• [0]
  • 曽野綾子 三浦朱門 研究

  • 投稿者:積分定数
 
「曽野綾子が二次方程式の解の公式は不要だと言って、三浦朱門が中学数学のカリキュラムから削除した」「三浦朱門は一部のエリートだけ勉強すればいいということで、ゆとり教育を推進した」

という類の噂があるが、その信憑性について調べたいと思います。

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sage

  • [17]
  • 勉強できる子 卑屈化社会

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2017年 3月 3日(金)17時31分48秒
  • 返信
 
勉強できる子 卑屈化社会
https://www.amazon.co.jp/%E5%8B%89%E5%BC%B7%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%82%8B%E5%AD%90-%E5%8D%91%E5%B1%88%E5%8C%96%E7%A4%BE%E4%BC%9A-%E5%89%8D%E5%B7%9D-%E3%83%A4%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%AB/dp/4800259436

は面白い本だった。教育に関する本は沢山出ているが、勉強できる子が感じる息苦しさを取り上げたものは珍しいと思う。私が知る限りこれしかない。



p166 曾野綾子は「学校卒業以来、二次方程式の公式など使ったことがない」と発言したりしています、(なお、曾野の夫であり当時教育課程審議会会長だった三浦朱門がそれを引用した発言を行い、のちに二次方程式は中学における必修科目でなくなったという経緯があります)。


ここは不正確。中学で一時扱わなくなったのは「二次方程式の解の公式」であって二次方程式自体はずっと扱っている。

  • [16]
  • Re: 資料【『第四次元の小説』三浦朱門訳(1959)の訳者あとがき】

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2017年 2月 7日(火)16時11分58秒
  • 返信
 
>>15
> 『第四次元の小説』三浦朱門訳(1959)の訳者あとがき
>
> https://twitter.com/hkazano/status/827867431565529088 からの孫引き

感想:「数学が苦手だから買わない」と即断してしまう人達への対策を打たなければいけないという発想にとらわれて判断を誤った(ダメな)売文業者のような文章だと思いました。こんなあとがきを読んで「数学が苦手だから買わない」と判断するような人達が判断を翻すとは思えない。プロの売文業者ならばたとえつまらない本であっても魅力的に見えるような紹介文を書くものだと思う。

  • [15]
  • 資料【『第四次元の小説』三浦朱門訳(1959)の訳者あとがき】

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2017年 2月 7日(火)16時05分20秒
  • 返信
 
『第四次元の小説』三浦朱門訳(1959)の訳者あとがき

https://twitter.com/hkazano/status/827867431565529088 からの孫引き



  • [14]
  • Re: 資料【文:三浦朱門「妻をめとらば」 1962年】

  • 投稿者:おおくぼ
  • 投稿日:2017年 2月 6日(月)15時05分1秒
  • 返信
 
>>13
> 『数学セミナー創刊50周年記念号』より

補足

2013年発行 詳細はリンク先

https://www.nippyo.co.jp/shop/book/6115.html

  • [13]
  • 資料【文:三浦朱門「妻をめとらば」 1962年】

  • 投稿者:おおくぼ
  • 投稿日:2017年 2月 6日(月)14時32分13秒
  • 返信
 
『数学セミナー創刊50周年記念号』より

  • [11]
  • Re: 斎藤貴男:『機会不平等』

  • 投稿者:おおくぼ
  • 投稿日:2015年 3月 5日(木)00時20分1秒
  • 返信
 
>>10

『機会不平等』でよく引用される箇所は・・・

「いや、逆に平均学力が下がらないようでは、これからの日本はどうにもならんということです。
つまり、できん者はできんままで結構。」

「限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいいんです。」

「国際比較をすれば、アメリカやヨーロッパは点数は低いけれど、すごいリーダーも出てくる。日本もそういう先進国型になっていかなければいけません。それが「ゆとり教育」の本当の目的。エリート教育とは言いにくい時代だから、回りくどく言っただけの話だ」

しかし、これらの発言と同じ内容は三浦朱門の本には見当たらない。
インタビューだから本に書かない本音をもらした可能性はある。
しかし江崎玲於奈の発言引用などを考えると、斎藤氏の改変の可能性もある。



「トップになる人間が幸福とは限りませんよ。・・・つまりそういう、家業に誇りを与える教育が必要だといいうことだ。」という話は、「エリート教育」と整合性がない。
三浦朱門のインタビュー全体は『機会不平等』に収録されている文章より長いはずなので、どうしてこの発言を斎藤氏が入れたのか不思議だ。

  • [10]
  • 斎藤貴男:『機会不平等』

  • 投稿者:おおくぼ
  • 投稿日:2015年 3月 5日(木)00時07分46秒
  • 返信
 
三浦朱門の教育発言が問題になる時は、上野健爾の「数学、この大いなる流れ」か斎藤貴男の『機会不平等』のどちらかの場合がほとんどです(三浦朱門の本は無視されています)。
だから『機会不平等』について紹介したいと思います。
まず、『機会不平等』はどの程度信頼できる本なのでしょうか?
参考 http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20050601/p1

次に資料として『機会不平等』の該当箇所を全文紹介します、以下引用。

三浦朱門・前教育課程審議会会長の証言を紹介しよう。
東大言語学科卒、80年代半ばに文化庁長官を務めた作家で、教育改革国民会議の有力メンバーであるやはり作家のある曽野綾子を夫人に持つ三浦氏は、「ゆとり教育」を深化させる今回の学習指導要領の下敷きになる答申をもとめた最高責任者だった。
「学力低下は予測し得る不安と言うか、覚悟しながら教課審をやっとりました。
いや、逆に平均学力が下がらないようでは、これからの日本はどうにもならんということです。
つまり、できん者はできんままで結構。
戦後50年、落ちこぼれの底辺を上げることにばかり注いできた労力を、できる者を限りなく伸ばすことに振り向ける。
百人に1人でいい、やがて彼らが国を引っ張っていきます。
限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいいんです。
トップになる人間が幸福とは限りませんよ。
私が子供の頃、隣の隣に中央官庁の局長が住んでいた。
その母親は魚の行商をしていた人で、よくグチをこぼしていたのを覚えています。
息子を大学になんかやるもんじゃない、お陰で生活が離れてしまった。
行商も辞めさられて、全然楽しくない、魚屋をやらせておけばよかったと。
裏を返せば自慢話なのかもしれないが、つまりそういう、家業に誇りを与える教育が必要だといいうことだ。
大工の熊さんも八っつぁんも、貧しいけれど腕には自信を持って生きていたわけでしょう。
今まで、中以上の生徒を放置しすぎた。
中以下なら「どうせ俺なんか」で済むところが、なまじ中以上は考えるだけでキレてしまう。
昨今の17歳問題は、そういうところも原因なんです。
平均学力が高いのは、遅れてる国が近代国家に追いつけ追い越せと国民の尻を叩いた結果ですよ。
国際比較をすれば、アメリカやヨーロッパは点数は低いけれど、すごいリーダーも出てくる。
日本もそういう先進国型になっていかなければいけません。
それが「ゆとり教育」の本当の目的。
エリート教育とは言いにくい時代だから、回りくどく言っただけの話だ」
ー それで三浦先生個人のお考えですか。それとも教課審としてのコンセンサスだったのですか?
「いくら会長でも、私だけの考えでは審議会は回りませんよ。
メンバーの意見はみんな同じでした。
経済同友会の小林陽太郎代表幹事も、東北大学の西澤潤一名誉教授も・・・・・。
教課審では江崎玲於奈さんの言うような遺伝子診断の話は出なかったが、当然、そういうことになっていくでしょうね。」
それまで取材したさまざまな事実、いくつもの言葉が思い出された。
経済同友会の櫻井修・元教育委員会委員長が私立大学の職員たちに語った「ロボットと末端の労働力」。
日経連の河野俊二・教育特別委員会委員長の「IT革命が雇用も変えた」・・・・。
いずれも、やや抽象的なイメージが強いが、こうしてまとめてみると、ある結論に辿り着かざるを得ない。
20世紀初頭のアメリカで流行したIQの遺伝子決定論が、1世紀を経た日本で息を吹き返しつつあるのだ。

  • [9]
  • 2次方程式の解の公式が高校に移行したのはよくないことなのか?

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2015年 3月 2日(月)11時32分26秒
  • 返信
 
「曽野綾子が二次方程式の解の公式は不要だと言って、三浦朱門が中学数学のカリキュラムから削除した」という話は、真偽はともかくとして、「ゆとり批判」の文脈で語られることが多い。

 「ゆとり教育」とは何か、そういうことも曖昧なままに、「ゆとり教育が日本を駄目にした」とかの、かなり雑な主張がなされていることが多い。

 で、「ゆとり教育」についての議論はさておき、


2次方程式の解の公式が高校に移項したのはよくないことなのか?
中学数学に復帰したのはよいことなのか?

ということについて、私の考えを述べる。


多項式の因数分解・二次方程式・2次式のグラフなどについては、中3でやるのだが、ここの部分がかなり中途半端な扱いになっている。

例えば、2次方程式ではx^2-5x+6=0というものを扱いながら、2次式のグラフはy=ax^2という形のみ。

因数分解は、

(x+2)(x+3)
3(x+2)(x+3)
(2x+3)(2x-3)
(2x+3)^2

というタイプの物は扱うが (2x+3)(3x+1) というタイプは扱わない。


このことによって、

2次の係数が1でない場合は、

全ての係数が2次の係数で割り切れる
完全平方に出来る。
○^2-△^2=(○+△)(○-△)と出来る。

のいずれかである


という似非定理が成り立ってしまう。


【(2x+3)(3x+1) というタイプも含めて、中学数学で扱う】
【中学では2次の係数が1の場合だけに限定する】

どちらかが望ましい。

現状ではきわめて中途半端なところで中高が分断されている。


同様のことは2次式のグラフでもあって、頂点が原点のものしか扱わないので、x=p~qの変化の割合を、a(p+q)という公式に当てはめる方法が流布している。変化の割合の意味が分かっていないケースが多くて、y=x^2+3xとすると対応できなくなる。

 変化の割合以前にそもそもグラフをかけないのがざら。中学で扱うグラフは、1次式と頂点が原点の2次式、反比例ぐらいなので、「xに数値を代入してyを出してその座標に点を打つ、という作業を繰り返すと曲線が浮かび上がる」という関数のグラフのプリミティブなイメージがないまま、「y=ax+bの1次式は、y切片がbで傾きa」というようにそれぞれのグラフの描き方として覚えこんでしまうことになる。

 2次式に関しては、高校数学までやることで、包括的理解が可能となる。

頂点の座標、平方完成、解と係数の関係、2次式のグラフを水平線が切り取る長さ、などを理解した集大成のひとつとして解の公式がある。

 だから解の公式は高校数学で扱えばいいと思う。

 私自身、高校生に教えていて、頂点の座標などを生徒自身が発見するように促して、いろいろやって、さあこれで解の公式を求められるという段階で、中学で既にやっていて知っていると、がっかりしてしまう。


(x+2)^2=3 このタイプは中学で扱うとして、その発展として
x^2+4x+1=0を(x+2)^2=3 に帰着させることぐらいは中学でやっていいと思う。

x^2+4x+1=0を解の公式に当てはめて解くよりは、(x+2)^2=3の変形を経験したほうが高校以降の勉強に役立つ。

 さらに解の公式に関しては、√(4a^2)の処理がある。ここを2aとしてしまうことが多いが、当然aが負数だと成り立たない。

正確には √(4a^2)=|2a|となる。

にも関わらず、 √(4a^2)=2aとしてしまっても、表面上不都合が生じないのは、分子に±があるから。

この辺の事情は、本来はややこしくて高校数学で扱いべき内容。


ということから、

中学数学で、x^2+4x+1=0 を平方完成で求めることはいいとしても、

ax^2+bx+c=0 の解は高校数学でやったほうがいいと思う。



教育課程審議会の中でどのような議論があったか知らないが、「2次方程式の解の公式は高校でやるべき」という話が出ても不思議はないし、そのことが非難されるようなこととは思えない。

 むしろ、私自身は「二次方程式の解の公式は高校数学でやるべき」と思っている。

  • [8]
  • 教育課程審議会(1996~1998) 委員名簿

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2015年 3月 2日(月)09時40分22秒
  • 返信
 
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/old_chukyo/old_katei1998_index/meibo/1309807.htm

教育課程審議会委員名簿 (68人)

会長 三浦 朱門 日本芸術文化振興会会長、作家
副会長 西澤 潤一 岩手県立大学長
初等教育教育課程分科審議会 (22人)

秋山 仁 東海大学教授
安藤 駿英 東京都中央区立京橋築地小学校長
上杉 賢士 千葉県総合教育センター研究指導主事
大迫 さかゑ 前東京都港区立青南幼稚園長
大澤 正子 東京都教育委員会指導部初等教育指導課長
大畑 祥子 日本女子大学教授
片岡 暁夫 筑波大学教授
久保 美和子 宗吾保育園園長
近藤 弘子 社会福祉法人侑愛会おしま学園長
○ 坂元 弘直 国立科学博物館長
佐保田 亘正 東菅幼稚園長
塩 美佐枝 聖徳大学短期大学部助教授
瀬尾 政雄 国際学院埼玉短期大学教授
東京都立教育研究所経営研究部長
寺川 智祐 広島女子商短期大学長
服部 祥子 大阪府立看護大学教授
堀田 力 弁護士、財団法人さわやか福祉財団理事長
水谷 修 名古屋外国語大学教授
味村 美恵子 東京都世田谷区立太子堂小学校教諭
◎ 宮本 美沙子 日本女子大学長
無藤 隆 お茶の水女子大学教授
村上 美智子 京都府京都市立御所南小学校長
中学校教育課程分科審議会 (22人)

天笠 茂 千葉大学教授
荒川 明照 東京芸術大学教授
安藤 和津 エッセイスト
加藤 秋美 高知県教育委員会障害児教育室長
橘田 紘洋 愛知教育大学教授
◎ 河野 重男 東京家政学院大学長
今野 由梨 株式会社生活科学研究所長
齊籐 弘安 東京都渋谷区立松濤中学校長
佐野 金吾 前東京都新宿区立西戸山中学校長
鈴木 仁 社団法人日本PTA全国協議会専務理事
皇 紀夫 京都大学教授
田辺 洋二 早稲田大学教授
○ 田村 哲夫 学校法人渋谷教育学園理事長、幕張中・高等学校長
鳥海 靖 中央大学教授
西野 真由美 国立教育研究所主任研究官
西間 三馨 国立療養所南福岡病院長
能田 伸彦 筑波大学教授
藤森 喜子 前東京都世田谷区立希望丘中学校長
船津 春美 福岡県中間市教育委員会教育長
東京学芸大学教授
森 昭三 岩手大学教授
山極 隆 富山大学教授
高等学校教育課程分科審議会 (21人)

阿部 幸子 青山学院女子短期大学教授
荒井 桂 財団法人埼玉県埋蔵文化財調査事業団理事長
菴谷 利夫 国立特殊教育総合研究所長
井口 茂 前東京都立小石川工業高等学校長
大南 英明 帝京大学教授
岡田 修二 静岡県立浜松西高等学校長
川合 眞紀 理化学研究所主任研究員
工藤 文三 国立教育研究所教科教育開発研究室長
栗原 尚子 お茶の水女子大学助教授
○ 小林 陽太郎 富士ゼロックス株式会社代表取締役会長
小松 彦三郎 東京理科大学教授
里中 満智子 漫画家
高木 剛 ゼンセン同盟会長
寺本 敬彦 東京都立忍岡高等学校長
永井 順國 読売新聞社論説委員
◎ 西澤 潤一 岩手県立大学長
西嶋 美那子 日本経営者団体連盟労務法制部次長
緑川 佑介 二松学舎大学附属沼南高等学校長
山下 泰裕 東海大学教授
山本 文茂 東京芸術大学教授
和田 征士 前東京都立戸山高等学校長
特殊教育部会 (11人)

菴谷 利夫 国立特殊教育総合研究所長
大南 英明 帝京大学教授
加藤 秋美 高知県教育委員会障害児教育室長
近藤 弘子 社会福祉法人侑愛会おしま学園長
齊籐 弘安 東京都渋谷区立松濤中学校長
瀬尾 政雄 国際学院埼玉短期大学教授
西嶋 美那子 日本経営者団体連盟労務法制部次長
西間 三馨 国立療養所南福岡病院長
服部 祥子 大阪府立看護大学教授
◎ 細村 迪夫 群馬大学教授
○ 三浦 和 全国特殊教育推進連盟理事長
※ 特殊教育部会の委員の一部は、初等教育、中学校及び高等学校の分科審議会にも分属している。
◎は分科会長、○は分科会副会長。(特殊教育部会にあっては、それぞれ部会長、副部会長)

お問合せ先

初等中等教育局小学校課教育課程企画室

(初等中等教育局小学校課教育課程企画室)

  • [7]
  • 「曽野綾子が・・・、解の公式削除」の元ネタは多分これ

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2015年 3月 2日(月)09時32分5秒
  • 返信
 
http://sfi-npo.net/ise/quality_education/no2_downloadfile_1.pdf
p20

このことについて、教課審の三浦朱門会長は、週刊教育 PRO の 1997 年 4
月 1 日号のインタビューの中で、

「曽根綾子のように『数学大キライ』な人がいて、『私は二次方手式
もろくにできないけど、六十五歳になる今日まで全然不自由しなかっ
た』というような委員がいれば、恐らく『何のためにそのようなことを
教えなければならないのか』というようなことを言うはずです。つまり、
そのような委員が半分以上を占めなければいけないのです。」

と答えている。


  • [6]
  • Re: 脱線

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2015年 2月24日(火)20時44分46秒
  • 返信
 
>>5

「ぎんばやしこう」だとは、私も最近まで知らなかったw

  • [5]
  • 脱線

  • 投稿者:kankichi573
  • 投稿日:2015年 2月24日(火)19時29分13秒
  • 返信
 
>>3
図書館で銀林浩の本「数の科学」を借りてきた。
#ひらがなしか打てない蔵書検索の端末で「ぎんばやしひろし」
#「ぎんはやしひろし」「ぎんりんひろし」で検索するも該当がなくて
#悩んだのは秘密だ。結局フルキーボードのついた端末の蔵書検索で引っ掛けた。
冒頭から「個体発生」「系統発生」って言葉が並んでなんという偶然、きのうのきょうやないかとびびったw

  • [4]
  • Re: そやけどなぁ

  • 投稿者:おおくぼ
  • 投稿日:2015年 2月24日(火)14時53分33秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>3

>
別のスレで問題になったような演算子や記号だけでも今の形に整理され、大多数のコンセンサスを得られてることがどんだけ有難いか。
>

「ゆとり教育論争」がありましたが、ゆとり教育の失敗は明らかだと思うのです。
ゆとり教育失敗の責任は三浦朱門にもあると思います。

しかし私が明らかにしたいのでは、「ゆとり教育の失敗の原因」ではなく、
三浦朱門の「曽野綾子・二次方程式の解の公式」発言の真意です。(注:よく誤解されていますが曽野綾子が直接発言したわけではありません)。

  • [3]
  • そやけどなぁ

  • 投稿者:kankichi573
  • 投稿日:2015年 2月24日(火)11時27分10秒
  • 返信
 
>>1
>とにかく数学の歴史や発展は決して一本道ではなかった。
>それなのに、それを単純明快な、そして一度、落ちこぼれると、二度と回復
>できないような体系にしてしまったことに、いろいろな問題がありそうに思われる。」

たとえば、まるっきり逆の(「個体発生は系統発生を繰り返す」よろしく)、
数学の発展の歴史にトレースするようなカリキュラムを実施したら大混乱の
落ちこぼれだらけになると思うけどなぁ。
別のスレで問題になったような演算子や記号だけでも今の形に整理され、大多数のコンセンサスを得られてることがどんだけ有難いか。


  • [2]
  • Re: 噂の真相

  • 投稿者:おおくぼ
  • 投稿日:2015年 2月24日(火)04時20分25秒
  • 返信
 
>>1
> 三浦朱門の数学教育に関する考えを、三浦朱門の本を通して検証してみようと思います。
>

原文の続きです。 ↓

  • [1]
  • 噂の真相

  • 投稿者:おおくぼ
  • 投稿日:2015年 2月24日(火)04時17分8秒
  • 編集済
  • 返信
 
三浦朱門の数学教育に関する考えを、三浦朱門の本を通して検証してみようと思います。
三浦朱門の数学に関する考えは『我流・教科書検定』(1992年)に一番詳しく書いてあります。
しかし1997年の発言を検証するのは、1998年に出た『日本人をダメにした教育』が相応しいと思うので、こちらを使って検証してみます。
まず三浦朱門は「二次方程式の解の公式が社会で必要ないから中学数学から削除すべき」と考えたのか?
76頁に「もっと面白くて数学が好きになる学び方がある」というタイトルの章があります。
以下に気になった箇所を引用してみます。

「数学にはこのように、さまざまな切り口がある。
それなのに、従来の数学は一本道でありすぎた。ひたすら工学的な計算の道具になりうる数学しか教えない。」

「数学のさまざまな切り口のどれか1つでも関心を持てれば、そこから数学に入ることができるし、必要と関心の形によっては、そこから探究が始まるし、知識の蓄積が行われる。
とにかく数学の歴史や発展は決して一本道ではなかった。
それなのに、それを単純明快な、そして一度、落ちこぼれると、二度と回復できないような体系にしてしまったことに、いろいろな問題がありそうに思われる。」

「ただ今から考えると、あの時に、こういう形で数学的な問題対処の方法があったのに、と思われることが、他の教科の関連で思い出されることが多い。
繰り返して言うが、数学は物理や化学、そして時に生物に役立つだけではない。
社会科の歴史にも地理にも応用すれば、新しい地平を開いてくれることであろう。
それをしなかったのは、教育関係者の怠惰と先入観のおかげであろう。」



資料として原文を置いときます、文脈を確認してください。 ↓





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