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sage

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  • 数学の必然性と恣意的分類

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年10月22日(月)07時42分38秒
  • 返信
 
ジョルダン標準形あたりまでは理解できました。その先も何とか理解できそうな気配がします。

>積分定数さんは、自分の書いた図に名前が付いていて、
しかも、その名前が登場する日本語による数学の論説だけでも
膨大な量になることも知らなかったはず。

全く知りませんでした。しかし、行き着けるかどうかはともかく、数学は行き着くべき所に行くものなんだな、と再認識しました。対称式のことを考えていたら必然的にこうなった。先人の努力とは独立に自分自身で行き着くことが理論上は可能(実際に行き着けるかどうかはともかく)というのが数学の大きな魅力だと思います。

 足し算や引き算の分類、求差だとか求残だとか、そういうのは自分の頭で考えても出てくるとは限らない。少なくとも私はそういう発想はなかった。引き算は引き算でしかない。

 子どもたちに、「文章題がどのタイプの引き算にあてはまるのか」と問う人は、

ある文章題が求残か求差か求補か、ということが、ある自然数が偶数か奇数か、というのと同等の、客観的に固定されているものだと認識しているのだろうか?