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  • 田中氏の主張 4

  • 投稿者:鰹節猫吉
  • 投稿日:2012年10月15日(月)01時27分32秒
  • 返信
 
「田中博史の算数授業のつくり方」 (つづき)

◇ 文章題に強くなるためには
 
 現場は時間があまりないから、正直「絵を描け」という活動をずーっとやってはいられないですよね。
 私は最近『算数の力』(文溪堂)というドリルを開発したのですが、この中には、左側に文章が並んでいて、右側は絵になっていて、これを、線で結ばせるページをつくってみました。大人でも思わず考えてしまいますよ。
 次のページは絵を、式と結ばせるものです。
 この2段階で文章題指導をやっていくのです。こうすることで、子どもが本当に文を読み取っているかどうかわかるようにしました。
 ドリルの中には、絵を描かせるページもあります。でも最初は見本の絵を「なぞるのでいいよ、なぞって絵を描くのでいいよ」と言うようにしています。まあ、1問ぐらいは描かせたいですね。だから一番最後の問題のところには、入れ物だけ書いてあります。中身は自分で決めさせます。こういった小さなステップで子どもたちに絵を描く力をつけていこうというのが、このドリルノートの特徴です。
 これも今日プレゼントしますからね。高学年用と低学年用と両方入っています。
 低学年のドリルを見てもらえますか。では、ちょっとやってみましょうか。
 はい、ストップ。今、自分の目が行ったり来たりしたの、わかりましたか。大人でも、読んでおいて、見て、また1回確かめたでしょう?この作業を子どもにさせなければいけないのですよ。子どもが読むということは、そういうことです。子どもの目がこう動くところをみてほしいのです。子どもはそのとき、一生懸命に文の中の要素を読み取ろうとしているわけです。機械的に、「わかっていることは何ですか。尋ねていることは何ですか」と聞いても、子どもは真剣に考えません。やはり子どもが読まざるを得ない状況をつくるという意味で、こういう絵の選択肢は有効です。
 先ほど言った、文章を読んだら絵にすることを普段やると、子どもの作品がいっぱい残ります。それをこのドリルのように選択肢として使うこともできます。いくつかの種類の絵が残っているわけだから、その絵を貼って、そのときにやった問題文のどれかを読んで「さあどれでしょう」とやれば、ドリルと同じ役割のものができますね。
 では、今度は、絵と式を結ぶものです。
 絵に描くことができたら読み取ることができたと判断していいと、私は言いました。絵に描いた瞬間に文章を自分のイメージ化したことになります。
 次は式に結び付ける段階で、子どもが式の意味がわかっているかどうかチェックすることができます。子どもたちが1つの正解にたどり着くまでの小さなステップですね。それを見てやろうとすると、ちょっと優しい気持ちになれます。「ああなんだ、この子、文は読めているじゃないか。式が書けないのは、私が意味をちゃんと伝えることができなかったんだな」と気づけます。また、「この子は文を読んで絵に描くことはできないけれど、絵を見て式と結ぶことはできている。ということは、かけ算の意味はわかっているな。この子には読解力というか、文章を読んでイメージさせることをたくさんさせなければいけないな」ということにも気づけます。
 子どもによってやらせる場所が変わってくるようになります。
 もちろん最後は自分で絵や図をかけるようにしていかなくてはなりません。このドリルには、右のように、そのためのページもあります。


↑ 田中氏は、順序にこだわるおかしな思考回路をもつように洗脳しているという意図でやっているわけではないということである。

 問題文・イメージ・式 がリンクするようにするため、

「問題文から絵になおす。 → 絵と式が対応づけられる。」

というふうにしなければならないということである。

・ 子どもが絵を描けるようにしなければならない。

・ 絵が描けるようにするために、絵をなぞらせるドリルや「式にあう絵を選びましょう」というドリルをやらせる段階が必要。

ということらしい。

 なぜそういうことが必要なのか、その理由は、「イメージが大事だから、問題文・絵・式がリンクするようにせねばならぬ。」「現場は時間がないので、絵をたくさん描かせる時間がないから、順序こだわりドリルをやらせる。」というようなことを言っている。

 数学教育協議会みたいな壮大な思想や世界観は出てこない。

 ドリルを見ると 「たし算の正しい順序」 も 「かけ算の正しい順序」 もしっかりまもられていることが分かる。

 発達段階を考慮して、なぞるドリルやら選ぶドリルやらを作ってくれているらしいが、ありがた迷惑で、むしろ勉強の邪魔をしているようにも感じられる。