• [0]
  • 算数「かけ算の順序」を中心に数学教育を考える コメント欄9代目

  • 投稿者:管理人
 
8代目はhttp://suugaku.at.webry.info/201207/article_1.htmlです。

 <思いやりのあるコミュニティ宣言>
 teacup.掲示板は、皆様の権利を守りながら、思いやり、温かみのあるコミュニティづくりを応援します。
 いつもご協力いただきありがとうございます。

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sage

  • [1000]
  • Re: 一つ分×いくつ分

  • 投稿者:M
  • 投稿日:2012年11月16日(金)08時12分53秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>988

> このスレッドにかかわらず、「かけ順守るべき」に対する否定の意見は、大きく二つにわかれているような気がします。(的外れだったらごめんなさい)
> (1)「ひとつ分の大きさ」と「いくつ分」は、視点を変えればいつでも交換ができるものである。(トランプ配り・右の耳と左の耳・タコの足に番号をつけるなど)「ひとつ分の大きさ×いくつ分の大きさ=全部の数」には理解を示した上で「3×5でも5×3でもいいはず」という考え方。
> (2)積の考えと同じなのですが、「ひとつ分の大きさ×いくつ分=いくつ分×ひとつ分」で、2つを見分ける必要など初めからないという考え方。

> かけ順否定派の方にとっては、同じ内容なのかな?でも、たぶん現場の教員にとては(1)と(2)は全く違う主張に感じると思います。

なるほど、これが大違いなのですか。

・天使は悪魔になることがある、悪魔は天使にもなれる。



・天使も悪魔も最初からいない。

は大違い、

というのと似ているでしょうか。


  • [999]
  • 同じ馬鹿でも無知無能の馬鹿と狂信者タイプの馬鹿は違う

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年11月16日(金)06時43分19秒
  • 返信
 
ちょっと題名を刺激的なものにしてしまいました。

ぼくも率直に言って、長方形の面積を横×縦とするとバツを付けたり、
直方体の体積の掛算の順序を気にする教師は馬鹿だと思います。

しかし、重要なのはその馬鹿の内容の方だと思います。

同じ馬鹿であっても単に無知無能であるというタイプの馬鹿と
余計なことを信じ込んでいるせいでデタラメをやる狂信者タイプの馬鹿では
大違いです。

実際に教員採用試験に合格しているのだから、
無知無能の馬鹿だと断じるのは不自然なので、
狂信者タイプの馬鹿なのではないかと推測しているわけです。

問題はどうしてどのようにして狂信者タイプの馬鹿になってしまったか。
そこをぼくは知りたい。


  • [998]
  • ぼくも知りたい。

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年11月16日(金)05時57分50秒
  • 返信
 
>>992
>  算数教育の世界で指導的立場にいる人が、
> どういう経緯で順序に拘ることを推奨するようになったのかが今ひとつわからないのです。

ほんと、これ不思議なので、もっと事情をよく理解しておきたいです。


  • [997]
  • 一つ分×幾つ分の順序にこだわることと縦×横の順序にこだわることの関係について

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年11月16日(金)05時50分45秒
  • 編集済
  • 返信
 
以下はぼく個人の推測です。

ぼくは、長方形の面積を横×縦とすると誤りだと思ってしまうことと、
掛算を一つ分×幾つ分の順序で書かないと誤りになるという考え方の
関係は以下のようになっているのではないかと推測しています。

1. 大学卒業時までは一般常識にしたがって掛算の順序には一切こだわりが無かった。

2. 小学校の先生になって、掛算の順序を逆に書く子どもは掛算の意味を理解
していないという考え方が算数教育の世界では普通であることを知り、
自分自身もそのような考え方に基いて授業を実際にするようになる。

3. しかし、掛算の順序が逆なら誤りになるというのは一般常識には反するので、
気持ちの上でそれを正当化する理屈を求めざるを得なくなる。

ここからが分かれ道。おそらく人によって正当化の仕方は異なる。
長方形の面積を横×縦とすることは「正式には誤り」だと考えるように
なる人は以下のような経緯をたどったのではないだろうか?

4. まず次のように考えるようになる:

 掛算は「一つ分×幾つ分=全部の数」という「公式」で導入される。
 常識として「幾つ分×一つ分」でも正しい答が得られることは知っている。
 しかし、子どもたちには「正式の公式」に戻って
 「正しく」考えられるようになってもらわなければいけない。
 だから掛算の順序にこだわった教え方が必要なのだ。

5. さらにこれと同様に以下のように考えるようになる:

 長方形の面積は「長方形の面積=縦×横」で導入される。
 もちろん教科書にも書いてあるように「横×縦」でも面積は正しく計算される。
 しかし、「正式の公式」は「縦×横」であり、その「正式の公式」まで戻って
 「正しく」考えることができるようになるように教えなければいけない。

6. 他の公式についてもすべて同じように考えるようになる。

もしも以上の推測が的を外していなければ、
一つ分×幾つ分の順序でなければ誤りだと信じてしまうことと
縦×横の順序でなければ誤りだと信じてしまうことは
決して無関係だとは言えなくなると思います。

いずれにせよ、自分の頭で考えて一般常識と決別してしまった人を
論理で説得するのは非常に難しいと思う。

P.S. 以下に添付する画像は啓林館の『わくわく算数4上』p.86より。
鉛筆君が「長方形の面積は横×たてでもいいです。」と言ってますが、
こういう補足的な説明の仕方だと「横×縦は正式な公式ではない」と
いう思い込みを崩せないこともありえると思います。
おそらくその手の思い込みのある人は正方形の面積の公式を問う問題に
「たて×横」と答えるとバツを付けると思う。
http://tumakomo.blogspot.jp/2010/05/abcac-httpdaiba-suuri.html



  • [996]
  • Re:五十歩百歩

  • 投稿者:papapa
  • 投稿日:2012年11月16日(金)05時37分26秒
  • 返信
 
>順序こだわりの人が長方形の面積にまで順序に拘ることに否定的なこと自体は知っていたけど、かけ順絶対派の先生が「たて×横」絶対派を「信じられない!!」というのは、やっぱり滑稽に思えてしまう

でしょ。でもその方々の根拠は「指導書(教育書)にはこう書いてあるのに」なので…笑ってしまうのは(笑えないけど)こういう場面では、平気で「長方形がななめにかいてあったらどうするの?」とか「直方体を倒したら底面は変わるでしょ!!」などときつい口調で責めたりして…どの口が言うのかな?という感じ。

PS.積分定数さん
993のご質問には、今晩か明日お答えします。

  • [995]
  • Re: 一つ分×いくつ分

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年11月16日(金)05時28分26秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>988
> このスレッドにかかわらず、「かけ順守るべき」に対する否定の意見は、大きく二つにわかれているような気がします。(的外れだったらごめんなさい)
> (1)「ひとつ分の大きさ」と「いくつ分」は、視点を変えればいつでも交換ができるものである。(トランプ配り・右の耳と左の耳・タコの足に番号をつけるなど)「ひとつ分の大きさ×いくつ分の大きさ=全部の数」には理解を示した上で「3×5でも5×3でもいいはず」という考え方。
> (2)積の考えと同じなのですが、「ひとつ分の大きさ×いくつ分=いくつ分×ひとつ分」で、2つを見分ける必要など初めからないという考え方。

ぼくは(1)はもっと一般化されるべきだし、分類するなら(1)と(2)の他に
「一つ分×幾つ分の順序で書く必要はない」というタイプの批判も
入れえおくべきだと思います。

まず前提の説明。すでにこの話では繰り返し指摘され続けているように、
一つ分と幾つ分の数は具体的状況だけでは決まりません。
どれをひとまとまりと考えるかを各人が決めるまで、
その人にとって何が一つ分の数になるかは決まりません。

一つ分と幾つ分の数が自由に交換可能だという事実はこの特殊な場合。
より一般には

○○○○
○○○○
○○○○

の○の個数を一つ分と幾つ分の考え方に基いた掛算を使って求めるときに
一つ分の数は1,2,3,4,6のどれであっても正しいわけです。
見た目が3×4もしくは4×3だからといって、3と4だけを一つ分の数と
みなせるわけではない。実際にこういうことを教えることを意図した問題が
載っている教科書があるという話はすでに出ています。

一つ分はそういう概念なので、単純な掛算の文章題で示された具体的状況だけで
一つ分と幾つ分の数が決まってしまうと思っている人は
そもそも一つ分と幾つ分という算数における基本的な考え方を
わかっていないことになります。

以下は掛順こだわり教育への反対論のより精密な(つもりの)分類です。

(0) 掛算の考え方は一つ分(もしくは1あたり)と幾つ分の考え方だけではない。

たとえば長方形型に並べられていれば縦×横もしくは横×縦で総数を
一つ分と幾つ分の考え方を経由せずに求められます。
だから、頭の中で(もしくは実際に紙に模式図を描いてみて)、
モノを仮想的に長方形型に並べてしまえれば掛算を一つ分と幾つ分の考え方を
経由せずに使うことができる。
算数教育の世界でもアレイ図は定番の道具の一つになっています。

実はさらに別の考え方もあるのですが省略します。

(1) 掛算を一つ分×幾つ分の順序で書く必要はない。

個人的な意見では小学校を卒業するまでに世間一般では常識として
どちらの順序で書いても正しいということになっており、
一つ分×幾つ分の順序で書かなければいけないと思っている人は
非常識な人扱いされるという事実をはっきり子どもたちに
教えるべきだと思っっています。

おそらく実際に「これ、本当は非常識な考え方なんだよ」と教えなければ
いけないことになってしまえば、現在のような掛順こだわり教育は
実質的に不可能になってしまうと思います。

子どもに逆順だと誤りになると教えた後に
「実は非常識な考え方」と教えてただですむとは思えない。
兄や姉のいる子どもは家族内で「実は非常識な考え方」という事実を
すでに教わってしまっている可能性が高く、そのような子どもはクラス内に
大抵いるはずなので、なおさら「逆順は誤りになる」とは教え辛くなるはず。

(2) たとえ掛算の順序を一つ分×幾つ分の順序で書くというルールのもとで
あっても具体的な状況だけでは一つ分と幾つ分の数は決まらないので、
実際に書かれた数の掛算の式を見て「逆順なので誤り」などと言うことは無意味。

これについては上の方で詳しく説明しました。

最初の(0)が最も根源的な批判でかつ重要だと思います。
なぜならば掛算をいかに直観的に理解してもらうかに直接かかわる問題だからです。
一つ分と幾つ分という特定のイメージにこだわるのではなく、
アレイ図のようなイメージも軽視しないことが当然だということになれば、
最初から掛算の順序にこだわることという発想自体が無くなるものと思われます。
同一の掛算であっても複数のイメージを持ち、目的に応じて使い分けたり、
一つのイメージしか適用できそうもない対象に「同じ掛算だから」という理由で
別の様々なイメージを重ね合わせてみるというようなことができれば、
一挙に算数が易しくかつ面白くなります。


  • [994]
  • 月刊プリンシパル

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年11月15日(木)23時50分53秒
  • 返信
 
月刊プリンシパル 2012年11月号
http://www.gakuji.co.jp/book/03683-11-2012.html
外部から見た学校 第8回
掛け算に順序はあるのか/川端裕人(作家)


どうも校長先生が読む雑誌のようです

  • [993]
  • 五十歩百歩

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年11月15日(木)23時45分0秒
  • 返信
 
>>986
>(信じられないかもしれませんが、文章題でかけ順絶対派の先生が、面積の式に対しては柔軟で、「たて×横」絶対派を「信じられない!!」というような例を間近でたくさん見ています)

順序こだわりの人が長方形の面積にまで順序に拘ることに否定的なこと自体は知っていたけど、

かけ順絶対派の先生が「たて×横」絶対派を「信じられない!!」

というのは、やっぱり滑稽に思えてしまう。


これを読んで、何かでこんな感覚を経験したな・・・、と思って思い出した。


ベトナム戦争について、当時の当事者同士であるベトナム側と米軍側の対話というのを昔、NHKの番組でやっていて、元米軍司令官のマクナマラの発言を聞いたときの感覚だった。

「戦争を継続することでどれだけ民衆が苦しむのか、戦争の悲惨さを考えなかったのか?降伏することで悲劇を避けようとは思わなかったのか?」とベトナム側に問うのだけど、

第三者がそういういことをいうのは有りだと思う。「降伏することで悲劇を減らすこともできたはず。降伏すべきだった」とベトナム側を批判する論理はあり得る。

 でも、その悲劇を作り出している張本人がそれを言うか!

と思った。


でも、詭弁とかじゃなくて、素で言っているようだった。



レベルは全然違うんだけど、「4人に3個ずつ蜜柑を配るのは3×4であって4×3は間違いだ」と強く言う人が、「長方形の面積を求めるのに順序に拘るなんて信じられない!」と言っていると聞くと

「五十歩百歩」と思ってしまうのが正直なところ。


 当人は詭弁とは思っていなくて、横×縦をバツにするのと、人数×各自の蜜柑の個数をバツにするのは、全く違うことだと思っているでしょうね。

 それがこの問題の厄介なところ。

  • [992]
  • >papapaさん

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年11月15日(木)23時17分53秒
  • 返信
 
 早速の回答、ありがとうございます。参考になります。

あと2,3教えていただきたいのですが

私自身は掛け算の順序についてとやかく言われた記憶がありません。掛け算を習ったのは40年近く前のことです。
順序に拘る授業はここ10年ぐらいで増えてきたような印象があるのですが、その当たりは実際はどうなんでしょうか?正確なことはわからないと思いますが、印象としてどうでしょうか?

 それから、小学校教員で大学時代に教育学部小学校教員養成過程で、数学科を専攻した人はいるのでしょうか?

 算数教育の世界で指導的立場にいる人が、どういう経緯で順序に拘ることを推奨するようになったのかが今ひとつわからないのです。

 多くの教師が指導書や指南書を参考にして順序を強要するようになるというのは、理解は出来るのですが。私が何かの間違いで小学校教員になったら、苦手な教科を教えるときは指導書に頼りきりになると思います。

 それから、papapaさんご自身は、何がきっかけで順序に疑問を持つようになったのでしょうか?

  • [991]
  • Re:989

  • 投稿者:papapa
  • 投稿日:2012年11月15日(木)22時51分43秒
  • 返信
 
>割合だとどうなんでしょうか
「基準量×割合=割合に当たる量」という公式が指導書には明記されているので、600×0.3のみを〇とする人が多そうです。「1に対して0.3だから~」は、全くその通りですが自分も3年前なら×をつけていたかもしれません。

>さらに、5人家族が1日に各自1個の林檎を食べる。4日間でこの家族が食べた林檎の数は?この場合も、1日あたり5個で4日分 1人当たり4個で4人分 どちらも自然でかつ、「自分の解釈の方が自然でそうで這い順序は不自然」と思いかねません。
こちらは、いずれの立式も根拠をもって「一つ当たり」の量を明示しているので、どちらでも〇にする教員が多いと思います。ただし、どちらも〇にする根拠が「サンドイッチルール」だとしたら、情けなく悲しい限りです。


>長方形の面積のように順序に拘るのは馬鹿げているという一方で、「正しい順序」がある場合には、どちらの順序が「正しいか」は、教員間でコンセンサスが得られているのでしょうか?

同じ学年で、同じ問題に対して、クラスによって採点基準が違うことは非常にまずいことなので、「採点基準」はたいてい揃えられていると思います。しかし、残念なことに現場では、通常の文章問題であれば指導書通りのかけ順逆は×!!になるのがほとんどだと思います。

>あと、既にコメントに書いたけど、柱の体積を高さ×面積だとバツにする人は、「長方形で横×縦でバツは馬鹿げている」という人の中にもいると思うのですが杞憂でしょうか?
たしかに「たくさんいそう」な気もしますが…たとえば、教科書で〇〇柱の体積は「底面積×高さ」を公式(定義) としたとしても、「たて×横×高さ÷2…直方体の半分で求められるよ!!」に×をつけるバカ教師(言い切ります)は、さすがにいないと信じたいです。

適当な教師なら…ですが、たとえかけ順に執拗にこだわる教師であっても、真面目で普通に教材研究をしている教師であれば×にはしないと信じたいです。






  • [990]
  • Re: 一つ分×いくつ分

  • 投稿者:ゴルゴ・サーディーン
  • 投稿日:2012年11月15日(木)22時50分57秒
  • 返信
 
>>988
> (1)「ひとつ分の大きさ」と「いくつ分」は、視点を変えればいつでも交換ができるものである。
> (トランプ配り・右の耳と左の耳・タコの足に番号をつけるなど)「ひとつ分の大きさ×いくつ分の
> 大きさ=全部の数」には理解を示した上で「3×5でも5×3でもいいはず」という考え方。
> (2)積の考えと同じなのですが、「ひとつ分の大きさ×いくつ分=いくつ分×ひとつ分」で、2つを
> 見分ける必要など初めからないという考え方。

私は、自分の本音は(2)なんだけれども、それは「最初から掛け順の無い世界で生まれ育った」からそう思う
のであって、最初から掛け順のある世界で生まれ育った人には受け入れられないだろう、だから (1) の方針
で攻めよう、という考え方です。

  • [989]
  • 割合とかはどうなのかな?

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年11月15日(木)22時23分34秒
  • 返信
 
 面積にまで順序を持ち出すが馬鹿げているというのは、順序拘りの人の多数派だというのは認識しています。

 また、「4人に3個ずつ蜜柑を配る」を、3個の方を1当たりと強く意識してしまうのもわからなくはないです。順序拘り派はほぼ100%、3を1あたりとして、4をいくつ分と言うでしょう。


 割合だとどうなんでしょうか?

600gの3割

全体量の0.3個分だから600×0.3が自然
1に対して0.3だから、0.3×600が自然

どちらもあり得るし、どちらも「十分の考えの方が自然。逆にするのは不自然」と思いかねません

さらに、5人家族が1日に各自1個の林檎を食べる。4日間でこの家族が食べた林檎の数は?

この場合も、1日あたり5個で4日分 1人当たり4個で4人分 どちらも自然でかつ、「自分の解釈の方が自然でそうで這い順序は不自然」と思いかねません。



長方形の面積のように順序に拘るのは馬鹿げているという一方で、
「正しい順序」がある場合には、どちらの順序が「正しいか」は、教員間でコンセンサスが得られているのでしょうか?


あと、既にコメントに書いたけど、柱の体積を高さ×面積だとバツにする人は、「長方形で横×縦でバツは馬鹿げている」という人の中にもいると思うのですが杞憂でしょうか?


  • [988]
  • 一つ分×いくつ分

  • 投稿者:papapa
  • 投稿日:2012年11月15日(木)22時21分48秒
  • 返信
 
数学は…まるで…です。
算数教育については、20年ちょっと直接かかわってきました。
「本質」をつかんでいる自信もないし(つかめているはずがないし)「それは結局同じことなんだよ!!」と言われるだろうと思いますが…

このスレッドにかかわらず、「かけ順守るべき」に対する否定の意見は、大きく二つにわかれているような気がします。(的外れだったらごめんなさい)
(1)「ひとつ分の大きさ」と「いくつ分」は、視点を変えればいつでも交換ができるものである。(トランプ配り・右の耳と左の耳・タコの足に番号をつけるなど)「ひとつ分の大きさ×いくつ分の大きさ=全部の数」には理解を示した上で「3×5でも5×3でもいいはず」という考え方。
(2)積の考えと同じなのですが、「ひとつ分の大きさ×いくつ分=いくつ分×ひとつ分」で、2つを見分ける必要など初めからないという考え方。

(1)の方向性なら、かけ順真理教の多くの先生を納得させる(今まで×にしていた採点基準を〇に変える)ことができるように思います。逆に(2)を現場の教員に納得させるには教科書・指導書の記述を変えるしかないと思います。

かけ順否定派の方にとっては、同じ内容なのかな?でも、たぶん現場の教員にとては(1)と(2)は全く違う主張に感じると思います。

PS くろきさん
 >>968のおはじきの図(6×3)は、アレイ図そのものです。個人的な感覚では、あの図を「6×3」の根拠にすることは、信じられません。アレイ図は「ひとつ分の大きさを自分で自由に決める」「多様な見方・考え方を補助する図」という認識でした。(自分が使っている学校図書の教科書なら100%確実に質問かおそらく苦情を入れます)
もう一度、学校図書の教科書&指導書と他社の教科書を見直してみます。



  • [987]
  • Re: たて×横・たて×横×高さ

  • 投稿者:ゴルゴ・サーディーン
  • 投稿日:2012年11月15日(木)22時06分33秒
  • 返信
 
>>986
>(信じられないかもしれませんが、文章題でかけ順絶対派の先生が、面積の式に対しては柔軟で、
>「たて×横」絶対派を「信じられない!!」というような例を間近でたくさん見ています)

いいえ、おおいに信じられます。
順序主義の一流派で「 倍指向・積指向 」という言葉を使う流派があるのを見ていますから、
「1つぶん×いくつ」と「 縦×横 」を別問題と見なす人がいるのはむしろ当然と理解しています。

  • [986]
  • たて×横・たて×横×高さ

  • 投稿者:papapa
  • 投稿日:2012年11月15日(木)21時56分3秒
  • 返信
 
>>978~直方体の体積についてのレスに

長方形は「横×たて」でもOkと学習指導要領にも、教科書指導書にも明記されてます。直方体も、置き方を変えれば底面だの高さはいくらでも変わるので(教科書も、教科書指導書も、自分が持っている算数教育書)でも、「縦は、この部分、横はこの部分…」などという記述はありません。この問題に×をつける教師は、ほぼ100%指導書を「アンチョコ(死語?)」代わりに使っていて、考えもせず勉強(教材研究)もほとんどしないと考えられます。

指導書や算数教育書を根拠にかけ順を絶対視する教員は、この問題については(指導書や算数教育書にしたがって〇にしますから)自分の感覚では、指導書や算数教育書に洗脳?されて、文章題において「一つ分×いくつ分=全部の量」は絶対とする先生と、面積や体積の「たて×横」「たて×横×高さ」は絶対として×にする先生とは、明確に分けた方がよいと思います。(信じられないかもしれませんが、文章題でかけ順絶対派の先生が、面積の式に対しては柔軟で、「たて×横」絶対派を「信じられない!!」というような例を間近でたくさん見ています)

真面目で熱心な先生が、文章問題の「ひとつ分×いくつ分」にこだわる例は、無数というくらい見てきました。(自分の身の回りにたくさんいます)前にも書きましたが、こだわりのある先生ほど「まじめで、熱心で」教え方を一生懸命考えています。長方形の「横×たて」に×をつける教師とは、絶対にわけて考えるべきと思います。

かけ順の問題を論ずる時には、同じ土俵で論じられることが多いように思いますが、自分が知る限り明らかに違うレベルの教師だと思います。

  • [985]
  • Re: 直方体の体積

  • 投稿者:ゴルゴ・サーディーン
  • 投稿日:2012年11月15日(木)21時50分28秒
  • 返信
 
>>983
> 娘さんが平行四辺形を高さ×底辺でバツ、という事例はmixiの掛け算コミュで報告されています。

それについても、存在すること自体は疑っていません。
と言うより、伝聞の報告ではなくサイト主が発言している箇所を知っています。

http://6828.teacup.com/amajima/bbs?page=16&
の:2006年12月 7日
>最後に、公式ですが、結論からいえば、長方形はどっちでもよい。
>平行四辺形は、底辺が先でないといけないということです。

  • [984]
  • 私が算数教育の専門家はアホばかりと思う根拠

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年11月15日(木)01時54分51秒
  • 返信
 
 地震予知が出来なからと言って地震学者がアホばかりとは思わない。
 癌の治療法がないからと言って医学に携わる人がアホばかりとは思わない

 ある分野について、困難なことがあることは、その分野に携わっている人がアホであることを必ずしも意味しない。


 算数教育に関して、子どもたちが算数を面白がり理解が促されるような授業法が提起されていないとしても、そのことで算数教育の専門家をアホだとは思わない


私が算数教育の専門家をアホだと思うのは


 素人の私でも調べることが出来る教育現場でのしょうもない実態を把握していない、あるいは知っていながら知らない振りをしていて

 掛け算の順序などという指導法に関して、何一つ論拠を持ってメリットを提示することもなく、それを推奨している

という点である。


 もちろん、掛け算に限らない。わり算の等分除だとか包含除だとか、引き算の求差だの求残だの、

 簡単な話をあれこれこね回して複雑にして自分たちでしか通用しない「体系」をでっち上げて、教育現場にそれを推奨して、算数を訳の分からない複雑怪奇な物にしてしまっているという点。

 算数教育の専門家のほとんどがこのことに警鐘を鳴らないと言うこと。


 これらから判断して、アホとしか思えない。



 「習っていない漢字は使ってはいけない」というのとはレベルが違う。「漢字」の方は、一部の学校で行われているらしい「変な指導」である。もしかしたらそういうことをせざるを得ない何か事情があるのかもしれない。

 「掛け算の順序」+αは、算数教育業界全体の方針であり、業界内でそれに異議を唱える人は、私が知る限りほぼ皆無。


 何でこんな馬鹿げたことになってしまったんだろうね。

  • [983]
  • Re: 直方体の体積

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年11月15日(木)01時26分32秒
  • 返信
 
>>980
> (もっとも、長方形はどちらも可となったのが、平行四辺形も両方可、直方体の体積も6通り(12通り?)全て可
>  と受け取られなかったのはどういう事なんだ、というのが残りますが。)

娘さんが平行四辺形を高さ×底辺でバツ、という事例はmixiの掛け算コミュで報告されています。
台形なんか、いくつ公式を作ればいいのやら・・・

3時間で60㎞進む。6時間では? を、6時間は3時間の2倍だから120㎞ として「時速を求めてそれに6時間を掛けるのが正しい」と言ってバツを付ける例は、間接的な話でしか聞いていないがいてもおかしくはない。


 じゃあ、ここで「答えの出し方は色々あり得る。掛け算の順序もどちらでもいい場合もある」としたら、

「長方形の順序はどうでもいいのはわかるが、じゃあこれは?この場合は?」となってしまうと思う。


実際そうなって、「やり方さえ間違っていなければ何だっていいんだ」となって欲しいけど、


「どちらでもいい場合」と「正しい順序が固定されている場合」があるようだ。


何でそんな面倒な複雑なことにしているのか?


算数教育の専門家はアホばかりなのか?

  • [982]
  • Re: 学習指導要領解説や算数の教科書にわざわざ「(長方形の面積)=(縦)×(横)(もしくは(横)×(縦))」と書いてある理由

  • 投稿者:TN
  • 投稿日:2012年11月14日(水)23時48分16秒
  • 返信
 
>>970

> ぼくは、「各々の公式に関して問題が出るたびに、
> 学習指導要領解説などに同等な公式をすべて併記させる」
> というようなモグラタタキをやっても意味がないと思う。

> ぼくは、学習指導要領解説と算数の教科書における縦×横と横×縦の併記
> の件について、現場の教師は屈辱だと感じるべきだと思います。
> 非常識な教師がいるせいで余計な記述が追加されてしまったわけですから。
> 「馬鹿にするな!こういう余計な記述は削除しろ!」のように言うべきだと思う。

もともとの上野さんの発言も、教師が自分で考えられるようになれという趣旨ですよね。ちょっと後に
「これは先生が本当にはわかっておらないから、自信がなくて、つい教科書に書いてあるものにしか○をあげられなくなってしまっているのだと思います。」てなかなかすごいことが書いてありますもの、、、。

  • [981]
  • サンドイッチルールでの逆順説明

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2012年11月14日(水)22時47分53秒
  • 返信
 
「皿が5枚あり、りんごが3個ずつのっています。」という内容に対して「5×3」にすると「りんご5個ずつが、3枚の皿にのっている」になるという摩訶不思議な考えがあります。
サンドイッチルールに当てはめると、「5×3」は皿の枚数を求める式になるのではないでしょうか。
そう考えると「5×3」で求めた15は皿の枚数なのでバツになってもおかしくないと思います。
この15枚になる「5×3」を無理矢理日本語にすると、「5枚に重ねた皿にりんごが1個のっている。それが3組ある」とか「りんご1個に皿が5枚のっている。それが3組ある」とかでしょうか。

5がりんごの個数にすり替わる説明では、掛け算がよく分からない人に説明しても分かるようになるとは到底思えません。
広まった原因として、とにかく説明が出来るからというのがありそうな気がします。
掛け算が出来ない人に、どう説明していいか分からない教師には、救いになったのではないでしょうか。

纏まりに欠ける内容ですが、せっかく書いたので投稿しちゃいます。

  • [980]
  • Re: 直方体の体積

  • 投稿者:ゴルゴ・サーディーン
  • 投稿日:2012年11月14日(水)22時33分40秒
  • 返信
 
>>978
> >>956
> > >>955
> > これは、明らかな採点者の誤りです。
> > 指導書真理教で順序絶対主義の人でも、この解答に×をつけることは、通常では考えられません。
>
>  長方形の面積を横×縦、でバツ、という事例は、複数確認されています。頻度としては少ないと信じたい
> のですが、極めて希ということでも無いようです。

存在する・しないか という事なら、「存在する」と思います。
それも、稀とは言えない率で。
しかし、公的な文書に「横×縦も可」と記載されている現在、もはや長方形の面積は順序論争のテーマではない
と言ってしまって良いと思います。

(もっとも、長方形はどちらも可となったのが、平行四辺形も両方可、直方体の体積も6通り(12通り?)全て可
 と受け取られなかったのはどういう事なんだ、というのが残りますが。)

  • [979]
  • Re: ぼちぼちコメントしていきます

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年11月14日(水)20時47分20秒
  • 返信
 
>>974
> >くろきげんさん
> >併記してある理由についてはメタメタの次の発見が参考になります:
>
> 敬称は、付け忘れですよね?

ああ、ごめんなさい、メタメタさん!敬称を付け忘れました。
実際には付けて書いた後に文章を書き直して、そのときに失敗したんだと思います。
妙な日本語になっている場合は大抵それです。

これからもとの発言も編集して敬称を挿入します。


  • [978]
  • Re: 直方体の体積

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年11月14日(水)12時51分6秒
  • 返信
 
>>956
> >>955
> これは、明らかな採点者の誤りです。
> 指導書真理教で順序絶対主義の人でも、この解答に×をつけることは、通常では考えられません。

 長方形の面積を横×縦、でバツ、という事例は、複数確認されています。頻度としては少ないと信じたいのですが、極めて希ということでも無いようです。

 平行四辺形や台形、三角形の面積ともなれば、もっと多いかもしれません。というのは、長方形の場合は横×縦をバツにするのは余りにもばかげていることが明白ですが、三角形だと「底辺と高さは違うのだから、それを認識させることが大切」などと理由にもならないことを理由にすることが十分に考えられます。

 算数教育での議論ではこの手の、「理由にもならないこと」が理由になってしまうのがよくある。

> 小学校での〇〇柱の体積の公式は、「底面積×高さ」という公式で定義されています。

これも、長方形の面積を横×縦でバツにするのは馬鹿げているという人も、「高さ×底面積はバツ」は当然と思うかもしれません。「底面積と高さは別の物」とか言いだしそう。

 現に三島市教委指導主事と話し合いをしたときに、「底面積4で高さが5の柱の体積は、体積4の平べったい柱が5段重ねになっていると考えてもいいけど、底面積1で高さが5の体積5の柱が4本束ねてあると考えてもいい」と言ったら、「なるほど、そういうのは発想もしなかった」と感心していました。

 私自身は小学生の時に気づいて、当然のことと思っていたようなことすら、指導主事が理解していなかったと言うことに不安を覚えます。

 交換法則というのは、意味で考えても1あたりといくつ分が逆転できると言うことだと理解していたし、私自身そんなの当たり前だと思っていたので、両者を区別する必要性は更々なかったです。

 長方形の面積にまで順序に拘るのは馬鹿げているのが明白だけど、私からしたら、そもそも1あたりといくつ分を区別すること自体が馬鹿げています。

 どんな掛け算も矩形に並べたら1あたりもいくつ分も関係ないし、結合法則も、直方体の体積に置き換えることで納得していました。



 逆に不思議なのは、「1つ当たりといくつ分は全く別物」「長方形は長方形、直方体は直方体であって、蜜柑を配る問題とは全く別」という認識でどうやって交換法則や結合法則を理解するのか?ということ。


 いろいろやってみて帰納的に「どうもそうなる」ということにしているのだろうか?



5年生では、直方体・立方体限定で「たて×横×高さ」「一辺×一辺×一辺」となっていますが、今回の「たて×横」については、4年生の面積の学習において「たて×横」でも「横×たて」でも正解とするということが明記されています。(学校図書・東京書籍の指導書で確認)


これも、立方体の体積の公式を問うテストで縦×横×高さにしてバツになった事例があります。直方体の辺の長さがたまたま同じだった場合だけ別の公式にしないとならないなんて不合理としか思えないし、体積の意味=1辺が1の立方体がいくつあるのか、を理解していれば敢えて公式として覚える必要はない。

正方形と正方形ではない長方形からなる直方体の体積は?

1辺×1辺×高さ とすべきなのか?  などと本質的ではない部分で悩むことになりかねない。



こういう事態を作り上げてしまった算数教育の専門家の責任は重大だと思う。


算数教育の専門家はその人自身はどうやって算数・数学を学んできたのか?「1あたりといくつ分を区別する」というようなことが数学を学ぶ上で役立ったのか?面白かったのか?小一時間・・・

  • [977]
  • 「トランプ配り」は出来る子の発想、か?

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年11月14日(水)10時19分56秒
  • 返信
 
 「掛け算の順序」+α正当化の理由というのは、批判に対して場当たり的な反論だったり、思いつきだったりするので、それらの理由同士が矛盾することがありがち。

 例えば、

「高度な数学では非可換な乗法を扱うから」VS「算数と数学は違う」

「子どもは求差と求残を同じ引き算と認識できない。これが自然な子どもの認識」VS「子どもに求差と求残を正しく区別させるためにはどうすればいいのか」


「順序をしっかり書けるようにならないと、高学年で速さや割合をやるときに躓く。その場限りでとりあえずできればいいというなら、順序はどっちでもいいが、将来高いレベルまで理解したければ、正しい順序が必要」
VS
「順序は出来ない子のためにやっている。数学が得意だったお前らがとやかく言うな」

「数学が出来る人は順序はどうでもいいなどと言うから困りもの」
VS
「正しい順序があることも知らないの?算数が苦手だったんだね。ぷっ、小学校からやり直した方がいいと思うよ」

などなど、


で、今回は
「順序は出来ない子のためにやっている。数学が得意だったお前らがとやかく言うな」
を取り上げる。

 「トランプ配り」は出来る子の発想、というのは本当だろうか?


 ある問題に対して、標準的な解法Aと、別解Bがあったとする。

出来る子は、AとB、両方気づく。だから、教師が望む解法である標準的なAを答案に書くことが出来る。

出来ない子は、その子なりに一生懸命考えて、幸か不幸か、Aを見つける前に、Bを見つけてそれを答案に書く。

ところが、「その方法は駄目。Aにしなさい。」と言われて混乱する。

「Bを見つけることが出来るのは出来る子なんだから、問題ない」とされてしまう。



こんな事はあり得ないのだろうか?


 教えている経験だと、わからないが故に、試行錯誤して私が驚くような方法を開発する子がいる。

 大概は、効率が悪かったりするのだが、それでも正解である。まれに感心するような方法も飛び出す。

√xの微分で、(√x-√a)/(x-a)の分子分母に、√x+√aを掛けるのではなくて、x-a=(√x-√a)(√x+√a)と因数分解(?)した生徒がいて、面白いと思った。

 また、効率の悪い方法と効率のいい方法があったら、それは新しい公式が作られる可能性を秘めている。

 例えば、ABCDEFGの7文字から2つ選ぶ方法は何通りか?

 私なんか、この手の問題に初めてあった瞬間から、順列として7×6として求めて、ABとBAは同じなのに異なると数えているから2で割ればいいとわかった。

 だから、6+5+4+3+2+1=21 と求めている生徒を見て、「なんじゃそりゃ?」と思った。

まずAを選んだ場合、B~Gの6通りの選択肢がある。Aを選ばないでBを選んだ場合、C~Gの5通りの選択肢。・・・という具合。

 この方法と、順列として求めて2で割るというエレガントな方法を等号でつないで一般化すると、

(n-1)+(n-2)+・・・+3+2+1=n(n-1)/2

という等差数列の和の公式が出来上がる。

さらに、3つ選ぶ、4つ選ぶ、などとしていくことで、高次の和の公式がどんどん作れる。


「正しいやり方」が決められているというのは、出来る子にも出来ない子にも息苦しくてつまらないと思う。

  • [976]
  • 算数・数学が「お勉強」になってしまっている

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年11月14日(水)09時34分52秒
  • 返信
 
 真面目な人ほど指南書を熱心に読んで、順序に拘ってしまう、というのは、ある意味現在の算数・数学教育がうまくいっていないことの証だと思う。

 このことは、「掛け算の順序」にとどまらず、日本の数学教育を覆う重大な問題で、これを改善するにはあまりに問題が大きすぎる。


 早い話が、算数・数学というのは、記号の使い方、「3」は「さん」と読むだとか、その類の「教わらなければならないこと。自分で発見することは出来ないこと」ももちろんあるけど、多くは、試行錯誤して自分で見つけることが可能である。

 ところが、どうも学校教育ではそういうことをあまりさせていないようである。

 今、塾で高校生を教えているが、未知の問題にじっくり取り組むよりも、定期試験や入試に向けての対策になりがち。

「それではまずい」と思っている私でも、そのような教え方にならざるを得ない面がある。

 学校によっては、「なぜ公式が成り立つかなんてことは学者に任せて、お前らはとにかく使いこなせるようになればいいんだ」という数学教師もいるらしい。


 こんな具合だから、多くの人にとって「算数・数学の勉強」のイメージが、「何度も繰り返しやって、やり方をしっかり覚えて、再現する」ということになってしまっているのだと思う。

 もちろん、そういう部分も必要かもしれないが、「未知の問題に試行錯誤しながらじっくり取り組む」という経験が欠落するのは、非常にまずいと思う。

 その人自身が「問題の解き方を覚える」といのを数学の勉強だと思っていると、教える立場になっても同じ事をしがちだと思う。

  • [975]
  • 蝙蝠 八方美人 政治家

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年11月14日(水)09時05分7秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>951
> さすがにそこの人も、出題者の意図を読みとれというのは失敗だったと判っ
> たのではないかと思います。

http://smile-heart12.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-163e.html#comments
このブログの主張は、ある意味、順序派の典型例ですね。
「逆順は間違い、それこそが思考重視だ。どちらでもいいというのは計算さえできればいいという思考軽視」

「順序が逆でバツはおかしいのでは?」と批判すると、「逆順はバツ、というわけでもない」「順序にこだわっているのではなく、掛け算の意味・理解の話なんだ」と言う。

教科書会社もそうだった。「その子が理解しているのなら、それほどこだわらなくてもいい」なんて言うんけど、指導書には、逆順は間違いと明確に書いてある。

 私が直接会った算数教育に熱心だったという元教員もそうだった。「あなたの言うことはもっともだ」とかいうのだけど、本当にそう思っているのなら、算数教育の現状に警鐘を鳴らさないとおかしい。

 掛け算順序論争に携わっていてわかってきたが、この手の八方美人というか蝙蝠というか、そういう人がかなりいると思う。「トランプ配りで考えたら、逆順でもいいでしょ?」というと、「全くその通りです。私も順序が違ったら無条件にバツにしろと言っているわけではないのです」などといって安心したら大間違い。

 トランプ配りの説明をしても「配り方が違うので間違い」と言い張る三島市教委指導主事は論外。ここでは、反順序派の意見に対して、「全くその通りです」などと「同調」しながら順序派に与する人のことを言っている。

 無条件にバツではないが、マルにする条件がやたらと厳しくて実質的に無条件だったり、単に面倒だからあしらうためにテキトーに同意するふりしたり、ということが多い。

瀬戸智子氏も
http://ts.way-nifty.com/makura/2009/07/post-4df6.html
>と、言うことで積分定数さんの拘りと、私のエントリーの意図は、そんなに違わないと私は思っていたのですが、、、
>お互いの意見を擦り合わせしなければならないほど、あなたと意見が違うとは思わないし
>積分定数さんが標榜しているものと、私の求めているものはそう変わらないと思います。

などと言っている。「お前のアホな数学認識と一緒にするな!」と言いたい。

それぞれの支持団体にいい顔をする政治家みたいなものだと思えばいいのかもしれない。



> (別件)
> >この方と同じ人なのかはわからないが、最近ツイッターである人を激しく
> >攻撃している人がいる。
> >なんだけど、なぜそこまで攻撃するのかさっぱりわからない。
>
>  非順序派同士のはずなのに攻撃的な口調でやってた件ですか?
>  推測ですが
>  ・「非順序派なら当然“こう”主張する筈」という道から外れた事を言った
>  ・完全に相手を順序派と誤認識した
> の、どちらかではないかと…

非順序派だから批判してはならないということでもないし、順序派に対してなら口汚く罵って構わない、ということでもないのだけど、それ以前にそもそも何を言っているのかが全くわからない。トンデモですらない。トンデモは、「『ありがとう』と言葉をかけると綺麗な水の結晶が出来る」という具合に、内容はわかるのだが・・・

「子どもを食い物にする奴」「税金泥棒」という言葉が、どういう文脈から出てくるのかさっぱりわからない。


 私は議論においては、相手にわかりやすく説明すべきだと思う。それをしないで、思わせぶりや言葉や仄めかしの発言をして、相手がそれを「理解」しないと、「俺の高尚なコメントは低レベルなお前には理解できないだろう」などと勝ち誇る輩が大嫌いだ。

 それって、対等な議論ではなくて、自分が上に立って教え諭す立場になっている。自分には絶対誤謬が無いという前提。

http://ts.way-nifty.com/makura/2009/07/post-4df6.html
の技術開発者氏も典型

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=70485838&comm_id=788787&page=all
↑で「積分定数の帰納法の理解は誤っている」と大見得切った人も、最初から「ここがこうなってだから誤りだと思います」と言っていれば、「それはこうでこうでだから違います」で済んだかもしれない。
 自分が絶対に正しいという前提で、仄めかしや思わせぶりなコメントで引き延ばした挙げ句、結局、「お前は間違っている」と言っていた人自身が帰納法を全く理解していないことが、暴露されて赤っ恥をかくことになった。

  • [974]
  • ぼちぼちコメントしていきます

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年11月14日(水)08時57分27秒
  • 返信
 
 近々、PCを買い換えるので、その後にコメントしようと思っていましたが、コメントすべき事がたまってきたので、騙し騙し使いながらコメントしていきます。


>くろきげんさん
>併記してある理由についてはメタメタの次の発見が参考になります:

敬称は、付け忘れですよね?

  • [973]
  • Re:971 ・・・考える

  • 投稿者:papapa
  • 投稿日:2012年11月14日(水)05時43分53秒
  • 返信
 
Mさん


Mさんの疑問の答えになっているかわかりませんが「考える」の方向が全く違ってしまっているのが現状かな。

現状、教科書を使って、2年生にかけ算を教える時、教科書にあるかけ算の定義は「ひとつ分の数×いくつ分=全体の数」だけしかないのです。「とんでもないこと」と思われるでしょうが、現場の真面目で熱心な先生たちが何を考えるかといえば、「この定義(公式?)を使えるようにするために(笑)、どうすれば文章から子どもが『ひとつ分』『いくつ分』を見分けてこの定義にしたがった立式ができるようになるか。」なのだと思います。だから、式の最初の単位と答えの単位は必ず同じになる(サンドイッチルール)とか、必ず「ずつ」がついた方がひとつ分の数になる、というような教え方がマニュアルになるのです。

で、機械的に教え込むのではなく「ひとつ分」「いくつ分」を子どもたちが見つけるためには、どう教えたらいいかを考えると行き着くのが算数教育書で、「そうかぁ、こう教えれば子どもたちは自分で『ひとつ分』がどれかを見分けられるようになるのか。なるほど!!」となるのです。

教師用指導書はともかく、小学校の教科書は、基本的に全て文科省の検定を通っています。(実際には???な表現や記述もあり、自分はその都度学校図書に問い合わせていますが、明らかな間違いはないらしいです)だから「ひとつ分×いくつ分=全部の量」は、間違っているのでは?という見方・考え方をする現場の教員は皆無に近いと思いまっす。先も述べたように、現場の教員が考えるのは、どうしたらそれを子どもたちに理解させられるかなのです。

真面目で熱心な先生ほど…という、現実を少し理解していただけるかな?
972のレスにも、「現場の教員が思うであろうこと」があるのですが、うまくまとまらないので、まとまったらまた書き込みます。

  • [972]
  • Re: 一つ分・幾つ分について

  • 投稿者:M
  • 投稿日:2012年11月13日(火)12時46分40秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>961

> 2年生で学習する「ひとつ分×いくつ分」のかけ算に対する自分の立ち位置は、「子どもたちには、『ひとつ分が何か』『いくつ分が何か』は、理解できなければダメ。それさえ理解できていれば、『お皿が5枚あってイチゴが3個ずつ乗っているから5×3』は当然正解。

「ひとつ分×いくつ分」は、

1)ひとつ分といくつ分を見分ける
2)ひとつ分×いくつ分という順序で書く

の2つおかしいところがあって、(1)(2)両方を信奉しているひとと、(1)はありだが
(2)は違うというひとといるように思います。


ひとつ分といくつ分の見分け方ですが、きちんとした説明は誰もおこなっていない、と
私は考えています。(すくなくともいままで見てきた範囲では)

ひとつ分は、たとえば
A.接触しているもの同士はひとつ分(共有する第3者と接触する場合を含む)
B.距離が近いもの同士はひとつ分
C.時間的に近いもの同士はひとつ分
D.色が近いもの同士はひとつ分
E.形状が近いもの同士はひとつ分

などと列挙できます。

たとえば、
りんごが皿に乗っている場合はひとつ分は同じ皿に乗っているりんご(A.)
うさぎの耳のひとつ分は同じうさぎの耳(A.)
タコの足のひとつ分は同じタコの足(A.)
>>965の図では並べ方からB.、お団子はA.、囲ったものもA.の拡張です。
(囲ったエリアが共通と考える)

属性が衝突した場合の優先順はA>B>C>D>E ?

> もし、トランプ配りの考え方で『ひとつ分・いくつ分』に対して違う視点で見られたら◎」というところでしょうか。ちなみに、混乱が考えられるので2年生ならトランプ配りで「一つ分といくつ分」を入れ替えることは、子どもから出されない限り教えません。逆に6年生では、少なくとも3×5=5×3であることを理解させるために、比例の式の学習で必ず教えます。

トランプ配りは、同時期に配ったものをひとつ分にするので、C.でしょうか。

指摘しておく必要があるのは、どちらがひとつ分でどちらがいくつ分かは
ものに本質的に備わった属性ではないことです。
ひとがいろいろな感性や基準に基づいて判断した恣意的なものであるといえる。
ですから、写真や図を見ただけで、自動的にどれがいくつ分でどれがひとつ分かが決まるという
考え方はおかしいです。

自動的ではなく、「同じ皿に乗っているりんごをひとつ分としましょう」
と約束する(その場かぎりの約束)なら問題ないと思います。

  • [971]
  • Re: 一つ分・幾つ分について

  • 投稿者:M
  • 投稿日:2012年11月13日(火)11時30分3秒
  • 返信
 
>>960

> 以前も書きましたが、真面目で熱心に勉強する先生ほど、かけ順にこだわります。筑波大付属小の算数教育書等を読んで感動する先生たくさんいますから。自腹で教育書を購入し、公開授業を見て感激していますから。一人一人の考えは、全く0の状態からは生まれません。かけ順にこだわる先生は、考えの拠り所となる書籍や算数教育者の主張をもとに、一生懸命考えていますよ。⇒腑に落ちて、かけ順絶対!!に…

>かけ順にこだわる先生は、(略)、一生懸命考えていますよ。

これが不思議です。

一生懸命考えるとすれば、おかしいと思わないとおかしいと思います。

>考えの拠り所となる書籍や算数教育者の主張をもとに、

というところがミソなのでしょうか。
遠山先生、銀林先生、森先生と、算数教育の大家中の大家がかけ順にこだわっていますから
なかなか彼らのいうことが間違っているというところまでいきつかないのかもしれません。


大学に入学して最初のころ、自分で勉強しようと生協で売っている本を買ってみたら
講義で教わったのと式が違っていて、先生のところに質問に行ったら
「それは本が間違ってるんだ。いい加減な本を買うお前が悪いんだ」
とさんざんに怒られてしまいました。
他のある先生は大先生の書いた教科書を使っていたのですが、
「これは間違いがいっぱいあるんだよ」と言って何10箇所もある正誤表を
配ってくれました。
大学に行って初めて、えらいひとのいうことでも間違いはいっぱいある、教科書にかいて
あることでも間違いは多い、知識は
自分で手を動かして汗をかいて確認しないと使い物にならない、と習いました。


そういう読み方をすると、遠山も銀林も森も間違ったことを言っていることがわかります。
世の中にはほとんどかれらが間違っているという指摘がありませんけれども。
一生懸命考えた結果、かけ順にこだわるのは間違いだと気がつくところまで
もっと多くの人が到達して欲しいと思っています。


  • [970]
  • 学習指導要領解説や算数の教科書にわざわざ「(長方形の面積)=(縦)×(横)(もしくは(横)×(縦))」と書いてある理由

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年11月13日(火)09時28分37秒
  • 編集済
  • 返信
 
まず、常識的には長方形の面積は縦×横でも横×縦のどちらでもよい。
だから、この常識に反する教え方をしている人は
どこかで勘違いの原因になるような余計な「知識」を仕入れてしまった可能性が高い。
何の原因も無しに「長方形の面積は縦×横でも横×縦のどちらでもよい」
という常識が崩れるはずがない。

現在の学習指導要領解説にわざわざ「(縦)×(横)」と「(横)×(縦)」が
併記してある理由についてはメタメタさんの次の発見が参考になります:

http://ameblo.jp/metameta7/entry-11185919688.html
> 小学校の先生(の一部,であってほしいが)には,
>教科書に出てくる「ことばの式」が絶対のようだ。
>すでに笑い話(になってほしいが)だが,長方形の面積について,
>以前の学習指導要領解説や教科書には,
>(たて×横)という「ことばの式」しか書いていなかった。
>そのため,数値を,(横×たて)の順に書くと×にされた。
>これはおかしいのではないかと,平成13年の文部科学省の教育課程審議会で
>上野建爾さん(京都大学(当時))が発言された。
> http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/004/gijiroku/030302.htm
>(下から4段落目から)

引用者註:上野さんは
「きのうも、私の友人が広島地方の新聞の投書欄を送ってきたんですけれども、
小学校で、長方形の面積の計算をしなさいというテストが出ていて、
式が△になって、答えが○になっていた。なぜ式が△になったかというと、
学校では、長方形の面積は縦×横だと教えたのに、
その子は横×縦に書いていたからだというんですね。
でも、長方形、横、縦というのは、ひっくり返せばどうでもなることですから、
そんなことどうでもいいことですし、掛け算は順番を変えてもいいわけですからね。」
と発言している。

> おそらく,その結果,現在の学習指導要領解説では,
>(長方形の面積)=(縦)×(横)(もしくは(横)×(縦))
>という「ことばの式」に変わっているし,すべての教科書が,
>両方の式を明記している。しかし,平行四辺形の面積については,
>(底辺×高さ)という「ことばの式」しか教科書に出てこないため,
>テストで,高さ×底辺の順で数値を書いて×にされるという例は絶えていない。
> http://ameblo.jp/metameta7/archive1-201108.html

おそらく、学習指導要領解説にも併記されるようになったので、
算数の教科書でも縦×横と横×縦が併記されるようになったのでしょう。

ぼくは、「各々の公式に関して問題が出るたびに、
学習指導要領解説などに同等な公式をすべて併記させる」
というようなモグラタタキをやっても意味がないと思う。

直方体の体積に関する最近の事例を見ても、
モグラタタキをやっても無意味なことがわかる。

直方体の体積のような3つの数をかける公式の場合に同等なすべての公式を列挙すると、
結合法則と交換法則を暗黙の了解にしなければ全部で12通りになってしまう。
それら全部を教科書に載せるのはスペースの無駄。

ぼくは、学習指導要領解説と算数の教科書における縦×横と横×縦の併記
の件について、現場の教師は屈辱だと感じるべきだと思います。
非常識な教師がいるせいで余計な記述が追加されてしまったわけですから。
「馬鹿にするな!こういう余計な記述は削除しろ!」のように言うべきだと思う。

ぼくは、算数の教科書指導書や算数の教え方に書いてある本に、
さりげなく非常識な考え方があたかも当然であるかのように書かれていることと、
公式に関する非常識な考え方を持っている教師が存在することは関係があると
思っています。

もちろんそういう非常識な教師は教科書指導書や算数の教え方について書いて
ある本の内容を誤解しているわけです。しかし、それらの文献にもまた非常識な
ことが書いてあるので、それらの文献の著者たちが
「我々の主張を誤解した教師が非常識な教え方をしているだけであり、
我々の責任ではない」と言い張るのは無理があると思う。

ヒトは今まで常識だと思っていたことが崩されてしまうと、
それ以外の事柄についても疑い始めてしまうものです。教科書指導書などで
「算数は数学とは違う。数学的には正しくても算数的には誤りになる場合がある」
というような考え方を身に付けてしまった教師は
多くの点で非常識な考え方に陥りがちになると思う。


  • [969]
  • Re: 教育出版の教科書の場合

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2012年11月12日(月)21時44分47秒
  • 返信
 
>>968
> 一つ分と幾つ分の考え方も確かに重要ですが、
> それだけが重要なわけではないことを
> この教科書は完全に無視しているように見える。
> (実際には他の教科書もまったく同様なんですけどね。)
>
> ぼくには、これが子どもにとって自然な考え方だとは思えないのですが、
> どうなんですかねえ? どうしてこんなことになってしまったのやら。

一つ分・幾つ分だけを身に付けさせるのが目的になってしまったのだと思います。
多様な物の見方や、個人個人のイメージを大事にしない「掛け算の順序」が広まり、その考えを突き進めた結果が「掛け算とは一つ分を探す事」のようになったのではないでしょうか。

  • [968]
  • 教育出版の教科書の場合

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年11月12日(月)20時21分19秒
  • 編集済
  • 返信
 
教育出版『小学算数2下』での
「長方形型にモノが並んでいるように見える図」の使い方
もなかなか「味」があります。
添付の画像は上から順にそのp.8,p.9,p.22からの抜粋です。

まず一番上のp.8の画像を見て下さい。
1箱に6個ずつ入ったチョコレートが3箱あるという状況の
チョコレートをおはじきで置き換えて考える方法が説明してあります。
おはじきは丸で囲まれておらず、これはほとんど「アレイ図」に近い。
おはじきが単に3×6の長方形型に並べられた図が書いてあります。
これを子どもが見たら、6+6+6と考える必然性がないと感じると思う。
そしてそのように感じた子どものセンスは非常に正しい。

次にその次の頁が写っている二番目の画像を見て下さい。
ここでは学校内で掛算で表わせるものを見付ける活動をすすめています。
で、文章で説明してある例はボールが6×5に並んでいる様子。
実際にボールが長方形型に並んでいる様子を見れば、
5個ずつ6段と考える必然性は感じられません。

身の回りで掛算が適用できる例を探すと、
「何の幾つ分」という一つ分と幾つ分という見方の方が直接的な場合もあれば、
「長方形型に並んでいる」ことから一つ分と幾つ分の考え方を経由せずに
掛算で総数が計算できることが直接に分かる場合もあります。
後者の「長方形型」のパターンは我々の文明社会では本当にたくさん見付かる。
一つ分と幾つ分の考え方も確かに重要ですが、
それだけが重要なわけではないことを
この教科書は完全に無視しているように見える。
(実際には他の教科書もまったく同様なんですけどね。)

ぼくには、これが子どもにとって自然な考え方だとは思えないのですが、
どうなんですかねえ? どうしてこんなことになってしまったのやら。

最後の画像はp.22にある練習問題です。
どう見ても、子どもに掛算の順序にこだわらせるための問題。


  • [967]
  • ものが長方形型に見える図について

  • 投稿者:papapa
  • 投稿日:2012年11月12日(月)06時14分30秒
  • 返信
 
くろきさん

普通の見方では、くろきさんの言う通りなのかな?と思います。でも・・・
文章問題の解決を補助する手段として、純粋に、アレイ図でならべてあれば現在の「かけ順問題」を一気にひっくり返せる可能性があると思います。

しかし、現場の教員の多く(大多数・ほぼ全て?)は、柱状にひとかたまりであること、または丸で囲んであることから、upしていただいた図を「ひとつ分×いくつ分」の式の根拠として使っているのが現状です。面積図の際は、方眼の数を求めるので「たて×横」でも「横×たて」でもよいという注釈が指導書についているので、教科書を作っている側もあの図をアレイ図の仲間とは考えていないと推察します。

普通の感覚の人から見たら、全く同じ構造の図なのに、片方は自由な発想を促すために使われ、もう片方は思考を一つに持っていくために使われているのが現状だと思います。

算数教育関係の人や、一般の教員が「アレイ図」と「ものが長方形型にならべられたように見える図」は全く別の図と考えている(恥ずかしながら自分も別物であるという理解でした)ことをお伝えいたします。

  • [966]
  • かけ算順序こだわり授業の典型例 & 算数業界主流派の情報

  • 投稿者:鰹節猫吉
  • 投稿日:2012年11月12日(月)01時01分26秒
  • 返信
 
 かけ算順序こだわり教師による授業の典型例を紹介します。宇田川浩樹氏によるもので、筑波大学附属小学校算数研究部の田中博史氏も「どれも宇田川氏の実践の中で検証されたものばかり」と述べています。

東洋館出版社 プロ教師に学ぶ 小学校 算数科 授業の基礎技術Q&A 田中博史 編著 宇田川浩樹著 p95 で、「中学年向けのおすすめ授業」「面積学習への布石」として紹介されているもので、「この授業は四年生の面積の学習の前までに実践するとよい」とされています。

↓↓↓↓↓↓↓↓ 引用開始 ↓↓↓↓↓↓↓↓

「2×6」

 黙って、黒板に上のように書きます。そして「何でしょう」と問いかけます。子どもたちは、自信満々で手を上げ、「十二です」と答えます。少し間をとった後「違います!」ときっぱり言うと、どの学級でも「えー」という声が響きます。

(中略)

「2×6」
「2こずつ の 6こ分」

「2×6」は、二個ずつのものが六個分あるという意味なので、上のように板書すると子どもたちは二つずつの物を探し始めます。

(中略)

「これは、教室にある蛍光灯を表わしています。二本ずつの物が六組ありますからね。」と説明します。

(中略)

●●●●
●●●●
●●●●

 ここまでは、式と教室にある具体物とつなげる学習を行いました。ここからは具体物から抽象的な図へ対象を変えます。最初は上の図のような簡単なアレイ図を示して、「この図は、どんな式で表わされますか」と聞きます。子どもたちは、「3×4」あるいは「4×3」の式を発表します。前までに行っていた活動と関連があるので、簡単に答えます。
 そのような式にしたわけを聞くと、「たてに三つずつあって、それが四つ並んでいるから」というように、ここでもかけ算の意味をもとに説明します。前の学習が生かされていることをほめます。

↑↑↑↑↑↑↑↑ 引用終了 ↑↑↑↑↑↑↑↑

 東洋館出版社という会社は、文部科学省の学習指導要領の販売を手がけており、教員向け指南書を多数出している出版社です。東洋館出版社から出ている本に載っている実践例で、筑波大学附属小学校算数研究部の人が絶賛しているのですから、これはまさしく「算数教育業界指導者たちの主流派の見解」と考えて間違いないと言えるでしょう。

① 式だけで具体的な状況を表わす。
② アレイ図と呼ばれている抽象的な図の場合は「3×4」でも「4×3」でもいい。
③ つまり、交換法則は通常の方法で教える方針である。
④ ただし、アレイ図の場合でも「3つずつが4つ」という「かけ算の意味」に基づいて考えるべきである。

 ①②③④のような考え方を、あからさまに宣言してますね。

 さらに、興味深いことに、p103 で、

↓↓↓↓↓↓↓↓ 引用開始 ↓↓↓↓↓↓↓↓

 算数教育については、山口大学教育学部に在籍していたときに、指導教官であった岩崎秀樹先生(現広島大学教授)から、基本的な考え方や歴史的経緯、様々な研究者について話を聞き、興味をもつきっかけをつくっていただきました。

(中略)

 ここ数年間は教育行政の立場にいる期間が長く、自分の実践を積み重ねることが難しくなりましたが、その分多くの先生方の授業を参観し、よりよい授業について話し合う機会を得ました。回数にすると数百回になるでしょうか。

(中略)

 今回、自分の実践や多くの先生方・学校から学んだことを、このような形でまとめる機会を与えていただいた筑波大学附属小学校の田中博史先生、桂聖先生、そして東洋館出版社編集部の井上幸子様に感謝します。

(中略)

宇田川浩樹

山口県長門市教育委員会学校教育主幹
1963年山口県生まれ。山口県公立小・中学校(担当教科・数学)、山口大学教育学部附属山口小学校(算数科担当)、山口県萩教育事務所・山口県教育庁指導課・義務教育課指導主事、山口県防府市立華城小学校教頭を経て、現職

↑↑↑↑↑↑↑↑ 引用終了 ↑↑↑↑↑↑↑↑

 驚くべきことに、宇田川氏は、山口県の教育界を指導する立場の人物で、大学の教育学部で数学教育を学んでいて、中学校で数学を教えた経験もあるということです。しかも、数学教育を指導している大学教授や筑波大学附属小学校の教師たちや有力な出版社の編集者とも親しくつきあっていて、授業参観を数百回もやり、現場教師たちと話し合いをしている…

 算数・数学教育業界の人々どうしで、強力な結びつきがあることが見てとれます。

 中学数学を教えた経験のある人が、かけ算の順序にこだわっているとは…
 またしても教育学部がおかしなことをやっている。

  • [965]
  • Re: 一つ分・幾つ分について

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年11月11日(日)22時09分3秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>964

申し訳ありません。一ヶ所、確かに単に「アレイ図」と書いてしまっていますね。
「アレイ図ともみなせる図」もしくは「モノが長方形型に並べられたように見える図」と
読み換えて下さい。

実はぼくは「アレイ図」という言葉を常にそのような意味で使う癖があります。
この辺の言葉遣いが専門用語としての「アレイ図」からずれている(かもしれない)
ことはお許し下さい。もう「アレイ図」という言葉を使うのを止めようかな。
そうした方が混乱が少ないように思えました。

さて、日本における小2の算数の授業では教科書にしたがって
「モノが長方形型に並べられたように見える図」
を見せまくることになるというのは事実ですよね。

画像はすべて学校図書の『みんなと学ぶ小学校算数2年下』からです。
それらが「モノが長方形型に並べられたように見える図」ではないと
言いはるのは無理でしょう。

これらの図を見て以下のような感想を持たずにすませるのは
特別に偏った見方をしている人以外にはちょっと無理だと思います。

>>963
>小2の算数の教科書の掛算の部分は6社全部について確認してみましたが、
>アレイ図に見える図が書かれていない教科書はもちろん皆無です。
>しかも繰り返し繰り返しそのような図が出て来る。

>ところが、姑息なことに、せっかく長方形型に並んでいるように見える図であっても
>わざわざどちらの数を一つ分とみなすかを指定するために、
>「ブロックが縦方向にはくっついているが横方向には離れている図」や
>「ひとかたまりとみなしたい部分(たいていは縦方向の列)を丸で囲んでいる図」を
>見せるように「工夫」されていたりすることが多い。
>でも、そういう細かなところに注意を払わなければ、
>どう見ても長方形型に並んでいるように見えてしまう。

>長方形型に並んでいるという情報を使わずに
>さらに詳細な構造(どちら方向にくっついているか、どのように丸で囲んでいるか)
>を図に付け加えてからやっと掛算の話に持って行くという習慣になっている。
>これってヒトとして自然な思考経路なんですかね?

たとえ教科書が一つ分×幾つ分の流儀で押し通していてかつ
教師もまたそのスタイルにしたがっていたとしても、
添付のような図を子どもは大量に見ることになり、
図から帰納的に何かを感じとってしまうことは十分あり得ると思います。

長方形型に並べた様子を考えて縦×横もしくは横×縦で答を出せることに
気付いた子どもにとって、「どちらが一つ分の数だと考えたのですか?」
という意味の質問はくだらないナンセンスな質問だと感じられるに違いありません。
そしてそのセンスは完璧に正しい。

一つ分と幾つ分の考え方で掛算を教えているんだから、
それ以外の考え方はみとめない、ということになってしまうと
もはやそれはまともな教育とは言えないと思います。

一つ分と幾つ分の考え方も大事なので、
その考え方も理解してもらいたければ何か特別な工夫が必要だと思います。

注意:上の言い方だと、算数がよくできる子のみがそのような考え方をする
かのように感じてしまう人もいるかもしれませんが、
むしろできない子が何らかの原因でそれに近い思考経路に入ってしまう
可能性は十分にあると思います。そして、あまりできない子がそうなって
しまうと、口頭で色々質問されてもうまく答えることはできないと思います。

P.S. 返信ボタンを押すと全文引用されてしまいますが、
必要最小限(場合によっては無くても問題なし)の引用に済ませた方が
無駄が少ないと思います。


  • [964]
  • Re: 一つ分・幾つ分について

  • 投稿者:papapa
  • 投稿日:2012年11月11日(日)21時02分48秒
  • 返信
 
>>963
ひとつ分・いくつ分の読み取りは、半分国語の領域で考えているような(いたような)気がします。問題の読みとりではなく、文章の読解の問題(微妙な言い回しですが通じるでしょうか?)

もう一度全社の教科書を見直してみますが、アレイ図を積極的に取り入れているのは、啓林館だけだったような気がします。少なくとも学校図書の教科書は、交換法則で新しい九九の答えを見つけたり、全部の数を多様な見方で見つける発展的な扱いとしての図で、かけ算を理解させるための扱いではないような気がします。アレイ図を前面に出してかけ算の学習を進めると、かけ順重視の展開は崩れるから…と推測しているのですが。

基本的にアレイ図を文章問題と結び付けて掲載している教科書はないはずです。また、文章問題では「順序絶対主義」の先生が、アレイ図を用いて「多様な見方をさせる」素晴らしい授業を展開したりもしています。「文章問題を、アレイ図に置き換えて考える子がいる」のような流れができて、「そういう子がいて当然」というようになれば、大きな風穴があくような気がします。
> >>961
> > >>958
> > ごめんなさい。「自分は、かけ順に対して柔軟な方である」という思いがあったので、自分の初書き込みに対するくろきさんの指摘を誤解していました。大変失礼いたしました。
> >
> > 2年生で学習する「ひとつ分×いくつ分」のかけ算に対する自分の立ち位置は、「子どもたちには、『ひとつ分が何か』『いくつ分が何か』は、理解できなければダメ。
>
> ううむ。これだと、掛算の順序については柔軟な態度だけど、
> 一つ分と幾つ分という考え方にこだわり過ぎているので、
> あんまり柔軟な考え方だとは言えないでしょう。
>
> 普通に教科書にしたがって小2の掛算の授業をすれば
> 子どもたちにアレイ図も見せまくることになるはずなので、
> 長方形型にモノを並べられれば縦×横もしくは横×縦で全体の個数を求められることに
> なんとなく気付いている子どもがいても不思議ではないと思います。
> 実際に気付いていたとすればそれは素晴しいことでしょう。
>
> そのような考え方をしていれば「どちらの数が一つ分なのか?」という意味の質問を
> されても困るはずです。
>
> 小2の算数の教科書の掛算の部分は6社全部について確認してみましたが、
> アレイ図に見える図が書かれていない教科書はもちろん皆無です。
> しかも繰り返し繰り返しそのような図が出て来る。
>
> ところが、姑息なことに、せっかく長方形型に並んでいるように見える図であっても
> わざわざどちらの数を一つ分とみなすかを指定するために、
> 「ブロックが縦方向にはくっついているが横方向には離れている図」や
> 「ひとかたまりとみなしたい部分(たいていは縦方向の列)を丸で囲んでいる図」を
> 見せるように「工夫」されていたりすることが多い。
> でも、そういう細かなところに注意を払わなければ、
> どう見ても長方形型に並んでいるように見えてしまう。
>
> 長方形型に並んでいるという情報を使わずに
> さらに詳細な構造(どちら方向にくっついているか、どのように丸で囲んでいるか)
> を図に付け加えてからやっと掛算の話に持って行くという習慣になっている。
> これってヒトとして自然な思考経路なんですかね?
>
> 導入時の一つ分×幾つ分という掛算の「定義」に戻ることに異様にこだわっている。
> ヒトにとって厳密に導入時の「定義」に戻るという思考法はあまり向いていないと
> 思います。
>
> 掛算に関しては、一つ分と幾つ分という考え方も大事ですが、
> 長方形型に並べることができれば縦×横もしくは横×縦で総数を計算できる
> (そのとき一つ分と幾つ分という考え方をわざわざする遠回りは必要ない)
> という考え方も大事だと思います。
> こういう認識は教科書会社にはないように見えます。
>

  • [963]
  • Re: 一つ分・幾つ分について

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年11月11日(日)19時58分18秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>961
> >>958
> ごめんなさい。「自分は、かけ順に対して柔軟な方である」という思いがあったので、自分の初書き込みに対するくろきさんの指摘を誤解していました。大変失礼いたしました。
>
> 2年生で学習する「ひとつ分×いくつ分」のかけ算に対する自分の立ち位置は、「子どもたちには、『ひとつ分が何か』『いくつ分が何か』は、理解できなければダメ。

ううむ。これだと、掛算の順序については柔軟な態度だけど、
一つ分と幾つ分という考え方にこだわり過ぎているので、
あんまり柔軟な考え方だとは言えないでしょう。

普通に教科書にしたがって小2の掛算の授業をすれば
子どもたちにアレイ図も見せまくることになるはずなので、
長方形型にモノを並べられれば縦×横もしくは横×縦で全体の個数を求められることに
なんとなく気付いている子どもがいても不思議ではないと思います。
実際に気付いていたとすればそれは素晴しいことでしょう。

そのような考え方をしていれば「どちらの数が一つ分なのか?」という意味の質問を
されても困るはずです。

小2の算数の教科書の掛算の部分は6社全部について確認してみましたが、
アレイ図に見える図が書かれていない教科書はもちろん皆無です。
しかも繰り返し繰り返しそのような図が出て来る。

ところが、姑息なことに、せっかく長方形型に並んでいるように見える図であっても
わざわざどちらの数を一つ分とみなすかを指定するために、
「ブロックが縦方向にはくっついているが横方向には離れている図」や
「ひとかたまりとみなしたい部分(たいていは縦方向の列)を丸で囲んでいる図」を
見せるように「工夫」されていたりすることが多い。
でも、そういう細かなところに注意を払わなければ、
どう見ても長方形型に並んでいるように見えてしまう。

長方形型に並んでいるという情報を使わずに
さらに詳細な構造(どちら方向にくっついているか、どのように丸で囲んでいるか)
を図に付け加えてからやっと掛算の話に持って行くという習慣になっている。
これってヒトとして自然な思考経路なんですかね?

導入時の一つ分×幾つ分という掛算の「定義」に戻ることに異様にこだわっている。
ヒトにとって厳密に導入時の「定義」に戻るという思考法はあまり向いていないと
思います。

掛算に関しては、一つ分と幾つ分という考え方も大事ですが、
長方形型に並べることができれば縦×横もしくは横×縦で総数を計算できる
(そのとき一つ分と幾つ分という考え方をわざわざする遠回りは必要ない)
という考え方も大事だと思います。
こういう認識は教科書会社にはないように見えます。


  • [962]
  • 奥行きが必ず縦?

  • 投稿者:papapa
  • 投稿日:2012年11月11日(日)07時56分3秒
  • 返信
 
955のfacebookのコメントを覗いてきました。
「奥行きが縦になる」などということは、教科書はもちろん教師用指導書にも自分が持っているすべての算数教育書にも記述がありませんでした。(昔、斜めに描かれた長方形では、長い方を「横」と見るのが自然という話は聞いたことがありますが)

普通の教師なら、100人中99人は〇にするということを厚顔無恥なその教師に伝える方法はないものでしょうか…

自分が、この採点に感じた違和感というか憤りを「かけ順」に同じように感じているとしたら…「何とかしないと教育がダメになる」といういろいろな方の主張が、決してオーバーではないことを初めて実感できた次第です。

  • [961]
  • Re: 一つ分・幾つ分について

  • 投稿者:papapa
  • 投稿日:2012年11月11日(日)07時41分29秒
  • 返信
 
>>958
ごめんなさい。「自分は、かけ順に対して柔軟な方である」という思いがあったので、自分の初書き込みに対するくろきさんの指摘を誤解していました。大変失礼いたしました。

2年生で学習する「ひとつ分×いくつ分」のかけ算に対する自分の立ち位置は、「子どもたちには、『ひとつ分が何か』『いくつ分が何か』は、理解できなければダメ。それさえ理解できていれば、『お皿が5枚あってイチゴが3個ずつ乗っているから5×3』は当然正解。もし、トランプ配りの考え方で『ひとつ分・いくつ分』に対して違う視点で見られたら◎」というところでしょうか。ちなみに、混乱が考えられるので2年生ならトランプ配りで「一つ分といくつ分」を入れ替えることは、子どもから出されない限り教えません。逆に6年生では、少なくとも3×5=5×3であることを理解させるために、比例の式の学習で必ず教えます。
> >>957
> > >>943
> >
> > 自分は、(以前黒木先生には叱られましたが)「お皿が5枚あってその上に3個ずつ乗っているから5×3」なら〇にする立場ですが、前にも書いた通り、超少数派でなかなか(全く)理解してもらえないのが現状です。
>
> あれ?そういう言い方であればぼくは何も文句を言わないと思います。
> ぼくが、それは問題があると述べたのは、掛算の順序を「逆」に書いた子どもだけ
> を呼び出して口頭で考え方を聞き出そうとすることです。
>
> そもそも掛算の順序を見て理解度を確認しようとしていること自体が間違っています。
> cf. http://pic.twitter.com/zfFI6DuY
>
> ぼくはむしろ掛算の順序を間違わない子どもに注意を払って、
> 単位のサンドイッチ方式で文章題の内容を理解せずに掛算の式を立てていないか
> を確認した方が良いと思う。

  • [960]
  • Re: 一つ分・幾つ分について

  • 投稿者:papapa
  • 投稿日:2012年11月11日(日)07時31分27秒
  • 返信
 
>>959
現場の教員には、学習指導要領の算数科の目標に到達させるために、ちょっと前は「教科書を教える」いまは、「教科書で教える」という指導がされています。
小学校教員に数学の専門家は100%いません。99.99…%は算数教育の専門家でもありません。子どもたちにどう教えるかは、教科書の記述と教師用指導書(+真面目で熱心な先生は算数教育書で勉強)が拠り所となります。その結果、自分の市・県では、ほぼ100%がかけ順通りに教えていると思います。数校しか見ていませんが、おそらく他市・他県でも同様かと。「こだわり」については…

以前も書きましたが、真面目で熱心に勉強する先生ほど、かけ順にこだわります。筑波大付属小の算数教育書等を読んで感動する先生たくさんいますから。自腹で教育書を購入し、公開授業を見て感激していますから。一人一人の考えは、全く0の状態からは生まれません。かけ順にこだわる先生は、考えの拠り所となる書籍や算数教育者の主張をもとに、一生懸命考えていますよ。⇒腑に落ちて、かけ順絶対!!に…

この、真面目で熱心な「かけ順絶対!!」の先生たちの多くが、小学校教育の現場ではとてもいい先生であり、保護者や同僚、子どもたちからの信頼を集めていることも伝えておきます。基本、真面目で熱心な先生ですから。このスレの人たちにはいないと思いますが、かけ順絶対派の先生=ダメ教師というレッテルは貼らない方がいいと思います。

PS.学校で使う市販の教材は、教科書・教科書指導書をもとに作られていると思います。現場の意見を聞くアンケートはがきなど、確かについていますが。でも、現場の声は、かけ順絶対派が圧倒的に優先なので同じかな。
 本当に現状を変えるには、教科書・教師用教科書指導書が変わるか、現場の教員にとって「筑波大付属小」の存在と同じくらい「どちらでもいいを主張する団体?」が影響力を持つか、のどちらかしかないような気がします。どちらも、非常に難しいことですが。
> >>957
>
> > それで・・・逆順の式を×にする理由は、90%以上の教員は「教科書に『ひとつ分×いくつ分=ぜんぶの数』と定義されていて、指導書で逆順は×になっているから」です。
>
> これって、90%以上の教員は自分で考えるということをおこなっていない、と理解していいのでしょうか。
>
> > 学校で使っている市販のワークテストもドリルもすべてがそれを前提に作られていることが、その根拠をより強固なものとしています。
>
> 教材会社は、教員の好むように作っているようですよ。
>
>

  • [959]
  • Re: 一つ分・幾つ分について

  • 投稿者:M
  • 投稿日:2012年11月11日(日)00時41分6秒
  • 返信
 
>>957

> それで・・・逆順の式を×にする理由は、90%以上の教員は「教科書に『ひとつ分×いくつ分=ぜんぶの数』と定義されていて、指導書で逆順は×になっているから」です。

これって、90%以上の教員は自分で考えるということをおこなっていない、と理解していいのでしょうか。

> 学校で使っている市販のワークテストもドリルもすべてがそれを前提に作られていることが、その根拠をより強固なものとしています。

教材会社は、教員の好むように作っているようですよ。



  • [958]
  • Re: 一つ分・幾つ分について

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年11月11日(日)00時00分32秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>957
> >>943
>
> 自分は、(以前黒木先生には叱られましたが)「お皿が5枚あってその上に3個ずつ乗っているから5×3」なら〇にする立場ですが、前にも書いた通り、超少数派でなかなか(全く)理解してもらえないのが現状です。

あれ?そういう言い方であればぼくは何も文句を言わないと思います。
ぼくが、それは問題があると述べたのは、掛算の順序を「逆」に書いた子どもだけ
を呼び出して口頭で考え方を聞き出そうとすることです。

そもそも掛算の順序を見て理解度を確認しようとしていること自体が間違っています。
cf. http://pic.twitter.com/zfFI6DuY

ぼくはむしろ掛算の順序を間違わない子どもに注意を払って、
単位のサンドイッチ方式で文章題の内容を理解せずに掛算の式を立てていないか
を確認した方が良いと思う。

  • [957]
  • Re: 一つ分・幾つ分について

  • 投稿者:papapa
  • 投稿日:2012年11月10日(土)21時33分23秒
  • 返信
 
>>943

算数教育の専門家およびそれに準ずる人の考えは、著書等から推測するしかありませんが、現場の教員の考えは、ほぼ間違いなくつかめていると思います。それで・・・逆順の式を×にする理由は、90%以上の教員は「教科書に『ひとつ分×いくつ分=ぜんぶの数』と定義されていて、指導書で逆順は×になっているから」です。学校で使っている市販のワークテストもドリルもすべてがそれを前提に作られていることが、その根拠をより強固なものとしています。

自分は、(以前黒木先生には叱られましたが)「お皿が5枚あってその上に3個ずつ乗っているから5×3」なら〇にする立場ですが、前にも書いた通り、超少数派でなかなか(全く)理解してもらえないのが現状です。
> 順序派が掛け算導入時に身に付けさせたいのは、
> ・九九を使用した計算
> ・文章題や絵・図等から掛け算の式を立てる力
> ・文章題や絵・図等から一つ分・幾つ分を判断する能力
> なのだと推察しています。
> 一つ分・幾つ分について理解度を量るには、それを問う質問が不可欠だと思います。
>
> 皿が5枚あり、りんごが3個ずつのっています。りんごは全部で何個ありますか。
> 一つ分は何ですか。
> 解答例A:りんご3個、3個
> 解答例B:りんご5個、5個
>
> 幾つ分は何ですか。
> 解答例A:皿5枚、5枚、5
> 解答例B:3回、3
>
> このようにすれば一つ分・幾つ分について理解しているか分かると思います。
>
> 何故、順序派がこのようにしないのか想像してみました。
> ・子どもには、このような質問は早すぎる。
> ー>掛け算に順序がある事にしても、子どもには正しく理解出来ないと言っているようなもの。
>
> ・見かけ上、出来る子どもを増やしたい。順序の問題にすれば正答率が上がる。
> ー>理解度しているかはどうでもいい?
>
> ・手間がかかる。
> ー>論外。
>
> 私の想像力ではこんな感じです。
> 現状の順序派の言い分は、正しく質問出来ない内容を使って式を書けと言っているようで気持ち悪いです。

  • [956]
  • Re: 直方体の体積

  • 投稿者:papapa
  • 投稿日:2012年11月10日(土)21時20分12秒
  • 返信
 
>>955
これは、明らかな採点者の誤りです。
指導書真理教で順序絶対主義の人でも、この解答に×をつけることは、通常では考えられません。
小学校での〇〇柱の体積の公式は、「底面積×高さ」という公式で定義されています。5年生では、直方体・立方体限定で「たて×横×高さ」「一辺×一辺×一辺」となっていますが、今回の「たて×横」については、4年生の面積の学習において「たて×横」でも「横×たて」でも正解とするということが明記されています。(学校図書・東京書籍の指導書で確認)

この式を×にするのは、「教師にそういう傾向がある」のではなく、バカ(すみません、言い切ります)教師の暴走ですのでご安心(出来ないと思いますが)ください。少なくとも、「一つ分×いくつ分は絶対!!」という教師はうようよいますが、「手前が横、奥行きがたてで、たて×横×高さを順守する」という教師は、自分が知っている教師の中には一人もいません。


PS.その図が問題通りなら、多くの子どもは4×5×6と書く気がします。
> facebookから。
>
> http://www.facebook.com/photo.php?fbid=368090873276187&set=p.368090873276187&type=3
>
>
> 画像は小5の算数のテストである。
>
> (問い)次の直方体の体積を求めましょう。
>
> (式)4×5×6=120
> (答え)120?
>
> これで息子はバツをもらってきた。
>
> 正解は、
> (式)5×4×6=120
> (答え)120?
>
> らしい。
>
> ちなみに問題のどこにも、どこの面を「底辺」とするとか、
> どこの辺を「縦」にするとか「横」にするとかの断りがない。
>
> 疑問に思ったので、学校に電話した。
> どうやら、手前の辺を「横」にし、奥行きを「縦」にするという
> 「阿吽の呼吸」というか「暗黙のルール」があるのらしい。
> そして式は体積=縦×横×高さ の順番を遵守していなければならないそうだ。
>
> 「でもこういう硬直的な考え方って教育上良くないですよね。」と
> 意見したら、
> 「長年教えてて、文句を言われたの初めてです」という答えが返ってきた。
>
> 私からすれば、これに疑問を抱かない方がおかしいと思うのだが…。
>
> 大体、算数は、「論理的思考」を教える科目のはずである。
> なのに「非論理的」な返答をもらって困惑している次第である。
>
> こんな教育をうけていたら、多面的な物の見方なんてできなくなるであろう。

  • [955]
  • 直方体の体積

  • 投稿者:M
  • 投稿日:2012年11月10日(土)18時15分33秒
  • 返信
 
facebookから。

http://www.facebook.com/photo.php?fbid=368090873276187&set=p.368090873276187&type=3


画像は小5の算数のテストである。

(問い)次の直方体の体積を求めましょう。

(式)4×5×6=120
(答え)120?

これで息子はバツをもらってきた。

正解は、
(式)5×4×6=120
(答え)120?

らしい。

ちなみに問題のどこにも、どこの面を「底辺」とするとか、
どこの辺を「縦」にするとか「横」にするとかの断りがない。

疑問に思ったので、学校に電話した。
どうやら、手前の辺を「横」にし、奥行きを「縦」にするという
「阿吽の呼吸」というか「暗黙のルール」があるのらしい。
そして式は体積=縦×横×高さ の順番を遵守していなければならないそうだ。

「でもこういう硬直的な考え方って教育上良くないですよね。」と
意見したら、
「長年教えてて、文句を言われたの初めてです」という答えが返ってきた。

私からすれば、これに疑問を抱かない方がおかしいと思うのだが…。

大体、算数は、「論理的思考」を教える科目のはずである。
なのに「非論理的」な返答をもらって困惑している次第である。

こんな教育をうけていたら、多面的な物の見方なんてできなくなるであろう。

  • [954]
  • 初心者用のスレを作るのはどうでしょうか

  • 投稿者:TaKu
  • 投稿日:2012年11月10日(土)14時16分16秒
  • 返信
 
掛け算の順序問題を最近知った人がこのスレに書き込むにはハードルが高いと思われます。
そういう人の為に新しいスレッドを作るのはどうでしょうか。

  • [953]
  • 交換法則の意味

  • 投稿者:M
  • 投稿日:2012年11月10日(土)11時57分13秒
  • 返信
 
ちょっと教えて欲しいのですが、
かけ算で交換法則が成り立つ、というとき、
つまり、定義域の任意のa,bについてa×b=b×aが成り立つときには
(1)「a×bとb×aは区別できない」
(2)「a×bとb×aは同じ意味である」
(3)「a×bとb×aは同値である」
(4)「a×bとb×aは等価である」
(5)「aとbはいつでも任意に入れ替えてよい」

は、それぞれ言ってもいいでしょうか。

A いい
B だめ
C 用語の定義や前提が曖昧なのでどちらともいえない
D 演算やa,bの定義が不足なのでどちらともいえない
E 文章題のときは駄目で計算のときは良い
F 算数では駄目だけど数学ではよい
G そのほか


  • [952]
  • なんでこういうこと言い出すんだろう…

  • 投稿者:M
  • 投稿日:2012年11月10日(土)11時29分3秒
  • 返信
 
最近のTwitterから
https://twitter.com/himhm/status/267071452031901696

>それなら「数学の知見」という言葉遣いは誤解を招くのですやめたほうがいいですね。数学では「+」は可換性を仮定するときに、「×」は可換性を必ずしも仮定しないときに使います。思うに自分の式が説明できるなら可換性を認めていいと思います。

こういう論調はもう見飽きました…
論理的な議論はTwitterではしないほうがいいんじゃw


  • [951]
  • (無題)

  • 投稿者:ゴルゴ・サーディーン
  • 投稿日:2012年11月 9日(金)22時48分25秒
  • 返信
 
>>また、その先生(出題者)が何を目的として出題したかということも考え
>>なくてはなりません。問題には、必ず問題作成者の意図があるからです。
>>何を教えるため(確認するため)の問題なのかを担当の先生にお尋ねにな
>>ると、説明してくださると思いますよ。

>この手の意見は、割とよく聞くけど、「出題者の意図」まで読みとって答え
>ないとならないのか?

さすがにそこの人も、出題者の意図を読みとれというのは失敗だったと判っ
たのではないかと思います。


(別件)
>この方と同じ人なのかはわからないが、最近ツイッターである人を激しく
>攻撃している人がいる。
>なんだけど、なぜそこまで攻撃するのかさっぱりわからない。

 非順序派同士のはずなのに攻撃的な口調でやってた件ですか?
 推測ですが
 ・「非順序派なら当然“こう”主張する筈」という道から外れた事を言った
 ・完全に相手を順序派と誤認識した
の、どちらかではないかと…


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