投稿者
題名
*内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
URL
sage

  • [616]
  • かけ算の順序に拘るから、等分除・包含除の授業は・・・

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年 9月10日(月)06時44分8秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>612

> さらに、等分除と包含除を □×b=c と a×□=c の違いで区別しているのもかなりおかしい。
> 掛算の順序と等分除と包含除の考え方は本来無関係のはず。
> それ以前の問題として、掛算の順序と一つ分(1あたり)と幾つ分という考え方も無関係です。
>
> 本来無関係の考え方を結び付けて「式の立て方・読み取り方」に関するルールにしてしまうから、
> 毎年インターネット上で掛算導入の季節になると大騒ぎになるわけです。
>
> また、一つ分と幾つ分の数は考え方によっていつでも交換できます。
> それが一つ分と幾つ分の考え方に基いた掛算の交換法則の意味だと考えられます。
> 等分除と包含除の区別は一つ分と幾つ分の区別に等しいので、
> 等分除と包含除も考え方によっていつでも交換できることになります。
> それによって割算の概念が一つに統一され、等分除と包含除の両方を
> a÷b と同じ記号で書くことが合理的であることを納得できるようになるはずなのです。

授業構成再考 (算数授業研究シリーズ) 全国算数授業研究会(筑波大学の田中博史氏が関わっている)のp112からが、まさにのあたりを扱う授業。

>3年わり算 違うけど同じだよ-対立する意見を大切にする授業構成-

というタイトルで、

(1)わり算を包含除として導入する
(2)12個の団子を4つの袋に分ける場合、いくつずつかを問う。みんな、3個と正しく答えを出す。
(3)どう考えて3個となったのかを問う
(4)「12÷4=3」「4×3=12」「3×4=12」「□×4=12」「1つずつ分けたんだ」などの意見が出る。
(5)「いろいろ出たけどみんな正しいかな」と議論させる。
(6)4×3は誤り、という結論になる(あるいは、そういう結論にする)。
(7)4×3と3×4の両方が違うという児童が出現。「3個ずつ」というのは最初から分かっていたわけではないから、□×4=12の方であるべきだという。みんな納得。
(8)12÷4=3でいいのか?と問う。ほとんどの子は「いい」と言い切る。
(9)前回の授業の確認。つまり、わり算は包含除で導入していたので、12÷4は4×□=12の□をもとめる計算になってしまうことを確認する。
(10)論争させる。「わり算でいいと思う人」15名  「わり算と違うと思う人」24名
(11)昨日のわり算とは意味が違うが、両方ともわり算の仲間にする、という結論にする。
(12)トランプ配りで包含除も等分除と見なせるとして、統合する。

これを、児童同士に議論させて考え方を深める授業だと自賛しているのだが、甚だ疑問。


■そもそも、包含除と等分除を統合できるなら、なぜかけ算の段階でそれをしない?交換法則はどうやって教えているのか?帰納的に、逆でも同じ答えになる、としているのか?
4×3=12は誤りだと明言しておいて、「等分除と包含除は統合できる」などというのは、ご都合主義に思える。わり算の記号は「÷」しかなくて、等分除と包含除を書き分けられないからこうせざるを得ないのだろうか。

■活発な議論がなされているように見えるし、実際議論されているのだろうが、私から見たら、議論の主題は、算数教育ムラの慣習、きまり(法則や定理ではなくて、人が決めた恣意的なルール)にあうかどうか、ということであって、算数・数学それ自体とは関係ないように思える。議論して正しい結論が出るような性質の物ではない。
「12÷4=3」「4×3=12」「3×4=12」「□×4=12」「1つずつ分けたんだ」
これはどれも正しい。私が教師なら、「みんな正しいね」の一言で終わりにするだろう。

■かけ算の順序や等分除・包含除は出来ない子のための手段だという人がいるが、出来ない子がこんな授業を受けたら、訳が分からなくなって混乱するのではないだろうか?学習院初等科の授業実践だからそのような子はいないのかもしれないが、・・・・・・


4袋では3個ずつ、と出している段階で、この子たちは理解している。それをあれこれ茶々を入れて議論させる意味があるのだろうか?

 包含除として導入した後に、子どもたちが12÷4という式を正しいと認識した場合、じゃあなぜ正しいのかを考えさせることは意味があるとは思う。子どもたち自身が、トランプ配りの方法に気づけば素晴らしい。しかし、それはかけ算の段階でやっていればいい話。

 交換法則を知っている状態であれば、いくら最初に包含除でわり算を導入したところで、等分除であってもわり算で答えが出ると思うのは極当然だし、しかもこれは全く正しい。


高校数学で例えるとアホらしさがより鮮明。

 100個の物から97個を選ぶ方法は?

選ばない3個を選択すると考えて 100C3と計算したとする。
そこで教師が「nCr はn個からr個取り出す方法が何通りか、という意味だけど、そうするとこの問題で100C3でいいのだろうか?」と問題提起して議論させる。

すげーアホらしい。