、合成関数の微分が出てくる。

g(x)が定数関数だと、Δyが0になってしまってよろしくない。

こういうときこそ、平均値の定理。

f(g(x+h))-f(g(x))

=f'(g(x)+ξ(g(x+h))-f(g(x)))・(g(x+h)-g(x))

ξは0以上1以下の実数。

こうして、両辺をhで割って、h→0とすればいい。


この方法なら、多変数の合成関数の微分への応用も容易。

平均値の定理は、当たり前すぎてそれだけだとありがたみがないが、すごく有用。

  • [26]
  • 約分は置換積分によって正当化される?

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月18日(木)13時56分34秒
  • 返信
 
http://qanda.rakuten.ne.jp/qa2577061.html
---------------------------
きちんと置換積分に言及してる解説は
経験上そんなに多くはありません.
その解説を書いた人はまめというか,
きっちりした方なんでしょうね.
普通は,No.1さんのように
本当は初歩的な段階では「約分」ではないのにも関わらず
形式的に約分をしてしまう解説がほとんどです.
そもそも,dy/dx は定義してても,dyとかdxというものは
定義してないですよね?定義してないものに対して
計算を行うというのは変なんですよ

ただし,No.1さんのような「約分」というのは
実際は,上述のように「置換積分」によって正当化されるので
積分記号のもとではやってしまってかまわないのです.
そして,いちいち積分記号とか書いていると
まどろっこしいので,あとで積分で使うことを前提として
なんだかわかんないけども,dxやdyというものを使って,
さらに積分記号を省いてしまって,「普通に約分」とかして
計算してしまって,それを使うというのが現実的な解法です.
----------------------------

じゃあ置換積分はどうやって正当化できるの?
それは合成関数の微分から正当化できる。
じゃあその合成関数の微分はどうやって正当化できるの?

結局、dxなどの約分である。

無限小を扱っているのだから、そのような直感的理解は正しくない、というのであれば、高校数学でやる微積全部が正しくないことになる。

εδをやるまで微積分は扱えなくなってしまう。



直感的に正しい、約分という考えは駄目で、「よく分からないけど、置換積分という手続きがあってそれはお墨付きがあるからそれでやるのが正当」という考えがあるとしたら、

 数学教育としてむしろ有害。

  • [25]
  • Re: 特殊は一般に含まれているのか、重なり合う部分があるだけなのか

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月18日(木)11時59分47秒
  • 返信
 
>>23
>  浪人して予備校生だったとき、ある数学講師がこう言ったんです(詳細は覚えておらず、例題はちょっと違ってたかも)。
>
> 「(2x+3y)^10を展開したときのx^3y^7の係数を求めよ、という問題で力尽くで展開して係数を答えた解答は不正解にした。採点する方が導出含めた答えの正しさを確認できないからだ」

力ずくでやることで、時間がなくなるというリスクを背負うわけだから、正解でいいと思う。2項定理を使わせたいなら、使わないと解けない問題、1000乗とかにすればいいのにと思う。

 かけ算の順序でもそうだけど、「こういう方法で解いてほしい」というのは、教える側の都合であって、そういう方法で解くような問題を作るべき。それをなんだか出題者の意図を見抜きそれに沿った答案を書くのが当然、という意見をみるとうんざりする。

 2項定理の場合は、「効率的でない方法を使ったからバツ」ということでまだ無理矢理納得することは可能だが、


10本のうち、3本が当たりくじ。1本ずつ引いて、2本目があたりの確率

これを、いきなり3/10と出すとバツで、1本目の場合分けをしないと駄目、

とかいう意見には怒りを覚える。

「場合分けを理解しているかどうかを見るため」というのなら、場合分けせざるを得ない問題を出すべき。

10本目があたりの確率は、9本目まで延々場合分けするのか?

「1本目を引いて結果を見ないで2本目を引いて結果を見て、そのあと1本目の結果を見る。1本目と2本目のそれぞれのあたりの確率は?」
これはどうやって場合分けするのか?


教える側・出題する側の身勝手さを感じることがある。

  • [24]
  • 特殊と一般

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月18日(木)11時48分10秒
  • 編集済
  • 返信
 
>もう一つは助数詞の無次元性でしょうか。

遠山啓は、助数詞と単位を区別すべきといっていて、助数詞廃止論をいっていました。
http://blogs.yahoo.co.jp/satsuki_327/33821691.html

しかし、今の数教協はそうではないようです。
http://ameblo.jp/metameta7/entry-11477902027.html#main

「遠山啓の権威を借りるわけではないけれど、遠山さんは助数詞を書かせることに否定的だったんですよね」と質問したところ、例のA氏から、
「遠山が何を言っていたかしらないが、遠山だって間違ったことを言っていることもある」などと逆襲されてしまい(権威を利用した発言に対するこの逆襲自体は正しい)、他のベテランの先生方も、遠山の助数詞否定論を知らないか、忘れてしまっているようであった。


 ダースはどうなのか?モルはどうなのか? とか考えると、助数詞と単位、分離量と連続量をことさらに分ける必要はない、というのが私の考えです。

 遠山啓は、分離量では等分除と包含除の区別はない、と正しいことをいっているにもかかわらず、連続量では両者は区別されると述べています。

 今の数教協だとおそらく、分離量でも区別があるとなっていそう。



 特殊と一般に関しては、ややこしいんだけど、「普通とは異なって特殊」という、世間一般で言うところの「特殊」と、「特殊は一般に含まれる」という場合の「特殊」の両方があるわけだけど、

 遠山啓の本を読んでいると、そのあたり明確にしないまま、ごちゃ混ぜになっているようにも思います。

 特殊を「典型的でない特別な場合」ということでいうと、「特殊が難しい場合」というのは確かにある。

 行列Aのn乗を求める場合、固有値と固有ベクトルをもとめることになるが、特性方程式が重解になる場合は後回しにするのが普通。


 しかし、このことと、

分数×分数 の正解率の方が、 分数×自然数 の正解率よりも高い。これは、分数×分数の方がやさしいことを示している。

というのとは、違うと思う。

 分数×分数が正解率が高いのは、分母同士・分子同士を掛けるというのが単純だから、片方が自然数だと対応できなくなる

ということであって、それはつまり、教え方・学び方がまずい証拠。

 2/3 ×4 これは、 2/3 が4つある、 と考えれば、分数倍よりもやさしいはず。

 概念としての難易度と、操作としての難易度の混同があるように思える。遠山啓自身は、両者の違いを認識していたようだけど、

 「正答率の高いのが易しいのであって、これまでの算数教育理論は間違っている」としてしまっているようだ。

 試行錯誤しながら一歩一歩理解していけば、20+30 より 23+33の方がやさしい、なんてことはないと思う。

 10の塊が2個と3個、だから50

という発想をとばして、いきなり一般的な場合での筆算をやると、0の処理に戸惑うことはあるのだろうが、

 それは教える順序が間違っているのだと思う。

 このあたり、「一つの方法さえマスターすれば万能、いろいろやると子供が混乱するし、労力の無駄」という発想があるのかもしれないが、

 私は、まずは解くことができる“特殊な”ケースから取り組み、徐々に一般化すればいいと思う。

>ここ、一点だけ。一度、「~氏」ではなく「~氏の考え方」としてみるといいと思う

なるほど。人格ではなく考え、ということですね。

  • [23]
  • 特殊は一般に含まれているのか、重なり合う部分があるだけなのか

  • 投稿者:K.K
  • 投稿日:2013年 7月18日(木)10時12分33秒
  • 返信
 
>>20-21

 縮約記法は害も大きいですから、見ている人が全員納得している筈、という状況以外ではまずいでしょうね。曖昧どころか間違いの塊みたいなものでもありますから。分かってても気持ち悪いという感覚は普通のものでしょう。

>1+2+3 を計算するのに、等差数列の和の公式を使うのは馬鹿げている。等差数列の和の公式が本当に成り立つのかの確認ならわかるが。

 そういうわざわざ使うまでもないというとき以外でも、たとえば1~100の自然数の和を素朴な足算でガリガリ計算したらどうか(コンピュータにやらせるときはありがちだけど、人力に限定しておきます)。

 浪人して予備校生だったとき、ある数学講師がこう言ったんです(詳細は覚えておらず、例題はちょっと違ってたかも)。

「(2x+3y)^10を展開したときのx^3y^7の係数を求めよ、という問題で力尽くで展開して係数を答えた解答は不正解にした。採点する方が導出含めた答えの正しさを確認できないからだ」

 非常に複雑な気持ちでした。公式忘れて、それでもなんとか得点しようとしても駄目なのか、と。今だったら、少なくとも「係数が合ってれば正解にしろよ」と言うと思います「受験生が解答時間内にできる力尽くの展開くらい、検証できんで何が数学講師だ」くらい言うかもしれない。

>■ 累加だと、単位が同じになって都合が悪い ■

 そうではないんですけどね。

>縦3m横1mの長方形の面積の段階で、3m×1m=3m^2 という計算をしているだとか、していない

 累加しているのは3m^2だということ自体は大切だとは思うんです。馬鹿馬鹿しいのは、そうであるのかないのかという押し問答、水掛け論。

 もう一つは助数詞の無次元性でしょうか。3個と2本は足せないかどうか、なんてのはくだらないので置いておきます。平たい箱に整列して詰め合わせてあるお菓子、縦に3個、横に4個なら3個×4個=12個ですが、1なぜ2平方個ではなく12個なのか。

 いや3個/列×4列『だから』、と言いだすと、ある種の罠にはまります。そういう単位のように扱ったのは計算上の便宜であり、その正しさを担保するのは単位のように扱った人であり、その正しさは他の人には主張できない。面積的な12平方個も、目的によっては成り立つだろうし。

 余談ですが、通貨は助数詞か単位か、ちょっと判断がつきかねます。1円+1ドルはどうしたらいいか、とか。算盤では円名数と呼んだりして、単位的に考えているようです。

>■ 特殊より一般 ■

 一般が特殊を含むのは当たり前ではあるんですが。そうでないと一般化した意味がない。特殊の方が簡単で使いやすい、あるいはそれで充分なとき、それでも一般を強調するかどうかですね。

 それは不要だと思っています。相対論内で特殊と一般なら、一般なんか知ったことではないという人はいます。一流の研究者でもいます。もっと言えば、ニュートン力学を知って役立てる人で、相対論が必要な人はほとんどいない。ガリレイ変換で充分なのに、「誤差があるからローレンツ変換でなければ」なんて言いだしたら、阿呆扱いされます。

>かけ算だが、「累加が通用するのは自然数という特殊な場合のみ」ということで、累加を嫌ったのではないだろうか?

 1/2個は普通にあるし、場合によっては1/√2人だってあるよ、なんて言ったりしています。積極的にそれがいいというわけではありません。「累加が絶対にあり得ない」といった極論に対して、極論で返すときなどです。

 また、自然数は整数の特別な場合、整数は…、実数は行列の特別な場合、ということを言われたとき、行列でスカラーの役割ができるか、1×1行列はスカラーと同じに使えるか、という質問で反論したりもします。

>■形式不易 を嫌ったから■

 これについても、「自然数から有理数になると掛算の意味を拡張」云々に対する極論として「四則演算は数が変わっても全く機能は変わらない、数の方が演算子に沿うよう拡張されている」と言ったりもします。掛算なら同数累加でどこまでも行ける、などとも。

 もちろん無理はあるでしょうけど、考えもなしに「掛算の意味が」と言っているような場合だと、それで充分なことが多いです。無理な部分を指摘できるような人だと、そもそも掛算の順序があると言いはしないでしょう。

P.S.

http://mackie23450.blogzine.jp/blog/2013/06/post_152b.html? このブログ主や)
http://ts.way-nifty.com/makura/2009/07/post-4df6.html の瀬戸智子氏や技術開発氏
(ここ、一点だけ。一度、「~氏」ではなく「~氏の考え方」としてみるといいと思う)

  • [22]
  • 算数・数学を切り刻む者と、つなげる者との、闘い

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月18日(木)09時39分15秒
  • 返信
 
 ものすごく大雑把に言うと、

かけ算の順序にしろ、dy/dxは分数ではない論にしろ、算数・数学を切り刻む発想なんだと思う。


1つ分といくつ分は違う、増加と合併は違う、操作と結果は違う、正方形は長方形とは違う、内包量と外延量は違う、・・・




 今はかけ算の時間だからかけ算で解きなさい
 今はわり算の時間だから、わり算で解きなさい。「0.5mで3㎏のロープ1mでは? これを3×2と解いてはいけません」

 小学校の算数ではこう考えるのです。
 中学ではこうです。高校数学でどうかは知りません。
・・・・・


 「民族数学」
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t8/l50



これらは全て、違いを言い立て、区別して分断しようと言う発想。

 細切れにされた断片は、他のとの関連性が断ち切れるので、それぞれ別個に覚えなくてはならなくなる。



 自分自身が数学を面白いと思い、また塾でその面白さを伝えたいと思っている立場からしたら

 数学を分断して、つまらなくするような傾向には、反対していきたい。

  • [21]
  • 遠山啓の「かけ算は累加で導入すべきではない」論

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月18日(木)09時15分18秒
  • 返信
 
 遠山啓は、「累加で導入すべきでない」というのは、だれかの言葉を引用しつつ、途中で定義を変更するようなら、最初から通用する定義で導入すべき、というようなことだったと思います。

 でもこれを敷衍したら、

 べき乗は、同数累乗ではなくて、最初から、「1時間でa倍の質量に増殖するバクテリアはn時間で何倍になるか?」と導入するべき、

 とでもなってしまう。これだと、0乗や分数乗、負数乗への拡張は容易だが、それでは、「試行錯誤して拡張を考える」という、数学最大の面白みが半減する。

 また、「この方法でも実数乗どまりだから、じゃあ最初からオイラーの公式を教えるべき」となってしまう。

 もちろんこんなのは馬鹿げている。


 「かけ算は累加ではない」(少なくとも私が知る限り、遠山啓はそうはいっていない)は、論外としても、

「かけ算は累加で導入すべきではない」も、そのための理屈を言い立てると胡散臭く思えてきます。

 一般論ではなくて、あくまでかけ算の導入に限定した話で、「累加で導入すると、分数や小数のかけ算で躓く」ということであれば話は別である。

 ただ、私は、「躓いても、起きあがればいい」と思ってしまうのですがね。

例えば、「一端累加として考えてしまうと、分数や小数で躓いて回復不可能になる」というケースがあるのであれば、私の「起きあがればいい」という発言は撤回するが、

 どうも、躓くこと自体を避けているようにも思える。

 遠山啓が、同数累加での導入に否定的だった理由は、「躓くから」という理由以外に、いくつかの理由があると推測する。

 あくまで私の想像



■ かけ算の構造・必然性 を学ばせたい ■

1からnまでの自然数を全部掛けたのを「nの階乗」と言ってn!と言います。

これだと、

なぜそんなものを導入するのか?
1からnまでの逆数の和だって考えられる。それも何か名前が付いていて、記号があるのか?なぜ、階乗は特別扱いなのか?

となりかねない。

階乗というのは唐突に出てくるのではなくて、A,B,C,Dの並べ替えは何通り、という問題があって、そこから出てくるのが普通。

階乗に相当するのが、かけ算
1~nの積 に相当するのが、同数累加
n文字の並べ替え に相当するのが、1あたり量×いくつ分

つまり、たまたま足す数が同じだから、楽なように便利な記号を導入しよう、ということではなくて、同じ数の物が何セットかある、という状況と結びつけて、かけ算を無味乾燥とした形式ではなくて、現実の中のよくある事象と結びつけたかったのではないだろうか。

 しかしこれは、諸刃の剣。形式的に導入することで、応用範囲が拡がるという利点もある。特定のイメージと結びつくことで、広がりが阻害されかねない。

 nCr を「n個からr個取り出す方法」と“だけ”とらえると、2項定理やその発展であるテイラー展開で悩んでしまうことになりかねない。

 かけ算の場合は、(1あたり量)×(いくつ分)で、小学校の間は何とかなるのだろうが、それでずっと押し通すわけにもいかないだろう。


■ 累加だと、単位が同じになって都合が悪い ■

 足し算は単位が変化しないので、かけ算を累加とすると、かけ算でも単位が変わらなくなってしまう。これは、量の理論にとって極めて不都合。

 ということが大きいのではないだろうか?

 しかし、これは頭の固い発想。

 縦3m横4mの長方形の面積 縦3m横1mの長方形が4つあると考えて、3+3+3+3=12 12m^2 と求めても何の問題もない。

 縦3m横1mの長方形の面積の段階で、3m×1m=3m^2 という計算をしているだとか、していないだとかは、どーでもいい屁理屈。

 単位がどうのこうのと言うことで、単純な話が複雑になってしまっているように思える。数教協って、そのあたりの陥穽にはまってしまっているような気がします。

http://ameblo.jp/metameta7/entry-11474142528.html
>また,累加とかけ算をどう区別して教えたら良いのかという若い先生の質問もあり,報告者の福田さんも,この段階のかけ算は整数だから区別は難しいですよね,と答えたら,会場から,「たし算は同種の量を足すことであり,かけ算は異種の量を掛けるから,明らかに違う」という「原理主義的」な反論があったりした

なぜ区別が必要なのだろうか?



■ 特殊より一般 ■

 遠山啓の本を読んでいると、特殊より一般の方がやさしいという考えがあるようだ。

 「特殊相対論よりも一般相対論の方がやさしいのか?」と突っ込みたくなるが、「一般の多角形よりも先に三角形をやるのは妥当」ともいっているので、いつでも「一般の方がやさしい」といっているわけではない。

 とはいえ、「2次方程式は因数分解よりも解の公式の方が楽」「ベクトルは矢印ではなくて、一般的な数の組で導入する方がいい」というようなことも提唱している。

 遠山啓の基本的考えとして、「特殊よりも一般」というのがあるのかもしれない。

 解の公式さえ理解していれば、x^2-5x+6=0 も解の公式で解ける。
 一般の数でベクトルを理解していれば、矢印も理解できる。

 というのであれば、相対論も「一般を理解していれば、特殊など簡単」とか言い出しかねないが。

一般から特殊、or 特殊から一般
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t19/l50


 で、かけ算だが、「累加が通用するのは自然数という特殊な場合のみ」ということで、累加を嫌ったのではないだろうか?


■形式不易 を嫌ったから■

 それから遠山啓は、形式不易というのを嫌っている。分数のわり算をかなり複雑な方法で説明するのだけど、

(3/4)/(5/6) これを、分子分母に6/5を掛けることで、
(3/4)×(6/5)とするのは、形式的で感心しない、というようなことを述べている。

 形式的であって、量との関連が弱い

あるいは

 分母・分子が自然数であれば成り立つ性質を、そうでない場合にも成り立つだろうと言う推測からやっているのがまずいと言うことかもしれない。

 児童がこの方法を自分で見つけたのなら、私は「素晴らしい!」と褒めちぎるけどね。



かけ算に関しても、

同数累加で導入して、交換法則や分配法則、結合法則がなりたつことを理解しても、

 小数や分数のかけ算では、あたらめてこれらを示す必要がある。

(1あたり量)×(いくつ分)で導入して、これらが成り立つことを示してあれば、
(1あたり量)や(いくつ分)が自然数でない場合について、改めてやる必要はない


そんな考えもあったのかもしれない。

  • [20]
  • 納得しながら進まないと、混乱すると思う

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月18日(木)08時08分22秒
  • 返信
 
>>19

 私の場合、縮約記法は最初は抵抗があって、自分でやるときはΣを使ったり、+・・・・としたりしましたが、そのうち面倒になり、縮約記法が便利だと思うようになりました。

 じゃあ最初から、縮約記法を使えばよかったのかと言えば、そうじゃないと思うのです。自分で納得する方法をやる中で、その必要性・有用性を実感して「確かにこうやっても混乱はないし便利だ」と実感する、そういう経過が必要だと思います。

 今の算数・数学教育のまずい点は、単元ごとに獲得目標が決まっていて、「この単元ではこれを使わないと駄目」みたくなってしまっていること。

 「4人に3個ずつ蜜柑を配る」、これを 3+3+3+3 と求めてもいいし、○を書いて数えてもいいし、指を折って数えてもいい、

 とする中で、もう少し数を大きくする中で、

「これは、○を数えていったら大変だ」「足し算を沢山書くのは面倒くさい」となって、「なるほど、かけ算は便利だ」

 ということであれば、○を数える、足し算、かけ算、が連続した概念となると思うのですが、

 多分、今の教え方って、「今日はかけ算の授業だから、かけ算を使いなさい」となってしまっていると思う。

http://blog.livedoor.jp/nagayume/archives/52010313.html#comments
--------------------------------
>例えば等差数列の公式を習った直後に1+2+3という問題が出たときに、公式を使わないで普通に計算したら、バツにすることもありうるのでしょうか?

極論すると、等差数列の授業をして、問題を印刷したプリントを配り、その場で解答させたときに、公式をを使わなかったら、×にします。私に取っては当然の帰結です。

 が、その1週間後に実力テストがあって、そこで、公式を使わなかった場合は、不問にします。あくまでも、どんな方法だろうが解ければ良いばあいとそうでない場合のTPOの問題だと認識しています。
--------------------------------

1+2+3 を計算するのに、等差数列の和の公式を使うのは馬鹿げている。等差数列の和の公式が本当に成り立つのかの確認ならわかるが。


 どうも、教える側のレールに乗って(実際にはレールが明示されてないので、それを探り当てながら)進む、

 という発想に違和感がない人が多いようです。算数・数学で、そういうのはまずいと思うのですがね。

 で、教える側が敷いた・強いたレールからはずれて、なおかつ正しく理解する子もいるのでは?という順序批判に対して

 「そういう子は出来る子だから」と決めつけてしまう。

http://mackie23450.blogzine.jp/blog/2013/06/post_152b.html?
このブログ主や

http://ts.way-nifty.com/makura/2009/07/post-4df6.html
の瀬戸智子氏や技術開発氏

が典型。

  • [19]
  • 実用として、然るべき制限付きで同じとしてはまずいのか?

  • 投稿者:K.K
  • 投稿日:2013年 7月17日(水)22時50分9秒
  • 返信
 
>>17-18

>頻繁に使うから、かなり端折った書き方が流布している。正確さを優先すると煩雑で面倒になってしまうから仕方ない。

 端折った書き方が多くに便利がられると、いつの間にかデファクトスタンダードになります。物理学では別スレッドで触れた、やはりアインシュタインの縮約記法がよく知られているかも。アルファベットだと1~3、ギリシャ文字だと0~4(←これも自然数だという勝手な了解を使ってますな)なんてことまであったりする。

>英語の不規則変化動詞が、よく使う動詞であること、

 goはwendと混ざってしまった、といったようなことを聞いています。それで、go,wentなのだとか。過去分詞goneがgoedでない理由は知らないんですが。

 前に聞いた話では、英語が文法の単純化に向かう可能性もあるそうです。good, better, bestの代りに、good, more good, most goodと、全てmore/mostで言う動きがあるらしい。詳細は知りませんが、クレオールのほうからかも。

>物理とセットで教えることが多いので、何を何で微分しているかが重要。f'(x)だとそれが見えない。

 ラグランジェの記法ですね。これはf'(x)は明示してある変数xで微分するという暗黙の前提なのかな。ニュートンの記法が似ていて、上にドットですね。変数を明示しないのですが、元々が時間微分しか考慮していなかったんじゃなかったかしらん。

>遠山啓の意見は、伝言ゲームの末なのか、「かけ算はそもそも累加ではない」と主張する人を生み出した。

 遠山啓の算数教育の研究は未完の事業じゃないかと思ってます。彼の研究プラン、あるいはその見通してして、掛算の同数累加は避けたかったのではないか。それを理解するには、算数の入門から修得完了までをトータルで考慮する必要があります。遠山が掛算入門しか興味がなかったとは考えにくい。

 しかし、どうも「掛算は同数累加に非ず」という路線が何だったかは、遠山自身も結論を得られなかったんじゃないかと思うんですね。水道方式・量の理論といったものは、少なくともそのまま公教育には採用されず、そのため実証研究も極めて困難だったはずですし。仮説にはたどり着いたかもしれないが、そこから先へ進めないままだったのではないか。

 しかし、門前の小僧的な弟子が一言一句完成され、統一されたものと思って、使いまわそうとする。記述して残されたものをトータルで読みこんだかどうかも怪しい。地下で遠山が苦笑していなければいいですが。

 よく引き合いに出されるピアジェも似たような印象を受けます。こちらは、銀林浩がかなり入れ込んでます(著書でも、唯一最終的なものといった扱い)。銀林以外でも、ピアジェはこうだと言った、だから正しい的な、どうも気持ちの悪い持ち上げ方をよく見聞きします。

 その前に、児童心理学・精神医学を少しは勉強したのか、その基礎となるべき一般的な心理学・精神医学の知識はどうか、それでピアジェの研究を解釈できるのか、といったことがないがしろにされている印象があります。追試が為されているほどとは言え(実は否定的な結果もある)、一人の心理学研究者の主張を絶対視するのは大変に危険です。

 ことに、人間の知能に関わることですから。そんなに簡単に分かることなら、人間タイプの人工知能研究が遅々として進まない今の状況にはなっていないはず。あまりに難しいせいか、ショウジョウバエの臭いに対する学習、なんてレベルからやろうとしている人もいます(それはそれで独立した意義もある)。

>ドヤ顔でそう主張する人に、「そのことで何を主張しているのか?分数ととらえるとどうまずいのか?」と、じっくり話を聞いてみたい。

 Δy/Δx→dy/dxについてだと、「ΔyとΔxを、それぞれどう無限小に近づけたのか不明瞭」と言ったりするのかな、くらいしか考えたことはないですね。それなら、y(x)という関数の通りに、と言っておけばいいのかしらん。全然違うのかもしれませんが。

 数学者と物理屋の違い、公式を作る人と使う人の違い、といったことかもと思ったりはします。

  • [18]
  • 「かけ算は累加ではない」と同様の問題がある

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月17日(水)11時57分39秒
  • 返信
 
 「かけ算を累加で導入するのを避けるべき。そうしないと、分数や小数のかけ算で躓く」という遠山啓の意見は、伝言ゲームの末なのか、「かけ算はそもそも累加ではない」と主張する人を生み出した。

 しかし、導入段階ではどう考えても累加。分からなくなったらなじみ深い足し算に立ち返ればいい。

 分数や小数のかけ算も、累加の考えを拡張してとらえることができる。

 「なじみ深い足し算と、これからやるかけ算は、全くの別物だ」と違いを強調するのはむしろ有害に思える。


 「微分は分数ではない」というのも、同様。

 分数とは全く別の得体の知れないもの、となったら、意味も分からず公式を覚えることになりかねない。

 むしろ、分数であるととらえる方が理解が促されると思う。


ドヤ顔でそう主張する人に、「そのことで何を主張しているのか?分数ととらえるとどうまずいのか?」と、じっくり話を聞いてみたい。

  • [17]
  • Re: 常微分から偏微分、それでも分数でいい場合もある

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月17日(水)09時06分44秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>16

> > 気になるのは「dx分のdyは間違い。微分は分数ではない」とドヤ顔の主張です。
>
>  当時のことですが、分数と思うのは大間違い、という指摘はドヤ顔な感じの場合もありましたよ。どうして、ということは聞いても答えがなかったりだったし。Δy/Δx→dy/dxで、しかも「両辺にdxを掛ける」的な操作もできるのに。

「かけ算には順序があります。どちらでもいいという人は何も分かっていません」というのを連想します。

私はdydxという読みをするというのを2年前に初めて知ったのだけど、いつ頃からそうなってしまったのだろうか?興味があるけど、こういうのってどこにも記録はないのだろうね。




> >dx^2が単独であると、x^2の微小変化 つまり、2xdxの意味に取ってしまいかねない。
>
>  そう言えば、そこの曖昧性、ありますね。今は単独で書いちゃいましたが、連続する式変形の中などで出て来ている例が念頭にあったので、甘い書き方でした。これも思い込みによるものです。

http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t18/60でくろきさんが
>実は偏微分の運用の難しさは、偏微分の概念そのものにはなく、「省略された書き方」が多用されることにあると思う。文脈を読んで正しく解釈する能力が必須。

と述べているけど、普通の微分でも同様だと思います。

頻繁に使うから、かなり端折った書き方が流布している。
正確さを優先すると煩雑で面倒になってしまうから仕方ない。

このあたり、自然言語と似ている。

頻繁に使う言葉は、文法的整合性よりも、便利さが優先する。英語の不規則変化動詞が、よく使う動詞であること、日本語の変格活用がよく使う「する」「くる」なのは、それが理由ではないかと思っている。(単なる素人の推測)

「時刻」の意味で「時間」というのも、「時間」の方が言いやすいし、それで通用するから。


 しかし、微積分の場合、最初から端折った表記というのは、初学者の理解を困難にさせる要因。

 私が教えるときは、lim(h→0)[f(x+h)-f(x)]/h に逐一戻らせて、考えさせる。

 f'(x)という表記も、最初は避ける。物理とセットで教えることが多いので、何を何で微分しているかが重要。f'(x)だとそれが見えない。

 十分理解した段階で、徐々に端折った書き方を導入していくようにしている。


 文字式のa÷bc問題を考える中でも同様のことを思った。

 具体的数字が文字に置き換わるだけでも、生徒にとってはハードルになる。「×」を省くとかの話は後回しにして、まずは数字が文字に置き換わるということに十分慣れるように下方がいいと思う。

  • [16]
  • 常微分から偏微分、それでも分数でいい場合もある

  • 投稿者:K.K
  • 投稿日:2013年 7月17日(水)05時02分40秒
  • 返信
 
>>12-15

> 気になるのは「dx分のdyは間違い。微分は分数ではない」とドヤ顔の主張です。

 当時のことですが、分数と思うのは大間違い、という指摘はドヤ顔な感じの場合もありましたよ。どうして、ということは聞いても答えがなかったりだったし。Δy/Δx→dy/dxで、しかも「両辺にdxを掛ける」的な操作もできるのに。

 もっとも、これについては数学も相当なレベルの物理の碩学はこそっと「いや、気にしなくていい」というアドバイスをくれたりもしてたんですが。同時に、「でも、言い返すと面倒だ」とも。そのアドバイスはよく分かってて、言うと証明させられるか、長々と説明聞かされるか。使えればいいという数学ユーザとしては、どっちでもいいじゃんの世界。

> しかし、 こういう見方もできるといことであって、このことが「dy/dxが分数ではない」を意味するわけではない。

 ふむふむそうやってたのか、といったところ(証明はどこかで誰かがやってるだろうから、という立場なので)。

>dx^2が単独であると、x^2の微小変化 つまり、2xdxの意味に取ってしまいかねない。

 そう言えば、そこの曖昧性、ありますね。今は単独で書いちゃいましたが、連続する式変形の中などで出て来ている例が念頭にあったので、甘い書き方でした。これも思い込みによるものです。

>(∂x/∂y)・(∂y/∂z)・(∂z/∂x) これを普通の分数のように約分して1とすると間違い。

 ここら辺りでしょうね。やったり出くわさないと思い出せませんが、『余計な』ものがくっついたりするのも、あったような。ちょっと物理熱が冷めてて、しばらく遠ざかってます。で、使わないものは忘れていく……。

>(∂x/∂y)などが分数であることには変わりない。

 こういう項だけなら、常微分とあまり変わりませんからね。目的外の変数を定数と見ているだけなので。

>ポイント 偏微分は全微分に立ち返って考えるべし

 これはちょっとパスしたい、のではなく個人的に無理っぽいorz。全微分の式展開、どうしてそうなるっていうのが、どうも。じっと睨めば分かるというのは、どうにもこうにも苦手です。えっちらおっちら、練習問題やってはみたものの、物理の式に出てこないし(さらに教科書読んだら、必須として出てくるのかもしれないけど)。

  • [15]
  • Re: 偏微分

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月17日(水)00時27分4秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>14
> (∂x/∂y)・(∂y/∂z)・(∂z/∂x) これを普通の分数のように約分して1とすると間違い。
>
>  正しくは、-1。
>
> 詳細は↓
> http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t18/59-62

リンク先には書いていなかった。
ここで解説する。

df=(∂f/∂x)dx+(∂f/∂y)dy+(∂f/∂z)dz=0

dx、dy、dxはこの条件に拘束されて動く。

∂x/∂y は、xをzとyの関数とみなして、yだけを動かして、zは動かさない、ということ。

(∂f/∂x)dx+(∂f/∂y)dy+(∂f/∂z)dz=0

のdz=0を代入して整理すると

dy/dx=-(∂f/∂x)/(∂f/∂y)となる。

dy/dxが求めたい、∂y/∂x である。

∂y/∂x=-(∂f/∂x)/(∂f/∂y)


∂z/∂y ∂x/∂z も同様。でこれらを掛けると-1となる。


ポイント 偏微分は全微分に立ち返って考えるべし

http://


  • [14]
  • 偏微分

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月17日(水)00時16分14秒
  • 返信
 
熱力学で、3つの量が絡み合って、2つを決定すると3つ目も決まるというような状況で、偏微分するというのがある。

f(x,y,z)=0 という状況で、xはyとzの関数、yはzとxの関数、zはxとyの関数、という具合。

(∂x/∂y)・(∂y/∂z)・(∂z/∂x) これを普通の分数のように約分して1とすると間違い。

 正しくは、-1。

詳細は↓
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t18/59-62

(∂x/∂y)・(∂y/∂z)・(∂z/∂x) が通常の分数のように約分できない理由は、原理に立ち返れば分かる。

ようするに、(∂x/∂y)の∂y と (∂y/∂z)の∂yは、同じではないのが原因。

(∂x/∂y)などが分数であることには変わりない。

  • [13]
  • 二階微分について

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月17日(水)00時05分18秒
  • 返信
 
>分数流では、ディー・エックス2乗分のディー・2乗・ワイという読み方だとして、読み方通りの分数的なものと考えると、ちょっとマズいのかも。

そうでもないです。

Δを関数から関数への写像として定義する。hは非常に小さい正の実数としておく。

Δf(x)=f(x+h)-f(h)

例えばΔx^2=(x+h)^2-x^2、Δx=(x+h)-x=h

hが極端に小さい場合 Δf(x)/Δx が微分になると考えればいい。(直感的な話。εδがどうとかは置いておく)

h→0で、Δf(x)/Δx が df/dx となる。


次にΔをfに回作用させるとどうなるのか?

Δ(Δf(x)) これを行列などにならって、Δ^2f(x)と書くことにする。

Δ^2f(x)=Δ(f(x+h)-f(x))
={f(x+2h)-f(x+h)}-{f(x+h)-f(x)}
=f(x+2h)-2f(x+h)+f(x)

同様にΔ^3、Δ^4 などとやっていくと、
(a-b)^nの展開式の係数が出てくる。

演算子Dを、Df(x)=Δf(x)/h と定義する。

D^2f(x)=D(Δf(x)/h)=Δ(Δf(x)/h)/h
=Δ^2f(x)/h^2

Δx=h だから、 これを Δ^2f(x)/(Δx)^2 と書き換える。

これが、d^2f/(dx)^2 ということ。

これを d^2f/dx^2 と書くのが普通だが、かなり雑な書き方。

まず、分母と分子で2乗の意味が違う。分子の方は「2回作用させる」、

分母はdxを2個掛けるという意味。これを、dx^2と書いてしまっていいのか?とも思うが、いちいち(dx)^2などとしていられない事情も分かる。

 dx^2が単独であると、x^2の微小変化 つまり、2xdxの意味に取ってしまいかねない。

 いずれにしても、2階微分も分数。
分母は(dx)^2 、分子はd^2f ととらえていい。

 D^2f(x)=Δ^2f(x)/h^2
={f(x+2h)-2f(x+h)+f(x)}/h^2

行儀のいい関数であれば、h→0で、f''(x)になる。

1回目の大学(理学部物理科)の1年の時にこのことに気づいたが、証明方法が分からなかった。直感をεδに変換する術を知らなかった。

 平均値の定理を使うとあっさり出てくると思う。

  • [12]
  • d/dxを演算子とする考え方もあり

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月16日(火)23時39分8秒
  • 編集済
  • 返信
 
 私自身は、dx分のdyと読むし、dydxだと、重積分でのdxdyを読むと、dx/dyの意味になりはしないか、とかはあるけど、基本的には所詮読み方だから、どうでもいいと言えばどうでもいいとは思います。

 気になるのは「dx分のdyは間違い。微分は分数ではない」とドヤ顔の主張です。

 で、確かに、d/dxを演算子と考えることもできる。

代数学では、微分を、多項式環から多項式環への写像として、極限操作を用いないで形式的に導入する。

線型微分方程式 f''-5f'+6f=0 は、D=d/dxとして、

(D^2-5D+6)f=0 (D-3)(D-2)=0

で、結局、e^3x と e^2x の線型和が一般解になる。

an+2-5an+1+6an=0 という数列の三項隣接漸化式と同様。

t^2-5t+6=0 の解がポイントとなり、この解が固有値となる。

重解の場合に一工夫必要なのも、微分方程式と漸化式で共通している。
当然、線形代数や行列とも密接に関係してくる。


 d/dxを演算子、もっといえば、無限次元ベクトル空間から無限次元ベクトル空間への線型写像 とみなすことで、こういう面白い見方ができる。

 しかし、 こういう見方もできるといことであって、
このことが「dy/dxが分数ではない」を意味するわけではない。

  • [11]
  • 物理ファンなせいか、dy/dxが何か、あんまり気にしたことがない

  • 投稿者:K.K
  • 投稿日:2013年 7月16日(火)21時00分40秒
  • 返信
 
 dy/dxは、ディー・ワイ・ディー・エックスの方が楽なこともあるという程度でしょうか。もう一度xで微分して、d^2x/dy^2としたとき、分数流の読みはよく知らないのですが、ディー・2乗・ワイ・ディー・エックス2乗と読んでいます。分数流では、ディー・エックス2乗分のディー・2乗・ワイという読み方だとして、読み方通りの分数的なものと考えると、ちょっとマズいのかも。

 微分を習ったときにどうだったか、ディー・ワイ・ディー・エックスと読んでいたのは確かですが、それ以外は実はどうもよく覚えていません。その後、再勉強したときにパソ通(ネットは本格的にはまだだった)では、よく「数学的には分数じゃないよ」ということは言われました。

 d/dxという演算子であり、d/dx(y(x))なんだからと言われると、手も足も出ません。d/dx(dy/dx)=d^2y/dx^2であり、(d^2y)/(dx^2)ではなさそう。2階微分まで考えると、分数のようではない。

 しかし、本当に分数(あるいは割算)であるΔy/Δxからdy/dxへ持って行くことはしばしばあります。f(x)=dy/dxは、∫d(x)dx=∫dyとしたりする。1階微分なら分数そのものみたいだ、ということはあります。そういうときは「d/dxなんだから」とは、うるさく言われなかったように記憶しています。

 もっとも、なんだかしぶしぶ「操作的に間違いではないけど」といった感じのことを言っていた人もいたように記憶しています。f(x)=dy/dx→∫d(x)dx=∫dyについて、「両辺にdxを掛けたわけではないが、まあ結果的にはそう見える」とも。この辺り、見た目以上に考えない物理ファン(1階微分は分数でいいや)が、定義に厳密な数学ファン(d/dxという演算子なんだし、とからしい)に顔をしかめられる部分であるようです。未だに何がマズいのか、よく分かってませんが。

 常微分の1階ならでは、なのかな。偏微分∂z/∂xなんかだと、あまり分数のような扱いをしないようですから。ちなみに、「∂」が「でる」を変換して出てくるのは、結構最近教えてもらって覚えた知識。もっとも偏微分の「∂」は「らうんど」と読んでて、今でもそうです。

  • [10]
  • 「教育学部と関係がある」説

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月16日(火)15時01分49秒
  • 返信
 
http://star.ap.teacup.com/hoshimaru/1957.html
>小学校の先生に限らず, どうも教育学部出の先生の意見には納得のいかないことが多い。 例えば dy/dx を 「dx 分の dy」 と読んではいけないという。 でも英語では “dy over dx” で, 訳すと 「dx 分の dy」 である。 どうも納得いかない。

かけ算の順序問題を知った初期にこのブログを読んだけど、この部分は何を言っているのか分からなかった。

私が、dy/dxをdydxと読むと知ったのは、2年ほど前の話。


 しかし、この「教育学部」云々は、本当なんだろうか?たまたまそうだったと言うだけな気がする。

  • [9]
  • 2の先生は、「これは記号なので何々分のではなく 初めから読む」と言っていました

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月16日(火)14時27分1秒
  • 返信
 
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1074935660

1.ディーワイ分のディーエックス
2.ディーエックス ディーワイ

高校の先生によって読み方が違います。
2の先生は、「これは記号なので何々分のではなく
初めから読む」と言っていました。

どっちが正しいのですか?
みなさんはなんて読みますか?


  • [8]
  • dx分のdyと言う人は微分を知らない人

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月16日(火)14時17分44秒
  • 返信
 
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1420405574
ディーエックスディーティー。
もしくは、xをtで微分するですね。
ディーティー分のディーエックスと言った時点で
数学を研究する人々からは
微分と言うものを知らない人だと思われるので注意してください。
そう言えば、二階微分の時の読み方を知らないですね。
d^2x/dt^2はディ自乗エックスディティ自乗?ですかね。
xをtで二階微分する。これが一番いいですかね。


>あやふやな所を確認出来ました。ありがとうございました。 ちなみに学校の先生はディーティー分のディーエックス
塾の先生はディーエックスディーティーと言っており学校の先生の方が間違いですね(^-^;)
明日指摘してきます

  • [7]
  • 英語のウィキペディアでは「混乱する」と書いてある。

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月16日(火)14時02分59秒
  • 返信
 
http://en.wikipedia.org/wiki/Derivative
| In Leibniz's notation, such an infinitesimal change in x is denoted by dx,
| and the derivative of y with respect to x is written
|
| dy
| --
| dx
|
| suggesting the ratio of two infinitesimal quantities.
| (The above expression is read as "the derivative of y with respect to x",
| "d y by d x", or "d y over d x".
| The oral form "d y d x" is often used conversationally,
| although it may lead to confusion.)

  • [6]
  • 微分のコレ→dy/dx 何て読む? ○dx分のdy ×dydx

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月16日(火)14時01分22秒
  • 返信
 
http://kotonoha.cc/no/210019

微分のコレ→dy/dx 何て読む?

  • [5]
  • dy/dxは分数ではないということです。

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月16日(火)13時58分39秒
  • 返信
 
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1026465775

-------------------------
微分です。dx分のdy×dy分のd=dx分のd。 左辺を約分して右辺が出たと考えるのは、数学的には間違いだと聞きました。ある条件化では正しい答えが出なくなるそうです。どこが間違いで、どんな問題
だと、正しい答えが出ないんですか? あと、こんなことは、数学を大学で勉強してる人にとっては、基本的なことですか? みなさん、きっちり説明できるんですかね? お返事ヨロシクです。
-------------------------


-------------------------
ちなみにdy/dxは「ディーエックス分のディーワイ」ではなくて、「ディーワイディーエックス」とよみます。


確かに上の式を約分と考えるのは数学的には間違えです。

大学数学を勉強している人にとっては基本的なことですが、きっちり説明できる人はなかなかいないでしょう。

僕もきっちり厳密な説明はできませんが、簡単に何が間違えなのかというと

dy/dxは分数ではないということです。

1/2というような分数は分子の1と分母の2がそれぞれ意味をなしていて、それらを組み合わせて1/2という数をつくっています。

ですがdy/dxのdyとdxはそれぞれ単独では意味はありません。dy/dxで「yをxで微分したもの」という一つの記号なのです。

分数ではないものに約分という概念を使うのはおかしいわけです。


しかし、質問に書いてあるとおりdy/dxは約分など分数に似た性質を持っています。

だからこそdy/dxというような分数と同じ表記をしますし、普通は約分と考えても問題はないわけです。


あと、どんな条件だと上の式が成り立たないかというと

多分yがxで微分不可能なときでしょう。

このときはdy/dxが意味をなしませんし。
--------------------------

  • [4]
  • dy/dxは、dy÷dxではないというのだが・・・

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月16日(火)12時10分7秒
  • 返信
 
http://math.artet.net/?eid=1421890
--------------------------
たとえば、私が高校生の頃に使っていた参考書(『チャート式 基礎と演習 数学ⅡB』数研出版/昭和56年発行)には、こんなふうな説明が書いてあります(分数は記号「/」を使って表しました)。↓
 ⊿y/⊿x は ⊿y÷⊿x であるが,dy/dx はその極限値であって,dy÷dx ではない。
  (p.232)
--------------------------

この論法で言うなら、

重責分のdxdyだって、「積ではない」
dx/x だって、「わり算・分数ではない」
全微分のdf=(∂f/∂x)dx+(∂f/∂y)dyだって、「足し算ではない」となるのでは?

dxやdyは極限を取るから、特定の固定された値であると考えてはならない、

ということかもしれないが、

便宜的に、「ものすごく小さな値」という具合に考えて何の不都合もない。

むしろ、dy/dxを、「小学校時代からの分数の延長」ととらえた方が、「訳の分からない演算記号」ととらえるよりずっと優れていると思う。

dz/dx=(dy/dx)・(dz/dy)

この合成関数の微分の公式は、それが成り立つ理由からして、まさに微分が分数のように振る舞うからに他ならない。

多変数になってくると、分数という捉え方は難しくなるよ。でもそれは、極限だからということではなくて、多変数だから。

yがxに比例しているときに、y/xで比例定数を求められるけど、多変数の線型写像を考えると、それだとうまくいかない。

y=ax のaが比例定数。多変数になると、この比例定数に該当するのが行列となる。

 多変数の場合、定義域の微小変位に対応する値域の微小変位の関係を線型写像なり行列なりが、微分となる。

df=φdx xはベクトル。φは線型写像。

dy/dxは分数でないと言う人は、こういうのをどう解釈するのか?

  • [3]
  • Re: (無題)

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年 7月16日(火)11時49分51秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>2
> #数字、C、数字って読んだらSLの動輪配置(パシフィックとかハドソン)
> と勘違い...するわけないかw

>
> dx分のdyだったら約分してy/xにしてしまうやつが続出したのでは。

それだと、Δy/Δxも、約分してしまいかねないから、「Δx分のΔy」とは言わないということにもなりそう。

dy/dxを「dx分のdy」とは読まない人は、Δy/Δxをどう読むのか謎である。


そもそも読み方以前に、dを約分する段階で駄目じゃん。

  • [2]
  • (無題)

  • 投稿者:kankichi573
  • 投稿日:2013年 7月16日(火)11時39分3秒
  • 返信
 
#数字、C、数字って読んだらSLの動輪配置(パシフィックとかハドソン)
と勘違い...するわけないかw


dx分のdyだったら約分してy/xにしてしまうやつが続出したのでは。



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