• [0]
  • 数学的概念に関する認知発達心理学

  • 投稿者:くろきげん
 
ここはヒトの子どもが数や図形のような数学的概念に関する認知能力を
どのように発達させて行くかに関する情報を集めるためのスレッドです。

掛順こだわり教育に対する批判に対する反論によく登場するのが
「子どもの発達段階に応じて」という決まり切ったフレーズ。
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t2/873

この決まり切ったフレーズの背景と現状について調べることがこのスレッドの目的です。

 <思いやりのあるコミュニティ宣言>
 teacup.掲示板は、皆様の権利を守りながら、思いやり、温かみのあるコミュニティづくりを応援します。
 いつもご協力いただきありがとうございます。

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  • [36]
  • Re: 遠山啓の「発展段階」批判

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月22日(月)22時28分48秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>34 に引用されている部分で遠山啓は「数学教育の現代化」のために
発達段階説を否定したいのだと思う。

しかし、別の一方で、遠山は数に関するピアジェの発達段階説を
日本に広めた張本人の一人でもあるんですよね。
遠山はピアジェ&シェミンスカ共著『数の発達心理学』の翻訳者の一人だし(>>13)、

遠山啓著『教師のための数学入門』
http://books.google.co.jp/books?id=ZaiaqoOG4x0C (立ち読み可)
でもピアジェの発達段階説を詳しく紹介しようとしています。

この辺はまだよく理解できないところです。


  • [35]
  • ヤング図形とマヤ図形の話

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月22日(月)16時31分57秒
  • 返信
 
>>28-33

ヤング図形とマヤ図形の話について
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t18/1
に書きました。暴走ぎみの内容になっているので別スレッドにしました。


  • [34]
  • 遠山啓の「発展段階」批判

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年10月22日(月)07時59分25秒
  • 返信
 
遠山啓著『数学教育ノート』p162

B 結局は「発展段階」というふるいドグマについて論じなくてはならなくなりましたね。
A 子どもの発達の法則というのが、それほどわかりきったものですかね。たとえばそれまで常識のようになっていたことは、本当に発展段階にあっているのでしょうか。
 たとえば、小学生には代数を教えず、中学生には代数を教える、というこれまでの習慣は、発展段階からきていると信じられていました。しかし、それは本当に根拠のあることでしょうか。
B 小学生に代数を教えないというのは、ふるくからの慣習にすぎないわけです。要するに教えなかったのでわからなかった、というだけですね。
A 発展段階というのは、慣習を合理化するために利用されているにすぎませんよ。
B そうなると、発展段階というのは、思い切った改善を妨げるだけのものですね。

  • [33]
  • 数学の必然性と恣意的分類

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年10月22日(月)07時42分38秒
  • 返信
 
ジョルダン標準形あたりまでは理解できました。その先も何とか理解できそうな気配がします。

>積分定数さんは、自分の書いた図に名前が付いていて、
しかも、その名前が登場する日本語による数学の論説だけでも
膨大な量になることも知らなかったはず。

全く知りませんでした。しかし、行き着けるかどうかはともかく、数学は行き着くべき所に行くものなんだな、と再認識しました。対称式のことを考えていたら必然的にこうなった。先人の努力とは独立に自分自身で行き着くことが理論上は可能(実際に行き着けるかどうかはともかく)というのが数学の大きな魅力だと思います。

 足し算や引き算の分類、求差だとか求残だとか、そういうのは自分の頭で考えても出てくるとは限らない。少なくとも私はそういう発想はなかった。引き算は引き算でしかない。

 子どもたちに、「文章題がどのタイプの引き算にあてはまるのか」と問う人は、

ある文章題が求残か求差か求補か、ということが、ある自然数が偶数か奇数か、というのと同等の、客観的に固定されているものだと認識しているのだろうか?

  • [32]
  • Re: こうも見えるし、ああも見える

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月20日(土)17時07分4秒
  • 編集済
  • 返信
 
10月21日:数学の話を追記した。

>>31
>
> ○○○○
> ○○○○○○○○○○○○
> ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○

38の分割をこのような図で表わせるわけですよね。
このような図を Young diagram (ヤング図形)と呼びます。
ヤンズ図形を第何象限に描くかについては様々な流儀があって、
たぶんすべての流儀が使われている。

ヤンズ図形は表現論(ぼくの専門の一つ)と組合せ論に関係した数学(かなり広い)によく登場します。

たとえば、n×nのベキ零行列(固有値がすべて0の行列)のジョルダン標準形は
n の分割(すなわち重さ n のヤング図形)と一対一に対応しています。
(重さ n のヤング図形は上で引用した図の○が n 個のヤング図形のこと)

たとえば、無限個の変数 p_1,p_2,p_3,... から生成される多項式環における
次数を deg p_i = i で定めるとき、次数 n の単項式 (係数部分は無視) と
重さ n のヤング図形は自然に一対一に対応しています。すなわち、

  p_1^{a_1} p_2^{a_2} …

と 1 が a_1 個、2 が a_2 個、…を意味するヤング図形が対応する。
p_1,p_2,p_3,... の単項式達は p_1,p_2,p_3,... から生成される多項式環の基底になっているので、
p_1,p_2,p_3,... から生成される多項式環をヤング図形全体を基底に持つベクトル空間
とみなすことができます。こういう話は実は対称多項式の理論ともろに関係しています。
(p_i = x_1^i + x_2^i + … とみなすことが多い。有限個の x_i を除いて x_i=0 と
なる場合には有限和になり、p_i は power sum と呼ばれる対称多項式になります。
x+y と x^2+y^2 の多項式で x,y の任意の対称多項式を表わせるという話を
一般化すれば自然に power sum を考えることになります。
x+y と xy の多項式で x,y の任意の対称多項式を表わせるという話を
一般化すれば基本対称式を自然に考えることになる。)

上の無限変数の多項式環の話は弦理論や共形場理論に
登場する Heisenberg 代数の表現論の話そのものだと思うこともできて、
ぼくが大学院に入る直前直後に勉強した話でもあります。Boson-Fermion対応やら、
ソリトン方程式を解く話(ソリトンの佐藤理論の表現論的再定式化)やら、
非常に多くの話と関係しています。大学1年で習う行列と行列式の理論にちょっと
毛が生えた程度のことをやるだけで、ソリトン方程式と呼ばれるタイプの
多くの非線形偏微分方程式の解を簡単に作ることができるのだ。
もちろん弦理論にも基本的な応用がある。

こういう話も含めて全部「分割数」「ヤング図形」に関係がある数学です。

Google Scholar で「ヤング図形」を検索
http://scholar.google.co.jp/scholar?q=%E3%83%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E5%9B%B3%E5%BD%A2

積分定数さんにぼくは「ようこそ、いらっしゃいませ」と言いたくなりました。

積分定数さんは、自分の書いた図に名前が付いていて、
しかも、その名前が登場する日本語による数学の論説だけでも
膨大な量になることも知らなかったはず。

認知発達心理学の話とまったく関係ないのですが、
こういう方向の話題にはどうしても興奮してしまうので、お許しを!


  • [31]
  • こうも見えるし、ああも見える

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年10月20日(土)08時45分18秒
  • 編集済
  • 返信
 
p+q+r=n (p、q、rは非負整数 p≦q≦r)となるp,q,rの組の個数
p+2q+3r=nとなる非負整数p,q,rの組の個数

ついでだから、これが同じになることを説明しておく。

p+q+r=n p≦q≦r に対して、
a=p b=q-p c=r-q とすると、
3a+2b+c=nとなる。

逆にa、b、cからp、q、rを求めることが出来て、結局p、q、rとa,b,cの組が1対1対応になる。

行列を使ったりすると、これがもう少しかっこよくかけることになると思う。


これは視覚的には以下のようなこと。

4+12+22=38

○○○○
○○○○○○○○○○○○
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○


○○○○
○○○○   ○○○○○○○○
○○○○   ○○○○○○○○   ○○○○○○○○○○
3×4        2×8         1×10

3×4+2×8+1×10=38


「かけ算の意味は大切だ。順序はどうでもいいなどと言っている人は、答えさえでればいいと言う考えであり、そういう人はやがて行き詰まる」という人に問いたい。

 かけ算の意味に拘ることで上記のような発想が湧いて来るようになるのか?

 「こうも見えるし、ああも見える」という方がずっとその後の学習に有効だと思うのだが・・・

  • [30]
  • Re: 出題と解法のパッターン分類は、数学をわからなくする近道

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年10月20日(土)08時23分3秒
  • 返信
 
>>29

> おお、分割数の話を見付けたわけですね!
>
> 一般に自然数 n に対して、
>
>   a_1 + a_2 + … + a_k = n,  0<a_1≦a_2≦…≦a_k, 1≦k≦n
>
> を満たす整数の組 (k,a_1,a_2,...,a_k) たちの個数を n の分割数と呼び、
> p(n) と書く習慣になっています。積分定数さんは実質的に分割数の母函数

「整数の組」は、「1以上の自然数」、あるいは、k=nと固定して、「非負整数」ですよね?
負数も有りだと無限個ある。

 そうか、分割数って、自然数を和で表現したときにの方法は何通りか、ただし順序の入れ替えによるものは一通りと数える、ということで昔聞いたことがあるが、p≦q≦rと制約つけるのだから同じ事ですね。くろきさんのコメントで気づいた。

 対称式に関しても、高校時代は経験的にxとyの対称式はx+yとxyの組み合わせで表せることは知っていたが、一般的にそうであるというのは、代数学の本で証明を見た記憶がある。そのときは何をしているのか全体像がわからなくて、部分部分を追っていただけだった。他人が完成した足場を取り払った建造物を眺めても、どうやって作ったのかはわからない。

 自分であらためて取り組むことで、対称式の話と分割数がつながっているらしいことがわかった。

 大学時代は焦っていたけど、今のように時間の制約もなくのんびり取り組む方が、得る物が多い気がする。この経験は教えることにも役立つ。目の前の目標(宿題、受験など)へ向けて最短距離を走るのは実は遠回り。なんだけど、そのことがなかなか理解されないのが悩みの種。



>   f(q) = Σ_{n=0}^∞ p(n) q^n
>
> を綺麗に無限積表示する方法を見付けたことになっています。
> (収束半径は 1 で、|q|<1 で絶対収束する。)
>
> 分割数の母函数はほぼ Dedekind のη函数分の1に等しく、特別な性質を持っています。
> すなわち η(τ) = q^{1/24}/f(q),  q = e^{2πiτ} (Im τ > 0) とおくと、
>
>   η(-1/τ) = √(-iτ)η(τ).

そういう世界につながっているのですか!?

ちょっと考えてみます。いや、かたぎに戻れなくなりそうだからやめた方がいいのだろうか?


>
> 数学の世界はほんのちょっと足を踏み出した瞬間に
> アナザーワールドに繋がる穴ぼこに落ち込まざるを得ない世界になっています。
> 結構怖いです。
>

これはやっていると痛感します。やっているうちに別のことがでてきて、それを調べ始めたら面白くて、・・・・、という具合。

「理学部の学生が宗教にはまるケースがあるが、数学科の学生はそうはならない。既にはまっているから」という話を聞いたことがある。

恐ろしい世界だ。

PS 工学部や理学部の生物や化学などを志望する生徒には素直に「頑張って」と思うのだが、数学科志望の生徒に対しては、正直、そういう世界に引き込んでいいのかどうか悩む。幸か不幸か、これまで数学科志望という生徒はいなかったが、進路を悩んでいる生徒が私を見て「数学科も考えている」と言ったときは、複雑な心境だった。
 ちなみに地学系志望というのも、天文学を目指していた1人だけ。高校では地学が軽視される傾向にあるようだ。

  • [29]
  • Re: 出題と解法のパッターン分類は、数学をわからなくする近道

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月19日(金)21時49分26秒
  • 返信
 
>>28

> やっていくうちに、
>
> p+q+r=n (p、q、rは非負整数 p≦q≦r)となるp,q,rの組の個数
> p+2q+3r=nとなる非負整数p,q,rの組の個数
>
> 両者が同じになることがわかった。p、q、r、sなどと増えても同様。
> 当初の意図とは全く違う定理を発見したことになる。

おお、分割数の話を見付けたわけですね!

一般に自然数 n に対して、

  a_1 + a_2 + … + a_k = n,  0<a_1≦a_2≦…≦a_k, 1≦k≦n

を満たす整数の組 (k,a_1,a_2,...,a_k) たちの個数を n の分割数と呼び、
p(n) と書く習慣になっています。積分定数さんは実質的に分割数の母函数

  f(q) = Σ_{n=0}^∞ p(n) q^n

を綺麗に無限積表示する方法を見付けたことになっています。
(収束半径は 1 で、|q|<1 で絶対収束する。)

分割数の母函数はほぼ Dedekind のη函数分の1に等しく、特別な性質を持っています。
すなわち η(τ) = q^{1/24}/f(q),  q = e^{2πiτ} (Im τ > 0) とおくと、

  η(-1/τ) = √(-iτ)η(τ).

数学の世界はほんのちょっと足を踏み出した瞬間に
アナザーワールドに繋がる穴ぼこに落ち込まざるを得ない世界になっています。
結構怖いです。


  • [28]
  • Re: 出題と解法のパッターン分類は、数学をわからなくする近道

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年10月19日(金)15時10分5秒
  • 返信
 
>>26

> そして、経験を十分に積んでいない人が、
> 試行錯誤で正しい答を見付ける作業を繰り返しているうちに、
> 本質を少しずつ理解していって、
> より効率的な考え方に移行できるようになることも多い。
> ただし時間がかなりかかるので、あせらないことが結構重要かも。

y=x^2+ax+b のa、bに好きな数を入れてグラフを描いて頂点を求めよ
沢山のa、bの組について頂点を求めて、最終的には頂点の座標をa、bの式で表せ

 これを生徒にやってもらうと、最初は丁寧に沢山点を打ってグラフを描くけどそのうち手抜きの方法を覚えて、1次の係数の半分にマイナスつけた値の周辺だと気づきますね。

 最初から頂点のx座標は-a/2などとやっても、覚えられないし、2次の項が1でない場合にはまたあたらな公式を覚える羽目になる。

 試行錯誤して考える、という癖がついていれば、また同じようにグラフを描いて頂点を探せばいい。何度かやっているうちに、短時間で出来るようになり、実質的に公式を覚えるのと同じ事になる。


> 最終的に「自分がどれだけ馬鹿であったか」に気付くとものすごく興奮する!
> (実はこれ、数学研究の典型的なパターンの一つ。)
> ヒトは真に興奮感動したことであれば一生忘れないものだと思う。
>
> いきなり効率的な方法を教わって、それだけしかやっていない人よりも、
> 周辺の様子を詳しく眺めてから目的地に到達した人では、
> 後者の方が「よくわかっている」状態になっていることは少なくないと思う。

3変数の対称式がx+y+z、xy+yz+zx、xyz の組み合わせで表現できるって、どうするんだっけ?

とさっきまで考えていた自分がまさにそうでした。

やっていくうちに、

p+q+r=n (p、q、rは非負整数 p≦q≦r)となるp,q,rの組の個数
p+2q+3r=nとなる非負整数p,q,rの組の個数

両者が同じになることがわかった。p、q、r、sなどと増えても同様。当初の意図とは全く違う定理を発見したことになる。

迷子になることで、珍しい花を見つけたりするようなもの。

  • [27]
  • Re: 同じ引算で解ける問題なのに、易しい文章題と難しい文章題があることについて補足

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年10月19日(金)14時53分38秒
  • 返信
 
>>25

> 米国の心理学者リリーによる研究(1983)によれば、小学生1年生での正解率は、
> 問題1(易)は100%なのですが、問題2(難)では34%に激減したのだそうです(上掲書p.147より)。
> 上の本ではこのような実証研究に基いて易と難と区別しているわけです。

誤答の66%にも色々あると思うけど、

「わからないから」と答えを書かなかった子
問題文に出てくる数でテキトーに式を立てて、3+9=11とした子

前者は「自分には答えがわからない」と思っている点で、間違った答えを正解だと思っているよりも理解しているともいえる。

 式を立てることを強要しないで、十分時間をかけて、出した答えが本当に問題文の条件にあてはまるのか絵を描いたりして確認するように促す

 こうすればもっと正解率が上がるような気がする。

 この方法、私自身が数学を教えるときに使う方法。生徒が「出来た」と言っても、「じゃあその答えで本当にいいかどうか、十分確認して」と言って時間をおいてから生徒の答案を見るようにしている。

 答案を見てから「じゃあその答えで本当にいいかどうか、十分確認して」というと、生徒は「答案が間違っている」というメッセージだと受け取ってしまいかねないし、私自身も、答案が正解か不正解かで、「確認して」の口調が違ってしまう(不正解の方が、強く言ってしまう)ので、答案を見ない状態で確認を促すようにしている。


 算数の授業実践の報告を見ると感心することも多いが、

試行錯誤して答えを見つけ出す。出した答案が正しいかどうかを本人が判断する。

という、大学数学、さらには最先端の数学研究まで通用する本当に基本的なことが、意外と教えられていないような気がする。

  • [26]
  • Re: 出題と解法のパッターン分類は、数学をわからなくする近道

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月19日(金)12時07分38秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>23

> >問題2(難):はるかさんは鉛筆を何本かもっていました。兄から3本もらったので、
> いま9本になっています。最初は、何本もっていたでしょうか。
>
> 最初に2本持っていたとしたら、5本。だからもっと多い。
> 最初に持っていたのが10本だと13本。多すぎる。
>
> こうやって答えを探せばいいだけだと思う。

おお、なるほど!
適当に数を「代入」して答を探すってのも確かによくやりますよね。
経験を積んでいれば、より複雑な問題において真面目に計算するよりも早い場合がある。

そして、経験を十分に積んでいない人が、
試行錯誤で正しい答を見付ける作業を繰り返しているうちに、
本質を少しずつ理解していって、
より効率的な考え方に移行できるようになることも多い。
ただし時間がかなりかかるので、あせらないことが結構重要かも。
最終的に「自分がどれだけ馬鹿であったか」に気付くとものすごく興奮する!
(実はこれ、数学研究の典型的なパターンの一つ。)
ヒトは真に興奮感動したことであれば一生忘れないものだと思う。

いきなり効率的な方法を教わって、それだけしかやっていない人よりも、
周辺の様子を詳しく眺めてから目的地に到達した人では、
後者の方が「よくわかっている」状態になっていることは少なくないと思う。

こういうことに時間をかけるのはどこまで行っても大事ですよね。


  • [25]
  • 同じ引算で解ける問題なのに、易しい文章題と難しい文章題があることについて補足

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月19日(金)11時59分44秒
  • 返信
 
>>19 への補足

>>19
> >>17
> > 吉田甫著『子どもは数をどのように理解しているのか―数えることから分数まで』
> > http://www.amazon.co.jp/dp/4788503883

> この本のp.146では小学校1年生にとって、
> 次の問題1よりも問題2の方が圧倒的に難しい問題であることが紹介されています。
>
> 問題1(易):はるかさんはみかんを9こもっていました。はるかさんは妹に3こあげました。
> のこりはいくつでしょうか。
>
> 問題2(難):はるかさんは鉛筆を何本かもっていました。兄から3本もらったので、
> いま9本になっています。最初は、何本もっていたでしょうか。
>
> 原文では「はるか」は「邦子」になっていました。現代風に名前を変えました。

米国の心理学者リリーによる研究(1983)によれば、小学生1年生での正解率は、
問題1(易)は100%なのですが、問題2(難)では34%に激減したのだそうです(上掲書p.147より)。
上の本ではこのような実証研究に基いて易と難と区別しているわけです。


  • [24]
  • 割合の指導

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年10月18日(木)22時46分2秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>22

> 数直線を適当な自然数 n に対する 1/n 単位で区切って、
> そこに分数の値を色々書き込んでみるというようなことを、
> ぼくは子どものときにやったような気がします。
> たとえば 1/2 と 1/3 の差が 1/6 であることに感動した覚えがあります。
> 分数の世界には他にも色々感動できることがたくさんある。
>
> そういう経験を十分に積んでいれば、すでによく知っている分数を見た瞬間に、
> それが数直線上のどこに位置するかを自然にイメージできるようになります。
> 自然数の3とか5のような数を見て、数直線上の位置を想像できるのと同じように、
> 分数や小数についてもそのようなことが可能になっていてかつ、
> 数直線上に正しく分数や小数を書き込む方法を理解していれば、
> 分数や小数の大小関係で悩む必要はなくなります。

似たようなことは割合の指導でやりました。割合が全然わからない子に対して、線分を書いて、「この長さの1割り、3割、5割り、9割り、を示して」と言ったところ、めちゃくちゃで、割合の意味を教えて再度やってもらったら出来ました。その後はスムーズにいきました。

 結局イメージがないところで式だけを捻出しようとするのでわからなくなるのだと思います。

 しかし「だから、イメージが大切。そのためには何とか図」などとなると、今度はその図を描くこと自体が目的になってしまい、教えたとおり、教科書にあるとおりの図を描かなくてはならなくなったら、本末転倒。

 杞憂であって欲しいが・・・・

  • [23]
  • 出題と解法のパッターン分類は、数学をわからなくする近道

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年10月18日(木)22時31分39秒
  • 編集済
  • 返信
 
 「パターン分類なんて、塾が受験テクニックとしてやらせている」みたいな批判があったけど、堂々と主張されてしまうのですね。

 「みはじ」が典型だけど、「内包量・外延量」や「なんとか図」も、それを提唱している人はよもや「みはじ」と同様だと思っていない節があるけど、

 結局「こういう問題はこうやれば正解に行き着く」という点では、似たようなものだと思う。


 ではどうすればいいのか?

 試行錯誤して考えるのが有効だと思う。それでは出来ない子に、苦肉の策で「みはじ」や何とか図を教えることを全面的に否定はしないものの、それこそが本当の理解だとは思って欲しくない。



>問題2(難):はるかさんは鉛筆を何本かもっていました。兄から3本もらったので、
いま9本になっています。最初は、何本もっていたでしょうか。

最初に2本持っていたとしたら、5本。だからもっと多い。最初に持っていたのが10本だと13本。多すぎる。

こうやって答えを探せばいいだけだと思う。

みそ汁を作るときに、味見して味噌を追加したりとか、我々も日常生活でやっている。

最初から正しい式を立てることを要求したら、出来ない子がいるのは当然だと思う。

それに対して、「こういう問題はこうやって式を立てる」などと教えるのは最悪だと思う。

  • [22]
  • 吉田甫著『子どもは数をどのように理解しているのか』を読み終わりました

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月18日(木)21時58分50秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>17
> 吉田甫著『子どもは数をどのように理解しているのか―数えることから分数まで』
> http://www.amazon.co.jp/dp/4788503883

>>20 に書いたことも含めて色々不満はありましたが、
この本の内容はかなり参考になりました。

この本の後半で強調していることは次の通りです。

・子どもの誤りにはパターンがある。
・子どもはデタラメに間違うわけではない。
・子どもはある一貫した方法で同じように間違い続ける傾向がある。

この「一貫した方法」をこの本では「方略」と呼んでいます。さらに、

・子どもは何も身に付けていないせいで間違った問題の解き方をするのではなく、
 間違った方略を適用してしまうせいで同じように間違い続ける傾向が強い。

問題が全然解けない子どもは本当に何も理解していないわけではなく、
たとえば、過去に習った知識(たとえば自然数の計算や大小関係に関する知識)を
新たに習った事柄(たとえば分数の計算や大小関係の判定)に適用するという
間違った方略を採用してしまい続けるせいで
同じようなパターンで間違い続けることがある。
これ以外のパターンもあるようです。

このような話が筆者らによる実証研究の結果をもとに説明されています。
これがこの本の主題であり、ぼくも非常に参考になりました。

以下は不満な点について。

>>20 に書いたこと以外の不満について書きます。

一番の不満は、この本で想定している「正しい理解の仕方」は
一体どういう理解の仕方なのだろうか、と正直思いました。

たとえば、ぼくは文章題の文章から直接式を出すことは難しいことのように感じられます。
文章題の文章から式や答を直接出そうとするのではなく、
頭の中もしくは紙の上で正しいイメージを確定させてから、
そのイメージに基いて答を出す方が楽でかつ失敗も少ないように感じられます。
実は小学校レベルの多くの問題では、正確に図を描くだけで
式も計算も無しにイメージだけから正しい答を出せることが多い。
この本にこういう思考法に関する記述は一切ありません。

第7章では小数と分数がなぜ子どもにとって難しいかに関する分析について書いてあります。
たとえば3つの分数を小さな順番に並べ直させる問題に関する分析について書いてある。
しかし、分数で表わされる数が数直線上でどこに位置するかのような問題は扱われていません。

数直線を適当な自然数 n に対する 1/n 単位で区切って、
そこに分数の値を色々書き込んでみるというようなことを、
ぼくは子どものときにやったような気がします。
たとえば 1/2 と 1/3 の差が 1/6 であることに感動した覚えがあります。
分数の世界には他にも色々感動できることがたくさんある。

そういう経験を十分に積んでいれば、すでによく知っている分数を見た瞬間に、
それが数直線上のどこに位置するかを自然にイメージできるようになります。
自然数の3とか5のような数を見て、数直線上の位置を想像できるのと同じように、
分数や小数についてもそのようなことが可能になっていてかつ、
数直線上に正しく分数や小数を書き込む方法を理解していれば、
分数や小数の大小関係で悩む必要はなくなります。

第7章での分数 a/b の扱いは分子の a や分母の b の数に注目する話が多く、
a/b が数直線上のどこに位置する数であるかのような
イメージ思考を用いた当然あるべき理解の話が完全に欠けているように見えました。
個人的にこれは非常におかしなことだと感じました。

多くの分数の大きさをイメージできるようになるほど
数直線上に分数を書き込む作業をやっていれば、
分数の分子や分母の数字だけを見て分数の大小関係を判定することなど
思いも寄らない方法だということになってしまうと思います。

しかし、第7章で主に扱われている方略は
主に分数の分子や分母の数字を使って分数の大小関係を判定する
というタイプの方略になっています。
たとえば、分母が同じなら分子の大小関係と分数の大小関係は等しく、
分子が同じなら分母の大小関係と分数の大小関係は逆転するというような
方略が主に扱われているのです。
そういう思考法だと間違った考え方に陥りがちになるの当然だと思いました。

以上で述べた点についてはかなりの不満が残りました。

P.S. 分数の習得について一つゲームを思い付きました。それは「分数スゴロク」!
サイコロの各面に分数が書いてあるサイコロでスゴロクを行ないます。
分子と分母を別々のサイコロの目で指定するようにしても良いかもしれません。
b/a の目が出たら、その分数の距離だけ勧むことができるというのが基本ルール。
その分数の距離だけ進み易いように「目盛り」を工夫して付けておくことが必要です。
そして、サイコロの目で出る分数も適当に制限しておく必要があるでしょう。
あとは普通のスゴロクの様々なルールを取り入れてゲームを面白くする。
こういうゲームを何度も遊べば誰でも分数を b/a という記号として理解するだけではなく、
しっかり大きさを持った量であると認識できるようになるのではないでしょうか?
こういうアイデアをすでに実現して試してみた人はいるでしょうか?

P.P.S. もちろん出る目は分数だけではなく、小数も含めても可。
『数覚とは何か?』によればヒトは概数に関する直観を生まれ付き持っているらしい。
見た目の長さの大小関係に関する直観も持っていることは言うまでもありません。
せっかくそういう直観を持っているのに、そのような直観と分数や小数をリンクさせずに、
分数や小数について教えるのは馬鹿げた教育方針だと思いました。

以上のようなちょっと楽しそうなアイデアを思い付くためには、
『数覚とは何か?』と『子どもは数をどのように理解しているのか』の二冊の本を
読む必要がありました。この二冊の本の著者に感謝!

幼児の時期から日常生活や遊びの中で身に付けて来た自然数に関係した様々な直観と
同等もしくは類似の直観を子どもたちは分数や小数を習い始めたときに持っていない
可能性が高い。よく知っている自然数に関する様々な方略をそのまま
間違った形で分数や小数に拡張してしまうのは、
分数や小数に関する経験が足りな過ぎるからではないでしょうか?
経験が足りないならば、経験を補ってやる工夫が必要だと思う。

P.P.P.S. 『子どもは数をどのように理解しているのか』の著者は、
「日本は西洋と違って分数を日常生活でほとんど扱わない小数文化圏なので、
西洋の子どもよりも日本の子どもの方が分数を習得するのは難しい」のような説
について、p.203でやんわりと疑問を呈しています。この点も好印象でした。


  • [21]
  • 本当に難しいのでしょうか?

  • 投稿者:moonlight
  • 投稿日:2012年10月18日(木)12時32分35秒
  • 返信
 
何故むずかしいのでしょう。そこが問題ですね。

  • [20]
  • 吉田甫著『子どもは数をどのように理解しているのか』の第5章の最後の部分について

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月18日(木)11時21分59秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>17
> 吉田甫著『子どもは数をどのように理解しているのか―数えることから分数まで』
> http://www.amazon.co.jp/dp/4788503883

の第5章「文章問題は、なぜむずかしい」の文章題指導への処方箋の第三のポイント
の後半はがっかりするような内容でした。

上掲書p.158より
> 最後に、問題のパターンを区別しておくことも、文章問題の理解を上達させるいい方法
>かもしれない。学年が上がってくると、問題の種類も多くなる。それぞれの問題のパターン
では、解くための知識が少しずつ異なっている。このため、このパターンはこの知識が必
要であるという対応を理解すればよい。ただ、現在のところ問題に応じたそうした知識を
>習得するために、どうすればよいかということについて明確な答えは用意されていない。
>おそらく、問題をある程度こなして、その結果として問題のパターンを理解するという伝
>統的な方法以外に、いい方法があるかもしれないが、これについては今後の研究に待たね
>ばならない。
(色付けによる強調は引用者による)

これは方向性(目標)が間違っていると思います。

子どもがどのように文章題を理解しているかもしくは誤解しているかを調べるためには
基本的な問題のパターンを分類しておくことは必要なことです。

さらに、日本の算数の教科書に書いてある極めて限られたパターンの文章題しか
解けなくても構わないということにするのであれば、
「このパターンではこの知識が必要であるという対応を理解」
という方法で何とかなるかもしれません。

しかし、基本的とは限らないあらゆる種類の問題を解けるようになることを目標に
算数を勉強する場合には、「問題のパターンを区別しておく」という発想は失敗する
に違いありません。パターンの数が多過ぎる。

詰将棋や詰碁をどのようにして解けるようになるかについて考えてみればこのことは
明らかです。確かに詰将棋や詰碁にも頻出の手筋(パターン)があります。
そして、それらを分類整理しておくことは確かに有用です。
しかし、それ以前の将棋や囲碁の基礎中の基礎である
「読みの力」(試行錯誤を正確にかつ効率的に行なう能力)
抜きに詰将棋や詰碁を解けるようにはなりません。

算数でも基本的な手筋(パターン)は確かにあって、
それらを整理分類して頭の中にたくわえておくことは確かに有用です。
しかし、それだけで解けるようになる問題はそのパターンですぐに解ける問題だけ。
しかも実際には整理分類されているパターンのすべてを忘れずに覚えておくことは困難。

大人は算数はよくできるので、
算数を理解するために実際にどのようなことが必要になるか
を納得するのは難しいと思う。そういう大人がもしも将棋も囲碁も知らないならば、
将棋や囲碁でどのようにすれば強くなるかを自分の頭で試してみるのが良いと思います。

将棋では定跡(序盤のパターン)を覚えても強くなれません。
しかし、定跡を自分でしっかり研究することは強くなるために役に立ちます。
詰将棋や手筋の問題を解くことも大事(所謂ドリル)。
そして何よりも実戦を楽しむことが一番大事。
実戦であれば自分の知っているパターンから必ず外れることになる。
(算数でも習ったことがないパターンの問題を全然解けない人は
正しい理解の仕方をしていないことになると思う。)

分類されたパターンに関する知識をどのように役立てるのが合理的かについて
知りたければ、将棋なんかをやってみるのが個人的に良いと思います。
この辺は言葉で表現するのが非常に難しい話だと思う。
すでに将棋も囲碁も有段者ならばこの手は使えないですが。

ああ、また脱線しまくり。


  • [19]
  • まだわかっていないところを空欄にしておくことの有用性

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月18日(木)08時13分4秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>17
> 吉田甫著『子どもは数をどのように理解しているのか―数えることから分数まで』
> http://www.amazon.co.jp/dp/4788503883

は面白い本です。その第5章「文章問題は、なぜむずかしい」を読んで、
全然別の話との関連に気付いたので、記録としてここに残しておきます。

この本のp.146では小学校1年生にとって、
次の問題1よりも問題2の方が圧倒的に難しい問題であることが紹介されています。

問題1(易):はるかさんはみかんを9こもっていました。はるかさんは妹に3こあげました。
のこりはいくつでしょうか。

問題2(難):はるかさんは鉛筆を何本かもっていました。兄から3本もらったので、
いま9本になっています。最初は、何本もっていたでしょうか。

原文では「はるか」は「邦子」になっていました。現代風に名前を変えました。

問題2では「何本かもっていた」という文になっており、
いきなり「まだわかっていない数」が最初に登場しているので
難しい問題になっているわけです。

問題2の文章で示された具体的な状況を想像しようとすると、
「まだわかっていない数」の部分をどのようにイメージするかで困ってしまいます。

上の本には問題の出し方によって難易度が大幅に変わることの実証結果
およびそのことに関する分析について色々書いてあります。

この話を読んで全然違う話(実際にはそんなに違わない)を思い出しました。それは

鶴亀算問題:鶴と亀が合わせて100いる。足は全部で240本。
鶴と亀はそれぞれ何羽、何匹いるか?

のような鶴亀算を面積図を使って解く話です。面積図に関する話は
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t3/117-118
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t3/124
で読めます。

http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t3/117 に添付した図は次の通り:



上の問題2と鶴亀算問題のどちらにおいても、
問題文で示された状況を具体的にイメージしようとすると
「まだわかっていない数」の処理に困ります。

上の面積図による解法の秘密は、
図を描くことによって自動的に「わかっていない数」の部分が「空欄」になる
という仕組みになっていることです。
図を描けば数値が描かれていない部分ができて、
その部分が自動的に「空欄」の役目を果たすわけです。
「わかっていない数」の「空欄」をわかるものから順番に埋めて行けば自然に答が出る。
すなわち実質的に未知数を x, y とした連立方程式を解くのと同じことができる。

まだわかっていない部分をひとまず空欄にしておくという考え方は極めて普遍的です。
そしてまだわかっていない部分が目で見えるように工夫することは常套手段!!!

他にも、数表を書くときにまだわかっていない部分はひとまず空欄にしておくという
いつもの常套手段が存在します。この話はすでに
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t16/2
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t16/4
で出ています。


  • [18]
  • 「内包量・外延量について」のスレッドに関連記事を投稿したことの記録

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月17日(水)17時01分49秒
  • 編集済
  • 返信
 
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t3/273

「量の理論」への違和感とピアジェや「構造主義」の話の関係

というタイトルの記事を投稿しました。

それに対する積分定数さんの反応も合わせて読みたい人は次をクリック
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t3/273-275

以下は http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t3/273 の転載です。

==============================================================

ぼくならば、ヒトが直観的に把握できる量とそうでない量を分類して、
それらと数学的に抽象化された概念をどのように関連付けて教えるかについて
考えたいと思います。

それに対して、「量の理論」の出発点の発想がヒト寄りではなくて、
数学寄りになっているように見えて仕方がない。
分離量と連続量の区別は数学における離散と連続の概念の類似に見えるし、
外延量の定義はほとんど抽象的な測度論の測度(measure)の定義そのものに見えるし、
基数と序数の区別にも集合論における基数と順序数の区別の影響があるように見えて仕方がない。
もっと率直に言えばブルバキの流儀に強く影響されているように見えて仕方がない。

さらに、遠山啓氏らはヒトの認知の発達心理学についてはピアジェを参考にしているのですが、
そのピアジェの主張の多くは現在では明確に否定されている。

ちなみにこのピアジェは1960~1970年代にかけての「数学教育の現代化」運動に
強く影響を与えた人物の一人とみなされています。

1980年代以前の記憶がある人は「構造主義」ブームを覚えていると思います。
フランスの思想家たちの「構造主義」とブルバキの「構造主義」と
ピアジェの「構造主義」がひっくるめて扱われていた時代がある。

ピアジェの「数学教育の現代化」(これは失敗に終わった)への影響は実はそういう話とも関係があります。

M.マシャル著『ブルバキ』
http://www.amazon.co.jp/dp/4431709266
http://www.amazon.co.jp/dp/4621063618

の「数学教育の現代化」運動とブルバキの関係について書かれた第10章に
興味深い説明があるので引用しておきます。

上掲書p.219より
> 最後に、教育学の分野での、特にジャン・ピアジェの影響のもとに生まれた
>新しい流れがこの問題に果たした役割も忘れてはならない。ピアジェによれば、
>子供の数学的知識の発達に内在する精神構造と、ブルバキがその論説
>「数学の建築術」の中で展開した母構造(順序構造、代数構造、位相構造)の
>間い類似が存在する。

上に続けてp.220より(段落は切れずに続いている)
>さらにピアジェを初めとする多くの教育心理学者は、子供の知識成長に際しての
>「活動」の重要性を強調する。強く勧められたのはしたがって教師に
>押しつけられる言語ではなくて、教師の助けのもとに子供達が自ら行う観察、
>実験、分析、演繹による自発性を重んずる教育法であった。この視点では
>ブルバキ式の数学の方が従来のものよりも、より適しているように見えたのだ。
>またその概念を重んずるやり方からも、文化面の既得条件によるところが
>少なくて、より「民主的」であるようにも思えた。それまで生徒の選抜の手段
>とされていたラテン語とかギリシャ語などの古典語よりも、
>より多数に習得可能であると思われたのであった。
>この論点は、その当否は別として、就学年齢がバカロレア(大学入学資格試験)
>にまでのびて人口の新しい層まで及んだのと、1968年の5月革命に
>つながったフランスの状況に鑑みて無視できないものである。
(これで2頁にまたがった段落終了)

フランスにおける1968年の5月革命ともからんでややこしい話になってしまっています。

こういう流れに日本の数教協も当然影響を受けています。
現在の目で見ると全然別の話が一緒に扱われている時代があったのです。

「量の理論」における様々な概念の分類法はかなりブルバキ的です。
ぼくはそういうものを見たら、まず最初にその信頼性を疑ってかかるべきだと思う。

--------------------------------------

補足:ヒトが直接もしくは直観的に把握できる量と数学的に抽象化された量

しょっぱさの強さをヒトは直接感じ取れます。
濃度の概念は抽象的ですが、しょっぱさはヒトが直接感じ取れる具体的な概念です。

どれだけの速さで動いているかをヒトは直観的に認識できます。
数学的な速さの概念は抽象的ですが、
ヒトが直観的に感じ取れる速さは直観的に把握できる具体的な概念です。

ヒトが生まれ付き持っている直観と傾向は教育現場でも利用されてしかるべきだと思います。

ヒトが感覚器官で直接もしくは直観的に把握できる量は
ヒト以外の動物も同様に感じ取れるものが多いと思う。

数についても同様だという話が
数学的概念に関する認知発達心理学スレッド
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t17/l50
でも紹介し、すでにメタメタさんも読んでいること
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t17/6
がわかっている

ドゥアンヌ著『数覚とは何か?』
http://www.amazon.co.jp/dp/4152091428

の第1章で詳しく紹介されているわけです。

ただし、ヒトおよび他の動物が生まれ付き把握できるのは、
せいぜい3個までの正確な数とそれより大きな数に関する概数(おおよその数)です。

確かに、塩味や甘味の強さを感じる能力は生き物にとって役に立つし、
速さを直観的に把握する能力も明らかに役に立ちます。
そして、3程度までの数を正確に認識する能力や
大きな数の概数を直観的に把握する能力も色々役に立ちそうです。
きっと、これらの能力は進化の過程で整備されて来たのでしょう。

ヒトや動物が生得的に感じ取れる数の概念と
数学的に抽象化された算数で習う数の概念は異なります。
そのあいだの橋渡しをするのが教育の役目なのだと思います。


2012年10月27日追記:関連の記事を
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t3/297
に投稿した。そこの画像を以下に転載。
この画像はマシャル『ブルバキ』のpp.219-221より



  • [17]
  • 吉田甫著『子どもは数をどのように理解しているのか』

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月17日(水)16時58分1秒
  • 編集済
  • 返信
 
吉田甫著『子どもは数をどのように理解しているのか―数えることから分数まで』
http://www.amazon.co.jp/dp/4788503883

という本も発見できました。

1991年出版の昔の本なので認知発達心理学の最近の成果については書かれていないのですが、
この本でもチンパンジーや乳児も数を区別できるという事実をしっかり説明しています。

具体的な算数教育の話も書いてあるので、
実際に算数を教えている人達にとっても役に立つ本になっていると思いました。

この本はドゥアンヌ著『数覚とは何か?』の原著が出版された1997年の
さらに6年前に出版された本なのですが、
『数覚とは何か?』に負けないほど面白そうな本だと思いました。
算数教育への興味が強い人はこちらの方が面白いと感じる可能性が高い。
こういう本が埋もれたままになっているのはもったいないと思ったので、
紹介することにしました。

今までの経験では、日本はやはりすごい国で、しっかり調べれば、
次々に昔の文献で現在我々が必要としていることを書いてくれているものが見付かる。


  • [16]
  • 子どもでも遊べるゲーム類と数学的概念の認知の発達の関係を分析した結果はもっとないものか

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月16日(火)18時43分0秒
  • 返信
 
>>14 には「蛇と梯子」ゲーム(すごろくの一種)が幼稚園児が数の概念を習得するために
良い遊びになっているという話が出ていますが、
おそらく子どもがやるような多くの遊びの中に子どもの認知能力の発達を促す要素が
含まれているものと思われます。

そういう話をまとまって読めるところがあるとありがたい。

ぼくも子どものときから、トランプ、スゴロク類、将棋、オセロ、五目並べ、
などなどその手のゲームが大好きでした。
そういうゲームが好きだったのは幸運だったのかもしれません。


  • [15]
  • Re: グレン・ドーマン氏は有害なニセ科学の典型例の「ドーマン法」のドーマン氏です

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年10月16日(火)18時14分25秒
  • 返信
 
>>12

どうもありがとうございます。やっぱりそうでしたか。読んでいて、途中から胡散臭くなり、

レビューhttp://www.amazon.co.jp/product-reviews/4925228021/ref=cm_cr_dp_see_all_btm?ie=UTF8&showViewpoints=1&sortBy=bySubmissionDateDescending
>この本と似た内容の「七田式」も読んだのですが、

あたりで、濃厚になったのですが。

  • [14]
  • 米国でのグリフィン、ケイス、シーグラーの幼稚園児向けのカリキュラムが成功した話

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月16日(火)16時33分50秒
  • 編集済
  • 返信
 
添付の画像は『数覚とは何か?』の256-257ページからの抜粋です。
これはとても「いいはなし」だと思いました。
幼稚園児と「すごろく」などで遊ぶことはやはり大事だということのようだ。

所謂「おべんきょう」でなくても、とにかく様々なことで頭を使って、
得られた経験を他の場所でも使えるということに自然に気付くようになれば、
多くのことを理解できるようになると思う。

あと、ヒトは面白いと思ったときにのみ頭がよく働く傾向があると思う。
これは子どもでも大人でも同じ。

グリフィン、ケイス、シーグラーによるライトスタートプログラムについては
https://www.google.co.jp/search?q=Griffin+Case+Siegler+Rightstart
のように検索すれば色々な情報が見付かります。

蛇と梯子ゲームは http://g4g.jp/m/33750 などで遊べます。
アンドロイド端末(スマホまたはタブレット)で遊びたいならば
https://play.google.com/store/search?q=Snakes+Ladders&c=apps
「梯子の根元に止まったら梯子を登ってワープ」
「蛇の口の場所に止まったら蛇の尾まで落とされる」
というのが基本ルールで
「6の目が出たらもう一度サイコロをふれる」
というルールになっているソフトもありました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9B%87%E3%81%A8%E6%A2%AF%E5%AD%90
に詳しい解説がある。



  • [13]
  • ピアジェ&シェミンスカ共著『数の発達心理学』を翻訳したのは遠山・銀林・滝沢

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月16日(火)15時31分6秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>5
>遠山啓さんの時代にはピアジェが最新の実証結果と理論だったかもしれませんが、
>現代では実証についても理論についても時代遅れなので、要注意だと思います。

と書きましたが、文脈的に意味不明だったので情報を補足。

J.ピアジェ、A.シェミンスカ著『数の発達心理学』1962.1
http://www.amazon.co.jp/dp/4337478035
http://www.amazon.co.jp/dp/4337658017

の翻訳者は、遠山啓、銀林浩、滝沢武久です。

遠山啓氏は他の場所でもピアジェによる子どもの数学的概念に関する認知に関する主張
を紹介しています。たとえば、

遠山啓著『教師のための数学入門』
http://www.amazon.co.jp/dp/4337659323
http://books.google.co.jp/books?id=ZaiaqoOG4x0C
(Google Books である程度立ち読みできる)

でもピアジェの主張を紹介しています。

現在ではピアジェの実験とその解釈には多くの不備があったことが知られています。
遠山が語っているピアジェの主張は現在では信用しない方が良いものが多いと思う。
ピアジェは実際よりも子どもが無能であると考えていたことが現在ではわかっています。

添付の画像はドゥアンヌ著『数覚とは何か?』のp.86の全体です。
ピアジェがどのように間違っていたかの一端がわかります。

確かに子どもが本当に個数を認識しているか否かを調べたいならば、
おはじきよりもアメやチョコのようなおかしを使うべきだというのは
ぼくもまったくその通りだと思います!!!

『数覚とは何か?』のp.86より(画像の一部分)
> だが、二つ目の試行では、おはじきを、ごちそう(M&Mのキャンディ)に取り替えた。
>ここが、メレールとビーヴァーの実験のみそである。子どもは紛らわしい質問を
>されるかわりに、こんどは二つの列のうちの一方を選んで、それをすぐさま
>食べてもよかった。この手続きの利点は、言語理解の問題を回避しながら
>子どもの同期付けを高めて、より多いごちそうの列の方を選ばせることにある。
>たしかにキャンディを使うと、大多数の子どもが、列の長さと数が相反していようとも、
>二つの数のうちより多い方を選ぶのである。~以下略~

これは二歳から四歳の子どもに対する実験の話です。
実は本当に驚くべき話はこの次のページに書いてあります。
三歳~四歳の子どもはキャンディの列にしないと失敗する傾向が強いが、
二歳ごろの子どもであればおはじきの場合であっても
「何食わぬ顔でこなす」のだそうです。
数の保存課題における能力は二歳と三歳のあいだで一時的に低下するらしい。

このような話を知った後でピアジェの発達段階論を眺め直すと
まったく信用する気にはなれません。

補足:ピアジェの開拓者としての偉さはぼくも含めて誰もが認めるところだと思います。
しかし、その主張が間違っていた場合には修正が必要であり、
さらにピアジェの理論に基いた教育方法もまた修正されなければいけません。
そのためには「誰それがかくかくしかじかと論じていた」というような主張を
寄せ集めるような作業に高い価値を置くべきではありません。
ピアジェとか遠山啓が何を言っていようが、そんなの我々には全然関係ない。
これが当然だと思えない人はその時点で相当にまずい精神状態になっていると思う。
心の中にカリスマを作らないことはとても大事。


  • [12]
  • グレン・ドーマン氏は有害なニセ科学の典型例の「ドーマン法」のドーマン氏です

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月16日(火)15時19分50秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>11

その本の著者は「ドーマン法」で有名なグレン・ドーマン氏です。
「ドーマン法」は社会的に有害なニセ科学の典型例としてとても有名です。たとえば
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/nisekagaku/nisekagaku_nyumon.html
の第6節を見て下さい。

ぼくならば、グレン・ドーマンの名前を見た瞬間にクズだと判断し、
万が一クズでなかったとしても後悔せずに済むことは最初から確定していると考えます。

たとえ専門外のことであっても「ニセ科学」のようなあくの強いキーワードと一緒に
AND検索すれば瞬時に危険を回避できる場合が少なくありません。

あと Google で検索するときに site:ac.jp や site:edu を付けて
検索して様子を見てみるという手もあります。
さらに、Google Scolar で検索してみるという手もそれなりに有効。


  • [11]
  • 赤ちゃんに算数をどう教えるか

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年10月16日(火)14時47分43秒
  • 返信
 
赤ちゃんに算数をどう教えるか (More gentle revolution) [単行本]
グレン ドーマン (著), ジャネット ドーマン (著), 人間能力開発研究所 (監修), Glenn Doman (原著), Janet Doman (原著), 前野 律 (翻訳)
http://www.amazon.co.jp/%E8%B5%A4%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E3%81%AB%E7%AE%97%E6%95%B0%E3%82%92%E3%81%A9%E3%81%86%E6%95%99%E3%81%88%E3%82%8B%E3%81%8B-More-gentle-revolution-%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3/dp/4925228021/ref=pd_rhf_cr_p_t_1


↑これって、どうなんでしょうね?ブックオフで見つけてざっと読んだのですが、ノウハウに終始しているようで途中で飽きてしまって、放棄したのですが。

 知らない分野については、定説、トンデモ、画期的見解、検証されていないこと、・・・などの区別がわからない。

  • [10]
  • 英語入試問題出典の件

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年10月16日(火)14時42分16秒
  • 返信
 
>>7

> 実際には、言葉を話せない赤ちゃんで実験しています。
> 赤ちゃんの段階で数の概念をすでに持っているというのが結論。
> 『数覚とは何か?』の第2章で詳しく説明されています。
> この本はとても面白い本です。
>
> 率直に言って、ドゥアンヌさんによる「数学とは何か」および
> 「自然科学と数学の関係」に関する理解は底が浅過ぎるように感じられますが、
> 数に関するヒトの認知能力について、どのような事実があり、
> それらの事実をどのように説明することができるか、
> についてよくまとまっている非常に面白い本だと思いました。
> 現在進行中の認知発達心理学の「面白さ」を知るためにも適切な本だと思います。
>

どうも有り難うございます。英文問題を読んだときから気になっていました。取り寄せて読んでみたいと思います。




  • [9]
  • 室井和男『バビロニアの数学』のpp.18-19より

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月15日(月)15時33分46秒
  • 編集済
  • 返信
 
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t2/730 からの転載

ドゥアンヌ著『数覚とは何か?』の181頁でもバビロニアの60進法の表記法が紹介されていますが、
室井和男著『バビロニアの数学』を見るとその詳細がわかります。

------------------------------------------------------------

参考までに、室井和男著『バビロニアの数学』の18-19頁から
バビロニアの数学での自然数の表記法の部分を画像の形で引用しておきます。
この本は面白いのでかなりおすすめ。

バビロニアの数学では小数点の記号はないのですが、
60進法で小数を扱うことも普通にあります。
しかし、負の数はありませんでした。

添付の最初の画像は18-19頁の内容を切り貼りして繋げたものです。
二つ目はviiiページにあった年表です。
繰り返しますが、この本はおすすめ。





  • [8]
  • 序数と基数に関する雑談

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月15日(月)15時21分30秒
  • 返信
 
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t3/218 からの転載

参考URLの追加:
http://ameblo.jp/metameta7/entry-11265820011.html
http://ameblo.jp/metameta7/entry-11268184961.html
http://ameblo.jp/metameta7/entry-11269290247.html
http://ameblo.jp/metameta7/entry-11269294418.html
http://ameblo.jp/metameta7/entry-11271792969.html

参考文献の追加:
ドゥアンヌ著『数覚とは何か?』の175-178頁

鰹節猫吉さんも興味があるはずのネタです。

------------------------------------------------------------

ヒトが洞窟で暮らしていた時代に、
ある日以降、毎日、洞窟の壁に印を一つずつ刻み付けて行ったとします。
1日目は「V」と刻み、2日目には「VV」となり、3日目には「VVV」となり、…。
n日目にはn個の印が「VVV…V」と洞窟の壁に刻み込まれることになるわけです。

問題1:このとき洞窟に刻み込まれた印は「基数」と「序数」のどちらとみなされるのか?

ぼくは「どちらか片方である」という考え方はナンセンスだと思う。

『かけ算には順序があるのか』のp.105には序数と基数の関係について

>分離量の要素をかぞえた序数が、そこまでかぞえた分離量の集合の基数を
>表わしています。「かぞえる」という行為は、序数を付けていくことで
>基数を知る行為といえます。

問題2:上の洞窟に刻み込まれた印の場合には何が何を数えているのだろうか?

ぼくは「何日目であるかを、刻み込まれた印の個数で数えている」と言うことに
違和感を感じません。何日目であるかは通常「序数」を意味するのではないか?
さらに個数は有限の場合の基数である。

ぼくには「太古の時代には序数と基数の概念が完全に分離されていた」という発想が
正しいとは思えない。

以上はちょっとした雑談のつもりです。

太古の洞窟にはどのような「数学的痕跡」が残されているのでしょうかね?

参照文献: http://ameblo.jp/metameta7/entry-11361925517.html


  • [7]
  • Re: 新スレッド:数学的概念に関する認知発達心理学

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月15日(月)14時14分7秒
  • 返信
 
積分定数さんの http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t2/892 への反応

> 数年前に塾の生徒が取り組んでいた英語の入試過去問にこれと関連した英文があった。
>幼児の数認識の研究に関しての文章なんだけど、出典を忘れてしまった。
>どこかの国立大学の入試問題だったような気がする。

> ステージでパペットを見せて、幕を下ろして、別のパペットに入れ替えて幕を上げる。
> ステージでパペットを見せて、幕を下ろして、パペットの数を変えて、幕を上げる。

> 2つを比較すると、後者の方が幼児は驚くという。
>ステージを見つめている時間でそう判断するらしい。
>幼児は、パペットの種類が変わることよりも数が変わることの方が不思議に思うらしい。

> 記憶にあるのはこの程度だが、言葉をしゃべれない幼児の数認識をどのように調べるか、
>を含めて工夫しながら研究されている、というような文章だった。


> で、これが事実なら、数え方や数字を習う以前から、
>個数というのを認識していて関心を持っていることになると思う。

実際には、言葉を話せない赤ちゃんで実験しています。
赤ちゃんの段階で数の概念をすでに持っているというのが結論。
『数覚とは何か?』の第2章で詳しく説明されています。
この本はとても面白い本です。

率直に言って、ドゥアンヌさんによる「数学とは何か」および
「自然科学と数学の関係」に関する理解は底が浅過ぎるように感じられますが、
数に関するヒトの認知能力について、どのような事実があり、
それらの事実をどのように説明することができるか、
についてよくまとまっている非常に面白い本だと思いました。
現在進行中の認知発達心理学の「面白さ」を知るためにも適切な本だと思います。


  • [6]
  • Dehaeneの『数覚とは何か?』はメタメタさんも読んでいます

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月15日(月)13時59分27秒
  • 返信
 
http://ameblo.jp/metameta7/entry-11271792969.html
の補注(※2)でメタメタさんも『数覚とは何か?』に言及しています。
不思議なのはペアノの公理とブルバキねたにしか反応していないこと。
メタメタさんの立場ではもっと反応しなければいけないことがあると思うのですが。


  • [5]
  • ドゥアンヌ著『数覚とは何か?―心が数を創り、操る仕組み』

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月14日(日)09時10分52秒
  • 編集済
  • 返信
 
スタニスラス・ドゥアンヌ著『数覚とは何か?―心が数を創り、操る仕組み』
http://www.amazon.co.jp/dp/4152091428
の原著は10年以上前に出版されていたはずなのですが、
2年くらい前に翻訳されていたようですね。

実はこの本については Edge Third Culture の
http://www.edge.org/3rd_culture/dehaene/
で知っていたのですが、「もと数学者で認知科学者に転向して、
認知科学以外の数学論についても書かれている本を出版した」
という話を聞いてうさん臭く思ったので結局読まずに終わってしまいました。

数学論に関する部分を除いて、
20世紀のあいだに数の認知能力に関する実証的研究がどこまで進んだか
の部分に注目して読むことにすれば良かったようです。

まだ読んでいないのですが、読んだら、内容を報告することにしましょう。
もちろん、すでに読んでいる人が内容を紹介してくれるのも大歓迎です。

遠山啓さんの時代にはピアジェが最新の実証結果と理論だったかもしれませんが、
現代では実証についても理論についても時代遅れなので、要注意だと思います。



  • [4]
  • 「自然数と自然幾何学」に関するスペルキさんの論文

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月14日(日)08時57分31秒
  • 返信
 
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t2/888 の転載


http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t2/873
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t2/874
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t2/881
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t2/882
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t2/886
関連のメモ

Spelke, Elizabeth S.
Natural number and natural geometry
http://www.wjh.harvard.edu/~lds/pdfs/SpelkeChapter18.pdf

Summary: How does the human brain support abstract concepts such as seven or square? Studies of non-human animals, of human infants, and of children and adults in diverse cultures suggest these concepts arise from a set of cognitive systems that are phylogenetically ancient, innate, and universal across humans: systems of core knowledge. Two of these systems --- for tracking small numbers of objects and for assessing, comparing and combining the approximate cardinal values of sets --- capture the primary information in the system of positive integers. Two other systems --- for representing the shapes of small-scale forms and the distances and directions of surfaces in the large-scale navigable layout --- capture the primary information in the system of Euclidean plane geometry. As children learn language and other symbol systems, they begin to combine their core numerical and geometrical representations productively, in uniquely human ways. These combinations may give rise to the first truly abstract concepts at the foundations of mathematics.

この要約しか読んでませんが、なんか面白そうです。
こういう話を算数教育の専門家は当然のごとく教養として知っていなければ
おかしいと思うのですが、どうなんでしょうかね?

時間があればこういう話をつっこんで勉強すると面白いと思うのですが、
今はちょっと無理かも。

さらに以下のような論文も見付けました。これらも面白そうです。

Daniel C. Hyde and Elizabeth S. Spelke.
All Numbers Are Not Equal: An Electrophysiological Investigation of Small and Large Number Representations.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2735795/

Elizabeth Spelke, Sang Ah Lee, and Véronique Izard
Beyond core knowledge: Natural geometry.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2897178/

この手の論文は、以上で挙げたものに限らず、日本語に訳されるべきだと思う。
ここを見ている物言わぬ読者達(特に若い人達)に期待!

さらに、Susan Carey さんの次の論文も見付けた。

Susan Carey.
Cognitive Foundations of Arithmetic: Evolution and Ontogenisis.
http://postcog.ucd.ie/files/Susan%20Careyt.pdf

Abstract: Dehaene (this volume) articulates a naturalistic approach to the cognitive foundations of mathematics. Further, he argues that the ‘number line’ (analog magnitude) system of representation is the evolutionary and ontogenetic foundation of numerical concepts. Here I endorse Dehaene’s naturalistic stance and also his characterization of analog magnitude number representations. Although analog magnitude representations are part of the evolutionary foundations of numerical concepts, I argue that they are unlikely to be part of the ontogenetic foundations of the capacity to represent natural number. Rather, the developmental source of explicit integer list representations of number are more likely to be systems such as the object-file representations that articulate mid-level object based attention, systems that build parallel representations of small sets of individuals.


  • [3]
  • 認知発達心理学の分野でピアジェは時代遅れ

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月14日(日)08時55分27秒
  • 返信
 
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t2/886 の転載



http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t2/873
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t2/874
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t2/881
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t2/882
関連

算数教育関係者のあいだではピアジェは間違っていたことは常識になっているのですかね?

たとえば
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1331547923
では『数の発達心理学』 というピアジェの本に関する質問が出ているのですが、
ベストアンサーとして次が選ばれています。

>その本を読んだことはないのですが、
>数の概念、空間把握、物理的な永続性の概念などの発達は、
>ピアジェが結論したよりもずっと早くから発達しているということが、
>認知発達心理学ではおおむね受け入れられていると言っていいと思います。
>その中で大きな役割を果たしたのがスーザン・ケアリーとエリザベス・スペルキなのですが、
>その一方が書いた本『子どもは小さな科学者か―J.ピアジェ理論の再考』も邦訳されています。
>少し古いですけど。ピエジェの研究は先駆的だという点では価値がありますが、
>認知発達心理学は90年代から急速に発展したのでできればその後に書かれた本を
>参考にされるといいと思いますよ。

これにはぼくも完全に同感なんですね。どうして今さらピアジェを読みたがるのか?

スペルキさんの仕事は >>882 で紹介した
ポール・ブルーム著『赤ちゃんはどこまで人間なのか 心の理解の起源』
http://www.amazon.co.jp/dp/4270001194
の最初の章でも紹介されています。

スペルキさんによるジャン-ニコ講義2009概要「人の知識の源泉」
http://www.institutnicod.org/lectures2009_outline.htm
の翻訳が
http://d.hatena.ne.jp/deepbluedragon/20090707/p1
にあります。講義2のタイトルは「自然数」です。
ヒトの自然数概念の獲得に興味があるならば、
「量の体系」のような疑似体系を学ばずに、
こういう話をきちんと勉強してから歴史を眺めてみるべきだと思います。
特にメタメタさんはそうするべきだと思う。


  • [2]
  • 算数教育の文脈における「子どもの発達段階に応じて」というキーフレーズとピアジェの関係

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月14日(日)08時53分18秒
  • 返信
 
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t2/882 の転載


http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t2/873
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t2/874
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t2/881

掛順こだわり教育を批判するとよく出て来るのが、
「抽象的な思考が苦手な子どもの発達段階に合わせてこのような教え方をしている」
という反論です。「抽象思考が苦手」と「子どもの発達段階」の組合せになっている。
このようなことを言う人は何らかの形でピアジェの思考発達段階説の影響を
受けているのだと現時点でのぼくは推測しています。

しかし、現在ではピアジェが考えていた以上に赤子や子供の能力は高い
というようなことが定説になっているのではないでしょうか?
子どもの思考能力に関する最近の知見は
現在の教育にどのように取り入れられているのでしょうかね?

「ヒトの子供がどのように考えているか」は難しい問題です。
教育関係者は関連の情報を継続的にアップデートしないと
昔の間違った「理論」のもとで間違った教え方をしてしまうことになると思います。

たとえばぼくの手元には以下の本があります。

ポール・ブルーム著『赤ちゃんはどこまで人間なのか 心の理解の起源』
http://www.amazon.co.jp/dp/4270001194

あと、以前紹介した、スティーブン・ピンカー氏の著書も参考になる部分があると思います。http://www.amazon.co.jp/s/ref=ntt_athr_dp_sr_1?_encoding=UTF8&field-author=%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%96%E3%83%B3%20%E3%83%94%E3%83%B3%E3%82%AB%E3%83%BC&search-alias=books-jp
ぼくが教育関係者に一番読んでもらいたい本がピンカー氏の一連の著書。

以上もまだ「問題提起」の段階。


  • [1]
  • 「子どもの発達段階に応じて」というキーフレーズの背景についてもっと知る必要があると思う

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月14日(日)08時49分40秒
  • 返信
 
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t2/873 の転載


問題提起。

ぼくはよく掛順こだわり教育の3つの重要フレーズとして、

(1) かけ算の意味
(2) 文章題での立式
(3) 子どもの発達段階に応じて

の3つを挙げることにしています。

個人的に「掛算の意味」や「文章題での立式」という言い方が出て来る背景については
教科書指導書などとの関連で、かなり事情がはっきりしている感じがしますが、
「子どもの発達段階に応じて」についてはまだ事情がよくわかっていないと思います。

おそらく、最後の「子どもの発達段階に応じて」という言い方と
「子どもが混乱する」とか「出来ない子どものために」という言い方は関係していると思う。
他にも関係している言い方がたくさんあるはず。
それらについてみんなでよってたかって調べましょう!

ちなみに Google でダブルクォーテーションマークで囲んだ
"子どもの発達段階に応じて" を検索すると 約 147,000 件 もヒット!!
このことから "子どもの発達段階に応じて" は明らかに決まり切ったフレーズに
なっていることがわかります。

ぼくは教育関連の決まり切ったフレーズが使われているケースはそれだけで
黄色信号が点滅していると思った方が良いと思います。
決まり切ったフレーズを多用している教育関係者は自分の言葉で語っていない可能性大。



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