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泣いてたまるか

 投稿者:切通理作  投稿日:2005年 3月 4日(金)16時14分44秒
   『泣いてたまるか』は、ファミリー劇場でやってたときに見ています。『山田洋次の<世界>』でも山田脚本の「男はつらい」「子はかすがい」について書きましたが、実はこれらの回での渥美清さんは、シリーズ全体の中で渥美さんが演じてきた役の中ではむしろ例外的といえるんじゃないかと思うんです。
 山田脚本での渥美さんは後の寅さんに通じる鉄火肌でイキのいいアンちゃん。人のよさを口の悪さで隠すような人間です。でも他の回の多くでの渥美さんは気の弱い、素朴な善人の渥美さんで、いま見返すと時代を感じるものが多いと感じました。それは映画の列車シリーズなどでの渥美さんにも通じるような気がします。子どもの頃、寅さんに通じるキャラを期待してそれら映画を見たとき、違和感があったのを思い出します。
 とはいえ、 作品的には珠玉の名編が多かったと思います。秋野太作の浪人生と渥美さんのニセ傷痍軍人がからむ話などは鮮烈ですよね。

http://www.gont.net/risaku/krdsh.shtml

 


『今日の一言』を読んで

 投稿者:Jファク取締役・川島  投稿日:2005年 3月 3日(木)04時30分13秒
  ☆どうも。大変御無沙汰しております。
「今日の一言」を読みました。
映像界において大きな損失が、またあったのですね。
読んでいて胸がつまる思いがしました。

話しは変わりますが、今度ディアゴスティーニから渥美版『泣いてたまるか』DVDが刊行されますが、切通さんは、この渥美版をどのように思われてますか。

さらに話しは変わりますが、同じディアゴスティーニから『Xファイル』が刊行されてますが、私としては『事件記者コルチャック』をやって欲しいなァと思いました。

新刊期待してます。
では!

http://jonathan-f-g.hp.infoseek.co.jp/index.htm

 
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元気でやってますよ

 投稿者:切通理作  投稿日:2005年 2月26日(土)09時39分13秒
   雪はある程度積もったけど、降った翌朝は自転車で道を通れるぐらいでした。
 新しい本は…書いては中座し…といったところですかね。
 テーマについて書いてる途中で微妙に「これでいいのか」と揺れが出てきて、いままでの本は物理的な題材があったから中身が揺れてもべつにそれはそれで取り込んでしまえるのだけれど、今度はちょっと悪戦苦闘してます。
 ま、でも出来上がったら少なくとも自分的にはこれまでにない本になると思いますので、気長に待っててくだされば幸いです。

http://www.gont.net/risaku/krdsh.shtml

 
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雪が降りましたね

 投稿者:ゼット  投稿日:2005年 2月25日(金)21時43分5秒
   東京は積もっていますか?
 早く春になってほしいです。
 切通さんはそろそろ新刊書いておられる頃でしょうか!
 
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メディアと表現

 投稿者:切通理作  投稿日:2005年 2月21日(月)10時05分18秒
   メディアの犯罪そのほか社会への影響について論議するのはいいと思うんですよ。『バトル・ロワイヤル』の劇場版があえて賛否を問うことで宣伝にしていったのもそうですけど、そういう場合「社会的に問題だ」という声もなきゃ困るということもあるし、チーズさんのおっしゃるように世の中と無関係に作品だけポツンと存在しているという認識もどうかと思いますからね。

 だけどそれが「規制」ということになると問題が違ってくる。そして「規制」する側は「社会的に問題だ」という声を利用しますから。
 そこが難しいところだと思います。

 メディアが悪影響かどうかという論議というのは、当のメディアの中での論調ではワイドショー、週刊誌の段階はともかく、識者が出てきて喋るという段階では、単純にそう決めつけられないという声が優勢だと思います。
 ところが規制のレベルでは、裁判に持っていったとしても、多くの事例では規制される方向になってしまう。
 そこにはやっぱり釈然としないものを感じます。

 僕は、メディアというものがいつなんどきでも人の、そして社会の行動になんら影響を与えないとはやっぱり思えない。個々に論議があるべきだと思う。けれど、それを一律に規制するのは基本的には反対。ただたとえば地上波テレビのゴールデンタイムであったり、コンビニであったりという、層を絞れないような場所での公開流布には、ある一定の自主的なコードというのものを持つのはやむを得ないかなと思います。

http://www.gont.net/risaku/krdsh.shtml

 
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(無題)

 投稿者:チーズ  投稿日:2005年 2月19日(土)15時10分48秒
  私はやはり切通先生のファン(信者?)をやっていてよかったと思います。
そう思える瞬間はいくつもありますが……。
例えば「幼女殺人事件犯人はロリコン漫画の読者だった」とかの報道があると
ネットでは決まった反応が出ます。
「メディアと事件の関連性を言うのなら数値で示すべきだ。これはただのヲタ狩りだ。」
「真のロリコン漫画ファンは二次元にしか興味を示さないのだからこいつは違う。」
「本人が『ロリコン漫画と現実の区別が付かなくなってました』と自供してもそれはミスリードだ。自分の犯罪の責任をロリコン漫画になすりつけようとしているだけだ。犯罪は全て自己責任であって漫画には罪はない。」
こういう意見を目にします。
メディアや表現の自由に関しては切通先生がプロですし、これらの意見も正論であるべき部分がちゃんとあると私が認めたのを踏まえて
ちょっと思う部分もあるのです。
切通先生の仰った思春期の部分で言えば、人はその時期、自分の価値観や美意識が、全て「取捨選択」という自分ひとりの行いや意識で形成したのだと傲慢になってしまう時期があると思います。
他人の影響で今の自分が形成されたとは認めたくない「若さの力」ってきっと素敵な物を生み出す可能性もあると思います。
でも私は女でクリエィターでもないまま、20代を終えようとし子供を持って考えてみると
きっと人はそのアイディンティティの殆どを、環境の影響から受けて形成するんじゃないかと思うのです。
生まれた国のイデオロギーから始まって、モラル・宗教・大人社会の(綺麗、汚い含めた)常識。
もっと身近で言えばテレビ、ゲーム、映画、小説等の娯楽や、友人・恋人・家族もその人にとっては「環境」でしょう。
それらとのつながりやそこから得た影響を認める事は、同時にある種の責任を担う事にもなり「私の今の価値観は私一人で作り上げてきたものだ」は、「自分を解かってくれない周囲への、せめてもの自分自身によるリスペクト」であると同時に、そういう責任を放棄する所信表明のような一面もあるのではないでしょうか。
誤解を恐れず極論的に結んでしまえば「人は環境によって受けた影響を飲み込みながら、環境によって育まれている存在である。」と私は思っています。
 
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言葉と人

 投稿者:切通理作  投稿日:2005年 2月19日(土)14時13分35秒
   思春期の多感な時期にはいろんな本を読んだり映画を見たりして影響を受けますよね。
 でもそれらの考えに影響されているだけのような気がしてきて、今度は自分の考えを確立していこうとする時期になると思うのです。
 ところがそれにもさらに先があって、自分をいかに自分の中で確立しても世の中はその通りに変わるわけでないということをやがては思い知らされてしまう。
 すると、今度は社会の中の自分の存在ということ、それは外側から見た社会的責任に留まらず、自分の内側で形成されてきたものでさえ実は社会的に作られてきたものと無縁ではないということに気づかされていくことになると思うのです。
 社会的な「言葉」というのはいかに私的に見えるように語っていても、あるいは知識のみを語っているように見えても常にそこを無視出来ないと思います。
 皆さんの答えになっているかどうかわかりませんが、そんなことを考えました。

http://www.gont.net/risaku/krdsh.shtml

 
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初めての投稿になります

 投稿者:チーズ  投稿日:2005年 2月16日(水)23時05分30秒
  切通さん、いつもミクシィではお世話になっておりますm(_ _)m
他の方々もはじめまして。
なんで学も教養もない主婦風情がのこのこ顔を出してしまったかというと・・・。
「こんな(作品評論や評価・感想)は世の中にあって欲しくはない。」
という要望(というかアジテーションというか)って
裏返せば自分の見方、読み解きに、同調して欲しい、至高でありたい、とも読み取れてしまうのですよね。
「問題はそれが学校や世間で、ある種の権威をもって語られることである。」
と、以前どこかのサイトで主張している方がいたのを思い出しますが
誤解を恐れな言い方をしてしまえば、権威が語ることに内容以前の説得力があるのは
仕方のない事なのですから、それに反論するのなら、ご自身もそういう権威になればよろしいだけかと……。

あと私的な感想ですけど、人が何をもって人を「許せない」と言えてしまえるのか。
切通さんの著作にあった、某脚本家先生のお言葉を思い出してしまいました。
 

阿部氏の文について

 投稿者:魔王サイコ  投稿日:2005年 1月31日(月)12時05分38秒
  知識をひけらかすのはよくないけれども、、他人の知識に耳を閉ざしてばかりでは何も面白くなくなる。阿部氏の文は千尋論ではじめて読んだが、若者のよき兄貴分と感じました。知識自体が目的ではないと思う。「生きた」言葉を私も捜しています。かなり共感できました。  
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久しぶりに一言

 投稿者:サボイア  投稿日:2005年 1月26日(水)02時00分34秒
  >宮崎語りには一定のパターンがあって、一番多いのがナントカの象徴がどうこうと論じてくるアレです。そこに自分の読んだ本だの映画だのを引用してきて論を肉付けする、というのが定石で。

切通さんのものはできるだけ具体的に場面に即して書いている宮崎論なんだけど・・・?
それから阿部さんはアニメ論壇じゃない立場から書いていると自分で言っているし、切通さんもアニメ雑誌に全然出てこない人で、マニアとは違う普通に宮崎アニメを見ている人の感覚で書いている人だと私は思うけど。
 

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