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あの“ 大量虐殺 ”をモーゼ(はヘブライ人でイスラエル人=ユダヤ人
を指す)がやり、正当化したことがユダヤ教徒の不幸の始まりだった。
これこそユダヤ教徒の旧約(旧契約の意)聖書巻頭の5書の2番目、
すなわち出エジプト記でモーゼが海を割りユダヤ民族を通した後、
海を閉じて追っ手を“大量虐殺”するという残虐行為を発想し行い、
正当化したユダヤ人指導者=ユダヤの神モーゼの自業自得である。
これらユダヤ教徒の旧約(旧契約の意)聖書の記述が、
キリスト教徒を反ユダヤ主義へとあおりたて、
ヨーロッパのみならず中東においてもユダヤ民族が迫害され、
放浪の民、ユダヤ民族へと落ちていったのだ。
その最大の悲劇が、ヒトラーのユダヤ民族“大量虐殺”だった!!
ユダヤ人モーゼがやったことは自然にはあり得ない“人工的大量虐殺だ!”
この思考こそがユダヤ教徒=ユダヤ民族に延々と引き継がれて、
ユダヤ人アインシュタイン(何とドイツで生まれて育った)などによる、
核兵器・生物科学兵器の開発など、大量殺戮兵器使用へと繋がっている。
我々は、古い宗教が正しいなどとしてはならない。
宗教には“ 新化 ”が絶対に必要である。
“ 新化 ”のない社会、民族、種は急速に衰退していく。
ただ一つの神しか信じないあるいは“個人崇拝”の宗教とか、
例えば聖書・コーランのように教典が変えようがないものとすれば、
そこには民族新化が停止した、原始社会への退化の道しかない。
だが、地球上の全ての宗教がそうではなかった。
世界三大宗教(仏教・キリスト教・イスラム教)の中でただ一つ、
延々とその“ 新 化 ”を遂げてきたのが「 仏 教 」だ。
“人の理想偶像 ”を崇拝するが故に“ 新化が可能 ”だったのだ。
仏陀から始まり、我が日本では道元・栄西・弘法大師空海・日蓮などなど、
その教えを説く教典は、道元の「正法眼蔵」95巻という史上空前の大著など、
時代の変化とともに“ 新 化 ”を遂げてきた。
逆を言えば新化のない宗教に翻弄される社会は衰退し滅びるのです。
宗教が社会に影響が大きいほど宗教教典は時代の変化とともに、
“ 新 化 ”させなければならない。
大宗教ほど“ 新 化 する 宗 教 ”であるべきなのです。
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