• [0]
  • 田中博史教諭 「3年生までと高学年では違う」

  • 投稿者:かつおぶしねこきち
 
 筑波大学附属小学校算数研究部 田中博史教諭 の主張によると、3年生までと高学年では指導のあり方が違ってくるという。

 田中氏の主張について考える。

投稿者
題名
*内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
URL
sage

  • [29]
  • あたらしい引き算の分類が必要?

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2015年 9月 7日(月)05時26分39秒
  • 返信
 
https://twitter.com/sunchanuiguru/status/640546696951271424

  • [28]
  • Re: "あわせていくつでしょう""ちがいはいくつでしょう""残りはいくつでしょう"という算数の表現に慣れてくるので、文章題のひ

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2014年 9月27日(土)22時01分33秒
  • 返信
 
>>27
> この人確か、前に子供たちに文章題の場面を絵に描かせると、特に男の子がなかなか抽象的な図を描く段階に至らないといってませんでしたっけ。

これかな?
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t16/8
【治療するところが変わりますよね。】

正しく絵にかけても、式が「逆」だと「治療」が必要なようです。

  • [27]
  • Re: "あわせていくつでしょう""ちがいはいくつでしょう""残りはいくつでしょう"という算数の表現に慣れてくるので、文章題のひ

  • 投稿者:天むす名古屋
  • 投稿日:2014年 9月26日(金)21時14分44秒
  • 返信
 
この人確か、前に子供たちに文章題の場面を絵に描かせると、特に男の子がなかなか抽象的な図を描く段階に至らないといってませんでしたっけ。

  • [26]
  • "あわせていくつでしょう""ちがいはいくつでしょう""残りはいくつでしょう"という算数の表現に慣れてくるので、文章題のひ

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2014年 9月26日(金)08時42分12秒
  • 返信
 
http://www.889100.com/midori/category/advice/000032.php
------------------------------------------------------------------------
教育のプロに聞く
つまずきやすい算数の文章題......苦手にさせているのは、そばにいる大人の責任?
2012/05/13 Tag:田中博史先生 小学生算数
小学1年生・2年生は問題の意味を考えることが重要

 算数で計算は得意だけれど、文章題が苦手という子どもは少なくありません。しかし、文章題をできなくしてしまっているのは、そばにいる大人の責任が大きいのです。

 勉強ができなくなる子の保護者の多くは、まだ子どもが考えようとしないうちに結論を口や顔に出しています。例えば、1年生の子どもが算数の問題を読んでいて、足すか引くかわからない場合。子どもはそばにいる保護者に「これ足すの? 引くの?」と聞くでしょう。そこは保護者の方も「自分で考えてごらん。」と言いますね。ところが子どもが「じゃあ、足す。」というと、保護者が「えっ?」と顔に答えを出してしまう。1年生の学習は足すか引くかしかありませんから、保護者の顔を見れば子どもは考えなくても、答えがわかってしまうんですね(笑)。

 こんな笑い話になるような指導が家庭では連続して行われていることが多いようです。そこで私はいつも保護者に「子どもが自分で決めるまでは表情に出さずに、ただニコニコしていてください。」とお伝えしています。子どもが「足す!」と言ったら「どうしてそんな風に考えたの?」とニコニコしながらたずねる。すると、子どもはむきになって「こうなるからでしょ!」と答えてくれるはずです。このように、保護者と子どもが問題について話をする訓練をすると、文章題に必要な言語力がつきます。言葉の力や読み取る力、それを人に話す力がつくと、算数は得意になるのです。

 ところが多くの算数の学習の場合、問題の意味を考えることよりも、早く式を覚えさせて、計算が早くなることに重点が置かれています。しかし、高学年になってつまずくのは、自分で考えることをしない子どもなのです。

文章を言葉にしてイメージ化させる

 文章題が苦手な子どもほど、すぐに足すとか、引くとか式を書きたがって、文章をよく読んでいません。そこで私は、文章題を読んだら教科書を閉じて「今のお話にはだれが出てきた?」と聞いています。「だれ? 先生、名前なんて書いてあった?」と、"算数なのにこんなことを聞くの?"と、子どもはみんな驚きます。算数は数字の答えを出すだけだと思っている子どもに、問題文の場面をイメージさせるのです。場面のイメージができれば、問題を解く手がかりになるんです。特に、低学年の問題文では"足す"か"引く"しかありません。ですから、イメージ化しなくても解けた気になっているので、イメージをしない子どもが多いんですね。

 私は必ず、文章題のお話を読んだらイメージ化をさせるために、「まず絵にしてみよう。」と指導しています。計算式ばかりを考えている子は、はじめ絵は描けません。ですから「どんなお話だった? えみさんって女の子がいたよね?」と聞き、子どもが「買い物に行ったような気がする。」といえば、「買い物に行ったんだ。よく覚えてたね。」と、文章題のお話のイメージを巻き起こしてあげます。

 家庭学習でも、文章を子どもに読ませたら教科書を閉じさせて「どんなお話だったか聞かせて。」と言って、子どもにお話の内容を説明させてください。子どもは最初、問題を丸暗記して答えようとするでしょう。そうではなく「どんなお話だった? だれが出てきたの?」と、やさしく聞いてください。子どもが答えられなくても「なんで見てないの?」とすぐ怒ってはいけませんよ(笑)。

 そして、もう一度教科書を開いて読んでみる。すると今度はお話を理解しようと思うので、問題をよく読むようになります。特に文章題は声に出して読むことが大事なんです。算数の授業だと先生と一緒に問題を一度読むくらいでしょう。ですから、算数特有の文章表記になかなか慣れません。算数の文章題も国語の音読のように、何度も声に出して読んでみることをおすすめします。音読をすると、"あわせていくつでしょう""ちがいはいくつでしょう""残りはいくつでしょう"という算数の表現に慣れてくるので、文章題のひっかけや思いこみにつまずかなくなります。


筑波大学附属小学校・田中博史先生

 山口県公立小学校教諭を経て、1991年から筑波大学附属小学校教諭。全国算数授業研究会理事・日本数学教育学会出版部幹事・教科書編集委員・基幹学力研究会代表・算数ICT研究会代表。また「課外授業 ようこそ先輩」を始め、多数のNHK教育番組に出演。
------------------------------------------------------------------------


"あわせていくつでしょう""ちがいはいくつでしょう""残りはいくつでしょう"という算数の表現に慣れてくるので、文章題のひっかけや思いこみにつまずかなくなります。

この結論でいいのだろうか?

「3人帰ったのでのこりは5人。最初は何人?」→「『のこり』だから引き算だ!」となりそうな気がする。

  • [25]
  • こんばんは

  • 投稿者:キャサリン
  • 投稿日:2014年 1月22日(水)22時45分58秒
  • 返信
 
イラストレーター岡部貴聡さん

岡部貴聡さんご本人と掲示板の皆様に、私の勝手な思い込みの投稿でご迷惑をおかけしました。

お詫びいたします。
ごめんなさい。

岡部貴聡さんの名前を初めてお聞きの方には見当違いの拙い文章と重複の投稿には失礼をお許しください。

投稿が不適切と思われましたら削除して下さいますか?
お手数ですがよろしくお願いします。


  • [24]
  • 単項演算理論を提唱する田中博史氏

  • 投稿者:鰹節猫吉
  • 投稿日:2013年 1月19日(土)23時43分35秒
  • 返信
 
田中博史 「新しい発展学習の展開資料」 2005 小学館 教育技術MOOK p86

■ 2年 かけ算
■ 基本の学習
■ この単元の基礎・基本

○ 単元のねらい
 (1つ分の量)×(いくつ分)で表現されるかけ算の意味を理解し、活用することができる、
 かけ算九九を暗唱し、計算に役立てることができる。

○ 単元の内容
<これまでの式との違い>
 これまでのたし算やひき算の式では、式の中で用いている数はすべて同じ種類のものだった。たとえば、りんごが8こあって新たに4こもらうというようなとき、8+4=12としてりんごの総数を答える。このとき登場する8、4、12という数は、すべてりんごの数である。
 これに対してかけ算の式では、登場する数が2つの種類になる。
 たとえば、次のような場面を4×3=12とあらわすのだが、りんごの数は4と12だけであり、3はいくつ分あるかをあらわす数となっている。

|りんご りんご|  |りんご りんご|  |りんご りんご|
|りんご りんご|  |りんご りんご|  |りんご りんご|

 これがまず大きな違いである。このような演算を単項演算という。この場合は、3×4と4×3の意味は異なる。これが抽象的な数になり2つの数が対等になったとき、二項演算になる。このときから交換法則が成立するようになる。

<式で場面を表現する>
 さて、先ほどの場面の総数12こを語らなくても、4こずつ3皿というような言い方で伝えることもできる。
 式はこのような働きをもつものであることも、こうした場面をつうじて指導していきたいものである。その意味が伝われば、総数は求められなくても状態は表現できることに気がつく。すると次のような場面にも活用できるようになる。たとえば1つのクラスに40人ずつの子どもがいて、それがちょうど3クラスあれば、これは40×3とあらわすことができる、というようにである。このような九九の範囲をこえる場面を表現することを体験させると、式が算数の言葉であるということの意味もよく理解されるようになる。

<九九の暗唱>
 九九は、これから先の計算の土台となるものである。くり返し練習させて覚えさせていきたい。しかし、九九の暗唱の必要性については、2年生の子どもがその必要性を感じているかというとそうではない。そこで同数累加の場合と比較させたり、みずから九九をつくっていく楽しさを味わわせたりしながら、そのよさを感得させるなど、主体的な学習としていくことが大切である。

<九九表>
 学習した九九を整理した表を九九表という。九九表には、楽しい決まりがたくさんある。1から9まですべての九九を学習してからではなく、それまでの学習を整理しながら、九九の数の特徴を発見するという学習を適宜取り入れていくと、異なる段の九九どうしの関係を発見できたりする。これらの発見が、結合法則や分配法則の理解につながっていく。

  • [23]
  • 九九トランプもヘン 田中博史氏の言い訳は見苦しすぎる

  • 投稿者:鰹節猫吉
  • 投稿日:2012年12月10日(月)00時48分11秒
  • 返信
 
>>22
> 実は、そうした抽象化の意図を明確にした九九カードも作っている。
> こちらは、製作してくれているところが別の会社で新学社という。
> 名前を「イメージ九九トランプ」という。
> こちらの特徴は、アレー図をシルエットの状態にして図形にして表示してある。
> 3×5の九九カードの裏は、長方形が示されている。16というカードは正方形にもなるし、2×8の長方形にもなる。長方形になると2×8なのか8×2なのか区別がつかない。

http://www.sing.co.jp/school/el_mate/syutoku_02_02.html

 2×8なのか8×2なのか区別がつかないと言っているのだけれど、九九トランプのほうでも、1つぶんといくつぶんを区別した田中式アレー図が使われており、縦が1つぶん、横がいくつぶんとして区別されていることが分かる。


○○
○○
○○
○○
○○
○○
○○
○○

↑は、2×8とも8×2とも解釈できる。

○○○○○○○○
○○○○○○○○

↑も、2×8とも8×2とも解釈できる。

ということでないと困ると思うのだが…


 だいたい、算数教育業界の人が言う「かけ算の意味」(=1つぶんといくつぶんの区別とやらにこだわる)とやらにこだわっていたら、


「給食当番は2日に一度、掃除当番は3日に一度。給食当番と掃除当番を両方やらないといけない日は、何日に一度になるか?」

正しい立式は、 2×3? 3×2?


「縦3センチ、横4センチの長方形の面積は?」

1センチ四方の正方形が12個あるわけだから、算数教育業界理論として正しい立式は、 1平方センチ × 12 = 12平方センチ なんでしょうな…


「かけ算の意味」とやらはすぐに破綻してしまうのですが…

だいたい、「算数の言葉」だから順序を固定すると言っている一方で、「自分で『1つぶん』を決められればいい」と言っているのだから、矛盾している。

二枚舌であり、見苦しい言い訳である。


  • [22]
  • 田中博史氏 九九カルタがものすごくひどい件と 「田中式アレー図」を開発された件

  • 投稿者:鰹節猫吉
  • 投稿日:2012年12月 3日(月)00時49分45秒
  • 返信
 
>>20 でみたように、支離滅裂な理論を展開されている筑波大学附属小学校算数研究部の田中博史教諭でありますが、算数授業研究特別号8 には指導のプロセスを考えて 「田中式アレー図」とやらを考案されたという記事が出ています。

 はたして、「田中式アレー図」とやらの実力はいかに???


東洋館出版社 算数授業研究特別号8 「1・2・3年 田中博史の算数授業」 p38
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

>低学年の文章題指導のポイント< かけ算の学習にもカルタを使う

2.ビジュアル九九カルタ
 先ほどの文章題カルタとは、目的を別にした九九専用のカルタも作ってみた。
 こちらは『ビジュアル九九カルタ』(文溪堂)という。
 かけ算の文章表現と式表現の約束を理解させることと、九九を覚えること、九九表の中の数のきまりを発見することなど九九全体の学習を目的としているので、こちらのほうはすべての九九をカードにすることが必要になる。カードは読み札が下のようになっており、絵札が別に付いている。
 普通は読み札のカードだけで練習をさせることができる。
 それぞれに典型的な文章題1問と、アレー図が付いている。
 この読み札に対応して下のような絵札がある。
 これで九九のカルタをすることで、表現になれさせていこうとするものである。

3.田中式アレー図の特徴とその進化
 アレー図は交換法則を説明したりすることも視野に入れ、いずれは抽象化していくことを目的として使うものである。しかし、教科書などもそのプロセスとしての位置づけのため各列に色がつけられている。そのためこの学年では、3×5と5×3は答えの数が同じであるという程度であって、状態自体は異なるものとしてある。
 そこで、それぞれの式に対応させてどれをひと固まりとして見ているのかをわかるようにするため、私の作ったアレー図では一つ分を薄く枠取りしてある。
 これは意図的である。
 いずれは、この枠もなくし、さらに色もすべて同じにして交換法則が成立していくイメージを育てていけばいい。
 実は、そうした抽象化の意図を明確にした九九カードも作っている。
 こちらは、製作してくれているところが別の会社で新学社という。
 名前を「イメージ九九トランプ」という。
 こちらの特徴は、アレー図をシルエットの状態にして図形にして表示してある。
 3×5の九九カードの裏は、長方形が示されている。16というカードは正方形にもなるし、2×8の長方形にもなる。長方形になると2×8なのか8×2なのか区別がつかない。

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

 写真を見ていただきたいのですが、ビジュアル九九カルタの読み札に、「3チームでリレーをします。1チームは8人です。みんなで何人ですか。しきにすると?」とあります。絵札のほうを見てください。

 いちおう、先頭の選手がバトンを持っているので、3チームあって1チーム8人と分かりますけれども、8人をひと固まりとする必然性は全く感じられません。

> 16というカードは正方形にもなるし、2×8の長方形にもなる。長方形になると2×8なのか8×2なのか区別がつかない。

 いやいや、リレーの問題の絵札も3×8なのか8×3なのか区別がつきません。長方形になってるじゃありませんか。
 「長方形になると区別がつかなくなるんですよね?田中先生??」と挙手して質問したいところです。

 もはや、「問題の読み取り」や「文章の読み取り」ではありません。
 「行間から、田中博史氏の都合を読み取り」「田中博史氏の都合に合わせて回答する」ということが求められているわけです。
 行間から読み取るとか、出題者の勝手な都合を読み取るとかいうのは、もはや国語の問題ですらないですね。


> いずれは抽象化していくことを目的として使うものである。
> しかし、教科書などもそのプロセスとしての位置づけのため各列に色がつけられている。

 「発達段階」が云々、「式は算数の言葉だから、状態・場面を表現する」などという理論体系を構築されているわけですが、かけ算の順序にこだわる本当の理由は、「教科書がそういうつくりになっているから」「算数教育業界のみんながそう言っているから」なのでしょうか?

 「田中式アレー図」も長方形になっているようにしか見えませんが、何とかして縦方向の棒が並べて置いてあるように見えるようにするため、色分けしてさらに四角い枠で囲むなど涙ぐましい努力をされているようです。


 それで、「イメージ九九トランプ」のほうなのですが、調べてみると、これもちょっとヘンです。 (続く)


  • [21]
  • Re: 田中博史氏 見苦しいいいわけ

  • 投稿者:ゴルゴ・サーディーン
  • 投稿日:2012年12月 2日(日)11時59分21秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>>18
>> 単なる凡ミス

>それは、単なるポカと分かりますので、特に問題視するほどではないのでは?

はい。私は「これを問題視すべきだ」とは主張していません。
鰹節さんの言われる「あきらかにおかしいところ」がそれなのかどうなのか
分からなかったから質問したまでです。

>>20
>[○◎△☆□]
田中氏は、異種菓子詰め合わせ問題では可換としながら、カルタでは非可換とす
るんですか?
これは酷い。

  • [20]
  • 田中博史氏 見苦しいいいわけ

  • 投稿者:鰹節猫吉
  • 投稿日:2012年12月 2日(日)10時27分13秒
  • 返信
 
東洋館出版社 「算数授業研究 VOL.84」 企画・編集 筑波大学附属小学校算数研究部
p8~ 田中博史の提案 2年|かけ算 式は算数世界の言葉である

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

[単元を通して身につけたい力]

  文
 / \
絵 ― 式

 一言でいうならば、算数の式に「算数の言葉」としての働きを意識させていくことである。単に計算の過程を表現しているものではなく、場面の状態の表現の役割もあるのだということを指導するにはかけ算の初期指導がぴったりである。
 最初は日常語の「と」と「が」の違いに着目して構成した。さらにそれらを用いた日常場面表現のテキストと、具体的なイメージの絵、図、そして式との相互のつながりを大切にする活動を取り入れることで、豊かなイメージ力に支えられた役立つ力になっていくと考えたのである。


[単元構成のポイント]

 かけ算の指導というと、すぐに九九の暗唱に入りたがるが、しばらくは現実的な場面表現の文章と、具体的な絵や写真を結びつけること、その場面表現の文章を短くしたものと絵、さらに式との関連を考えさせる活動に重点を置く。活用したのは算数のカルタ。使用した教材は私が開発した「ビジュアル九九カルタ」(文溪堂)である。カルタによる遊びは繰り返しの活動が保障される。その過程で繰り返される「読む」、「聞く」活動は算数に限らず低学年の子どもにとって大切な活動ばかりである。そしてこのカルタ遊びは「説明活動」や「書く」活動の反復も工夫次第で楽しく行うことができる。


[単元計画(10時間扱い)]

 ◆は、「活動内容」。 ◇は、「身につけたい力」。

◎第1次 1~3時
 ◆ 日常の言葉とかけ算の式のつながりを考える。
 ◇ 「と」と「が」で場面が大きく変わることを理解し、具体的な生活場面で使われる「が」の働きの理解とイメージ化と式化ができるようになる。

◎第2次 4~6時
 ◆ 合計を求めることと、かけ算の式のつながりを考える。
 ◇ 累加の式とかけ算の式のつながりを5の段や2の段の九九作りを通して知る。

◎第3次 7~9時
 ◆ かけ算で表された式の計算は、いつも累加の長い式で計算しなくても工夫すると簡単に出せることを発見する。
 ◇ 3の段や4の段の学習を通して式と式の関係に着目して計算することができるようになる。

◎第4次 10時
 ◆ カルタ遊びを通して復習を行なう。
 ◇ かけ算の場面があらわされた文章を読む・聞く・説明する活動を通して式とイメージを結びつけていく。

 *注 田中博史氏は、ここで、「*以下は省略。カルタ遊びは10時のみではなく、短い時間で随時活用していく。」とされています。


[授業1 「と」と「が」で、こんなにちがう!] 第1次 第3時

◆ 言葉の指導とかけ算
 黒板に「クッキーが3こと2こあります。」と書く。そして子どもたちには、この場面を絵にしてごらんと告げる。
 次に同じクッキーの話だよと告げておいて「3こが2こあります。」と書いた。子どもたちは、分が変だよと最初とまどっていたが、何人かが「わかった、こういうことだ」と言い出して、下のような絵を描いた。

|○|○|
|○|○|
|○|

↑3こと2こ

|○|○|
|○|○|
|○|○|

↑3こが2こ

 「これは、3個セットになっているものが、2組あるということだよ。」と懸命に違いを説明する。「と」が「が」になっただけで、お話の絵が変わる。こうして「が」と「と」でどのように場面が変わるかを他の表現でも体験したあと、翌日の授業では、もっといじわるをしてみる。

T「次の違いがわかるように絵にしなさい」
 A 「3こと4こと2こ」
 B 「3こと4こが2こ」

 教室がにぎやかになる。Aは簡単だが、Bは「どういうことなのか、よくわからない」という意見がたくさん出る。
 そんな中で直前の学習を活かした子どもが、「Aのほうは全部で9こだけどBのほうは全部で11個になる」と説明してくれた。
 すると、これに対して「え? 14こじゃないの」と反論が出る。またまた面白くなった。
 3こと4こを組み合わせてセットを作った子である。これだと7こが2こになる。

----
○○○
○○○○
----

----
○○○
○○○○
----

 こうして組み合わせてセットにしたものがいくつあるかという言い方として、7こ「が」2こという言い方になることを押さえて、「が」の役割を表すことのできる新たな算数言葉としてかけ算の式の書き方を教えた。
 累加の式とのつながりだけではなく、日常使う言葉である「と」と「が」の役割の違いの表現としての式である。式を算数の言葉としてはっきり区別して、表現方法として認識させていくことに重点を置いた展開の試みである。
 私は、このように同じ数ずつある場面の写真や絵を日常生活の中から探して九九学習用のカルタを開発している。最初は工作用紙で作った手作りのカルタで行っていたが、文溪堂の協力で場面がよくわかる現実的な絵や写真できれいな作品にしてもらった。これを使って、日本語で表した表現と絵を見比べて絵札をとるというゲームを行う。


[授業2 どれがひとかたまり??] 第3次 第8時・9時

 このカードの中には、ひとつの固まりをどのように見ればいいのか、迷うものもあえて入れてある。

40
[○◎△☆□]
[○◎△☆□] [○◎△☆□]
[○◎△☆□] [○◎△☆□]
[○◎△☆□] [○◎△☆□]
[○◎△☆□]

 この絵の場合、チョコレートの種類が同じものをまとめて数えたとするならば、式は逆になる。
 自分で「これがひとつのかたまりだ」と判断することができればいいと考えている。
 かけ算の単元の後半になったら、こうしたカードについても取り上げていく。
 さらに、次のようなものもある。

25
机机机机机
机机机机机
机机机机机
机机机机机
机机机机机

 子どもたちは、縦の列をひとつのかたまりとすればかけ算を使って数えられるという。でも、この場合はどちらからとっても同じだねと面白がる。
 実は平方数になるものは、こうして並べたときに正方形がイメージできるように場面を設定してある。
 数への感覚を育てること、自分で何をひとつのかたまりとして見るかを決めるということの双方をねらっている。
 こうした話し合い活動と並行して、授業後半はカルタを有効に使う。活動の組み合わせは実に多様にある。

ア)読み札を教師が読み、子どもたちが絵札をとるカルタ遊び。
イ)読み札をグループの中の子どもが読んで他の子どもが絵札をとる。
ウ)読み札は「4こが2こ」「5×3」のように簡略言葉や式にして、絵札をとる。
エ)カルタのあとにお気に入りの絵札の問題文をノートに写す活動を入れる。なれてきたら絵も簡単に書き、式も入れると文章題指導のノートに変身していく。
オ)カルタの後に自分がとった絵札を見て問題文づくりをしてみる。

……など。単調になりがちな長い九九の指導の期間中にできる活動が様々にできる。子どもたちのノート活動中に九九の暗記の苦手な子の個別指導もできる。


[単元のまとめ]

 「読む」「聞く」「書く」の活動の連続で学力定着を目指す

1.低学年の新しい式を学ぶ時のポイント
 日本の算数では、式に「算数の言葉」としての役割を持たせることを、強く意識している。単なる計算を表現する形式としての道具ではなく、式に状態、場面の表現の役割を持たせることも大切にしている。
 私もこの流れに強く賛同するものだが、一般には累加の簡略化表現としてだけのかけ算の式の導入が多いが、日本語の「と」と「が」の違いをどのように日常で使っているかを意識させ、それが同じ数ずつあるものを束にして数えるときに使うことに気づかせた後で、算数言語としての式に結びつけていくという方法をとった。日常の場面表現と、式をつなぐための遊びとして開発したのが文中にある九九カルタである。

2.学力定着につなぐカルタ遊びのコツ -算数でも読む・聞く・書く活動の連続を
 新しい表現方法としてのかけ算の式を認識したら、それを深めていくためにカルタ教材で遊ぶ。先に述べたように、カルタを行うだけで、子どもたちは音声で告げられたことをしっかりと聞く活動をするようになる。読み手は算数特有の問題文を何度も読むことでなれる。低学年の学習はこうした遊びの中で「読む」「聞く」を繰り返すことがとても大切である。そして、文章で表されたものを聞き取りイメージ化して、絵と結びつけ判断してとる。
 カルタ教材は、この一連の活動が子どもたちの中で何度も繰り返されるのがよい。
 最初は4人ぐらいのグループでやる。個別の活動が大切だからと言って、最初から一人ずつで行う場合が多いが、実は初期の段階は一人にしないほうがよい。間違っていても修正がされないままになってしまうことが多いからだ。子ども一人ずつの活動を教師が懸命に指導していく姿をよく見るが、子ども同士の自浄作用、助け合いの活動を育てていくほうが人間教育としては大切な視点だと考えるがいかがだろうか。
 方法や内容の理解がある程度進んだ後で、一人ずつの活動頻度が増える遊び方も取り入れていく。たとえば……
 いつもは全員で同じ読み札の絵をとりあうが、読み札自体を分けるのである。たとえば一人4枚ずつというように。それを見て自分の読み札に合うものを一斉に探すという活動を行う。これなら、他の友達に先にとられてしまって何もできないということが少なくなる。カルタ遊びのあとは、その絵札に合う問題文をノートに書く時間も設ける。絵を見て問題文を想起するのである。書く活動は他にもいろいろとあるが、紙面が尽きた。詳しくは本校『教育研究』2012年11月号参照。カルタについては以下のホームページにて。

http://www.bunkei.co.jp/hirosen/index.html

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△

> 7こ「が」2こという言い方になることを押さえて、「が」の役割を表すことのできる新たな算数言葉としてかけ算の式の書き方を教えた。

 これはまずいだろう。「~~が◎◎個」という文を 「 ~~ × ◎◎ = 」 という式に翻訳するという発想を植え付けてしまっている。


> チョコレートの種類が同じものをまとめて数えたとするならば、式は逆になる。
> 自分で「これがひとつのかたまりだ」と判断することができればいいと考えている。

 これは、とってつけたようないいわけですね。

> 式に状態、場面の表現の役割を持たせることも大切にしている。

 かけ算の順序で状態・場面の違いを表現することにしているわけですよねぇ???

 「×の左側に書く数値は、8でもいいです、5でもいいです。」ということになると、どうやって状態・場面の違いを表現することができるんですかね?

 実際 >>15 では、こう言ってますね。

>>15
> カードの答えの数を見て5×8の答えを取ろうとすると、これまでは40の答えが2まいあって、どちらの式かわかりませんでした。このカードなら数の横に文章題も書いてありますので、それを読み取ることにより、判別することができます。

 バッチリ、写真つきで解説してくれちゃってますねぇ………

 (1箱に入っている数)×(箱の数)に統一しないと、状態・場面を表す「算数の言葉」として成立しないんですよね? これに従わない子どもは、「読み取りができていない」から「治療」しないといけないんですよねぇ???

 こういう、ずるい大人が学校の先生をやっているというのは、教育上よろしくないのではないですかね???

 自分で「これがひとつのかたまりだ」と判断することができる子は、自分で判断できる良い子として評価されるんですか、それとも、「算数の言葉」を使って「状態・場面を表現する力」が無い無能な子どもだから治療が必要なんですか?

 どっちなんだか、はっきりしてもらいたいものですね。

 ひょっとして、田中先生のそのときの気分で、マルになるのかバツになるのか決まっちゃうのですかね???


  • [19]
  • Re: 田中氏 読解力を語る

  • 投稿者:鰹節猫吉
  • 投稿日:2012年12月 2日(日)09時38分5秒
  • 返信
 
>>18
> 単なる凡ミス

 それは、単なるポカと分かりますので、特に問題視するほどではないのでは?

 原稿をいじっているうちに、5-2=3が5-3になっちゃったとか、食べたら残りが3個になったけどいくつ食べた?という問題に変更したけど印刷屋が変更し忘れたとか、そんなところでしょう。


  • [18]
  • Re: 田中氏 読解力を語る

  • 投稿者:ゴルゴ・サーディーン
  • 投稿日:2012年12月 2日(日)02時16分5秒
  • 返信
 
>>17
>  この田中氏の主張には賛否両論あると思いますが、あきらかにおかしいところがあります。

ええと、単なる凡ミス の部分ですか?

  • [17]
  • 田中氏 読解力を語る

  • 投稿者:鰹節猫吉
  • 投稿日:2012年12月 2日(日)01時14分43秒
  • 返信
 
「今、算数が育てるべき読解力とは何か - イメージ力が支える本当の学力」
学校図書株式会社 広報誌 TEADA
http://www.gakuto.co.jp/kouhou/teada/pdf/teada1_13-15.pdf

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

□ 算数の「読解力」とは文と図と式を結びつけていく力

 読解力というと、やはり国語のイメージが強い。だから算数でもまずは、先のような文章題の指導などが取り上げられる。確かにこれも読解力として大切な分野だが、算数の場合は読み取る対象は文章だけではない。算数特有の式や図の読み取りも大切な課題である。
 私はこの式や図、表、グラフなどと文章を相互に関連させてイメージ力を高めていくことが算数で育てる読解力の大きなポイントだと思っている。
 そこで低学年のときには、文章で与えられた問題をまずは「絵にかいて解く」という指導を取り入れている。このときには実は式は書かせない。抽象的な式表現の意味もよくわからないうちから、適当に数値を足したり引いたりして答えを出させても意味がないからである。まずは絵にかけばいい。絵にかけば子どもたちがちゃんと読み取っているかどうかがわかる。すぐに式を書かせるから、ちゃんと読み取って書いているのか、適当に書いているのかわからないのである。さらに低学年の間は絵にかいてしまえば答えもわかる。これが何よりいい。ひき算を習っていなくても、5このあめから2こ食べたなんて場面はわかる。だから絵を見て先に答えを書かせる。こうして取り組んでいくと文を読まざるを得なくなる。続いて、絵にかいたものに式表現を教える。このような場面を5-3と書きますというようにである。
 最初の指導は「文と絵」を結びつける指導であり、その次の指導は「絵と式」を結びつける指導である。こうしたステップを踏んでいくことで、次第に文を読んだらまずはその問題場面をイメージ化して式をたてるという子どもに育っていく。これでやっと『文と式』を結びつけていく子どもが育つということになる。
 こうした指導で、式は算数の世界の言葉であるという意識も育っていく。中学年以降では、友達の解いた式や図を見て、その思考過程を読み取ったりするという学習も展開していくことが大切だが、子どもたちが最初に式を学ぶときに、それぞれが何を表現したものなのか、その具体的な背景を意識させていくことができれば、中学年以降の指導も効果的に展開できる。

△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△△


 この田中氏の主張には賛否両論あると思いますが、あきらかにおかしいところがあります。
 田中氏自身、おっしゃっていることと実際の行動がまるで正反対ということでしょう。

> 絵にかけば子どもたちがちゃんと読み取っているかどうかがわかる。
> すぐに式を書かせるから、ちゃんと読み取って書いているのか、適当に書いているのかわからないのである。

>>8
>>9
をみると、絵から正しく読み取りができていると判定される場合でも、式の順序が正しくないと駄目で 治療 すると言ってますけど…

  • [16]
  • Re: 田中博史氏考案の 「遊び」

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月18日(木)10時31分56秒
  • 返信
 
>>15

そうそう、その田中博史氏開発の九九カルタはひどいですよね。
どうしてそこまで掛算の順序を徹底したがるのか?
非常識なことをやっているという自覚はあるのだろうか?

http://www.bunkei.co.jp/hirosen/index.html


  • [15]
  • 田中博史氏考案の 「遊び」

  • 投稿者:鰹節猫吉
  • 投稿日:2012年10月18日(木)01時21分58秒
  • 返信
 
 田中博史氏は、遊び道具をいろいろ開発されているようです。

 写真は、文溪堂の九九カルタという教具だそうです。

「5×8」
読み札 : 1はこに5こ入りのチョコレートが8はこあります。

「8×5」
読み札 : チョコレートが5はこあります。1はこは8こ入りです。

 まず、カードの表に式とアレー図をつけました。九九の式を暗記する数としてとらえるだけでなく、量感を養うことを目的にしているからです。これまで、この形式のカードにアレー図がついたものはありませんでしたから、これだけでも子どもたちのイメージは豊かになります。
 次にカードの裏に、その式の具体的な場面の例を文章でひとつつけました。つまりこれがそのまま文章題になっています。
 カードの答えの数を見て5×8の答えを取ろうとすると、これまでは40の答えが2まいあって、どちらの式かわかりませんでした。このカードなら数の横に文章題も書いてありますので、それを読み取ることにより、判別することができます。

(文溪堂 田中博史の楽しくて力がつく算数授業55の知恵 p48)


↑ これは、いくらなんでもひどすぎると思いますが、田中博史氏考案の遊び全部がこんなにひどいというわけでもないようです。


 出席番号を3で割った余りで グー チョキ パー の3組に分けて鬼ごっこをする。グーはチョキを追いかけてパーから逃げるというふうにする。つぎに、6で割った余りで6組に分けてから2つの組を合併して3組に分けなおす。前回と違う組み合わせにするように指示する。6で割り切れた組と3余った組を合併すると、前回3で割り切れるものどうしでつくった組み合わせと同じになる、というようなことを考慮することになる…

というようなのもあるそうです。

  • [14]
  • 抽象度の高さは 具体的で詳細な図<具体的だが省略された図<かなり抽象化された図<式 のはずなのに

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月17日(水)07時48分21秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>12 >>13

同じ図であっても、抽象化のされ具合は様々であるということは
別に田中博史氏に指摘されるまでもなく、当然の常識だと思います。

しかし、鰹節猫吉さんの言う通りで、

>「式で具体的状況を表現&図で抽象化」という発想は異様である。

というのは異様だと思う。やはり、

 文章題や図で示された具体的を式によってできるだけ忠実に表現させる

という教え方のもとで掛算の順序にこだわるのは止めた方が良いと思う。
算数で初めて式を導入するときに必要なことはそういう極端で非常識な考え方ではないはず。

あとテープ図だけに特にこだわることにもかなりの違和感を感じる。
学習指導要領解説にも登場する所謂「主流派」のスタイルでは
テープ図にこだわるのは当然だということなのでしょうかね?

数学的概念に関する認知発達心理学に関するスレッドの
http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t17/14
で紹介したグリフィン、ケイス、シーグラーの幼稚園児向けのカリキュラムでは
幼児に数の概念を直観的に身に付けてもらうために
温度計、ボードゲーム(これは蛇と梯子ゲームか?)、数の列、並べた物体
など見掛けの異なる様々な数の表現が登場する道具を用いて、
楽しいゲームを毎回してもらうという話を紹介しています。
見掛けが違っていてもどれにも同じ数の直観を適用できることを
遊びによって習得した子どもの数学的進歩のスピードは素晴しかったということが
報告されているようです。

これに類する「遊び」が小学校算数でも必要な感じがします。

掛算の順序とかテープ図とかにこだわりのある人たちには
効果的な「遊び」を設計することはきっと不可能だと思う。
そのような人達が設計した「遊び」がへたに効果的だったりすると
むしろ破壊的な結果をもたらす可能性さえあると思う。


  • [13]
  • テープ図 と かけ算の式 に対する扱いの差

  • 投稿者:鰹節猫吉
  • 投稿日:2012年10月17日(水)00時21分15秒
  • 返信
 
 テープ図を描くときに、りんご8個を表すテープの長さとみかん20個を表すテープの長さが同じであっても、「これは、抽象化して考えるということを勉強するところですから、それでいいんです。」ということになるらしい。

 なぜ、式にたいしては、こういうふうに考えないのだろう。不可解である。

 テープ図を書くときは抽象化することを勉強する時間、立式するときは具体的な状況を定められた書式にのっとって記号にすることを勉強する時間、というのは不思議である。

 式のほうが、具体的な状況を表現する力が弱いというのは明白ではないのか? 応用範囲を広げるために、あえて具体的な状況を表現する機能を切り捨てたのが式であるとも考えられるからだ。 「林檎が8個あった、5個食べた、残りは?」も「ミカンが8個あった、5個残っている、いくつ食べたか?」も 「8-5」 である。林檎でもミカンでもかまわないし、残った数を求めるときに使ってもいいし、食べた数を求めるときに使ってもいい。

 「式で具体的状況を表現&図で抽象化」という発想は異様である。

 「図は考えるために描くこともあるし、説明に使うこともある」という、まともな意見をもっている人がこんな異様な考え方をもっているというのがなんとも不可解でどうしようもない。

 「考えるときは、式も図もグラフも…使えるものは何でも使う、他人に説明するときも何でも使う、式だけでは不十分な場合が多々ある。」というのが普通の人間が考えることではないのか?

 「イメージが大事だから、かけ算の順序にこだわる」というのも不可解である。「絵を描いたときにひとかたまりになっている数を×の左側に書く」ということらしいが、これでは、「同じ数ずつのかたまりがいくつかできているのが見える」という場合にしか応用がきかないだろう。


  • [12]
  • 田中氏の主張 5

  • 投稿者:鰹節猫吉
  • 投稿日:2012年10月16日(火)23時28分58秒
  • 返信
 
「田中博史の算数授業のつくり方」 (つづき)

□ イメージができるのに、抽象化できないという子どもへの対応

参加者 I : 結びつけるようにと話をされていましたが、絵が描ける子であっても、線分図やテープ図と結びつけられない子がいると思うのですが、どうしてでしょうか。

 素晴らしい質問ですね。絵に描くことができても、今度はなかなか図にならない。その抽象化のステップの問題ですよね。先ほどの絵の抽象化のステップの次が、今度は図の抽象化ですね。そこにテープ図という位置づけができます。
 図というものは2通りありまして、1つは、人間が物事を考えるために描くもの。もう1つは、考え終わった人が説明のために描く図です。
 教科書などの図は、ほとんどが説明のための図です。つまり、よく中身がわかっている大人が子どもに考えさせるときに、説明するために使っている図なので、きれいに整理されています。あのきれいに整理された図を最初から子どもが描けるは ずがありません。
 だから最初は、例えば「りんごがこれだけあって、後からみかんをもらって」という、こういう図でいいわけです。
 りんごが8個で、みかんが20個だとしても、大きさのバランスはどうでもいいのです。とりあえず、こういう図と、きれいに描かれているこの図が同じなんだということの理解が、子どもにはできないわけです。これをまず結び付けてあげない といけません。
 そこで、これも私が開発した3・4年生のドリルに載っているのですが、今度は左側に絵があって、右側にテープ図がある。つまり、具体的な絵と抽象的な図を結ばせるというのをやります。
 その次のステップは、こちらを文章にして、こちらをテープ図にして、結ばせることもやります。3番目のステップとしては、テープ図を見て、分を考えるという練習をさせます。
 高学年で、表から問題文をつくる活動は講座Ⅲでやる予定ですので、そのときに紹介しましょう。
 『さんすう忍者』(文溪堂)という子ども向けの本があります。この低学年版に、絵が段々に図になっていくステップを、マンガでずっと解説しているものがあります。これも同じです。書かせるのではなくて、最初は「選ばせる」ということを やっています。最初から書かせると時間もかかりイメージがわからないので、ともかく選ばせます。選ばせる活動をしていくと、だんだんそのイメージが一致していきます。こういう場合にはこういう図を書けばいいんだな、と子どもが学びます。
 そのうち今度は、例えば、提示したものの中に正解がないものも与えます。「さあ、この文章題に合うテープ図を探しましょう」とやったとします。子どもたちは、どうもこの中には正解がないなと気づきます。そして、正解はなんだろうと聞い て書かせれば、それはテープ図を書く時間になります。
 しかしこの場合も、手がかりは必要です。何もないのに書けません。テープ図の見本の典型的なものが選択肢の中にあるわけですから、子どもたちは提示されているものを手がかりにして考えます。これらをもとにして、自分が一致するような図 を見つける時間になります。当然、テープ図の書き方自体を教えるという時間も必要になります。
 第1段階は、正解があるもので結ばせる。第2段階は正解がないときにそれを補うという授業を行います。これで図が書けるという頭脳になっていくのではないかと考えます。


> りんごが8個で、みかんが20個だとしても、大きさのバランスはどうでもいいのです。とりあえず、こういう図と、きれいに描かれているこの図が同じなんだということの理解が、子どもにはできないわけです。これをまず結び付けてあげないといけません。

 5×4 でも 4×5 でも、かけ算の順序はどうでもいいのです。とりあえず、順序が逆であっても、4人乗っている船が5艘あると解釈できるということの理解が、算数教育業界の大人たちにはできないわけです。これをまず結びつけてあげないといけません。

  • [11]
  • このスレッドをツイッターで紹介しておきました

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月15日(月)19時27分1秒
  • 返信
 
https://twitter.com/genkuroki/status/257607826975907840

#掛算 http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t16/l50 筑波大学附属小学校算数研究部の田中博史教諭曰く【「船が5そうあります。1そうに4人ずつ乗ることにします。」このような問題文になっていると子どもたちは必ず式を間違えますよね。「5×4」と書きます】

https://twitter.com/genkuroki/status/257609183816466432

#掛算 http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t16/l50  筑波大学附属小学校算数研究部の田中博史教諭は強力な掛順こだわり教育推進派の先生。かなりの影響力を持っている。その算数研究部は日本の算数教育界の主流派でかつ掛順こだわり教育の推進派でもある。 http://www.twitlonger.com/show/g3fmao

https://twitter.com/genkuroki/status/257612129979490304

#掛算 田中博史氏は「これでテストで×になったり○になったりでは子どもも可哀そうである」 http://www.twitlonger.com/show/g3fmao  と述べているが、ぼくは掛算の順序について「治療」される子どももかわいそうだと思う。 http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t16/8

https://twitter.com/genkuroki/status/257612900628324352

#掛算 正しく絵を描けるほど掛算の文章題を理解していても掛順を徹底しなければいけないと考えているのは田中博史氏だけではない。 https://twitter.com/genkuroki/status/252998419860299777/photo/1  のような事例もある。「掛算の順序」のことを「乗法の意味」と呼んでいることに注意。

https://twitter.com/genkuroki/status/257614603238903808

#掛算 日本の算数教育界での主流の考え方のもとでは、「掛算の文章題の内容を正しく絵で描けて」かつ「掛算で正しい答を求めることができる」だけでは不十分であり、「掛算の順序を正しく書ける」ようになることが重要だ、ということになっているのだろうか?さらなる情報を求む。


  • [10]
  • 田中氏の主張 4

  • 投稿者:鰹節猫吉
  • 投稿日:2012年10月15日(月)01時27分32秒
  • 返信
 
「田中博史の算数授業のつくり方」 (つづき)

◇ 文章題に強くなるためには
 
 現場は時間があまりないから、正直「絵を描け」という活動をずーっとやってはいられないですよね。
 私は最近『算数の力』(文溪堂)というドリルを開発したのですが、この中には、左側に文章が並んでいて、右側は絵になっていて、これを、線で結ばせるページをつくってみました。大人でも思わず考えてしまいますよ。
 次のページは絵を、式と結ばせるものです。
 この2段階で文章題指導をやっていくのです。こうすることで、子どもが本当に文を読み取っているかどうかわかるようにしました。
 ドリルの中には、絵を描かせるページもあります。でも最初は見本の絵を「なぞるのでいいよ、なぞって絵を描くのでいいよ」と言うようにしています。まあ、1問ぐらいは描かせたいですね。だから一番最後の問題のところには、入れ物だけ書いてあります。中身は自分で決めさせます。こういった小さなステップで子どもたちに絵を描く力をつけていこうというのが、このドリルノートの特徴です。
 これも今日プレゼントしますからね。高学年用と低学年用と両方入っています。
 低学年のドリルを見てもらえますか。では、ちょっとやってみましょうか。
 はい、ストップ。今、自分の目が行ったり来たりしたの、わかりましたか。大人でも、読んでおいて、見て、また1回確かめたでしょう?この作業を子どもにさせなければいけないのですよ。子どもが読むということは、そういうことです。子どもの目がこう動くところをみてほしいのです。子どもはそのとき、一生懸命に文の中の要素を読み取ろうとしているわけです。機械的に、「わかっていることは何ですか。尋ねていることは何ですか」と聞いても、子どもは真剣に考えません。やはり子どもが読まざるを得ない状況をつくるという意味で、こういう絵の選択肢は有効です。
 先ほど言った、文章を読んだら絵にすることを普段やると、子どもの作品がいっぱい残ります。それをこのドリルのように選択肢として使うこともできます。いくつかの種類の絵が残っているわけだから、その絵を貼って、そのときにやった問題文のどれかを読んで「さあどれでしょう」とやれば、ドリルと同じ役割のものができますね。
 では、今度は、絵と式を結ぶものです。
 絵に描くことができたら読み取ることができたと判断していいと、私は言いました。絵に描いた瞬間に文章を自分のイメージ化したことになります。
 次は式に結び付ける段階で、子どもが式の意味がわかっているかどうかチェックすることができます。子どもたちが1つの正解にたどり着くまでの小さなステップですね。それを見てやろうとすると、ちょっと優しい気持ちになれます。「ああなんだ、この子、文は読めているじゃないか。式が書けないのは、私が意味をちゃんと伝えることができなかったんだな」と気づけます。また、「この子は文を読んで絵に描くことはできないけれど、絵を見て式と結ぶことはできている。ということは、かけ算の意味はわかっているな。この子には読解力というか、文章を読んでイメージさせることをたくさんさせなければいけないな」ということにも気づけます。
 子どもによってやらせる場所が変わってくるようになります。
 もちろん最後は自分で絵や図をかけるようにしていかなくてはなりません。このドリルには、右のように、そのためのページもあります。


↑ 田中氏は、順序にこだわるおかしな思考回路をもつように洗脳しているという意図でやっているわけではないということである。

 問題文・イメージ・式 がリンクするようにするため、

「問題文から絵になおす。 → 絵と式が対応づけられる。」

というふうにしなければならないということである。

・ 子どもが絵を描けるようにしなければならない。

・ 絵が描けるようにするために、絵をなぞらせるドリルや「式にあう絵を選びましょう」というドリルをやらせる段階が必要。

ということらしい。

 なぜそういうことが必要なのか、その理由は、「イメージが大事だから、問題文・絵・式がリンクするようにせねばならぬ。」「現場は時間がないので、絵をたくさん描かせる時間がないから、順序こだわりドリルをやらせる。」というようなことを言っている。

 数学教育協議会みたいな壮大な思想や世界観は出てこない。

 ドリルを見ると 「たし算の正しい順序」 も 「かけ算の正しい順序」 もしっかりまもられていることが分かる。

 発達段階を考慮して、なぞるドリルやら選ぶドリルやらを作ってくれているらしいが、ありがた迷惑で、むしろ勉強の邪魔をしているようにも感じられる。
 


  • [9]
  • 田中氏の主張 3 (画像)

  • 投稿者:鰹節猫吉
  • 投稿日:2012年10月11日(木)02時49分10秒
  • 返信
 
 すみません、画像、貼り忘れました。


  • [8]
  • 田中氏の主張 3

  • 投稿者:鰹節猫吉
  • 投稿日:2012年10月11日(木)02時45分21秒
  • 返信
 
(つづき) 「田中博史の算数授業のつくり方」

◇ 文章題を扱うこれまでの授業との違い
 
 今までの算数の授業では、文章を読んだらすぐに式にしていました。だから、つくられた式がちゃんと読み取ってつくった式なのか、いい加減に書いてつくった式なのか、採点する教師にはわからなかったのです。でも、一度絵にさせれば、ちゃんと読み取っているかどうかがわかります。その絵を式にします。いずれは、この3つの関係がきちんとリンクして成り立つことを我々は求めていくわけです。この相互関係が成り立つときのイメージ力が、今後、活用できる力になっていくだろうと思います。これは、先ほどのイメージ九九トランプの話のときにも言いました。
 やはり数に図形のイメージをもつ、子どもが自分なりのイメージに置き換えるということが、他の場面でも使える力になります。
 低学年の文章題指導で、私が「絵に描くことをいっぱいやらせましょう」と言うと、ある先生が次のように言いました。「確かに絵を描くときはとても楽しそうですが、どうも図工をやっているような気になって不安です。これで算数といえるのでしょうか」と。
 「子どもが大作の絵を描き、いつまでたっても抽象化しません」と言うから、「本当にたくさん絵を描かせていますか」と私が聞き返したところ、それほどたくさんは描かせていないのです。文章題を読んでは絵に描く。たくさん描かせる。それだけでいいんです。式や、答えを求めさせないで、お話を読んだら絵に描くことをいっぱいやらせると、子どもはそのうちに飽きてきます。その典型がこの写真です。(笑)
 「船が5艘あります。1艘に4人乗ります。」というお話です。
 1艘目は、頑張って描いたんでしょう。青で色をぬり、4人の人間が立っているのがわかります。2艘目をご覧ください。ほら、色が変わって、人間が寝そべっています。(笑)。3艘目。色がなくなりました。おそらく、色をぬるのに飽きたのだと思います(笑)。4艘目。全く違うタイプの船です。これは、同じタイプの船を描くのに飽きたのですね。そして5艘目(笑)。これ、途中じゃないんですよ。「どうしたの」と聞いたら「うん、もういい」という返事でした(笑)。このような絵になっても算数ではいいんだよと教えてあげるのです。これで十分だよ、と言ってあげればいい。
 次のノートは、女の子の場合です。女の子はやはり心が大人でして、絵だけではなくて、その中に「4人」とだけ書いてあるんですね(笑)。これでちゃんと場面の状態を把握しています。
 このように描いたのに、もし式を「5×4」と書いたとすると、この子は読み取りができないのではなくて、式の意味を間違えて覚えているだけとなります。治療するところが変わりますよね。
 式を「5×4」と書いた子どもに「ちゃんと文章を読んでごらん」といくら指導してもだめです。この子は逆に覚えているわけですから。絵が図にできたら、その後で算数の言葉に表し直して「4×5」と書くんだよと、ここは確認していいところです。「こういう絵のことを4×5と言うんだよ」と教えるのです。


↑ 絵に描かせて、絵の中でひとかたまりになっているものが「1つぶんのかず」なわけですね。

 「かけ算の順序が正しい」(笑)かどうかとイメージできているかなんて関係ないと思うのですが、田中氏の頭の中では、絵・図・文章・式をリンクさせるためにはかけ算の正しい順序を教育しないといけないことになっているらしい。

 どうやらそれが、 「活用する力」 とやらになるらしい。

 そのためには、是非とも、絵に描かせて、絵の中でひとかたまりになっているものが「1つぶんのかず」であると教育しなければならないらしい。

 sparrowhawk さんのいう 「指導のプロセス」 というやつですね。
 


  • [7]
  • 不可解

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年10月10日(水)08時08分7秒
  • 返信
 
足し算の所では、足し算の問題ばかり、だから子どもたちは何も考えずに足し算にする、

というなら、色々な問題を混ぜたり、ダミーの数を入れたりすればいい、というのは既に反順序派が指摘している。

そもそも何のための順序だったのか?「本当に正しい順序がある」と思い込んでいる論外なケースもあるが、主な理由として挙げられるのは、

■ 問題文の意味を考えさせるため
■ 理解しているかどうかを判断するため

田中博史氏によると、順序では、この2つの目的のどちらも達成できないようだ。

 だったら、順序指導が無意味なのかもしれない

と思わないのだろうか?


上の2つの理由以外に、「かけ算で順序はどちらでもいいとしてしまうと、割り算でも順序はどちらでもいいとしてしまうから」というのがわりとある。

 「割り算は順序が重要」と教えればいいだけな気がするのだが。

  • [6]
  • Re: 田中氏の主張 2

  • 投稿者:鰹節猫吉
  • 投稿日:2012年10月10日(水)01時38分1秒
  • 返信
 
>  ところが、この前2年生の子に聞いてびっくりしたことなのですが、「そろそろ式は反対に書かなきゃいけないころだ」と言うんです(笑)。「何で?」と聞くと、「プリントは、後の方になるとそういうふうにしないとバツになることが多い」と言うのです。そういえばそうですよね。まとめのテストの文章題の終わりは、必ず式が逆になる場合の問題が多いのです。まあ、統計的にみる力は素晴らしいものがあるかもしれませんが(笑)、それではやはり意味がありません。


 算数教育の専門家の先生がくだらないことにこだわって一生懸命ひっかけ問題をつくっているんだけど、子どもはそれを見破って「試験対策法」を開発しちゃっているわけですね。

  • [5]
  • 田中氏の主張 2

  • 投稿者:鰹節猫吉
  • 投稿日:2012年10月10日(水)01時31分41秒
  • 返信
 
東洋館出版社 プレミアム講座ライブ 田中博史の算数授業のつくり方 p62~

1・2・3年生の文章題指導

□ 文章題で考えるとは?

 次に、文章題指導の話をします。
 1・2・3年生の学習では、文章題が非常にたくさん出てきます。低学年のうちは、子どもたちは簡単だと勘違いして、得意になっているようですが、実は、高学年になって算数ができなくなる子の多くは、低学年から考えることをしていなかった子に多いのです。
 実は、低学年時代は、考えなくても正解になってしまう問題が多いのです。たし算のときはたし算ばかり、ひき算のときはひき算ばかりです。子どもたちは何も考えなくても、文章題は○になります。市販のテストには「たし算」とタイトルが書いてあります。そこに出てくる文章題がたし算以外のはずはないんです。(笑)
 このような体験ばかりしてきた子どもたちが、高学年になってだんだんわからなくなっていくのは、小さい頃から、考えることをさせてこなかった授業に原因があると考えています。そこで私は、子どもたちが今、算数の時間に学んで出会う文章、それから絵、図や表やグラフ、式、こういったものを、大人がどのようにしてイメージをリンクさせていくのかを考えました。例えば、次のような文章題を考えさせてみます。「船が5そうあります。1そうに4人ずつ乗ることにします。」このような問題文になっていると子どもたちは必ず式を間違えますよね。「5×4」と書きます。今まで文の中に出てきた順番に数を使って式を書くだけで、ずっと丸をもらえていた子たちは、必ずこういう問題で引っかかります。
 ところが、この前2年生の子に聞いてびっくりしたことなのですが、「そろそろ式は反対に書かなきゃいけないころだ」と言うんです(笑)。「何で?」と聞くと、「プリントは、後の方になるとそういうふうにしないとバツになることが多い」と言うのです。そういえばそうですよね。まとめのテストの文章題の終わりは、必ず式が逆になる場合の問題が多いのです。まあ、統計的にみる力は素晴らしいものがあるかもしれませんが(笑)、それではやはり意味がありません。
 そこで、この文の後に「何人乗ることができますか」と聞くのを一度やめて、絵にしてみようと指示をします。絵にすることでイメージ化させるのです。文章題は読んだら絵にさせます。絵にするところが考えるところです。正しく絵が描けたら、文章を読み取っていることになります。読み取った絵を見て式をつくるところは、教えていいと思います。「この場面を、このような式に書くんだよ。」と教えます。算数の式は外国語と一緒で、子どもにとっては新しい言葉ですから、教えなければいけません。


↑ 「正しく絵が描けたら、文章を読み取っていることになります。」と、もっともなことを言っているいっぽうで、「読み取った絵を見て式をつくるところは、教えていい」とか「式は言葉」とか言ってかけ算の順序にこだわってます。

 田中氏の主張によると、絵をたくさん描かせると子どもが飽きてくるので抽象化した図を描くようになるということであります。

 それで、田中氏は、「式は言葉」であることや図の描き方を教えるためのドリルをつくったというのですが、それがまたかなりヘンです。

(つづく)

  • [4]
  • Re: 4マス関係表は「きはじ」の類似品

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年10月 9日(火)12時18分35秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>2

> 「ひとまず数表でも書いてみるかな」という発想で、実際に数表を書くことにし、
> まだわかっていない部分はひとまず空欄にしておく、というようなことは、
> 算数をマスターしていたら誰でも当然思い付かなければいけないことだし、
> 実際にそういう発想が欠けていると後で困ると思います。

同感です。表を書いて、色々やってみれば得る物も多い。何度もやっていれば、必要な部分だけ選りすぐって書くことも可能になると思います。

4マスというのは、無駄を廃した最小限の部分だと思うのですが、
「無駄がなくて簡潔だからわかりやすい」とは限らない。

むしろ出来ない子は、長い表を作って思いっきり無駄をすることが必要だと思う。そうして納得できるまでやれば、「ここは省略していいな」とかわかってくるし、それが不安なら、納得できるまでやるようにすればいい。


 物理を教えている生徒は、瞬間の速さを、時間0.1の間の平均速度、0.01の間の平均速度、と計算するので、「時間hの間の平均速度としておいて、あとからhをすごく小さくしたら、と考えればいいんだよ」と言ったのですが、どうも不安なようで、具体的な微小時間でやろうとします。

 「最初からhでやっても大丈夫なんだ」と本人が納得するまでやってみればいいと思っています。


 効率のいいやり方への移行を、無理に外部注入すると、後々まずいと思っています。

 指を折って数えるのをいやがる教師もいると聞いたことがありますが、私は「当分はそれで構わない」と思います。徐々に離陸させることは必要かも知れませんが。


 私自身、対数や三角関数の微分や指数法則など、今では自由に使いこなせますが、最初はその都度、原点に帰って確認しながら使っていました。

  • [3]
  • 比例関係にしか使えない

  • 投稿者:積分定数
  • 投稿日:2012年10月 9日(火)11時59分42秒
  • 返信
 
1/2乗の説明で、1時間に2倍に増えるバクテリアがいるとする。
今、1gとしてグラフを書いて、というと、0時間後1g 1時間後2g 2時間後4g、・・・・、と点を打つのだけど、「30分後は?」と訊くと「1.5g」と答えるケースが多い。全てのグラフは比例か一次式だと思っているらしい。グラフを完成させるように促すと、点と点を直線で結ぶ。ここで、何かおかしいと気づく。

 何とか図とかをやれば、比例の問題は解けるようになるのだろうけど、ある問題を解くために特化した方法を習得しても他の問題に使えないばかりか、かえってマイナスになりかねない。

1mで6.5㎏ 0.6mでは?

2mだと13㎏、3mだと・・・、だから、○mの倍は○をかければいいな。
だとか、0.1mだと1/10だから、0.65㎏、だからその6個分で


その都度こういうことをやっていた方が、後で伸びると思う。

その都度やっているうちに、段々無駄な部分を省略して、結果的に何とか図を使うのと同じ事をやることになる。

こういう流れが理想だと思う。


こういうと、

「現実に算数教育に携わっていないくせに」とか「出来ない子にはこの方法がいいんだ。数学が得意だったお前にはわからないだろう」

などと言われかねないが、

高校生に数学や物理を教えている立場からすると、

「この問題はこれさえマスターすれば解ける」というような、教え方はやめて欲しい。


 方程式の解き方、などもそう。片っ端からxに代入するという原始的方法から始めて、段々効率的方法を身につけるのが望ましい。

 ax+b=c をxについて解くことが出来なかった子は、そう言う経験をしないままに、「分数や小数の場合は、まず全体に同じ数を掛けて小数や分数をなくしてからやる」というのを試行錯誤の結果から見つけたのではなく、「そうやるべき」という規則として覚え込んでしまったのだと思う。
 だから、a、b、cが整数なのか、分数・小数なのかがわからなくて、立ち往生してしまった。

  • [2]
  • 4マス関係表は「きはじ」の類似品

  • 投稿者:くろきげん
  • 投稿日:2012年10月 9日(火)06時29分20秒
  • 編集済
  • 返信
 
>>1 の4マス関係図の部分に反応。
このスレの本題とは別の話題になってしまうことをお許し下さい。

4マス関係表はどう見ても「きはじ」の類似品ですよね。
確かに「きはじ」よりも良い点があるとは思いますが、
「きはじ」の悪い点(内容を理解しなくても答が出せること)はそのまま温存されています。
これを何のためらいもなく積極的に教えるのは止めてもらいたい。

y と x が y=ax という比例関係にあるとき、仮に上段を x、下段を y にすれば

p │q
─┼─
ap│aq

のような4マスの表を書けます。これが4マス関係表です。
p または q が 1 ならば本質的に「きはじ」と同じ。

添付の画像は

(*) 田中博史、「目的は、「置き換え」の力を育てること」、算数授業研究 Vol.80 (2012)、pp.66-67

にある図の部分です。

メタメタさんによる田中博史氏の4マス関係表への反応が
http://ameblo.jp/metameta7/entry-11134967859.html
http://ameblo.jp/metameta7/entry-11134977342.html
にあります。全然大したことがないものがあたかもすごいものであるかのように
反応している点が気になるところ。この程度のことであれば誰でも思い付くはずなので、
誰が新規提案したかなんて問題はどうでもよいことだとぼくは思いました。

ちなみに、上の(*)の最初の部分で田中氏は

>最近、提案している4マス関係表はいろいろなところで話題をよんでいるようだ。
>私としては比例数直線以外の思考ツールの活用方法が算数教育界で話題になるだけでもうれしい。

と述べています。なんとなく、そのあとの文章を読むと、
田中氏は4マス関係表について自慢げに述べているようにも見える。

算数教育界とは不思議な世界です。

「ひとまず数表でも書いてみるかな」という発想で、実際に数表を書くことにし、
まだわかっていない部分はひとまず空欄にしておく、というようなことは、
算数をマスターしていたら誰でも当然思い付かなければいけないことだし、
実際にそういう発想が欠けていると後で困ると思います。

複雑な状況では数表を4マスですますことは不可能になりますが、
どんなに状況が複雑になっても「ひとまず数表でも書いてみるかな」という発想は役に立つ。

図を描いたり、グラフを描いたり、数表を書いたり、文章を要約したり、……と、
様々なことをしながら考えることは算数で習うはずの大事な事柄です。
本当に大事なのは、それらを「きはじ」のようにパターン化して使うのではなく、
一般的な思考のツールとして自由に使えるようになることです。
「数表を書く」「ひとまず空欄にしておく」という発想を4マス関係表のような使い方をした途端に
「ひとまず数表でも書いてみるかな」のようなあらゆる場所で通用する考え方とは
まったく別物になってしまいます。


  • [1]
  • 田中氏の主張 1

  • 投稿者:鰹節猫吉
  • 投稿日:2012年10月 9日(火)00時20分40秒
  • 返信
 
東洋館出版社 プレミアム講座ライブ 田中博史の算数授業のつくり方 p140~

□ 3年生までの指導のあり方

参加者 F : 3年生までの指導で、気をつけることはありますか。

 3年生までは問題を生活場面に置き換えることができます。だから、できるだけ具体的な絵を描いて自分なりのイメージをもたせて解決させたほうがいいです。先ほど5年生で4マス関係図を見て提案したときに、「この表、3年生でも使えますね」と言った人がいましたけど、3年生では必要ないと私は考えます。

 3年生はやっぱり具体的に絵を描いて、その具体的な絵の場面で認識するほうがまだいいのです。4マスの関係で解かないと、ハードルを越えられないような場面になったら使うというのがよいのです。道具は必要になるまで使わないというのが大切です。「先生、そうか、こういう文章題はこういう表に整理するとすっきりするね」と感じることがならば、今まで低学年でやっていたものを、この表に入れることができるかなあともっていって、整理に使うというのは意味があります。

 では、整理してみますね。上の図で800がわからないときは、かけ算を使います。低学年でやったかけ算はここがわからない問題です。
 200がわからないとき、これはわり算です。いわゆる等分除になります。4mを1mにしたと考えるのだから、1mにあたる量を求めるものだから、800÷4ですね。これが等分除です。
 しかし、4mがわからないとき、何回分、何m分になるかがわからないときですから、ここは同じわり算でも、包含除です。
 このように表に整理することを、高学年で便利だなあと思った子どもが、「今まで低学年習ったこともこのようになっているの」と聞いたときにあてはめてみるのはいいと思います。すると「なんだ、要するに、今まで習った文章題というのは、この4つのところがわからなくなるだけなんだ。ここがわからないときはかけ算だった、ここがわからないときは等分除だった、ここがわからないときは包含除だった」というように、子どもが整理することに意味があります。でも、3年生までのときはやはり、絵を描いて具体的な場面を把握して認識すると言う世界で頑張り続けたほうがいいですね。頑張れなくなったときに、壁に出会ったときに乗り越える手段として比例関係の表を使うのです。
 ちなみに、今、この1mの場所が1つ余っていますね。この1mがわからない場面は、4年生までの文章題では出てこないんです。ここがわからない場面というのは、高学年で比を使った問題になったときに出てきます。

↑ 引用 おわり


 4マス関係表とやらがそんなに素晴らしいもんだとも思わないですが、とにもかくにも3年生までと高学年とは違うんだと言ってますね。

 で、低学年の子どもに絵を描かせると言ってますが、実際、どんなふうにして絵を描かせるのか、次回はそのあたりを見ていこうと思いますが、かなり???なことをおっしゃってます。


レンタル掲示板