• [0]
  • 内包量・外延量について

  • 投稿者:積分定数
 
 算数教育について調べていくと、内包量・外延量という言葉に出会う。

 物事を定義する際に、内包的定義・外延的定義 というのがあるらしいが、それとは全く関係なさそうである。

 内包量・外延量に関して、議論していきたいと思います。

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sage

  • [534]
  • 大学生 は 「内包量 は相加 平均で きな い 」 とい う こ とを理解 して い るか

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2017年 3月20日(月)11時44分40秒
  • 返信
 
大学生 は 「内包量 は相加 平均で きな い 」 とい う
こ とを理解 して い るか
斎 藤 裕 (新 潟県 立 大 学)

http://ci.nii.ac.jp/els/110010014037.pdf?id=ART0010574790&type=pdf&lang=en&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1489977568&cp=

  • [533]
  • 知恵袋

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2017年 3月20日(月)11時16分49秒
  • 返信
 
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10170254095

2017/2/814:57:24
①外延量どうしは足し算や引き算ができる
②内包量どうしは足し算や引き算ができる
③外延量と内包量は足し算や引き算ができる
①~③の中で間違えているのはどれか教えていただきたいです。

  • [532]
  • 法政大学

  • 投稿者:ゴルゴ・サーディーン
  • 投稿日:2015年12月24日(木)22時54分44秒
  • 編集済
  • 返信
 
広島工業大学が撤退してしまってウォッチャーとしては寂しいと感じていましたが、
法政大学で「内包量・外延量」を教えていることがわかりました。
 ( 大学院生の論文でそれが出て来たら
   「 その大学で教えている 」
   と見なしていいですよね… )

http://repo.lib.hosei.ac.jp/bitstream/10114/11728/1/14_thesis_master_%E7%A7%8B%E5%B1%B1%E5%B3%BB%E5%A4%AA%E9%83%8E.pdf
( 11/83 ページ )

>1)状態量
>系の状態を表現する量であり,「内包量」と「外延量」に分けられる.内包量は力,ト
>ルク,電流などであり,外延量は速度,角速度,電圧などである.また,内包量と外延
>量の積はエネルギー(正確には仕事率P 単位はワット[W]になる(表2.1). )


速度は外延量ですかそうですか。

  • [531]
  • 銀林浩氏も循環論法論争に参戦 - 銀林氏、素粒子論にも進出

  • 投稿者:鰹節猫吉
  • 投稿日:2015年 8月29日(土)10時15分56秒
  • 返信
 
(続き)

ひきつづき 日本評論社 銀林浩 人文的数学のすすめ です。

 銀林浩氏は、素粒子論にも進出している模様。

> 左右は最も基本的な物理的にも確定することが不可能だからでもある。実際、リー-ヤンによる弱い相互作用におけるパリティ保存則の破れの発見によって、素粒子論は新たな段階を迎えたのであった。

 物理法則を使って左右を確定するのは不可能と断言したあとで弱い相互作用におけるパリティ保存則の破れが出てきたりして、わけがわからない。

↓  銀林氏は、こんなことも書いている。

>  物理量でいうと、掛ければ掛けるほど外延的になる。つまり、密度や体積より、それを掛け合わせた質量のほうが外延的で、加法性がより普遍的に成り立つ。さらにそれより、質量と力を掛けた運動量のほうが外延的で、保存則が成り立つ。しかし、最も外延的なのはエネルギーでその保存則は最も一般的に成り立つ。したがって逆に、物理量を割れば割るほど内包的となるわけだ。

 銀林氏独自の理論物理学を構築しているようだ。

  • [530]
  • 銀林浩氏も循環論法論争に参戦 - 二等辺三角形の底角

  • 投稿者:鰹節猫吉
  • 投稿日:2015年 8月29日(土)09時37分21秒
  • 返信
 
「中学数学の、二等辺三角形の底角が等しいという定理の証明は循環論法だ。」といってるところです。

(続く)


  • [529]
  • 「熱は、外延的な量・内包的な量 のどちらでもない」

  • 投稿者:ゴルゴ・サーディーン
  • 投稿日:2015年 8月27日(木)22時21分1秒
  • 返信
 
近畿大学では、
  「 エネルギーは外延的な量、
    熱は、外延的な量・内包的な量 のどちらでもない。」
のだそうです。

http://www.rist.kindai.ac.jp/~kiguchi/h26/buturi-2/%E7%86%B1.pdf
 ( 12/37 ページ )

  >■物質量に比例する量と強度に比例する量
  >
  > ・物質量に比例する量:示量性、外延的な量,Extensive.
  >  エネルギー、体積、熱容量、など。
  >  どれだけの量の物質を考えているかを明確にする必要がある。
  >  1mol の物質を考えているのか、1gあたりを考えているのか、一
  >  原子あたりを考えているのか。
  >
  > ・強度を表す量:示強生、内包的な量,Intensive.
  >  温度、圧力。
  >
  > ・熱はどちらでもない。
  >  熱=内包量×外延量
  >  と分けられるであろうか。

  • [528]
  • Re: 広島工業大学

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2015年 7月10日(金)08時41分10秒
  • 返信
 
>>527
> 内包量外延量が廃れること自体は歓迎すべきですが、その代わり
>  「電流は内包量ですか?外延量ですか?
>   広島工業大学 と 久喜工業高校 では見解が分かれています」
> と言えなくなってしまいました。
>
>
> オカルト雑誌が廃刊したようなものですね。

トンデモに憤慨して指弾し続けていると、それが常態化して相手がいなくなるとちょっとさびしい、

ストックホルム症候群? ちょっと違うか?

でも油断大敵。現状の算数教育が変だと思って(その考えは正しい)、数教協に引き寄せられる若い世代もいるだろう。継続的批判が必要。

「内包量 外延量」で検索すると、ここがやっと10番目ぐらいにでてくる。批判するサイトが上位になるような状況であってほしいが、ここ以外に批判サイトがほとんどない。

  • [527]
  • 広島工業大学

  • 投稿者:ゴルゴ・サーディーン
  • 投稿日:2015年 7月 9日(木)22時39分2秒
  • 返信
 
内包量外延量に関して刺激的な知見を発信していた広島工業大学ですが、
この春に担当者が退職したようです。

http://tamanosc.cc.it-hiroshima.ac.jp/

「電流は外延量」としていた授業資料がなくなっていました。

内包量外延量が廃れること自体は歓迎すべきですが、その代わり
 「電流は内包量ですか?外延量ですか?
  広島工業大学 と 久喜工業高校 では見解が分かれています」
と言えなくなってしまいました。


オカルト雑誌が廃刊したようなものですね。

  • [526]
  • 2倍の温度

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2015年 5月28日(木)08時03分17秒
  • 返信
 
https://twitter.com/wanshan0508/status/603409421088083968

  • [525]
  • 軍艦の問題

  • 投稿者:ゴルゴ・サーディーン
  • 投稿日:2015年 4月21日(火)22時48分43秒
  • 返信
 
http://oshiete1.nifty.com/qa4589463.html
 >昔、「新・坊ちゃん」という夏目漱石のテレビドラマをみました。
 >坊ちゃんを演じたのは柴俊夫さんでした。たしか、マドンナは真野響子さんでした。
 >ドラマの中で、海軍の軍人が、日本海海戦?での戦闘で、暗算で速度を計算する問題
 >をだします。普通は、あわてて、速度どうしを足したりひいたりしますが、割合(内
 >包量)は、もとの数量(外延量)にもどしてそれぞれ、足し算、引き算をして、そのあ
 >と割り算をしなければなりません。そこで、坊ちゃんは、計算間違いをします。ドラ
 >マでは、一瞬のできごとなので、見ている観客に、ドラマのなかの問題がどういう問
 >題なのか、ほとんどわからなかったと思います。わかったのは、算数の指導の経験豊
 >かな小学校の教員、数学の教員くらいでしょうか。もちろん数学の得意な科学技術者
 >のみなさんもすぐにわかったと思います。


「坊ちゃん」にそんな場面があったのでしょうか?
私は年少者むけのダイジェスト版しか読んでいないので判りませんが。

軍艦の速度の計算で
 「もとの数量(外延量)にもどしてそれぞれ、足し算、引き算をして、そのあと割り算」
とはどういう状況なんでしょう?
 (a)相対速度
   ↑それなら単純に足し引きすればいいはず
 (b)体当たりして、ひと塊になるという状況
   ↑その場合、運動量保存則で計算する必要があるので、ある意味かれらの言う通り
    ですが、体当たりするなんて海賊ですか?…
 (c)同じ道のりを往復して、往路と復路の速度が違う場合の平均を求めよという問題
   ↑これなんですかねえ…

  • [524]
  • まだやる気?

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2015年 3月25日(水)14時44分3秒
  • 返信
 
「時代は動く!どうする算数・数学教育」p202 銀林浩の発言

>計算を体系化するだけの話であれば水道方式は一挙にできたわけですけれど、量というのは現実世界のありとあらゆるものに関係するわけです。ですから、量の問題は一朝一夕では片づかないわけです。一応、遠山さんとわれわれで分類したけれど、まだこれは荒っぽいものです。まだまだやらなくてはいけないし、つねに新しい問題が出てくるわけです。

「まだこれは荒っぽいものです。まだまだやらなくてはいけない」

!?


http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t2/66
「誘導外延量」「誘導内包量」「外延量的内包量」「基底外延量」「逆内包量」「蓄積量」「分布量」「輸送量」「1次の内包量」「2次の内包量」

これじゃまだ足りないの?

  • [523]
  • 兵庫教育大学

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2015年 3月 1日(日)21時21分8秒
  • 返信
 
http://www.hyogo-u.ac.jp/files/h25_11_sugaku.pdf
問題Ⅱ

  • [522]
  • 逆内包量と内包量

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2015年 2月28日(土)15時42分1秒
  • 返信
 
http://kiyotaka6.exblog.jp/16922720/
【たとえば速度をkm/hで決めています。速度をh/kmで表現することも可能です。しかし、そんなことはしません。h/kmでは時間の値が増えれば増えるほど遅さが増えるつまり遅さを表しているのです。】

100mを10秒で走るのと、15秒で走るのではどちらが速いか、すぐにわかると思うのだが・・・


それはともかく、この人のブログを読んでいると、「○○度」を表す内包量は、「○○の程度が大きくなるに伴って、数値が大きくなる」ということのようですね。

数値が小さくなるのは「逆内包量」らしい。

それで、逆内包量は分かりにくいのなんのと言っているように思える。


しかし、「寒いね。気温は3℃」とか、「程度が大きければ、指標が小さくなる」なんて普通にあるのにね。

「あの子は数学が出来る子で、この間のテストも学年で1位だったよ」とかね。

こういうのは数教協が「教育は競争ではない」とかいって嫌いそうだけどね。

  • [521]
  • 逆内包量

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2015年 2月27日(金)14時30分27秒
  • 返信
 
>>520
> ■逆内包量による分数除法の指導: 分数のわり算はなぜわる数をひっくり返してかけるのか
>  http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/57889/1/AN10116428-29_19-54.pdf

単位時間当たりの距離 単位長さあたりの時間

前者は内包量とすると、後者は逆内包量  というのは理解できたけど、これって相対的なものなのか?絶対的なものなのか?

後者を内包量とすると、前者は逆内包量 となるのだろうか?


絶対的なものだとすると、どちらを「逆」とする明確な基準があるのだろうか?

https://www.google.co.jp/search?q=%E7%9F%B3%E5%8E%9F%E6%B8%85%E8%B2%B4%E3%81%AE%E7%AE%97%E6%95%B0%E6%95%99%E8%82%B2%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0&oq=%E7%9F%B3%E5%8E%9F%E6%B8%85%E8%B2%B4%E3%81%AE%E7%AE%97%E6%95%B0%E6%95%99%E8%82%B2%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0&aqs=chrome..69i57j69i61l2&sourceid=chrome&es_sm=93&ie=UTF-8#q=%E7%9F%B3%E5%8E%9F%E6%B8%85%E8%B2%B4%E3%81%AE%E7%AE%97%E6%95%B0%E6%95%99%E8%82%B2%E3%83%96%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%80%80%E9%80%86%E5%86%85%E5%8C%85%E9%87%8F

ここでヒットするブログを見ると、どうも絶対的なようで、「最初は内包量からやるべき」という主張らしい。


http://kiyotaka6.exblog.jp/16920985/


面積/人数  人数/面積

連続量を分離量で割るほうが分かりやすいように思うけどどうなんでしょうね?

さらに、「1人あたりの面積」の方が「自分の主観的視点」とも合致しているように思うのだけど。


http://kiyotaka6.exblog.jp/16657670/
【そもそも逆内包量を使いなおかつかけ割図を一部盗用したような面積図を使いして図化したり、説明しようとしたりするのがいけないとあらためて思う一こまでした。】


この人は、主流派算数教育と数教協の手法が似ていると、「盗用」「歪曲」ということが多いのだが、自意識過剰に思える。

  • [520]
  • まだまだ現役

  • 投稿者:ゴルゴ・サーディーン
  • 投稿日:2015年 2月26日(木)23時51分23秒
  • 返信
 
■高等学校「内包量を量として教える(込み具合、密度、速さ)」
 http://family.shogakukan.co.jp/cgi-bin/teachers/kyogi/semical/details.cgi?selDate=20150211

■逆内包量による分数除法の指導: 分数のわり算はなぜわる数をひっくり返してかけるのか
 http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/57889/1/AN10116428-29_19-54.pdf

  • [519]
  • 投稿者:黄昏
  • 投稿日:2015年 2月 7日(土)16時43分3秒
  • 返信
 
<銀林らの分類では、量はまず分離量と連続量に分けられる。
<連続量は外延量と内包量に分けられる。
<内包量は度と率に分けられる。

<内包量は加法性が成り立たない量であり

率だって加法できますね。
10%食塩水100gと15%食塩水100gを混ぜると
食塩の量は100gの25%。

  • [518]
  • Re: もうひとつの「季節の風物詩」

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2015年 2月 7日(土)14時09分27秒
  • 返信
 
>>517
> http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11141199111
> >内包量理解って何のことですか?教えて下さい>
> 12月末に2年生の子を持つ親が「なんじゃこりゃ?」と言って騒ぐのと同様、
> 大学の後期の終わりごろに「内包量って何?」と大学生が調べるのも季節の風物詩なのですね。
>
>


そういう人が「内包量」で検索してここに来て、内包量の概念のインチキさに気づき、単位を・・・


でも、検索の上位は内包量・外延量に好意的なサイトばかりだね。

  • [517]
  • もうひとつの「季節の風物詩」

  • 投稿者:ゴルゴ・サーディーン
  • 投稿日:2015年 2月 6日(金)23時48分16秒
  • 返信
 
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11141199111
>内包量理解って何のことですか?教えて下さい

12月末に2年生の子を持つ親が「なんじゃこりゃ?」と言って騒ぐのと同様、
大学の後期の終わりごろに「内包量って何?」と大学生が調べるのも季節の風物詩なのですね。



  • [516]
  • Re: 平成23年度の論文

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2015年 1月26日(月)07時10分4秒
  • 返信
 
>>515
> >>513
> >黒木さんが既に言及されていますね。
>
> なんと、既出でしたか!

私も失念していました。ゴルゴさんの書き込みで改めて検索して、http://homepage.kokushikan.ac.jp/rio/user/kks_rio/memo/fraction/kakezan.pdf
との関係に気づきました。

  • [515]
  • Re: 平成23年度の論文

  • 投稿者:ゴルゴ・サーディーン
  • 投稿日:2015年 1月25日(日)22時52分51秒
  • 返信
 
>>513
>黒木さんが既に言及されていますね。

なんと、既出でしたか!

>>514
>筑波大学教育学会
>>量のかけ算」と「倍のかけ算」に関する考察
>―小中学校で、内包量や「量のかけ算」を教える必要はないのか―

一瞬
「さんざん『内包量』を教えてるじゃないか。何を言ってるんだ?」
と思いましたが、件の論文で
 >筆者は,上記の210㎞/時や240㎞/時などを「異種の二つの量の割合」としてとらえず,
 >距離を時間で割ることで新しくつくり出される量,つまり,「内包量」であるとの認識を
 >もっている。

としていますね。
 「二つの量の比」は内包量だという話だったはずですが、そうではない流儀もあるんですね!

  • [514]
  • 井上正允氏

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2015年 1月25日(日)13時59分44秒
  • 返信
 
ざっと検索したところ以下のようなものがヒットした。URLを入れるとうまく書き込めないようなので、各自検索してください。


数教協九州地区研究大会
>講演は、会場になった佐賀大学の元教授でイメージ 3付属の校長だった井上正允先生。教え子の若い先生がたくさん来ていた。厳しくも愛情のある指導だったそうだ。もともとは高校の数学の先生をされていたので、研究者でもあり実践家でもあるのだ。


一般財団法人東京私立中学高等学校協会
>さて、今回は前佐賀大学教授の井上正允先生をお迎えし、お話を頂戴する機会を得ました。井上先生は公立中学、また筑波大学附属駒場中学校・高等学校で長く教壇に立たれた経験もおありで、現場の教育についても深い視点をお持ちです。


佐賀大学文化教育学部
佐賀県教育委員会
>コーディネーター 井上 正允(佐賀大学文化教育学部教授)


日本数学教育学会
>井上正允(元 佐賀大学)
「量のかけ算」と「倍のかけ算」の指導に関する研究


筑波大学教育学会
>量のかけ算」と「倍のかけ算」に関する考察
―小中学校で、内包量や「量のかけ算」を教える必要はないのか―
井上 正允(元 佐賀大学)




数教協に近い立場でありつつ、教育委員会や筑波大学ともかかわりがあるようです。

筑波大学付属小学校算数部との関係は不明。


  • [513]
  • Re: 平成23年度の論文

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2015年 1月24日(土)22時02分38秒
  • 返信
 
>>512
> ネット上で内包量外延量を唱える人と直接やりとりする機会は少ない(inter-edu のようなケースを
> 現在進行形で見るチャンスは少ないように思います)ですが、業界ではまだまだ現役のようです。
>
> (平成23年度の論文)
> http://portal.dl.saga-u.ac.jp/bitstream/123456789/119602/1/kawaguchi_201203.pdf
>  ( 12/14 ページ )
>  >「はじめに」でとり上げた210や240を「量(内包量)」ととらえるのか,「割合(単位量当たりの大き
>  >さ)」ととらえるのか。これは,現在の算数教育が抱える1つの論点である。しかし,この論議は今に始
>  >まったことではない。1958年の「割合論争」から続いていたのである。それは,「量をどうとらえるの
>  >か」から始まり,「乗法や除法をどうとらえるのか」という論争にまで発展する。「割合論争」から50年
>  >以上が経過したが,今もなお,この論争は終わりを見せてはいない。

>
>  論争が終わらないのは当然ですなあ。

黒木さんが既に言及されていますね。

http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t2/629
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t2/639

この↓「同じ掛け算じゃないか」と子供に言われた人ですね。
http://homepage.kokushikan.ac.jp/rio/user/kks_rio/memo/fraction/kakezan.pdf

46ページでは原発とか軍事費とか失業率とか唐突に出てくる。

式に単位を書くように指導する教師になりたいといっているのだが、どうなったのだろうか?

  • [512]
  • 平成23年度の論文

  • 投稿者:ゴルゴ・サーディーン
  • 投稿日:2015年 1月23日(金)22時47分53秒
  • 返信
 
ネット上で内包量外延量を唱える人と直接やりとりする機会は少ない(inter-edu のようなケースを
現在進行形で見るチャンスは少ないように思います)ですが、業界ではまだまだ現役のようです。

(平成23年度の論文)
http://portal.dl.saga-u.ac.jp/bitstream/123456789/119602/1/kawaguchi_201203.pdf
 ( 12/14 ページ )
 >「はじめに」でとり上げた210や240を「量(内包量)」ととらえるのか,「割合(単位量当たりの大き
 >さ)」ととらえるのか。これは,現在の算数教育が抱える1つの論点である。しかし,この論議は今に始
 >まったことではない。1958年の「割合論争」から続いていたのである。それは,「量をどうとらえるの
 >か」から始まり,「乗法や除法をどうとらえるのか」という論争にまで発展する。「割合論争」から50年
 >以上が経過したが,今もなお,この論争は終わりを見せてはいない。


 論争が終わらないのは当然ですなあ。

  • [511]
  • 素朴に考えて

  • 投稿者:kankichi573
  • 投稿日:2014年 3月23日(日)22時26分44秒
  • 返信
 
物理量の次元式(LMTIの何乗ってアレ)を見ただけで内包量、外延量が一意にかつ機械的に求まらないのなら、そんな概念は無用の長物じゃないのん?
#もちろん話し合って決めるようなもんじゃあるまいし。

  • [510]
  • Re: GSとは俺のことかとゴルゴ謂い

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2014年 2月15日(土)01時04分29秒
  • 返信
 
>>509

用件を聞こう

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  • [509]
  • GSとは俺のことかとゴルゴ謂い

  • 投稿者:ゴルゴ・サーディーン
  • 投稿日:2014年 2月14日(金)21時51分44秒
  • 編集済
  • 返信
 
https://twitter.com/tetragon1/status/434216231676039168

>本当に,算数レベルまでなら「内包量・外延量」が認知されて
>いるという話は知らないんでしょうか?
>あまり面識がないので,GSさんに確認して戴けませんか?

>GSさんって誰?


手間をはぶくために答えておきましょう。

【1】
 「算数レベルまでなら認知されている」というフレーズを
 「 小学校教員養成課程・算数教育専修の人々のあいだでは広く支持されている 」
 と翻訳するなら、答えはYES でしょうね。

【2】
 もし「算数の範囲内なら内包量外延量が通用すると、ゴルゴは考えているか?」
 という意味なら、もう少し正確な言い方にしておきます。
 正確には
  「速さ・時間・道のり
   密度・体積・質量
   濃度・溶液全体の質量・溶質の質量
   などの限定された問題では、内包量外延量はボロを出していないので
   その範囲内では本当だと認めてあげても良い。
   ただし、『中学以降の学習内容には通用しない場合がある』と明確に
   宣言したうえで語ること。」
 ということです。

  • [508]
  • 脱線転覆

  • 投稿者:Maria
  • 投稿日:2014年 2月 8日(土)20時10分20秒
  • 返信
 
>>505
> 大分前Lisperの集いでschemeを何と読むか話題になったもので、つい脱線。

 ショパンをホピンと呼ぶ国あり、チョピンと呼ぶ国あり。
 scheme をスケメと読んでも通じるならば悪くはなし。化学をケモと呼ぶ人もあり。

 そういえば width を「ワイズ」、length を「レンジ」と読んでいるヒトがよくいましたが、それはそれで方言というコトなんだと思います。

http://animaleconomicus.blog106.fc2.com/


  • [507]
  • シェーマに関して

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2014年 2月 8日(土)10時12分7秒
  • 返信
 
シェーマ、教具、ブラックボックス、算数、

などを組み合わせて検索すると色々出てくるけど、「算数・数学の面白さ」って、そう言う方向じゃないんじゃないの?教える側が熱中して工夫して教具を作っても意味ないじゃん、子どもが如何に熱中して工夫するかが重要なんじゃないの?と思ってしまう。


↓これとか、何となく分かる。
http://math.artet.net/?eid=1092374

  • [506]
  • Re: 脱線

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2014年 2月 8日(土)10時00分13秒
  • 返信
 
>>505
> >>504
> 文中のシェーマってスキーマのことですよね。
> #特にどう読むべきかって意見はないです。
> 大分前Lisperの集いでschemeを何と読むか話題になったもので、つい脱線。

「シェーマ」というのは、本来の意味はともかく、遠山啓が算数教育で提唱して以来、水道方式の独特の意味になっていますね。

  • [505]
  • 脱線

  • 投稿者:kankichi573
  • 投稿日:2014年 2月 7日(金)21時04分31秒
  • 返信
 
>>504
文中のシェーマってスキーマのことですよね。
#特にどう読むべきかって意見はないです。
大分前Lisperの集いでschemeを何と読むか話題になったもので、つい脱線。

  • [504]
  • 大学で水道方式

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2014年 2月 7日(金)11時34分43秒
  • 編集済
  • 返信
 
日本福祉大学算数科教育法
http://www.n-fukushi.ac.jp/syllabus/syllabus2009/kodomo_kamoku/160_GB070401.html

この方、以前私と喧嘩した数教協関係者です。


念のため、魚拓
http://megalodon.jp/2014-0209-1747-49/www.n-fukushi.ac.jp/syllabus/syllabus2009/kodomo_kamoku/160_GB070401.html

  • [503]
  • 「集合」でも「量の理論」

  • 投稿者:鰹節猫吉
  • 投稿日:2013年11月27日(水)00時45分6秒
  • 返信
 
瀬山士郎氏、 「なっとくする集合・位相」 です。


  • [502]
  • Re: 単位は大切

  • 投稿者:ゴルゴ・サーディーン
  • 投稿日:2013年11月26日(火)22時44分59秒
  • 返信
 
>>501
>よって、内包量・外延量など虚構である」なんて書いたら間違いなく不可。

ああ、なんという『ジェンダー論のレポート』

http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t21/1457

  • [501]
  • 単位は大切

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年11月26日(火)17時40分11秒
  • 返信
 
ツイッターで「内包量」を検索したらどこかの大学でレポートが出されたようで、どうすりゃいいのか途方に暮れるつぶやきを散見した。ここを教えてあげようかと思ったけど、ここを参考にレポート書いたら、間違いいなく不可w

 だからやめておいた。「内包量」でぐぐると、ここが2ページ目の最後に出てくるから、ここにたどり着くのかは微妙だけど、

 もし見ていたら、ここの内容を肯定的にレポートに書かない方がいいよ。「よって、内包量・外延量など虚構である」なんて書いたら間違いなく不可。

 時速4㎞で3時間は、4㎞×3か? 4㎞/h×3hか? なんて、そんな単位はどうでもいいが、卒業単位はそうは行かない。

で、板書の画像があった。大学で内包量、教えているんだね。
https://twitter.com/PyM_180/status/404275440606400512/photo/1/large

  • [500]
  • 経済学のための数学入門

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年11月14日(木)14時26分41秒
  • 返信
 
桃山学院大学准教授藤間真氏という方の文章のようです。

http://rio.andrew.ac.jp/~tohma/lecture

> 外延量と内包量について
▼数学はよく使われることの抽象化▼量について考える。▼基本的に単位の違う量の加減算は意味が無い。例えば  ドルと  円があっても  とはしない。▼長さ、重さ、時間、など加減算に意味がある量を外延量と呼ぶ。▼密度、濃度、など加減算に意
味がない量を内包量と呼ぶ。▼原則として、量は加減算では種類・単位が変化しないが、乗除算では種類・単位が変化する。(例:長さを時間で割ると時速が出る。)▼乗除算によって単位を統一してから加減算でその単位での増減を計算する。▼単位変換は、一あたりの量をかけて変換すると捉えても良い。(速度や人口密度を考えると良い)▼だから乗算(掛け算)・除算(割り算)を加算(足し算)・減算より先に計算することが良く行われる。▼よって、普通は乗除算を加減算よりも先に行う 乗除先行
。▼加減算を先に行うことを表現するのには括弧を用いる。


 抽象化してしまえば、内包量も外延量もなくなると思うが。

 乗除が加減よりも優先するのは単位と関係あるの?初めて知った。

  • [499]
  • 虚構なんだから分かりようがない

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年11月 7日(木)11時35分5秒
  • 返信
 
http://animaleconomicus.blog106.fc2.com/blog-entry-1023.html
>批判する連中もよく分かっていないところがイタいところである。

支離滅裂な虚構なんだから、分からないのが当たり前だと思います。

  • [498]
  • Re: (無題)

  • 投稿者:Mr.Moto
  • 投稿日:2013年11月 6日(水)21時30分31秒
  • 返信
 
>>495
>   「数学と工学の文化の違い」 → 工学の人は、Maria氏と同じような考え方をするんですか?

 よく分からんが、遠山さんも累加で乗算を説明するのは無茶だと思ったらしいぞ。

『 私が“外延量”・“内包量”ということを提案した当時は、「なんでそんなにめんどうなことをいうのか」という声がだいぶあった。数学教育協議会(略称、数教協)の内部でも、ひじょうに評判が悪かった。しかし、この視点はどうしても必要なのです。なぜなら、この区別をしないと、数学教育の体系をたてることができないからです。つまり、実数の計算は加減と乗除という異質の二重構造をもっていますが、外延量・内包量ということを考えないと、この二重構造の満足な説明ができないのです。』

 もっとも、遠山 啓は数学の人ではなくて工学の人だ、と言うのならそれはそれで筋が通っているのだが。それにしても「すべての工学の人が累加で乗算を説明することを認めない」からといって、「すべての数学の人が累加で乗算を説明することを認める」が成立するかというと、なんとなく筋が通っていないような気がする。

 もちろん、“なんとなく”なのだが。

http://animaleconomicus.blog106.fc2.com/


  • [497]
  • 少し

  • 投稿者:kankichi573
  • 投稿日:2013年11月 6日(水)21時11分35秒
  • 返信
 
新車と中古車って不特定物と特定物の違いだと思ふ。

  • [496]
  • Re: (無題)

  • 投稿者:Maria
  • 投稿日:2013年11月 6日(水)15時37分15秒
  • 返信
 
>>494
> それは自然現象ではなくて「気の持ちよう」ですから。

 数学的実在というものは自然現象であって、「気の持ちよう」ではないということですね。
 (「(笑)」とか書くと叱られそうだな。)

http://animaleconomicus.blog106.fc2.com/


  • [495]
  • Re: (無題)

  • 投稿者:鰹節猫吉
  • 投稿日:2013年11月 4日(月)20時48分13秒
  • 返信
 
>>494
> 私としては「新車と中古車の価値の違い」(金額の違いでなく何か“根本的”に違いがある)などとという話にはつきあいたく無いですね。
>
> それは自然現象ではなくて「気の持ちよう」ですから。
>



私は、一番最初の時点で、Maria氏には付き合えないなと思ってましたよ。

一番最初のコレ↓ の時点で ↓


> そんなわけで、「乗算とは累加である」というのを、工学屋は「その通りではあるんだけどさ」と思いつつも何かヘン、だと思ってしまうのだ。累加というのは水平にダーッといく感じなのだが、乗算というのは次元が違うというか俯瞰的というか鳥瞰的というか、少なくとも累加というプロセスの延長上にあるものではないのである。だから、0とかマイナスとかの乗算というのは「なんか別次元のもの」という感じがする。
> これは工学屋のほうが数学屋より上とかいう話ではなくて、文化の違いなのである。



> 水平にダーッといく感じ

  誰が水平にダーッといかないといけないと決めたのだ?
  上のほうや下のほうにくっつけてもいいに決まっているではないか。


  「数学と工学の文化の違い」 → 工学の人は、Maria氏と同じような考え方をするんですか?

  数学専攻でない理系の人(私もそうですが…)にお聞きしますが、みんなMaria氏みたいな考え方をするんでしょうか?

  そんなはずはありますまい。



  • [494]
  • (無題)

  • 投稿者:ゴルゴ・サーディーン
  • 投稿日:2013年11月 4日(月)19時47分16秒
  • 返信
 
私としては「新車と中古車の価値の違い」(金額の違いでなく何か“根本的”に違いがある)などとという話にはつきあいたく無いですね。

それは自然現象ではなくて「気の持ちよう」ですから。


  • [493]
  • Re: “おかしなたし算”

  • 投稿者:Maria
  • 投稿日:2013年11月 3日(日)20時50分9秒
  • 返信
 
>>492
> 2つの量を示して、コンテクストなしに、「これとこれは足せるのか?」なんて質問したら、大抵混乱してしまうと思うのだが ……

 文脈(コンテクスト)抜きっつートコロに問題があるのであって、「学校と社会においてコンテクストが乖離してても、学問という観点においては一致しているのだぁ!」みたいな思い上がりが教師の側にあるにしても、家庭においては「学校の先生なんていうものは、あれはあれで大変なんだから」みたいに思っているところはある(ウチはそうです)と思います。

 てなワケで、あたしたちは(「私たちは」と言わないのは、“こっち側”の物言いだと思ってくださいませ)、学校のテストの点数なんていうのは、もともと信用はしていません。

 ただ、そういう余裕のない先生もいれば、そういう余裕のない家庭もあるんですよね。

 ですから、そういうコンテクストを共有できない関係性に(結果としては)問題がある、というコトなんじゃないっすかね?

 “あたし”たちは、むしろ「コンテクスト」を提示する側なので、そういったバカヤロ様にかかずらっているほどヒマじゃありません。

 遠山さんは、古典数学から現代数学への過渡期に数学界にかかわっており、世界レベルでも期待されていらっしゃった方です。ニュートンが“最後の錬金術師”と呼ばれたのと同じ意味で、遠山さんは“最後の古典数学者”と呼ばれてもおかしくない方であり、最高レベルのテクニシャンでした。
 その人が、当時“ちえおくれ”と呼ばれた子供たちに魅かれた気持ちというのが、“あたし”にはよくわかるように感じます。つーか、あたし自身の気分としては、手に取るようによくわかる。

 あたしたちは、他人の気持がわかりません。あたしたちの拠り所は、“モノ”です。ですから、「あんたらの言ってることはワケがわかんないんだよ! 辻褄が合ってないんだよ! リクツに合ってないんだよっ! おかしいだろ!」という気分は、(少なくとも「算数」とか「数学」の授業では)味わいたくはないんです。で、幸いなことに、高校(都立日比谷高校全日制普通課)・大学(日本大学理工学部航空宇宙工学科)では、そういう気分を味わったことがないんです。われわれは。

 モノはモノなんだから。でしょ?

 日比谷の入試はフツーに問題作っちゃうとみんな満点なんで差別化ができない、という問題があって、独自編成になったそうです。うちの所長も、(独自編成前に)入学してから先生に「数学は百点だった」と教えてもらったそうです。

 「こういう前提で、これを考えた場合、どう解釈するのが、みんなにとって合意可能か?」っつーのが学問なんですよ。で、「解ってもらえない」というときに、「そもそも、何を前提としているのか?」というところに立ちもどって考えるのがあたりまえ、という文化を持っている自閉の人間と、「前提は明らか」というところから出発する健常の方々との間では、やっぱりコミュニケーションに齟齬があるのかな?と思うわけなんですね。

 同じ前提があって、同じプロセスがあるのなら、同じ結論に到るのが数学です。コンテクストを共有できていない時点で、(少なくとも、発達障碍児童の教育の現場であれば)敗北なんじゃないでしょうか。

 「どこから解らなくなっちゃったんだろうね?」という対症療法的なアプローチっていうのが、うちらのスタンダードです。で、その結果として、「外延」という概念にたどりついた経緯があります。あたしたちは、むしろ「コンテクスト」のほうに興味があるように思います。

 「Maria さんも、“耳をふさぐひと”なの?」。そう質問されて、その後で嬉しくってだぁだぁ泣いちゃいました。子供ってステキです。ああ、この子たちはあたしだ、と思いました。これは、コンテキストの共有ということでいいんですよね?

 伊武 雅刀の『子供達を責めないで』を聴かせると、うちの子供たちは ぎゃはぎゃは笑っています。安心します。

 コンテクストを共有せずに教育をしようなんていうのは、単に「あんたバカ?」程度の話だと思うんですけど、どうでしょう。

http://animaleconomicus.blog106.fc2.com/


  • [492]
  • “おかしなたし算”

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年11月 3日(日)16時05分51秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>491
>  「と、いうことは、“テストの点数”っちゅーのは、『内包量』だっちゅーコトやね?」
>
>  “どや顔”が不快。くそぅ。

「テストの点数を足すのは、“おかしなたし算”」と、どや顔で主張している人もいます。

http://www.hm.aitai.ne.jp/~itoh/jugyou/tasizannk.htm
>教育現場では、国語や算数といった教科のテストの点を平気でたしているが、テストの点も問題にしたかった。ところが、テストには点をつけていないので、わがクラスでは実情に合わない。今度高学年をもったら、世の中にある“おかしなたし算”を取り上げてみたい。



>さて、この2時間の授業の流れを振り返ってみると、子どもたちの発言の変化がみられる。初めは何でもたすことができるという子が多かったのが、電信柱とクイ、鉛筆とホームランになってくると、合併するものの異質性に気づいてくる。習字の級になると同質だからたせるのだが、序数の場合は平均する過程での合併以外意味がない。予想通り子どもたちがつまずいた



2つの量を示して、コンテクストなしに、「これとこれは足せるのか?」なんて質問したら、大抵混乱してしまうと思うのだが・・・・

  • [491]
  • Re: 色について

  • 投稿者:Maria
  • 投稿日:2013年11月 3日(日)15時16分55秒
  • 返信
 
>>490
 「マリ坊よ」と、Moto ちゃん。
 「なっ …… 何ですか。」
 「絶対等級が外延量だとか、マグニチュードが外延量とか言ってるよな?」
 「いいじゃないですか! 対数取ってるだけでしょう?」
 「地震のほうは不問にするとしても、絶対等級はダメだろ。赤外域とかX線だけバリバリ出してる恒星だってあるだろう。可視スペクトルの範囲だけ問題にしとるんなら、要はこっちの都合だろう? それを“外延”とか言うのはおかしかろうが。どうや。」
 「それはまぁ ― 認めますけど。」
 「じゃあ、これはマルではなくて、三角くらいにしといていいんだな?」
 「まぁ、認めましょう」
 「そうなると、バツより三角のほうが点数が上で、三角よりマルのほうが点数が上という順序関係は認めるんだな?」
 「認めましょう」
 「だけどなぁ、そうなると、ただマルをつけた教師とか、ただマルのつく答えを書いた生徒児童というのは、本当に解ってるのか?っちゅー話になるわな?」
 「その通りでございます。」
 「と、いうことは、“テストの点数”っちゅーのは、『内包量』だっちゅーコトやね?」

 “どや顔”が不快。くそぅ。

http://animaleconomicus.blog106.fc2.com/


  • [490]
  • 色について

  • 投稿者:Maria
  • 投稿日:2013年11月 3日(日)09時55分36秒
  • 返信
 
 光は実体なので外延。
 エネルギースペクトルの分布は外延量。
 ゲーテのいう「色彩」は内包。
 ニュートンは色光が人間の感覚中枢の中で色彩として感覚されるとしているので、この立場に立ってRGB値で表される色を考えると、赤・緑・青の強度の比率と人間の錐体細胞との感度の比率の内積と定義され、外延量となる。とはいえ個人の色覚には若干のばらつきがあり(いわゆる色盲はその極端な場合)、しかも年齢によって硝子体の色が黄ばんできたりするので、外延量とはいいづらい点もある。
 ここでいう色は「光の色」であり、照明光と物体表面の反射率と錐体細胞のスペクトルごとの感度を考えると、相関とか積分とかいった概念が入りこんできて、またややこしい話になる。

 さらに、桿体細胞の働きまで考えると、暗がりでは青い花は白っぽく見え赤い花は黒っぽくみえるといったことになり、ゲーテが「光と闇」を色彩のうちに含めたくなる気分はよくわかる。

 光の明るさがウェーバー=フェヒナーの法則に従うとすれば、比較はできて測定もできるが単純な加算ができないので内包量。その意味で、星の明るさの見かけの等級は内包量で、絶対等級は外延量。地震の震度が内包量でマグニチュードが外延量、みたいな話と同じ。もっとも星の等級も英語ではマグニチュードですが。
 ただし、明るさに関していうと、マッハが指摘しているように錯視の影響も受けるので、明るさにも内包量としての性質があるという意見には説得力がある。
 感覚としての純粋な青には“明るさ”という感覚が含まれないが、青色の強さの変化によって形は認識できるらしいので、青には“ものを照らす”という意味の“明るさ”があると謂えないこともない。この意味ではゲーテにも分がある。

 外延量か内包量かという区分を機械的に当てはめようとすることに問題があるわけで、「物理的な実体(外延)と対応していて、保存性・線形性・加法性が成立する量は外延量」「等級とか指数とかは、計測や数的な扱いができる場合に“量”とみなして“内包量”と呼ぶこともある」と考えると、べつに不自然なところはない。

 教育現場で用いられている「量の体系」で使われている「外延量」「内包量」という言葉は、こうした理解を踏まえていないため、いたずらに混乱を引き起こしている。早急に改めるべし。

 こういった理解ではいけませんでしょうか。

http://animaleconomicus.blog106.fc2.com/


  • [489]
  • Re: Mariaさんへ、業務連絡

  • 投稿者:Maria
  • 投稿日:2013年11月 2日(土)07時46分30秒
  • 返信
 
>>488
> 他人のコメントの引用部分と、自身のコメントの境目を1行以上離して、どこまでが引用部分かを見やすいようにして下さい。

 了解しました。

http://animaleconomicus.blog106.fc2.com/


  • [488]
  • Mariaさんへ、業務連絡

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2013年11月 2日(土)06時54分37秒
  • 返信
 
他人のコメントの引用部分と、自身のコメントの境目を1行以上離して、どこまでが引用部分かを見やすいようにして下さい。

  • [487]
  • 「述語」という概念

  • 投稿者:Maria
  • 投稿日:2013年11月 1日(金)23時30分6秒
  • 返信
 
>>486
> ただし、数教協の内包量・外延量は虚構であり有害であることが判って
> いて、それとは別物であるとまで言っていながら、わざわざその用語を
> 使うというのは、無駄な苦労を背負い込む行為としか思えませんが。
 はい、本当にそう思います。
 だけど、たとえば現代国語の文法理論(“いわゆる「学校文法」”なるもの)と戦いつづけてきた人間としては、ここで降りるわけにはゆかない気がしたりします。
 「文には必ず述語がある。まず“述語”ありき、というのが、言語学の基礎である」「主格とか目的格とかいった文法格は、述語に対する役割である」「文法格を持つ名辞は(知られている限りにおいて、あらゆる言語において)述語に対して一意に(ユニークに)対応する」「形容詞は、文語文法においては述語だった(終止形があった)が、現代語では述語としての役割を果たしておらず、文語表現の中にのみその役割を保っているが、それも最近は怪しい」「日本語は省略の多い言語であって、非・文法的な言語でもなければ非・論理的な言語でもなく、むしろその文法はシンプルであると謂ってよい」「日本語には“強調転置”ともいうべき言語法則があるが、それは特殊な例とは謂いがたく、フランス語などにも見られるものである。とはいえラテン語というのは“蛮族の言語”みたいな扱いを歴史的にされてきた経緯があるので、“日本語にそういうものがあるというのがちょっとイヤ”っていうヒトがいてもしかたがないとは思う」とかいったコトをずっと主張してきたもんですから、いままで「外延量」「内包量」という言葉を使ってきたひとたちに、「そうか、あれって、そういうことを言いたかったんだ」と、納得してもらいたいと思うんですよ。
 「数学嫌い」とか、「文法嫌い」とかって、哀しいと思いませんか?
 「だって、日常生活で数学使ってないし」「だって、日常生活で国文法とかって意識してないし」というのはその通りなんですが、子供と文化を共有するっていうのは、大切な気がします。

 思想的な潮流としては、“強度としての内包量”というのがずっとあったわけで、目安(「メルクマール」という言い方を遠山さんはしていたと思います)としての内包量というのは、感覚的に“あり”だと思います。だけどそれは、あくまで“目標”あるいは“道標”であって、目的地ではないと思うので、最終的にどこに着地するか、というルートだけは示しておく必要があると思います。

 杉本 亜未『アマイタマシイ』(集英社。1巻)に、こんな場面があります。
 『シェフ … ピアソンの四角形を応用しては?』
 『ピアソン?』
 『違う濃度の液体を混ぜて一定量を作る計算式です』
 『これはスゴイ!!』『天才です~ 川島さん~ すごい~~』
 『(こんな基本的な事も知らんとは~~)』
 『見える所に貼っとけ』

 知っておいたほうが便利なことは、みんなで共有しておいたほうがいいと思います。ですから、「見える所に貼っとく」のは重要なことではないかと。

http://animaleconomicus.blog106.fc2.com/


  • [486]
  • (無題)

  • 投稿者:ゴルゴ・サーディーン
  • 投稿日:2013年11月 1日(金)22時33分47秒
  • 返信
 
「線形な現象・非線形な現象」という事は確かにあるわけで、その事に
別名を与えるのは自由に出来ることだと思います。

ただし、数教協の内包量・外延量は虚構であり有害であることが判って
いて、それとは別物であるとまで言っていながら、わざわざその用語を
使うというのは、無駄な苦労を背負い込む行為としか思えませんが。

  • [485]
  • 新車と中古車と展示車と

  • 投稿者:Maria
  • 投稿日:2013年11月 1日(金)22時31分1秒
  • 返信
 
 知人の自閉さんと話したこと。

 狙撃銃というのは、専用にラインを作って造るわけじゃなくって、量産品の中から精度の高い部品を選別して組み立てたものを使うのだそうです。

 ショールームに置いてある展示車というのは、量産車の部品の中から精度の高い部品を選んで組み立てたものなのだそうです。
 で、新車を買うときは、「そこに展示してある車」ではなくて、「同一グレードの別の車」が届くわけです。
 で、その車が「試乗してみたのと何か違う」と思っても、「それはそういうものだ」みたいな話になります。そのかわり、不具合があったら販売店の責任で改修してもらえます。

 中古車の場合、買う車は“その車”です。故障したとしても、“運が悪かった”ということになります。

 モデルチェンジが行なわれると、展示車も入れ替わります。そのときに、ショールームにある“この車”を買うことができたりします。で、それは扱いとしては新車です。

 新車は内包を買っているのであり、中古車を外延を買っているのだ、という話になります。展示車は、外延と内包を一緒に買っていることになります。

 「あれはズルではないんだね?」
 「あれはズルではありません。」
 そういう話です。

http://animaleconomicus.blog106.fc2.com/



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